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1-3 狼さんの今日のご飯は私みたいです

(いやいやいや聞いてない聞いてない聞いてない!)


 鬱蒼(うっそう)と木々が生い茂る森の中。


 入って十数分も歩かないうちに、モニカは三匹の狼型の魔物に取り囲まれていた。

 魔物たちはよだれを垂らし、飢えた眼差しをモニカに向けている。


「ここから一番近い村はそこの森を抜けた所にあります。聖女様のご加護のおかげで、ここ数十年は日中に魔物も出てきてませんし、子供の足でも行き来できますよ」


 と教えてくれた衛兵を恨みたくなった。


(……ん? 聖女様のご加護って、もしかしてあれかな。私が月一でやってた、なんか大きい水晶に手をかざすやつ。あれって形式的なものじゃなくて大事な儀式だった?)


 次の聖女はおそらくマグノリアだ。見習い修道女を捕まえたほうがマシなくらい、彼女にはなんの力もない。


 モニカが最後に「なんか大きい水晶に手をかざすやつ」――もとい「鎮めの儀」をおこなったのは、ちょうど一ヵ月前。ひと月で魔除けの加護の効果が切れるのだとしたら、今の危機的状況にも納得がいく。納得がいったところでピンチであることには変わりないのだが。


 モニカは魔物に視線を向けたまま、カバンの中身をあさる。聖王国領から着の身着のままで放り出されたモニカを哀れに思い、衛兵が渡してくれたものだ。


 中には、なけなしの路銀と数日分の携行食、簡易的な地図、ランタンなど、旅に必要な最低限度の物品が入っていた。一発で現状を打開できるようなものは見当たらない。


(せめてナイフでもあれば……って聖職者は原則として刃物の携帯は厳禁か。でももう聖女じゃないし)


 包囲の輪がじりじりとせばめられていく。

 モニカは三匹の距離と位置を素早く見積もり、深呼吸をした。恐怖を抑えこみ、自分の腕力でも確実に当てられる距離に入るまで待つ。


(こんな所で死んでる場合じゃないのよね。さっさと聖女に返り咲いて、たくさんお金稼がなきゃいけないんだから!)


 中央にいる魔物が射程範囲に入った瞬間、モニカはカバンを思いっきりぶん投げた。

 カバンは魔物の頭部に命中し、モニカの目論見通り中身が地面に散乱する。匂いを嗅ぎつけ、残りの二匹は我先にと地面に散らばった携行食に食らいついた。


 モニカはすぐさま走り出す。


 森の中は景色の変化がとぼしく、方向がわからない。とにかく魔物たちから距離を取るために足を動かした。


 整備されていない道を歩くのはどれくらいぶりだろう。無秩序に草が生え、木の根や石ででこぼことした地面は、気を抜くと足を取られてしまいそうになる。


 前方にある茂みから、がさっ! と大きな物音がし、モニカは反射的に足を止めてしまった。勢いを殺しきれず、つんのめる。

 どうにか転ぶことは免れたが、茂みから黒い影が飛び出てくるのを見てしまう。


 それは巨大な黒い狼だった。

 さっきの狼型の魔物と比べて倍近く体高がある。

 狩猟に特化した機能的でしなやかな巨躯(きょく)

 全身を覆う毛はわずかに赤みを帯びた艶やかな黒。


 モニカを見返す双(そうぼう)は金色で、ゆらゆらと色の濃さがたゆたう。水に色インクが(にじ)むさまを見ているようだった。初めて美しいものに触れた子供のように、目が離せない。


 神獣が実在するのなら、きっとこんな姿形をしているかもしれない――緊急時にもかかわらず、モニカはそんなことをぼんやりと思ってしまった。


 ぱきり、と枝が踏み折れる音に、モニカははっと我に返る。


 前方に黒狼。後方には三匹の魔物。


(詰んだ)


 モニカは全身の血がさっと凍りつくのを感じた。指一本動かすことも、瞬きすらもできない。


 人間相手であれば、孤児院時代から(つちか)ってきた媚びとおもねり、生まれ持っての容姿の愛らしさを駆使して乗りきる自信はある。

 だが相手は獣に魔物。言葉も見目の良さも通用しない。


(あぁやばい。走馬灯が見える……)


 過去のことが次々とモニカの脳裏に浮かぶ。


 思い返せば、九歳の時に癒しの力が発露したのが運の尽きだったのかもしれない。その日から、自分の選択肢は大幅にせばめられた。

 その中でも最善最良を選び取れるようにしてきたはずだったのに。

 フィンレイ王子の足を治療した時の、魂を引き裂くような叫びが、鼓膜に、脳に、まだこびりついている。


(……嫌な記憶。私って意外と繊細だったかも)


 胃の奥から酸っぱいものがせり上がってくるのを感じ、モニカはたまらず口元を押さえた。膝ががくりと力なく折れ、地面につく。

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