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1-6 『聖女』の実態

 拾い集めた枝と枯れ葉で作った小山を、マハの前肢が二度踏みつぶす。すると火の粉がぶわっと舞いあがり、あっという間に燃え広がった。


「すごい、便利ねー」


 たき火が出来る様を見守っていたモニカは、ぱちぱちと手を叩く。


『これでも火の神の(すえ)だからな』


 マハは誇らしげに顔をあげ、尻尾をふりふりと動かした。

 人語を解し炎を操る黒狼がどういった存在なのか、モニカにはわからない。だがマハの性格が善良で単純だということは、この短い間だけでも充分に理解できた。


(火の神、ねえ。東だったか南だったかの隣国が火の神を崇めてたような? 確か火山があって貴金属と宝石とかが有名で、えっと、エス? いやエム? エヌだっけ? それともエル――)


 モニカが地名を思い出そうと記憶の箱のひっくり返していると、くしゅんっとくしゃみが出た。

 近くの川から水を運んできたり、たき火のための枝葉を集めているうちに陽が落ち、すっかり暗くなっていた。

 野外で過ごすのに修道服だけではさすがに肌寒い。


(国名なんてどうでもいっか)


 モニカは両手を擦り合わせ、揺らめく炎に手をかざす。


『何もないよりは多少マシだろう』


 マハはモニカの背中側に寄り添うように座った。膝掛けにでも使えと言わんばかりに尻尾を押しつける。


「ふふ、ありがとうございます」


 モニカは久しぶりに作り笑い以外で口角が持ちあがるのを感じた。尻尾を両手で抱え、マハの身体にもたれかかる。


 背にまたがっていた時も思ったが、マハの身体は獣臭さがまったくない。それどころか干したての洗濯物に似た温かい匂いがする。

 マハの心地良い体温や癒し効果のあるもふもふの被毛と相まって、目蓋を閉じればすぐにでも眠りに落ちてしまいそうだ。


『元聖女だと言っていたな。魔物が出るような森の中を一人でふらつくなんて、何か訳ありなのか』


 マハはたき火に視線を向けたまま尋ねた。


「興味あります? 面白くない話ですよ」


 モニカは自分の声に自嘲が滲むのを感じた。


「禁術使用と王族への傷害、あと横領の罪で、王太子との婚約が破棄になった上に聖都から追放されました」

『……訳がありすぎる』


 マハの鼻の付け根にしわが寄った。


「あ、でも冤罪ですよ! 冤罪! 本当に冤罪! 私的には!」


 モニカは顔の前で慌てて手を振る。


『冤罪なのはわかるよ。本当に悪いやつだったら、俺みたいなのを助けないだろうし』


 マハがふっと笑ったようにモニカには見えた。

 どきっと胸が高鳴る。


(ちょっと優しい言葉かけられただけで何意識してるんだろ。しかも狼相手に。でもマハって世間知らずかお人好しなのかな。悪人だって目的のためなら恩を売ったりするのに)


 鼓動を誤魔化すように、モニカは心の中で言葉を連ねた。


『追放されても聖女の力は使えるんだな』

「治療術を使える女の人のことを『聖女』と呼んで神格化してるだけですから」


 言いながら、気が緩んでいるなとモニカは思った。

 普段ならこんな批判めいたことは絶対に口にしない。どこで誰が聞いているか、どんな尾ひれや手足を付けて拡散されてしまうかわからないからだ。


 王城では、口角を上げる角度や声の高さ、歩幅や手の振り方、髪の毛の一本に至るまで気を張っていた。


『……俺の思ってた聖女のイメージとだいぶ違うな』

「聖女だった時は、ちゃんと聖女らしくしてましたよ。お仕事ですし。どんな手を使ってでも聖女に返り咲きますけどね」


 モニカは表情を引き締め、燃え盛るたき火を見つめた。

 自分が追放されたせいで、孤児院のみんなが、どんな迷惑を(こうむ)っているかわからない。一刻も早く汚名をそそがなければ。

 たとえ、自分の宗旨にそぐわないものに縋ってでも。


『冤罪とはいえ、戻れるのか?』

「治療術の変調さえ治ればすぐに戻れる、と踏んでます」


(治療術を使える女は、利用価値しかないもの)


 モニカはすっと心が冷えるのを感じた。


 建国以来、治療術を扱える者は減少傾向にある。

 孤児という出自のわからない輩を聖女に据えるなど前代未聞だ、と当時は騒がれたが、結局モニカ以上にふさわしい者は現れなかった。それくらい准聖女の不足が深刻だ。


 今思えば、重罪にもかかわらず自分が追放程度で済んだのも「生かしておいたほうが得がある」と判断されたからに違いない。


『治療術の変調って?』


 マハは首を傾げた。仕草がいちいち人間っぽい。


「マハも痛がっていたでしょう? 元々はあんなに効果の高いものではありませんでした。もちろん被術者に痛みを与えるものでもありません」

『つまり、急におかしくなったと』

「タイミングが悪いことに、第二王子の怪我の治療中にそうなってしまって」


 モニカは自分の手のひらに、冷えた視線を投げた。

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