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6-6 聖王廟で待ち受けるのは

「ここから外に繋がっているんですか?」


 フィンレイの先導によって向かったのは、モニカにも馴染みのある場所だった。


 地下牢よりもさらに地階にある、歴代の聖王を(まつ)った聖王廟。

 月に一度、ここで「鎮めの儀」がおこなわれていた。

 聖女であっても立ち入れるのは中央ホールまでであり、その先の玄室(げんしつ)にはモニカは行ったことがない。


「うん。墓所とか廟って、結構隠し通路があったりするんだよ。心理的に荒らしにくい場所だからかな」


 フィンレイはちょっと待っててと言い、近くの柱へと駆け寄った。手のひらで注意深く柱を探る。


(秘密のスイッチとかあるのかな。あんまり見ないほうがいいかも)


 モニカは気を遣い、ホールの中心にある祭壇へと目を向けた。

 以前はそこに、モニカの身の丈を超える巨大な魔除けの水晶が安置されていた。


 今は、無残に砕かれ、白く濁った残骸だけがある。

 サイフォスが言っていたことが真実なら、魔除けの水晶を破壊したのはアトラだ。

 それ以降誰の手も入っていないのか、大小さまざまな形に割れた透明な欠片が周囲に散らばっている。


「うわ、派手に壊されてますね」

「追放された『魔女モニカ』の祟りだってことになってるよ。自称聖女代行のマグノリアがそう騒いだからね」

「身に覚えのない罪が勝手に増えてる……」


 モニカはストレスで目のあたりがぴくぴく痙攣するのを感じた。


「騒ぎ立てるだけで、そんなにみんな信じるものですか?」


「――人間なんてそんなモンだろ。レイフォルドみてぇな声だけ大きい奴に流されるもんだ」


 人を小馬鹿にしたような男性の声がホールに響いた。


「……マハ」


 モニカは胸元に手を当て、複雑な思いで声の主の名前を呼んだ。


「わざと間違えてんのかてめぇ!」


 マハ――の身体を乗っ取っているダーロスは、犬歯を剥き出して怒鳴る。


「……マハだったら良かったのに、って思っただけです」


 モニカは顔を背け、唇をとがらせた。


「なんであの野郎の方が良いんだよ」


 ダーロスは足音荒く、大股で近付いてくる。全体的に、マハよりも言動が荒っぽく刺々しい。


「そういうところです。訳もなく高圧的に接してくる人に良い感情は持てません」


 モニカは毅然とした態度で切り捨てた。

 マハと同じ顔をしているせいか、目の前の存在が旧神の眷属であり、東国を荒らした魔狼だとは思えない。狼姿の時のほうが威圧感があった。


「仕方ないだろ。オレは何百年とこういう性格なんだ」


 ダーロスは苛々と髪を掻きむしる。


「振舞いなど、ひと月とかけずに変えられます」


 聖女になるため、言葉遣いも振る舞いも自力で矯正したモニカには、ダーロスの言葉は甘えにしか聞こえなかった。


「つれないな。お前が喜んでくれるなら犬のままでもいいと思うくらい、マハヴィル(こいつ)はお前に惚れこんでるのに」


 ダーロスは親指で自分の心臓を指し示した。


「他人の思いを勝手に代弁しないでください。あなたが言うのとマハが言うのでは、同じ言葉でもまったく意味合いが違ってきます」

「ふん。牢の中じゃあ、しおらしかったのに。ずいぶん強気だな。逃げられるとでも思ってるのか」

「できるできないではなく、やらなければ私に未来はありません」


 モニカは拳を握り締め、ダーロスの瞳を見つめる。一瞬でも目を逸らせば、爪で引き裂かれるような気がした。


「ダーロス。あなたのほうこそ、いつまでこんな所にいるつもりですか? アトラには配下のように扱われ、人間であるサイフォスさんには見下され、悔しくないんですか?」


 ダーロスの狼耳がぴくっと痙攣するのが見えた。


「マハに倒され、その復讐のためにマハの身体を乗っ取ったのは、自分の尊厳を回復するためでしょう。借りがあるとはいえ、眷属ともあろうものが、小間使いや番犬のようなことをさせられているなんて――恥ずかしくないのですか」


 モニカは生き抜くために、言葉を選んだ。

 ダーロスを味方に引き入れるのが難しくとも、アトラたちの関係に(くさび)を打ち込むことはできる。


(ま、ダメだったら治療術でもかけてみよっと。ワンチャン、痛みでマハが目覚めてくれたらラッキーなんだけど)


「……好き放題言ってくれるじゃねえか」


 ダーロスはゆらりと尻尾を持ちあげた。


「どうせ逃げるためにオレを言いくるめようって魂胆だろうが、乗ってやる」


 マハとは似ても似つかない、人の悪い笑みを浮かべ、ダーロスはモニカの手首をつかんだ。


「オレと共に来い。オレの隣で、エルヌールが滅ぼされるのを見届けろ」

「は……なんで……」


 話の流れが予期せぬ方に向かい、モニカは焦る。


「そのほうがマハヴィルにいい嫌がらせになる。それに――」


 ダーロスはモニカの手を自分の顔に触れさせた。


「お前の手が、気に入った」


 心なしか、ダーロスは恥ずかしそうに目蓋を伏せる。


「マハヴィルと心身を共有していたからだけじゃなく、直接触れられてわかった。やはりお前の手は良い。なくすには惜しい」


 ダーロスの手にわずかに力がこもった。


「……できそこないのオレには、火の熱さも傷を負う痛みもわからない。暴れた時の高揚感しか感じられるものがなかった。でもお前の手だけは、温かくて、心地良い」


 伏し目がちの深紅の瞳の奥に、モニカはやりきれない寂しさのようなものを見た。


 ようやくダーロスの顔が見えてきた気がする。

 東国を荒らしていたのは当然許されることではないが、ダーロスはただ凶暴なだけの魔狼ではない。


(マハに感覚と痛覚がないのはダーロスの体質由来だったのね……)


 最初に出会った時、マハも同じようなことを言っていた。


「……喋りすぎたな」


 ダーロスは小さく舌打ちをすると、突然モニカを抱きかかえた。


「えっ、ちょっと……!」


 うろたえるモニカを無視し、ダーロスはその場から飛び退く。

 それとほぼ同時に、床の石畳が割れ、幾本もの黒い紐状のものが伸びた。ゆらゆらと左右に揺れ、まるで意志を持っているかのようにモニカたちに向かってくる。


「気持ち悪い……なにこれ……」

「……黒の繰り糸」


 ダーロスはぽつりと呟き、焼き払った。マハの時ほど炎に勢いがない。


「――昔から、『聖女』っていうのは(たぶら)かすのがお得意ね。人も、神も、眷属も」


 鼓膜に突き刺さる厭味ったらしい声に、モニカは「またか」とうんざりした。目を向けなくとも誰だかわかる。


「だからわたくし、聖女って嫌いなの」


 柱の影から、闇が染み出てきたように見えた。

 いつもと変わらず、煌びやかな衣装とまばゆい装飾品で全身が飾り立てられているのに、隠しきれない影が彼女に纏わりついていた。


「アトラ……」


 モニカが名を呟くと、アトラは口紅で彩られた唇を美しく歪めた。

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