6-4 残された時間はたった一晩
(……性懲りもなくそういうこと言うんだったら、こっちも乗ってやるわよ)
平然とすかしたことを言うサイフォスにも、それにぐらついてしまった自分にも腹が立ったモニカは、とある準備のためにうつむいた。
「……今の言葉と心に嘘偽りがないというのであれば、どうか私をここから出してください」
モニカは胸の前で祈りの形に両手を組み、潤ませた瞳でサイフォスを見上げた。
「ダメですよ。つい先ほどご自身で言っていたではありませんか。僕の前では猫を被りにくいと。下手は下手なりに趣があって可愛らしいとは思いますが」
サイフォスは口元に手を当て、くつくつと声を押し殺して笑う。
「恋や愛があらゆる行為の免罪符になるのなら、この世はもっと無秩序だったでしょうね」
「もういいですよ。帰ってください。処刑されたらサイフォスさんが死ぬまで祟りますから」
モニカは腰に手を当て、ふんっと勢いよく顔を逸らした。
「そんなに強く思っていただけるなんて光栄です」
サイフォスはあくまで好意的な姿勢を崩さない。
「……ちなみに、どうして旧神の眷属に協力なんてしてるんです? サイフォスさんも、旧神の復活が目的なんですか」
モニカは交渉を諦め、ずっと気になっていたことを尋ねた。
「クロエあたりから聞いているかもしれませんが、ルカルファスは『神降ろし』の家系でしてね。十の歳に神の加護を得るための儀式をおこないます」
どうせはぐらかされるだろうな、というモニカの予想に反し、サイフォスは他人事のように流暢に語る。
「その儀式によって冥神を名乗る『何か』を降ろしてしまってから十数年。頭の中に誰かがいるという状況に、うんざりしていたんですよ」
サイフォスはゆっくりと髪を掻きあげた。癖のない銀の髪がさらさらと指の間からこぼれ落ちる。
「自分の選択が、本当に『僕』の意志で選ばれたものなのか。頭の中に住み着く『神を自称する何か』と『僕』——どちらがこの身体の本当の持ち主なのか。旧神が復活すれば、ようやく『何か』から解放される」
ライムグリーンの瞳を縁取る長いまつ毛が、サイフォスの頬に濃い影を落とした。
(もっと嬉々として異端信仰ごっこしてるんだと思ってた……)
思いのほか重い話にモニカが何も言えないでいると、
「――とでも言えば、同情して許していただけますか?」
サイフォスが悪戯っぽく片目を伏せた。
「なっ……!?」
「先にお話ししたアトラに身体を明け渡す件、どうぞ一晩ごゆっくりお考えください。もっとも、大罪人として処刑されるのも、マハヴィル殿下の顔をしたダーロスに殺されるのも、すべてはあなたの自由ですが」
一方的に言い放つと、サイフォスは足音を立てずに去って行ってしまった。
(一晩しか猶予がないのね)
モニカは鉄格子に背を預け、そのままずるずるとしゃがみ込んだ。番兵が自分の方を見ていないのを確認してから服の中に手を突っ込む。
指先はすぐに目的のものに触れた。
(肩の傷の手当はしたのに身体検査はしていない、なんてことあるのかしら)
白い手袋――聖王家の別荘でサイフォスと別れた時に渡されたものだ。中には何か硬いものが入っている。
番兵の動きに注意しつつ、モニカは中身を取り出した。
モニカの手のひらに収まる大きさの真円の鏡。
予想通りの物が出てきてしまい、モニカは頭を抱える。
六連星の鏡の偽物という可能性もあるが、今は鏡を覗き込んで確かめてみる気にはなれなかった。
『罪は必ず白日の下に晒されます。それまではどうか道を誤らぬよう、強い心をもって耐えてください』
別荘での別れ際にサイフォスに言われたことが、モニカの頭の中で繰り返される。
(あの人が何考えてるのか全然わかんない……)
モニカは鏡と手袋をしまい、両手を自分の顔に押し付けた。
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