6-2 マハの行方
(よくわからないけれど、マハをもふってたのが間接的にダーロスにも効果があったってこと?)
モニカは必死に理解しようと試みる。ここで一つでも選択を間違えれば「やっぱりお前殺す」などという展開になりかねない。
「鉄格子、ちょっと邪魔ですね」
もう片方の手も鉄格子から出し、モニカは両手でダーロスの顔に触れた。マハと同じく、体温が高い。
「治療術以外で褒められたことがなく、今はその力も亡くしてしまいました。そんな役に立たない手ですが、少しでも気に入ってもらえて嬉しいです」
半分は本心だった。
自覚している弱点でもある。
出自や身分、能力の関係ないところを突かれると弱い。その相手が、東国を荒らしていた魔狼であっても。
「……マハは、どうなりましたか」
運が悪ければ、これだけで相手の逆鱗に触れる質問だろうなと思いながら、モニカは尋ねずにいられなかった。
「お前も好いているのか」
淡々とした様子でダーロスは尋ね返す。
モニカは一瞬、何を聞かれているのかわからなかった。「マハヴィルはお前のことを好いているが、お前もそうなのか?」という解釈をし、答える。
「好きか嫌いかで言えば好きです。助けてもらったり支えてもらったり、返しきれないくらいの恩があります」
モニカはダーロスの顔を引き寄せ、瞳をじっと見つめた。赤の中に、ときおり金の輝きが混じる瞬間がある。
(まだそこにいるの、マハ?)
と問いかけると、
『どうして俺には触れてくれないのに、ダーロスには触るんだよ!』
尻尾を逆立て、頬を膨らませて拗ねるマハの姿が思い浮かんだ。
(……もう、そんなこと言ってる場合じゃないのに)
モニカは口元をわずかに緩めた。
「……つまんねえ」
ダーロスは吐き捨てるように呟き、目蓋を閉ざした。
「ふん、あいつが一方的に好いてるだけの女を殺してもな」
モニカの手を邪険に払い、露骨に顔を逸らす。
「わけのわからないこと言ってないで、私の質問にも答えてください」
モニカは唇をとがらせ語気を強めた。
「うるせえな、今も頭ん中でぎゃんぎゃん吠えてるよ」
ダーロスは顔をしかめ、人差し指で自分のこめかみのあたりをトントンと叩く。
(――ということは、どうにかマハを元に戻せればまだ希望はある、かも)
一筋の光が差し込んだような気がし、モニカは思わず頬が緩んだ。ダーロスに余計な勘繰りをされては困るため、慌てて笑みを噛み殺す。
「じゃあ、マハを表に出してください」
とりあえずモニカはダメ元で直球を投げつけてみた。光明が見えても、それをつかむための策が今はない。
「なんでだよ!」
「私が話したいからです」
「オレでいいだろ!」
「私のことを殺すだのなんだのって物騒なこと言う人は好きじゃありません。だいたいあなたには怪我をさせられてますし」
モニカはさっと手を引き、これ見よがしに自分の肩に手を当てる。
ダーロスの爪が刺さった部分には簡易的な処置が施されていた。動かすのに支障はないがじくじくと痛む。
「それは……悪かった。久しぶりに自由に身体を動かせてテンションが上がった」
ダーロスは腕組みをし、気まずそうにモニカから視線を外した。そわそわと落ち着きなく狼耳と尻尾が動いている。
(妙なところが素直でやりにくいなぁ)
モニカはこっそりと息をついた。
どうにかダーロスを懐柔して死刑を遅らせ、その間にあわよくばマハに身体の支配権を取り戻してもらいたい――と思うものの、ダーロスを利用するのは気が引けた。
ダーロスは邪神に加担した旧神の眷属であり、マハの故郷を荒らしていた悪しき魔物。
罪悪感を覚える必要などない、はずだ。
(見た目がマハだから、そう思うのかな……)
「相変わらず犬を手なずけるのがお上手ですね」
モニカが逡巡していると、五指に入るほど聞きたくない声が聞こえてきた。
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