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6-9 ダブルスパイ

「それって……つまり、サイフォスさんがスパイ――いえ、二重スパイってことですか?」


 モニカは半信半疑で尋ねた。

 フィンレイの言葉をそのまま素直に理解すればそうなる。だが何故そんな権限を、第二王子であるフィンレイが持っているかがわからない。


「正直人選ミスったと思ってる」


 モニカの疑念の内容を取り違えたフィンレイは、じとっとした目をサイフォスに向けた。


「むしろ的確な人事だったと思いますよ」


 サイフォスはまったく動じず、いつものように飄々とした態度を貫く。


「ど・こ・が? モニカの保護をお願いしたのになんで危ない目に遭わせてるのさ!」

「今回の件の方法や方針については僕に一任する、と仰っていたと記憶しております。モニカさんが拉致されたことはあきらかに僕の手落ちですが、旧神の印の解呪方法が他になかったため、結果としてこれが最善だったかと」


 いたって事務的にサイフォスは答えた。


「それよりフィン様、これではモニカさんの質問の答えになっていませんよ。僕とフィン様がどういう関係なのかをお聞きになっていたのですから」

「もっともらしいこと言って話逸らそうとするとこホントむかつく」


 フィンレイはふてくされ、頬を膨らませる。


「ルカルファス家は法服貴族であると同時に、代々聖王の懐剣でもあります」


 代わりにサイフォスが説明を始めた。


「懐剣と言えば聞こえが良いですが、実際には真の次期聖王の御守(おも)りが主な仕事です」

「こうやって大人げなく当てこすりばっかするの。嫌な奴でしょ。モニカはサイフォスと一緒にいてイライラしなかった?」


 フィンレイはこそっとモニカに耳打ちをする。

 モニカは苦笑いするほかない。


「お言葉ですが、フィン様の自覚が足りないから注意を促しているだけですよ。そんな有様だから我が神に『聖王の血筋はゴミクズ』と言われるのです」


 耳ざとく聞きつけたサイフォスは、臆することなく不敬罪ど真ん中なこと言う。

 神罰と称してレイドールを蹴り飛ばしたりといい、聖王家に対してやりたい放題だ。


「ああやって、さも神のお告げみたいに自分の本音を混ぜてぶん投げてくるのも卑怯だよね」


 サイフォスと直接やり合うのが嫌なのか、フィンレイはモニカに同意を求める。


「少なくとも我が神が聖王の血筋に良い感情を持っていないのは本当ですよ。過去の痴情のもつれのせいで」

「はいはい、何世紀も昔の話はもういーでーす」


 フィンレイはべーっと舌を突き出し、両手で耳を塞いだ。


(なんだかんだ仲良さそう)


 モニカは笑ってしまいそうになるのを抑える。


 フィンレイがこんなにも人と屈託なく接しているのは初めて見た。

 モニカがフィンレイに抱いていた印象は「誰からも好かれる絵に描いたような良い子」だ。もしかすると、それは演じられた姿だったのかもしれない。


「……いつまで下らない話を続けている」


 腕を組み、近くの柱にもたれていたダーロスが口を開いた。いつもより声に力がない。


(やっぱり、無理させちゃったのかな。マハほど上手く炎を扱えてないみたいだったし)


 モニカはダーロスに近寄り、一瞬迷った後、彼の手を取った。


「ありがとうございます、ダーロス。フィン様を助けてくれて」


 しっかりとダーロスの目を見る。


「ふん、あの陰湿野郎の入れ知恵で仕方なく動いただけだ。アトラの印は、オレにはどうにもできない」


 ダーロスは苦々しい顔をし、視線を逸らした。瞳の色が赤から金、金から赤へと不安定に揺らいでいる。


「それでも、ありがとうございます。あなたは私を見捨てることもできたはずです。けれど、そうはしなかった」


 モニカはダーロスに微笑みかけた。

 マハの身体を乗っ取っていることは許しがたい。しかし、助けてもらったのは事実だ。お礼を言わないのは道理に反する。


「……まったく。放っておくと、すぐにたらし込もうとしますね」


 大げさなため息とともに、モニカの襟首が後ろに引っ張られた。

 モニカは何歩か空足を踏み、背中が何かにぶつかる。


「マハヴィル殿下より、よほど厄介な手合いかもしれません」


 モニカの身体を抱きとめたサイフォスは、半眼でダーロスをにらんだ。

 なんとなく敵意を向けられたことを感じ取ったのか、ダーロスも眉間に皴を寄せてサイフォスをにらみ返す。


「もうっ、手当たり次第に因縁つけるのやめてください。繊細っぽい見た目のわりに血の気が多すぎます」


 モニカはサイフォスの身体を押しのけ、ダーロスとの間に立った。サイフォスは人とのコミュニケーションの取り方に難がありすぎる。


「……サイフォスさん、今度は信じていいんですか?」


 モニカはサイフォスの瞳をまっすぐに見つめた。


 サイフォスのことを信じていいのは、もうすでにわかっている。

 だが、突き放されたあの時の絶望感が、心に暗い影を落としていた。


「どんな理由があろうと、あなたを心身ともに深く傷付けたことに変わりありません。それでもなお、そのような言葉をかけてくださるのですか」


 生気のなかったライムグリーンの瞳に、うっすらとだが喜色が浮かぶ。


「このセラ=サイフォス・ルカルファス、全身全霊、一生をかけて償わせていただきます。『相手の意見も尊重するけど、個人的にはできれば結婚後二年くらいは二人きりでいちゃいちゃしたいよね』と我が神も将来のプランを提案してくださっています」


 サイフォスはしっかりと指を絡めてモニカの手を握りしめた。


「いやそういうのじゃなくて、普通に謝ってもらえれば充分なんですけど」


 モニカは眉をひそめる。

 サイフォスの発言は本気なのか冗談なのか本当にわかりづらい。


「大変申し訳ありませんでした。結婚しましょう」

「言い方変えただけでさっきと内容まったく同じだから!」


 モニカは手を振りほどこうと上下左右に揺するが、どんなにやってもサイフォスの手は離れない。


「今すぐ式場と新婚旅行先の手配をしたいところですが――機微を解さない野暮天がいるようです」


 サイフォスの瞳がすっと鋭くなる。

 その視線の先にいるのは――ダーロスだ。


「はっ、あきらかに時間を潰して待っていたくせに。白々しい野郎だな」


 ダーロスは揶揄するように笑い飛ばし、モニカの腕をつかんだ。荒々しいが乱暴ではない力で引き寄せ、背中にかばう。


「お気付きでしたか。やはり厄介ですね。マハヴィル殿下と同じ直情径行タイプだと思っていましたが、評価を改めなくてはなりません」


 サイフォスは口元だけで笑い、ナイフの柄に手をかけた。

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