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5-3 神罰は平等に下されるもの

「神よ、我が将来の伴侶に手を出す薄汚い盗人に、どうか最大級の神罰を」


 突如、聞き覚えのある声と文言とともに、レイドールの横面にブーツの靴底がめり込んだ。

 足の曲げ伸ばしの反動と体重を乗せただけのキックにもかかわらず、見た目以上に威力があるのか、レイドールの身体が廊下をごろごろと転がっていく。


 神罰と呼ぶにはあまりに原始的で野蛮な行為に、思わずモニカの頬が緩む。


「サイフォスさん!」


 モニカは名前を呼びながら抱きついた。

 どれくらい眠らされていたかはわからないが、久しぶりに見る、銀髪で死んだ目の異端審問官の姿が嬉しかった。


「モニカさ、ん?」


 予期していなかったのか、サイフォスは受けとめきれず数歩後ろによろめく。


 モニカはサイフォスの身体にしがみつくように腕をまわした。

 かすかに香木の匂いがする。よく教会で焚きしめられている、嗅ぎなれた香り――のはずなのに、妙にモニカの気持ちを落ち着かせた。


「……あっ、ごめんなさい、いきなり! なんか、その、心細く――じゃなくて! あの、ありがとうございます。助けに来てくれて」


 我に返ったモニカは顔を上げる。が、自分のしたことが恥ずかしくなり、サイフォスの身体に顔を押し付けて隠した。言葉もうまくまとまらない。


「遅くなってしまい申し訳ありません。お怪我はありませんか」


 サイフォスの手が、労わるようにモニカの背を撫でた。

 レイドールのせいでささくれだった心が(なら)されていくのをモニカは感じる。


「髪を引っ張られたせいで多少頭が痛くはありますけど、怪我というほどではないです」

「女性にとって髪は命にも等しいものでしょう。『産毛の一本すら残さずあいつの金髪むしり取ろ!』と神も憤慨しています」

「さっきの神罰といい、暴力的な神様ですね」


 いつもと変わらないサイフォスの様子に、モニカは笑みをこぼした。


「あなたにした仕打ちが、それほど罪深いということです。僕個人としてはそれでも生ぬるいとは思いますが」


 サイフォスは冷めた目をレイドールの方へと向ける。


「お前……! 俺が誰か知っててやっているのか?」


 廊下を転がったレイドールは、壁を支えにして立ちあがっていた。ダメージが残っているのか足元がおぼつかない。


「よく存じております。レイフォルド聖王国第一王子、レイドール殿下」



 サイフォスはモニカを背中に庇い、レイドールと相対した。


「その服装、お前異端審問官だろう。審問院の人間なら、王族に手を出すことがどれほどの重罪かもちろん知っているよな」


 レイドールは含みを持たせた言い方をし、サイフォスをにらみつける。自分以外のすべてを見下すような瞳だった。


「先ほどの行為は暴行ではありません。神罰です」


 サイフォスは場違いなほど明るくにこやかに答える。


「……は?」

「おわかりになりませんか。神罰――言葉の通り神が下した罰ですので、加害行為にはあたりません」

「はぁ!?」


(誰に対してもそういう感じでいくんだ。強心臓すぎない?)


 モニカは頭痛を覚え、額を押さえた。


「ちなみに、これから僕がおこなうこともすべて神罰ですので、己の罪を反省しながら(つつし)んでお受けください」


 言うが早いか、サイフォスは床を蹴っていた。マントをはためかせ、飛ぶような速さでレイドールに迫る。


「――ああ、お前も後ろの清楚ぶった女に騙されてるのか。この俺でも見抜けなかったんだから、免疫のない聖職者ならなおさらだろう」


 レイドールの口元が聖王の末裔とは思えないほど卑しく歪む。


「『レイフォルドもクソ野郎だったけど、さらに輪をかけてロクでもない子孫だな』と神も嘆いておられます」


 サイフォスは拳を振りあげて殴る――と見せかけてレイドールの足を蹴り払った。


 顔への打撃を警戒して両腕でガードしていたレイフォルドは、元々体勢が安定していなかったこともあり、なすすべもなく床に倒れ伏す。


 サイフォスは無表情でレイドールの胸部を踏みつけた。腰を落とし、じりじりと体重をかけていく。


「ぐっ……が、はっ! 俺に、こんなことをして……うぐっ、いいと、思って……」

「僕の行為に躊躇があるように見えますか? でしたら申し訳ありません。もっと徹底的にやらせていただきます」

「なんなんだよお前はっ!」


 レイドールの声が恐怖でかすれて裏返る。


「審問院異端審問課異端審問官、サイフォスと申します。殿下の小さな脳の容量を圧迫するのは忍びないので、覚えていただかなくて結構です」


 サイフォスはナイフを逆手に持ち、ためらいのない速度で振り下ろした。


 モニカはたまらず顔を背ける。

 しかしいつまで経っても、モニカが予想したようなことは起こらなかった。


 モニカは恐る恐るサイフォスとレイドールの所に近付いてみる。


「差し出がましいとは思いますが、現聖王にはレイドール殿下の廃嫡を強くお勧めしたいところです」


 サイフォスはため息混じりに呟き、レイドールの上からどいた。

 レイドールはぴくりとも動かない。薄く開いた目蓋の隙間からは白目だけが覗いている。


「殺して……は、いない、ですよね?」

「もちろん。気絶なさっているだけです」


 サイフォスはレイドールの顔のあたりを指さした。レイドールの耳すれすれの所にナイフが突き立てられている。


 モニカはほっと胸を撫で下ろし、サイフォスにもたれかかった。


「モニカさん?」

「自惚れかもですけど、私のためにグサッとやっちゃったのかと……」

「モニカさんが望むのであれば、今からでも喜んでそうしますよ」

「やめてください! サイフォスさんのは冗談と本気の区別がつきません!」


 モニカはサイフォスのマントを強く握りしめた。


「聖王の認可なしにおこなった刑の執行に始まり、様々な組織への違法行為の強要、正当な資格のない者に対して聖女の称号を授与するなど数々の権力濫用。王太子とはいえ、これだけでも充分廃嫡――いえ、極刑に相当すると思いますが」


 サイフォスは淡々と罪を指折り数える。


「だとしても、裁くのは私たちの役目ではありません。……さっき花瓶で思いっきり殴っちゃったりとかしたけど」


 モニカは苦笑し、失神するレイドールから目を逸らした。


「どういった状況下でおこなわれたかは存じませんが、まぁ、正当防衛でしょう。女性を傭兵にさらわせた上に手をあげるド畜生など、一語たりとも弁護する気になれません」


 レイドールを冷ややかに一瞥し、サイフォスは床に突き刺したナイフを回収する。


「ちなみに、どうしてこの場所がわかったんですか?」

「神のお導きです」

「あ、もういいです」

「この機会にモニカさんも入信しませんか? 日常・非日常どちらにおいてもおおいに役立ちますよ」

「だから結構です!」


 モニカは肩をいからせて怒鳴ってみせる。そうでもしなければ、サイフォスと他愛のないやりとりができる嬉しさがこぼれてしまいそうだった。


「もう少しいちゃついていたいところですが、早く立ち去りましょう。今も一人頑張っているお犬様が癇癪を起しますからね」


 サイフォスは何か見透かしたように笑い、モニカの手を引いて駆け出した。

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