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3-6 骨の兵は誰がために跪く

「聖遺物って言うからには、聖なる物なんだろ。それなのになんでスケルトンが群がるんだよ。普通、嫌うもんじゃないか?」


 マハは腕組みをし、ゆらゆらと尻尾を揺らした。


「単純に偽物だからでしょう」


 サイフォスは肩をすくめる。


(……偽物って言いきった?)


 モニカは引っかかりを覚えた。

 自分の記憶が確かなら、今までサイフォスは「六連星の鏡はテオ村で観光資源にされている」と言っていた。それが「偽物」だとまでは断言していない。


「なんでアンタには『偽物』だってわかるんだ?」


 マハもモニカと同じ疑念をいだいたようだった。


「何年も前から観光地になるくらい、多くの人がこの村の聖遺物をありがたがってる。それは、ほとんどの人が『本物』を知らないからだろ」


 モニカが言語化しきれなかった違和感を、マハはまっすぐ突きつける。


(意外とちゃんと考えるタイプなんだ。……ただの脳筋かと思ってた、ごめんなさい)


 モニカはマハの精悍な横顔を見上げ、心の中で両手を合わせた。


(さっきまで子供っぽく騒いでたのに。いまは、ちょっと格好良く見え……え? え?)


 慌てて頭を揺さぶった。妙なことがよぎりかけた気がする。


「アンタは知ってるのか、本物の六連星の鏡を」


 マハは偽りを許さない鋭い目つきでサイフォスを見た。


 聖女だったモニカですら、六連星の鏡が具体的にどんな物なのか知らない。仮に手に入れられたとしても、真贋を見極める手立てがない。

 入手してから考えればいいか、と後回しにしてきたことをマハによって突きつけられた気がした。


「神が知っているから――では、ご納得していただけそうにありませんね」


 サイフォスはやれやれとでも言いたげに嘆息する。


「ひとまず、あのお骨様の集団を追い払ってからにしませんか? 今は村長宅にだけ注意が向けられていますが、こちらに危害を加えてこないとも限りません」


(結局、またはぐらかすんだ)


 モニカは目を伏せ、服の胸元を握りしめた。喉の奥が詰まったように息苦しい。


「……わかった」


 マハは目蓋を伏せ、仕方なさそうにうなずいた。

 野を駆ける獣の速さで骨の壁に向かっていく。


「ああもう、また一人で……!」


 モニカはスカートの裾をたくし上げ、走ってマハを追いかけた。


 マハが近づいても、スケルトンたちは陣形を崩さない。かつて眼があった空洞は、村長の屋敷にだけ向けられている。


(なんか気になるな……このままマハに倒してもらっちゃってもいいのかな)


 スケルトンやゾンビ、死霊といったアンデッドは聖王国では絶対悪とされている。魔物と違って自然発生はせず、禁術の一つ、死霊術によって生命を歪められた存在だからだ。疑問を差しはさむ余地はない。


 だが今回のケースは特殊だ。


 モニカが見た限りでは、現れたスケルトンは村や村民に危害を加えていない。マハに対して応戦はしたが、先に手を出したのはこちらだ。


 モニカが逡巡(しゅんじゅん)していると、スケルトンが動いた。武具と骨が擦れてカタカタと鳴る。

 スケルトンはモニカたちを振り返ると、奇妙としか言いようがない動作をした。子供の動かす操り人形のように、手足の骨を関節を無視した方向に曲げてじたばたする。


「な、なんだ? 呪いの踊り?」


 意気を削がれたマハは、遠巻きに様子を窺う。


 スケルトンたちは互いにぶつかり、骨や武器を落としながら二列に別れ、向かい合って整列した。村長宅の入り口から玄関まで骨の道ができる。


(えぇ、なにこれ……式典の時みたい)


 モニカはおそるおそる骨の道に近付く。

 すべてのスケルトンが地面に剣を突き刺し、右手を胸に当てていた。古式の敬礼に見える。


「待って。危ないから、俺が先に行く」


 マハはモニカの手首をつかんで引きとめ、背中にかばった。

 大きな背中は、上着越しにもしっかりと鍛えられていることがわかる。頼り甲斐がありすぎて、モニカは安易にしがみつきたくなってしまう。


(ちょっと弱ってるな、私。ちゃんと自分の足で立たないと)


 誰かに完全に寄りかかってしまうと、倒れた時に起き上がれなくなってしまう。

 追放されて身に染みた。

 手を借りることはあっても、心まで預けてはいけない。


「モニカ?」

「ありがとう、マハ。今はまだ大丈夫です」


 モニカはマハの隣に立ち、微笑みかけた。


 マハの狼耳がぺたりと倒れ、尻尾がくすぐったそうに揺れる。

 耳と尻尾のおかげでマハは感情が読みやすい。


「まるで歓迎でもされているようですね」


 モニカを間に挟むようにサイフォスが隣に並んだ。


「歓迎? 誰がですか?」

「『聖女システィーナの再来』と謳われるほどの神聖力が、心なきスケルトンをもつき動かしたのでしょう」


 サイフォスは意味ありげに口の端を持ちあげる。


「やめてくださいよ! 魔女の噂に信憑性出ちゃうじゃないですか!」

「聖女システィーナはアンデットにすら慕われていたそうですよ」

「そんな話聞いたことありません!」

「では今度、二人で我が神の言葉に耳を傾けませんか? 聖戦の裏話や聖王のスキャンダルなど下世話な話題が盛りだくさんですよ」

「神のくせに俗物過ぎません!? 結構です!」


 モニカは逃げるように大股で骨の道を駆け抜けた。


 スケルトンは微動だにしない。


「モニカ! 一人で行くのは流石に危ないって!」

「見かけによらず豪胆な方ですねえ」


 マハとサイフォスが後を追う。


 スケルトンが、動いた。

 より正確に言えば、崩れた。

 数体のスケルトンの足がかくっと折れ、そのまま地面に倒れ伏した。


 衝撃で外れた頭蓋骨がころころと転がる。

 モニカとマハたちの間で止まり、一斉に、からっぽの眼窩がとある一点を見つめた。

 マハとサイフォス――いや、サイフォスにだけ向けられている。


 そのことに気付いた途端、モニカには、地に膝を着き崩れ伏すスケルトンの姿が神に対する拝跪(はいき)のように見えてきた。


 カタカタカタカタッ――


 突然、頭蓋骨が歯を打ち鳴らし始めた。共鳴するように、他のスケルトンも顎を震えさせる。


「……っ! は、早く行きましょう! 早く!」


 モニカは悲鳴を飲み込み、耳を押さえて駆け出した。


(なに、いまの……サイフォスさんを見て、怖がってた?)


 敵意や警戒ではなく、恐れの感情を向けていたように見えた。


(あんまり思い出したくないけど、確かサイフォスさんが自分で言ってた気がする。崇めてるのは冥神だ、って。もしかして本当に――)


「モニカさん」


 すぐ背後から声をかけられた。

 男性としてはやや高めで、水晶のように透き通った声。

 いつもと変わりない声音のはずなのに、妙にモニカの心を波立たせた。


「考え事をしながら走ると、足元をすくわれますよ」


 サイフォスは嫣然(えんぜん)と微笑み、モニカの手を引く。


「気を付けてください。二度も道を違えるのはご免ですからね」

「サイフォス、さん? なんのこと――」


 モニカの疑問を遮るように、屋敷の扉が音を立てて開いた。

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