4-3 奈落へのいざない
先に肉薄したのはマハの方だった。
「骨ごときが俺のモニカに触ってんじゃねえっ!」
咆哮を上げながら瓦礫を一足飛びにし、射程範囲内に青眼のスケルトンを捉える。
しかし、マハの行く手を遮るように、地面と左右の壁から、骨の腕が生えた。モニカを拘束しているのとまったく同じスケルトンが三体、石の欠片をまき散らしながら現れる。
「モニカさんはあなたのものではありません。女性をもの扱いするなど、モラハラ気質がおありでは?」
追い付いたサイフォスが小言をぶつけた。
「こんな時まで突っかかってくんなよ!」
「いついかなる時でも間違いは正さねばなりません」
「今はモニカを助けるのが先だろ!」
「はい。もうやっています」
サイフォスは幾本もの銀の釘をばらまいた。
釘が引き寄せられるように石畳に垂直に突き刺さった瞬間、ごおぉっ! と音を立てて紫の炎が発生した。
炎は意思を持った動きで地面を走り、一番近くにいたスケルトンの足に絡みつく。紫色の螺旋を描きながら骨の身体を登っていき、あっという間に炎で覆い包んだ。
ぶすぶすと黒煙をまき散らしながら、炎の中でスケルトンが装備ごとどろりと溶ける。
「何すんだよ! 危ねえだろが!」
危うく紫の炎に包まれそうになったマハが尻尾を逆立てて怒鳴り散らした。尻尾の先が若干焦げている。
「異端のみを焼き清める神の炎です。……おや、尻尾焦げてます?」
「無茶苦茶言うなよ! 炎で焼かれない奴がいるか!」
「あなたは自称『火の神の裔』ではないのですか?」
「うちの神様の炎ならともかく、よその炎は普通に燃えるんだよ!」
「おや、異端の言い訳は聞くに堪えないですね」
「本当にアンタとは話になんねえな!」
聞き覚えのありすぎる口論がモニカの鼓膜を揺さぶり、意識を強く引き戻す。
(この二人……本当に私のこと助ける気ある?)
モニカは口元が引きつるのを抑えられない。
(ただ助けを待つんじゃなくて、自分でもできることをしなきゃ)
状況を把握するべく視線を巡らせる。
残りの青眼のスケルトンの数は三体。一体は最初に現れた、モニカを拘束して引きずっているもの。あとの二体はマハたちと対峙している。
(こいつは鏡を見た途端に現れたのよね。なんで私のこと連れて行こうとするのよ!)
モニカはできる限りの力を使って手足をばたつかせた。
スケルトンの拘束はまったく緩まない。ただ、直接モニカに危害を加えるつもりはなさそうだった。
(一か八か、今の私の術で効くかはわかんないけど、やる価値はあるはず……!)
モニカは奥歯を強く噛みしめ、治癒光を灯した右手をスケルトンに叩きつける。
治療術をアンデットにかけると治癒効果が反転し、ダメージを与えることができる、と聞いたことがあった。
治癒光が触れた瞬間、骨を覆うように肉が生じた。
(嘘でしょ!? 再生するの? スケルトンが?)
硬い骨ではなく、弾力のある感触にモニカはぎょっとする。
青眼のスケルトンは顎をガタガタと揺らして声にならない叫びをあげた。モニカを放り捨て、無茶苦茶に剣を振りまわす。
「モニカ!」
マハは対峙していたスケルトンの頭部を回し蹴りで弾き飛ばし、モニカに向かって駆けた。モニカの身体を抱きかかえ、スライディングの要領で地面を滑る。
間一髪のところで、モニカのいた場所にスケルトンの剣が叩きつけられた。
「あっぶね! 大丈夫、モニカ? 怪我は?」
マハはモニカをぎゅっと抱きしめ、頭を撫でる。
「……だ、大丈夫……です」
モニカはようやくそれだけ声を絞り出せた。
生命の危機に瀕したから動悸がするのか、マハに抱きしめられているから胸が高鳴るのか区別がつかない。
「――こんなまがい物に釣り出された挙句、己の責務を見誤るとは、愚かしいにもほどがある」
突然、がしゃんっ! と心臓に悪い破砕音が響いた。
音の方に目をむけると、サイフォスが割れた鏡を踏みつけている。
「サイフォス、さん……?」
モニカが恐る恐る名前を呼ぶと、サイフォスはゆっくりと顔を上げた。
サイフォスの瞳は、いつもの光のないライムグリーンではなく、蛍光を帯びた紫色に染まっている。
「あいつの様子、変だな」
異変を察したマハは素早く跳ね起き、モニカを背中にかばう。
青眼のスケルトンたちは剣を放り出し、頭を抱えてその場にうずくまっている。
(怖がってる? サイフォスさんを?)
「そのような姿になってまで、この地に留まる忠心は認めてあげましょう。ですが、それだけです」
まるで見限るように、サイフォスの目蓋が閉ざされた。
サイフォスの美しい唇が艶やかに歪み、人の耳では決して聞き取れない音を紡ぐ。
直後、紫の雷が落ちた。
激しい光によって視界が真っ白に染まる。
轟音によって身体の内と外がびりびりと痛む。
モニカが視力を取り戻すと、雷の落ちた場所――青眼のスケルトンがうずくまっていた所が、真っ黒に焼け焦げていた。石畳だとわからないくらい炭化している。スケルトンがいた痕跡は何も残っていない。
「サイフォスさん……」
モニカはふらふらと引き寄せられるように、覚束ない足取りでサイフォスに近付いた。
紫に染まった瞳は恐ろしいのに、どこか懐かしく、美しい。
「待ってモニカ! 危ないって!」
制止するマハの声が遠くに聞こえる。
からんっ、と軽い音がした。
踏み出したはずの爪先が、空を踏んで沈み込む。
不意に、孤児院の屋根裏部屋を思い出した。
モニカが暮らしていた頃の孤児院はお金がなく、建物の修繕はそこに住むみんなでおこなっていた。雨漏りを直すために屋根裏に上がった時、腐った床板を踏みぬいてしまったことがある。
あると思っていたものが突然消失し、落下していく感覚。
(あの時はたまたま階下が寝室で、ベッドに落ちて軽い骨折で済んだんだっけ。二回もそんな偶然はないよね……)
モニカの足元に広がっているのは暗闇だった。大小さまざまに砕けた床石とともに引きずり込まれる。
「モニカさん!」
顔を蒼白に染めたサイフォスが懸命に手を伸ばしているのが見えた。瞳の色はライムグリーンに戻っている。
モニカも手を伸ばす。が、ほんの少し遅かった。
白い手袋に包まれたサイフォスの指先をつかむ。
するり、と手袋がサイフォスの肌の上を滑るのを、モニカは全身で感じ取った。
細い針を何本も打ち込まれたかのように鋭い痛みが心臓のあたりに走る。全身の皮膚がぶわっと粟立つ。呼吸がうまくできず、悲鳴すら出なかった。
「モニカさんっ!!」
「モニカ!!」
心身ともに暗闇に沈む中、最後にモニカが聞いたのは悲痛な二人の声だった。
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