5-9 場違いな来訪者
「眷属ともあろうものが情けない。わたくしがお手伝いしたというのに、こんなにも時間がかかるなんて。ただの人ごときに倒されたのがよほどショックだったのかしら」
嘲りに満ちた声音は、直接言われているわけではないモニカの神経をも逆撫でした。
同じ声によって、蔑まれ、貶められた記憶がよみがえる。
(鼓膜に突き刺さるこの声は……)
『ごちゃごちゃうるせえ! 狡い手しか使えねえくせに偉そうに! 今だってそんな女の中に隠れてよ!』
赤狼――ダーロスは牙を剥き出しにしてうなり、声の主をにらみつけた。
モニカも躊躇いがちに顔を向ける。
「……マグノリア」
プラチナブロンドの豪奢な巻き髪に、贅を凝らしたドレスのような修道服。歩行に適さない高く細いヒール。ひと財産背負っているのではないかというくらい装飾品だらけのまばゆい出で立ち。
そして、命が宿っていることを示す、せり出た腹部。
森の中に似つかわしくない人物が、忽然とそこにいた。まるで、湧いて出たかのように。
「なんで……どうして、ここにいるのよ……」
モニカは顔が引きつるのを抑えられなかった。
ただでさえマハが厄介なことになっているというのに、そのうえマグノリアの相手もしなくてはならない。想像するだけで胃がキリキリと痛む。
(でもどうして、マグノリアと魔狼ダーロスに面識があるの? それに、『女の中に隠れて』ってどういう……)
「ダーロス、少し見ない間に口が軽くなったわね。長く隠しておくつもりはなかったけれど、あなたのせいよ。少しでも悪いと思ったなら、いまは下がっていてくださらない?」
提案という形をとっているが、マグノリアの視線や声色には反論を許さない厳しさがあった。
ダーロスは舌打ちをし、しぶしぶといった様子でモニカから離れる。赤い瞳だけは、マグノリアを鋭くにらみ続けていた。
モニカは起きあがろうと両手を地面につく。
その瞬間、ダーロスの爪が食い込んだ方の肩に痛みが響いた。そのまま前のめりに倒れ込む。髪の生え際に沿って、ねばつく嫌な汗がぶわっと浮かんだ。
「レイドール殿下の様子がおかしかったので監視をつけて泳がせていたのですが、正解でしたわね」
マグノリアの赤い唇が半円を描く。
痛みで立ちあがれないモニカの肩にヒールを押し付けた。短剣の名のごとく細くとがったヒールは、傷を押し広げ血を滲ませる。
「いっ、つ……!」
「せっかく追放で済んだというのに、自ら罪を重ねるなんて……下賤な生まれの者の考えはわからないわ」
マグノリアは穿つように、踵をぐりぐりとすり動かす。
「しかも、よりによってまた王族に対する傷害だなんて……まさか、国家転覆でも企んでいらっしゃるの? 国家反逆罪に課せられるのは極刑だけ、ですわよ」
「ぐっ……うっ、うるっさいわね!」
モニカは持てる力のすべてでマグノリアの足を振り払う。が、すぐにマグノリアの身体のことを思い出し、血の気が引いた。
両親がどんなに腹立たしい仇敵であっても、その子にまで恨みはない。
モニカの心配をよそに、マグノリアはいっさい体勢を崩していなかった。丸い腹部をかばう様子もない。
モニカはほっと安堵のため息をついたが、
(妊娠してるのに、わざわざこんな所まで自ら出張ってくる? 子供はマグノリアにとって切り札のはず。子供ができていなければ、きっと王子は私を追放せず、黙ってマグノリアとの関係を続けていた)
急に違和感が膨れあがった。とはいえ確かめる術はない。
「望んで危害を加えたわけではありません! 様々な不運が重なり、結果的にアホ王――レイドール様がお怪我を負ってしまっただけです。あれは――そう、神罰です!」
我ながら馬鹿なことを言っているとモニカは思う。異常事態が立て続けに起こったせいか、とっさに良い言い訳が浮かばなかった。
「色でレイドール殿下をかどわかそうとして失敗したくせに図々しい。異端の魔女が神を語らないでいただきたいですわね」
「自分がやったからって妄言で話を進めないでください! 私は誓って異端でも魔女でもありません!」
「……ここに、旧神の印があるのに?」
マグノリアは目を細め、自分の首の後ろを指さす。
その仕草が合図であったかのように、幾人もの兵士がなだれ込んできた。
マグノリアが現れた時と同様に、不自然なほど何の前兆もなかった。足音はおろか、剣や鎧が擦れる金属音すらしていない。
白くもやがかった瞳をした兵たちは、整然とした動きでモニカを拘束した。一言も発せず、呼吸すらも乱さない。まるで見えない糸で操られているかのようだった。
ウィンプルが乱雑にはぎ取られ、モニカは髪の毛をわしづかみにされた。今日だけで髪を引っ張られるのは二度目だ。
晒された首筋に、冷えた外気と金属が触れる。
(なんで印のこと知ってるの、こいつ……)
モニカのうなじに印があるのを見たのは二人だけ。
マハと、もう一人は――宿での夜、この印が聖痕ではなく、旧神の印だと見抜いた――
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