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4-8 神話の裏側(サイフォス視点)

「……ご遠慮申しあげます」


 サイフォスは笑顔を消し、テオドラをにらみつける。


「僕の足は、大事な人を探すために駆けなければならない。僕の腕は、その人を抱きしめる役目がある。指一本とて、行きずりの女にくれてやるわけにはいきません」


 らしくないことを言っている、と思った。

 はぐらかす話題は他にいくらでもあったはずだ。よりによってこんな惚気(のろけ)じみたことを言うなど、本当にどうかしている。


「ふむ……連れを探している、と言っていたのは(まこと)のようだな」


 テオドラの殺気がやや弱まり、瞳に好奇の色が浮かぶ。

 だが依然、大剣の切っ先は向けられたままだ。目を逸らした瞬間に叩き切られるだろう。


「砦の老朽化と不慮の事故により、上階から転落してしまいましてね。一刻を争うかもしれない。先ほどの非礼はお詫びいたします。せめて彼女を見つけるまで、お目こぼしいただけませんか?」


 サイフォスは正直に事情を告げる。

 下手に隠し事をしたりおもねるよりも、腹を割ったほうが通じる相手だと踏んだ。


「……盗人ではないというのか?」


 テオドラは眉をひそめた。見極めるように、サイフォスを見つめる目が鋭さを増す。


(聖遺物欲しさに来たという点では、盗人とほぼ同義ではありますが……)


 サイフォスは内心をさらけ出さないように努める。


「僕たちがここに来たのはあくまで調査が目的です。この地で発見された聖女システィーナの聖遺物『六連星の鏡』を(まつ)っていた村がスケルトンの集団に襲われましてね。その原因を探るために訪れました」


 完全な真実ではないが、嘘は言っていない。


「上階にあったいくつかの日用品が持ち去られたと報告は受けているが、そんな物を祀るとは酔狂なことだ。しかもよりによって六連星の鏡とはね」


 テオドラは嘲笑うかのように唇を歪めた。


「日用品ごときを取り戻すために数多のスケルトンを派遣したのですか?」

「いや。生前とは違い、私に指揮権はない。意思疎通を図れるのはせいぜい十人いるかいないか。村に大挙したという輩は、おそらく愚直に主の言いつけを守っているだけだ。『何一つこの砦から持ち出させるな』という、無茶な命令をね」

「質問ばかりで恐縮ですが、あなたもその無茶な命令とやらのためにここにいるのですか?」

「厳密に言えば、我が主の私室の警護だ。中には人魔問わず影響を及ぼす物もある。そういったものを流出させるわけにはいかない。……建前としては、ね」


 大剣の切っ先がやや下がった。

 テオドラは背後にある両開きの扉をちらりと振り返る。


「本音をお聞きしても?」


 サイフォスも視線を扉へと向けた。


「……主が戻ってくるのを待っている」


 答えるテオドラの表情には複雑な色が入り混じっていた。寂しそうにも怒りを滲ませているようにも見える。


「一度殴ってやらなければ気が済まない。私の友人であり、主の恋人でもあるシスティーナ嬢のためにも」


(もしかして、殴られたくないがために気配を殺してるんですか……)


 危うく、サイフォスはナクトに対する呆れを表情に出してしまうところだった。


「――システィーナの名を聞いても驚かないのだな」


 テオドラの声が一段低くなった。


「卑怯者のレイフォルドが無理矢理システィーナを妻とし、自分の名を冠した国『レイフォルド聖王国』を興したと風の噂に聞いている。共に戦った我が主をだまし討ちにしたうえに、邪神側についた悪神だとして(おとし)めたこともね」


 聖王国が根底から覆るような情報が飛び出す。

 モニカが聞いていたら卒倒していただろう。


 ナクトから散々聞かされていたため、もちろんサイフォスは知っている。


(――そうか。知っているのはまずい)


 遅まきながら、サイフォスは自分が対応を誤ったことを悟った。


「纏う気配といい、貴様、ただの聖職者ではないな。聖王国ではシスティーナは聖女であり、聖王の妻とされているのだろう。こんなアンデットにまみれた地に(ゆかり)があるはずがない――そうは考えないのか?」


 テオドラの眼窩の炎が揺らめく。


(いまさら驚いた振りをするのは……悪手、でしょうね。何か論理的な確証があるわけではなく、冥神の気配をうっすらと感じるからそれっぽい言いがかりをつけているだけだとは思いますが……)


 サイフォスは思考を巡らせ、最良の選択を模索する。


 片手で大剣を振りまわす力で殴られては堪らない。

 頭の中に彼女の主が同居しているものの、実体はただの人間だ。同一視されては困る。


(僕が死んだらあなたも思念体に戻るんですよ。いい加減、腹を(くく)ってなんとかしてください)


 サイフォスはダメ元でナクトを叱咤(しった)する。


 すると、ようやく反応が返ってきた。

 ――テオドラに手足を切り落とされる前で良かったな、と。


「……サイフォスさん!?」


 ナクトの言葉を理解するより先に、聞きなじみのある女性の声がサイフォスの鼓膜を震わせた。


 声がした方に目を向けると、薄藤色の修道服に身を包んだモニカがこちらに走ってくるのが見えた。やや土や埃で汚れているが、怪我などはなさそうだ。


(――ああ、無事で良かった)


 気付いた時にはサイフォスは駆け出していた。


 テオドラに背を向ける抵抗感よりも、モニカが無事でいてくれた安堵のほうが勝った。


 モニカの華奢な身体を腕の中に納め、それが幻でないことを確かめる。

 温かな体温に、清楚で甘い花の香り。

 彼女が聖女でなくなってくれたおかげで、こうして自分の手に届く距離にある。


(僕は、何を……)


 自分らしくない行動に、サイフォスは困惑した。

 だがあまりにぬくもりが心地良く、モニカの身体を手離しがたかった。

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