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3-7 喧嘩の絶えない二人

 屋敷の中に滑り込み扉を閉めると、カタカタという骨の鳴る音は聞こえなくなった。


 モニカは扉に背中を預け、ほっと息をついた――のも束の間。

 突然、マハがサイフォスにつかみかかった。


「アンタますます怪しいな。俺にはさっきの骨がアンタにひざまずいているように見えた。この村の聖遺物が偽物だって知ってた理由も含めて、話してもらおうか」


 マハは本物の狼のように牙を剥き出し、低くうなった。狼耳が前のめりに倒れ、尻尾がぴんと天を衝く。


「そ、そんな喧嘩腰にならなくても……」


 モニカは慌てて仲裁に入った。

 サイフォスに不審な点が多いのは確かだが、本気で揉められるのは困る。


「東国ではこのように人に物を尋ねるのですか? ずいぶんと原始的なことで。それとも、ダーロスに呪いを受けたことで、言動まで獣に成り下がっているのですか?」


 モニカの胸中などお構いなしにサイフォスは厭味ったらしくあざ笑う。


「てめぇっ……何をどこまで知ってやがる!」


 胸倉をつかむマハの手に力がこもった。

 気道をせばめられ、サイフォスは苦しげに咳き込む。


「サイフォスさんの言い方も悪いけど、マハも暴力はやめてください!」


 モニカはマハの腕を引っ張った。筋肉質な腕はモニカの力ではびくともしない。


「……モニカは、こいつの肩を持つのかよ」


 急に矛先が変わり、モニカはぎくっとした。

 マハはサイフォスから手を離し、モニカと向かい合う。


「そういうわけでは……」


 モニカは目を逸らして後退った。


(つかみどころのないサイフォスさんに感情的に詰め寄ってもはぐらかされるだけ、って思っただけなのに。そんな言い方しなくても……)


 胸元を押さえ、唇を噛みしめる。

 後出しでこんなことを言っても仕方がない。


(なんで、これくらいのことで傷付いてるんだろう。私、何か期待してたのかな)


 モニカは目蓋の端がちりちりと痛むのを感じた。ほんの少し視界が滲む。


「僕に当たるのはともかく、彼女にまで苛立ちをぶつけないでください、マハヴィル殿下。それとも、好きな女性を泣かせるご趣味でもおありですか?」


 サイフォスはさりげなくモニカの肩を抱いた。落ち着かせるように、一定のペースでとん、とん……と緩やかに肩を叩く。


(もしかして、気を遣って慰めてくれてる?)


 モニカはわずかに濡れた目尻をぬぐい、サイフォスを見つめた。

 涼しげな横顔からは相変わらず何も読み取れない。それでも、以前より温かみのようなものを感じるのはきっと気のせいではないだろう。


(――それはそれとして、サイフォスさんって本当に余計な一言が多いな)


「ごめんモニカ! そういうつもりじゃ……っていうかアンタはどさくさに紛れて触ってんなよ!」


 マハはモニカとサイフォスを引き離し、再び尻尾を逆立てた。

 サイフォスは芝居がかった仕草で両手を挙げて離れる。


「ごめん。きつい言い方して。モニカは止めてくれただけなのに。本当に、ごめん」


 マハはモニカの頬に触れ、思いを伝えるように抱きしめた。

 苦しいけれど、嫌ではない強さだった。

 モニカは返す言葉が見つからず、ぎゅっとマハの服の胸元を握りしめる。


「……あっ、また、ごめん。つい、その……俺が抱きしめるの、迷惑?」


 慌てたマハは肩をつかんで身体を引き離した。耳は不安げに倒れ、尻尾が足に巻きついている。


「――どさくさに紛れてるのは、どちらの方なんでしょうね」


 うっすらと棘を孕んだ声がした直後、


「ぎゃあああっ!!」


 尻尾を引っ張られたマハが、全身を震わせて情けない悲鳴を上げた。


「ふざけんなてめえ! 尻尾はやめろ尻尾は!」

「先ほどのお返しですよ。切り落とさなかっただけでも慈悲深いと思ってください」

「ほんっとお前嫌い!!」

「奇遇ですね。同意見です」


 目尻を鋭く吊り上げたマハと、伏し目がちに微笑むサイフォスの間に火花が走った。


(……もう、ほっとこ)


 モニカは深くため息をつき、二人から距離を取った。

 なんとはなしに、自分の身体に腕をまわす。


(人に触られるのは、あんまり好きじゃなかったはずなんだけどな……)


 温度の違うため息がこぼれる。

 婚約者だったレイドール相手でさえ、触れられるのに抵抗があった。今にして思えば、無意識のうちに彼の本性を察していたのかもしれない。


 マハとサイフォスに対して、そういった嫌悪感はない。驚いたり、心臓が妙な動きをして戸惑うことはある。彼ら二人が特別なのかどうかは判断がつかない。


 それ以上、今はまだ踏み込みたくなかった。


(そういう相手が同時に二人いるっていうのは、なんとなくマズい気がする)


 モニカは目蓋を伏せ、唇を引き結んだ。


(聖女に戻らなきゃいけないのに。浮ついててダメだな。私が、本当に優先しなきゃいけないのは――)


 ――その時、どこからか視線を感じた。


 モニカは肩越しに振り返る。

 廊下に人影はない。が、視界の端で、何かがきらりと光を反射したのを捉えた。


(誰かいる?)


 モニカは光に誘われるように廊下を進んでいく。

 踏みしめた床板がきぃっっと心臓に悪い軋んだ音を上げた瞬間、


「――あんたたち、どうやってうちの中に入って来たんだ!」

「っ、きゃあああああああああっ!!」


 しわがれた怒声とモニカの悲鳴が響き渡った。

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