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5-7 変調

『あー! なんで俺いま人間姿じゃないんだろ。これじゃ全然格好つかない……』


 マハが大声を上げてくれたおかげで、モニカは思考の沼から抜け出すことができた。


「まだ戻れないんですか?」

『うん。あれからずっと』


 マハは苛々と前肢で耳を掻いた。毛が抜けて宙に舞う。


「いつもなら自由に姿を変えられるんでしたっけ?」


 モニカは軽く指を立ててマハの顎のあたりを撫でさすった。よくないな、と思いつつ触らずにいられない。


『……モニカは俺が人間だってこと忘れてるよね。別にいいけどさ』


 しょげた風に言いつつ、マハの目は気持ち良さそうに細められていた。口もだらしなく半開きになっている。


『ダーロスの呪いを受けた直後は、精神的に色々受け入れられなくて数分から数時間おきに姿が移ろってた。気持ちが落ち着いてからはなんとなく制御できる感じがあって、どっちにもなれるようになったんだ』

「はぁ」


 モニカの頭が自然と傾く。


『なんかふわっとした説明でごめん。姿を変えるのってすごく感覚的で、うまく言葉で言い表せなくて』

「いえ、私こそごめんなさい。えっと、お話を聞く限りだとメンタルが影響していそうですね。何か変わったことありましたか?」

『モニカに会った!』


 マハは尻尾を振り、モニカの手のひらに頭を擦りつけた。


(なんだかんだマハも人間としての自覚薄そう。っていうか狼としての自覚もなさそう。行動が完全に飼い犬)


 マハの尊厳を壊しかねないことを考えながら、モニカはマハの顔回りの被毛をわしゃわしゃ搔き乱した。


「そうじゃなくて、ここ最近、人間に戻れなくなってからの話です」

『でもうまく制御ができなくなったのはモニカに会ってからだよ? 寝て起きたら姿が変わってる、なんてことは今までなかった』


 モニカはマハの姿が変わった時のことを思い出そうとして、やめた。どうしてもマハのあられもない姿がセットでついてくる。


(今度からあらかじめ狼の時にマントでも被っててもらおうかな。いやでも、全裸の上にマント一枚っていうのはそれはそれで変態感が――って何考えてんの私???)


 おかしな方向に流されていく思考を止めるために、モニカは自分の頬を軽く叩いた。


『どうしたの?』

「いえ、お話の途中でごめんなさい。他に今までと違うことはありませんでしたか?」

『他には……』


 言いかけた瞬間、マハの前肢がかくんと折れた。顔から地面に倒れ込む。


「マハ? マハ!?」

『そうだ、あの蜘蛛……変なこと、言ってた。おかしい、な……蜘蛛が、喋るわけ、ない、のに……』


 マハはうわごとを発した。焦点が合っていないのか、眼球が揺れている。

 モニカはマハの頭を膝に乗せ、落ち着くようにゆっくりと撫でた。


(やっぱり毒の影響? でもこんなに長く体内に留まる? ――ああもう、せめてサイフォスさんに毒のこと伝えておくんだった……!)


 己の判断ミスに、モニカは唇を噛みしめる。

 思えば、追放の一件からずっと後手にまわっている。何も学習していない自分の愚かさに腹が立つ。


「マハ、ちょっと後肢を引きずるけど我慢してください」


 モニカはマハの身体を背負おうと試みる。

 前肢を肩に乗せるだけでも一苦労だった。マハの意識が混濁しているため、体重のすべてがモニカに重くのしかかる。


『モニカ……いいから、逃げて……』


 荒い呼吸に紛れて、マハの弱々しい声が聞こえる。


「大丈夫。マハが距離を稼いでくれたおかげでそう簡単には追っ手は来ないでしょう」

『違う……! ――【俺】から、逃げて!』


 直後、マハの身体がびくんと不自然に跳ねた。


 モニカはその重みに耐えきれず、よろけて膝をつく。

 背中越しに、マハの身体から温かさが急速に失われていくのを感じる。


「……マハ?」


 モニカが恐る恐る振り返ると、マハの金色の瞳から光が消えていた。深遠のような瞳孔が、静かにモニカを見返している。

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