4-2 魔を引き寄せる鏡
(そういえば……まだちゃんと六連星の鏡の確認してなかったな)
モニカは思考を切り替えるように軽く頭を振り、カバンに手を伸ばす。六連星の鏡――の偽物かもしれない鏡を取り出した。
鏡面に映るのは、眉根を寄せ、ほんのり頬を染めた顔。先ほどのやり取りの名残りが、そのまま表情に残っている。
(本当に、私ってば浮ついてる。免疫ないから? でもいまさらそんなのどうやって慣れればいいのよ……)
鏡に問いかけても答えは返ってこない。困り顔の自分に見つめ返されただけだった。
村長から接収した六連星の鏡は、アンティーク風の手鏡だった。ぱっと見は立派だが装飾がどことなく安っぽい。サイフォスの家にあった土産物とほぼ同じデザインだ。
(サイフォスさんじゃなくても、偽物だってわかるかも)
モニカはためしに治癒光を灯した手をかざしてみる。鏡にはなんの反応もない。
鎮めの儀に用いた魔除けの水晶は、治癒光をかざすと即座に共鳴し、まるで生きているかのように光を放っていた。
それに比べて、この鏡はただの飾り物だった。静まり返って何も応えない。
何か特別な仕掛けでもないかと鏡を傾けたちょうどその時、背筋を撫で上げられたように悪寒が走った。
(……? 気のせい?)
違和感を覚えたモニカはあたりを見回す。
これといって周囲に変わりはなく、飽きもせずサイフォスとマハが言い争っているだけだった。
古戦場なのだから嫌な気配の一つもして当然だろう、とモニカは自分を納得させ、視線を鏡へと戻す。
(これを飾ってからスケルトンが来なくなったのは、単に偶然だったのかも。三年前とかってサイフォスさん言ってたかな。私が聖女に任命されたのも、ちょうどそれくらいの時だったっけ)
当時はまだ聖女としての立ち居振る舞いもままならず、笑い方ひとつに試行錯誤していた。
その時を思い出すように、モニカは鏡に向かってにこっと笑ってみせる。
口角を上げる角度、瞳の開き加減――女性受けか男性受けかによって、表情は少しずつ違う。
様々な笑顔を作っていると、鏡の隅に、異物が映り込んだ。
骨。
青白く輝く眼窩を持つ頭蓋骨が、モニカを背後から鏡越しに見つめていた。
(……え?)
目の錯覚だと思った。
しかし、何度まばたきしても鏡から消えてくれない。
テオ村にいたスケルトンとは明らかに格が違った。
眼窩に灯る炎からは明確な意志を感じる。
装備も粗末な剣と鎧などではない。抜き身の剣は錆びている者の素人目にもわかる業物で、鎧は聖堂騎士団の上位騎士のみが身に着けられる胴鎧に酷似していた。
(嘘。うそ、うそ、うそ……!?)
モニカは笑顔のまま硬直した。氷を流し込まれたかのように全身がさっと冷える。
(これ……魔除けじゃなくて、魔を引き寄せてるじゃない!)
ひやりとした骨の手が、モニカの口を覆った。
叫びも、呼吸も、意識も奪われる。
別の腕がモニカの身体に絡みついた。どこかへと引きずっていく。
モニカの手から六連星の鏡が落ち、砕けた。
「モニカ!?」
「モニカさん!」
マハとサイフォスが同時に異変に気付き、地面を蹴るのが見えた。荒々しく石畳を踏み鳴らしてこちらに駆け寄ってくる。
朦朧とする意識の中、モニカは懸命に手を伸ばした。
(助けて、――)
とっさに呼んだ名前は――自分にも、わからない。ただ、音にならなかった声が、喉の奥でかすかに震えていた。