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4-13 鏡に映る古の恋人たち


「サイフォスさん、錬金術とか使えたりは……しないですよね」


 テーブルの上に広げた錆びた鏡の成れの果てをぼんやりとみながら、モニカは尋ねた。


 夜間に馬車を走らせるのは危険なため、モニカたちは街道沿いの宿場で一泊することになった。距離的にはテオドラ砦からはテオ村のほうが近いが、あんなことがあった手前、世話になるのは気まずい。


「興味深い分野ではありますがね。もし使えたとしても、せっかくの六連星の鏡がただの金の鏡に変わってしまいますよ」


 サイフォスは窓から外を眺めたまま答えた。


 夜の帳が完全に下り、月明りや星の光が見えないほど暗い。そんな中、サイフォスは何を見ているのか、モニカにはわからない。


 マハはベッドの脇で丸くなっている。どうしても人間の姿に戻れず、ふて寝をしていた。


 今いる客室には、簡素なベッドが一つと、年季の入った小さなテーブルと椅子が設置されている。あきらかに一人用の部屋だ。


 巨大な狼を連れた異端審問官と修道女という、目立つ上に不審な組み合わせのせいか、三軒の宿屋で門前払いを食らった。四軒目でようやく取り合ってもらえたが、思いきり足元を見られた。


 結果、三人分の宿泊料金に加え、深夜対応料金を取られた上に、宿曰く「二人用」のせまっ苦しい部屋に押し込められるに至る。


「結局、これって本物の六連星の鏡なんでしょうか」


 モニカは爪の先でちょんと錆びた鏡に触れた。赤茶けた錆びの粉がぱらぱらと落ちる。


「何をもってして『本物』と呼ぶかによって、答えは変わってくるのでは」


 サイフォスはゆっくりと振り返り、窓枠にもたれかかった。


「モニカさんにとっては、ご自身の変調を治すことができる物であれば、それがあなたが求めていた六連星の鏡でしょう」 

「説法みたいにまわりくどいこと言わないでくださいよ。言葉遊びをしたいわけじゃありません」


 モニカは頬を膨らませてみせる。


(これからどうしたらいいんだろう。他の聖遺物を探す? それとも、もう一回天啓が来るのを待つ?)


 テーブルに突っ伏し、指先に治癒光を灯した。

 治療術は術者本人には効果がないため、効力を確かめるには他人にかける必要がある。


「一つ、試していただきたいことがあるのですが、よろしいですか」


 サイフォスがモニカの手首をつかんだ。

 集中が途切れ、モニカの指から治癒光が掻き消える。


「はい?」

「モニカさんの治療術で損壊を治せたりはしませんか?」

「治療術で、ですか?」

「ええ。初めてモニカさんの術の洗礼を受けた時、誰かさんに焼かれた手袋と袖口まで修復していただきました」


(……そうだっけ?)


 サイフォスが言っているのは、おそらく森での時のことだ。突然のプロポーズの方が印象深く、それ以外の記憶が薄い。


「錆びた鏡が可愛く映る鏡になったところで、別にどうしようもないですけど」


 モニカは気乗りしないながらも、錆びた鏡をそっと手に取った。さっきと同じように治癒光を灯す。

 その間にも、赤茶けた欠片がぱりぱりと剥がれ落ちた。

 治癒光で包んでも崩壊は止まらず、モニカの手の中で錆びた塊がどんどん小さくなっていく。


「えっ、あっ、うそ! うそ!」

「大丈夫ですよ」


 サイフォスは穏やかに囁き、モニカの手を支えるように自分の手を添えた。


 おかげでモニカは我に返り、手の中の異変に気付く。

 錆びの塊の中から、輝きが見えた。オレンジがかった桃色の輝石が顔を覗かせている。


「宝石?」


 錆びを手で払うと、ちょうど手のひらに収まるくらいの真円の鏡が現れた。鏡面は水に濡れているかのように艶やかで美しい。


 背面には花の形を模してカットされた桃色の宝石が埋め込まれていた。色合いや花びらの重なり方といい、蓮の花を思わせる。


「綺麗……小さい、手鏡?」


 モニカは真円の鏡――六連星の鏡をかざして見上げた。


 鏡の中には、自分とは異なる誰かが映り込んでいた。


 ローズピンクの髪に夕陽色の瞳。

 色こそ同じだがモニカよりもやや年上で、柔和な印象の女性だ。そっくり、とまではいかないが血の繋がりを想起させる程度には似ている。


(誰……?)


 モニカが戸惑っていると、もう一人、別の誰かが鏡に映った。


 金属光沢のある銀髪に、蛍光を帯びた紫の瞳。

 一瞬サイフォスかとも思ったが、色やと髪の長さが違う。何より、サイフォスと違って目が死んでいない。


 紫眼の青年はまぶしそうに目を細めると、モニカを後ろから抱きしめた。


(ん?)


 モニカの困惑をよそに、鏡の中のモニカに似た誰かは、頬をぱっと桃色に染めた。紫眼の青年の腕に手を添えてはにかむ。


 その様子だけで、二人が親密な関係であることが窺えた。


(私は私だけど、私じゃない?)


 感覚としては、まるで誰かの身体に意識だけ乗り移ってしまったようだった。


「――モニカさん?」


 名前を呼ばれた瞬間、モニカは目の前がぱちんと白く弾けたような気がした。


 何度かまばたきをすると、生気のないライムグリーンの瞳をしたサイフォスの顔が見えた。不思議そうにモニカの顔をのぞき込んでいる。


(さっきの人とは全然違うわ。あれ、誰だったんだろう)


 モニカは自分の手の中にある真円の鏡を見つめた。

 白昼夢を見たせいか、まだ少し頭がぼーっとしている。


「大丈夫ですか。失礼ですが、惚けていらっしゃるように見えて」

「すみません。知らない人が鏡に映った気がして……」


 モニカは躊躇いがちに自分の顔を鏡に映す。


 鏡の中には、普段の自分とは異なる自分が映っていた。


 具体的にどこがどう違うとは明言しづらい。それでもあえて例えるなら、朝起きて鏡を見て「今日コンディション良いな」と思った時の五割増くらい可愛いかった。それだけで半日は気分良く過ごせる。


「わぁ……! 本当に可愛く映ってる!」


 モニカは頬に手を当て、様々な角度から自分の顔を眺めた。


「知らない人と勘違いするくらい、違って見えるのですか」


 サイフォスが鏡を覗き込んできた。鏡に映るサイフォスは、現実のサイフォスの姿と変わりない。


「それはまた別の話で……。自分で言うのもものすごくアレなんですが、こっちのほうが可愛くないですか?」


 モニカは鏡の中の自分を指さした。なんてことはない仕草すら可愛く見える。


「屈託なくはしゃいでいるモニカさんのほうが可愛らしいですよ」


 先ほどの白昼夢で見た紫眼の青年と同じように、サイフォスは目を細めた。

 愛しい人に向ける微笑み。


 今まで散々口説かれたりしてきたのだから、サイフォスの好意は知っている。

 それなのに、モニカにはサイフォスの顔が直視できなかった。

 恥ずかしい、という理由だけではない。


 六連星の鏡には、頬を桃色に染め、戸惑うモニカの顔が映っていた。

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