4-10 頭の中に宿るもの
「――っ、ちょっと待ってください!」
モニカは声を張りあげ、臨戦態勢のマハとサイフォスを左右に押しのけた。足が震えていることを悟られないよう、ことさら大きく、一歩前に進み出る。
『モニカ! 危ないから下がって!』
「下がりません! 暴力行使は最終手段にしてください!」
マハを一喝し、モニカはテオドラと向き合った。
「まず最初に、サイフォスさんが何か失礼なことをしていたらすみません。悪い人ではない……とは思うんですが、端的に言って変な人なんです」
誠心誠意、頭を下げる。
「おや、ひどい言われようですね」
サイフォスがぼやいているがとりあえず無視した。
モニカとしては、物事を解決するのに暴力がダメだと思っているわけではない。むしろそちらの方が手っ取り早いケースも多々ある。
だが、今の最善手は戦いを回避することだ。相手の目的・力量などがわからない状態で挑むのが賢いとは思えない。
マハの不調や、サイフォスが見せた紫の瞳と謎の力のこともある。倒れられたり、暴走されてはたまらない。今度なにかあったら、上階が倒壊して生き埋めになる可能性もある。
(っていうかなんで冥神の眷属がこんな所にいるのよ。ああもう、六連星の鏡を取りにきただけだったはずなのに……!)
事情が込み入り、モニカは思考を放棄したくなってきた。
(……やめよう。悠長に泣き言並べてる場合じゃない。重要なのは、鏡。こんなおあつらえ向きな所にいるんだもの、あのテオドラって人はきっと何か知ってる)
モニカは覚悟を決め、顔を上げる。
「上で襲いかかってきたスケルトンとは違い、話の通じる方だと思います。私たちは、争わなくてはいけませんか? もしそうであるなら、理由を示してください」
どちらかといえば分の悪い賭けだった。
テオドラの敵意はマハとサイフォスにだけ向けられている。
身の安全を優先するなら、隅の方でマハたちの勝利を祈っているだけでいい。どちらが勝ったとしても自分は生かされる。わざわざ小賢しい真似をすれば標的にされかねない。
だが、テオドラの口ぶりから、交渉する価値は充分にあると思った。
「ふむ、胆力のあるお嬢さんだ。こんな成りをしている私相手によく臆さないね」
構えこそ崩さなかったが、テオドラは驚いたように目を見開く。
「確かに、あなた方が盗人でないのであれば、積極的に排除する理由はない。が、そちらの一人と一匹の気配がいささか気がかりでね」
『一匹って数えるな! 俺は人間だ!』
マハが吠える。
「……賢いのかそうでないのか、よくわからない犬だ」
テオドラは可哀そうなものでも見る目を向けた。
「どちらでも関係ないかもしれませんが、いちおう彼は人間です」
モニカはマハを撫でてなだめつつ、やんわりと補足する。
「それは失礼した。懸念についても、私の思い違いのようだ。粗野で傲慢なダーロスが、おとなしく女性に付き従っているわけがない」
テオドラはあっさりと頭を下げた。
『ダーロスの匂いってのはよくわかんないけど、たぶん原因は俺があいつの血を受けたせいだ。おかげでこんな身体になってる』
マハは鼻先を自分の身体に押し付け、くんくんと嗅ぐ。
「――ということは、私たちに争う理由はないですよね?」
モニカはぱちんと両手を合わせ、にっこりと微笑む。
が、すぐに希望は打ち砕かれた。
「いや、問題はそちらの銀髪の聖職者だ。我が主の気配がするだけでなく、妙に知りすぎている」
再びテオドラの態度が硬化する。
「貴様の正体いかんでは、全力で殴らなければならない」
テオドラは剣の柄を握り直し、怒りのこもった視線をサイフォスに向けた。
モニカは頭を抱えたくなった。
サイフォスについては、モニカも知らないことが多い。
(でもいっそ、隠してること全部吐いてもらうのも一つの手かも)
ここまでタイミング悪く、サイフォスについて尋ねる機会を逃し続けてきた。むしろ良い機会なのかもしれない。
「……サイフォスさん、諦めて一発もらってきてください。死ななければ治せますし」
モニカは真面目な顔でサイフォスの肩を叩いた。
「暴力は最終手段、と仰っていませんでした?」
サイフォスにしては珍しく、まともに切り返してきた。よほど殴られたくないのかもしれない。
「でしたら、テオドラさんが納得のいく説明をすれば良いだけかと」
「モニカさんにすら告げていないことを行きずりの女に打ち明けるなど、重篤な不貞行為に当たりませんか?」
「いいからさっさと話つけてきてください!」
モニカはサイフォスの背中を強引に押す。
「……まったく、もう少し僕に興味を持っていただきたいものです」
サイフォスは数歩よろめき、肩をすくめて呟いた。
「モニカさんに勘違いされては困りますので、話は簡潔にしていただけると助かります」
興味なさそうに、生気のないライムグリーンの瞳をテオドラに向ける。
「貴様から我が主――冥神の気配がするのは何故だ」
サイフォスの意志を汲み、テオドラは単刀直入に確信に迫った。
「ここに居るからですよ。もっとも、本物であるかは証明いたしかねますが」
サイフォスはこめかみを指で雑につつく。
「居る、だと……」
テオドラは目を見張った。剣の切っ先がわずかに下がる。
(いつも神がどうのって言ってるわりには、半信半疑なんだ)
モニカには少し意外だった。
普段の盲目的・狂信的な態度はフェイクということになる。
(何が本当なの、この人……)
モニカは唾を飲み込み、二人の会話に意識を戻した。