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3-5 ルビーかサファイヤか

 サイフォスが家の窓をノックしてみるが反応はない。


「ああ言ってしまった手前、異端審問官として赴かなくてはならなくなってしまいました。モニカさんはどうします?」

「行きます」


 モニカは即答する。


 先ほどの村人が何度も口にしていた「お骨様」というのが気にかかった。

 スケルトンに対して、何故そのような特別な呼び方をしているのか。村が襲われている理由についても心当たりがありそうな口ぶりだった。


「なぁ、今の人も、途中で会ったおっさん傭兵も言ってたけど、近くに砦かなんかがあるのか」


 先頭を歩くマハが尋ねた。狼耳を神経質に動かし、周囲への警戒を怠らない。


「聖戦時代に建造されたと思しき旧砦があります。正式名称は『テオドラ砦』。対邪神の補給基地の一つだったそうですよ」


 聞かれることを想定していたのか、サイフォスはすらすらと答える。


「調査によると、現在はアンデット系を始めとする魔物の住処となっています。これまで何度か聖堂騎士や祓魔師による掃討作戦が話し合われましたが、費用対効果の問題で放置されています。建前としては、『砦の老朽化が進んでおり、内部への進軍が困難であるため』ということになっていますがね」


(妙に詳しい……って思っちゃうのは考え過ぎかな)


 モニカはこっそりとサイフォスを窺った。


 相変わらず、気を抜くと見惚れてしまうくらい整った顔立ちをしている。目や表情には生気がなく、それが人形っぽさに拍車をかけていた。


「――そんなに熱心に見つめて、どうかなさいましたか?」


 サイフォスは目を細め、瞳だけを動かしてモニカと視線を合わせる。


「いっ、えっ、その……サイフォスさんは色々な事にお詳しいんだなーと思って」


 モニカは騒ぐ胸を押さえ、笑顔を作る。

 本職の人間の胸中を探るのは難しい。逆にこちらが暴かれてしまいそうだ。


「遺跡や廃墟には退廃的な美しさとロマンがありますからね。特に聖戦時代の建造物は当時の建築様式の素晴らしさと劣化と植物の繁茂(はんも)具合がほどよく――ああ、そうだ。新婚旅行には旧神ゆかりの地、三地点制覇などいかがでしょう?」


 サイフォスは禁術や神について語る時と同じ目になる。ただの旧跡マニアのようだ。


「なんで新婚旅行でオカルト巡りしなきゃならないんですか……」

「『吊り橋効果とか狙えてお得!』と以前に神が恋愛心理を――」

「そういう駆け引きは結婚前にやるものかと。っていうか私たちが向かわなきゃいけないのは村長さんのお家です!」


 モニカはサイフォスを振り払い、マハの隣に移動した。


「俺は結婚式も新婚旅行も盛大にやるから安心して、モニカ」


 マハはぐっと握り拳を作ってみせる。


(……マハもベクトルが違うだけで、ちょっとおかしいんだった)


 モニカはマハの隣に来たことをすぐさま後悔した。


「モニカは宝石好き? エルヌール(うちの国)では、花婿が採掘してきた宝石を使って、花嫁にオーダーメイドのティアラと指輪を送るのがしきたりなんだ」

「宝石……」


 我ながら現金だなと思いつつ、モニカはつい反応してしまった。

 宝石はもちろん好きだ。持ち運びやすく耐久性もあり、資産価値が安定している優れた財産だ。


「モニカなら――ルビーとかガーネットみたいな赤い石が似合いそう!」


 マハはモニカの髪や瞳をじっと見つめた後、犬歯を見せて屈託なく笑った。

 人間姿のマハは、身長が高く目つきが鋭いせいで近寄りがたいが、笑うと雰囲気がぐっと柔らぐ。よく動く狼耳と尻尾も愛玩動物的な可愛らしさがある。


「そう、ですか? ありがとうございます」


 まんざらでもないモニカはウィンプル越しに髪を撫でさすった。

 モニカが重視しているのは金銭的価値だが、美しいものが似合うと言われれば嬉しい。


「面白みのないチョイスですねえ」


 サイフォスがあからさまな意図をもって横槍を入れてくる。


「そういうアンタだったら何選ぶんだよ」


 むっとしたマハは喧嘩腰で尋ねた。威嚇で尻尾が持ちあがっている。


「……パパラチアサファイア」


 サイフォスはモニカの瞳を――それよりももっと奥の、深い部分を見つめて呟く。

 自分の意志で答えた、というよりも、うっかりこぼれ出てしまったような言い方だった。


(なんか、変なの。目が合ってるようで、合ってない。私を通して、他の誰かを見てるみたい……)


 モニカの心に違和感がわだかまる。


「サファイア、ですか? 青色の宝石の?」


 遠慮がちにモニカは聞き返した。

 ローズピンクの髪に夕陽色の瞳をしているため、青系の色が似合うと言われたことはあまりない。


「いえ、パパラチアサファイアは、ちょうどモニカさんの髪のような美しい色合いです」


 今度は他の誰でもなく、モニカの目を見てサイフォスは答えた。


「そう、なんですか」


 モニカは自分の髪をひと房つまんで見つめた。

 遅効性の毒のように、じわじわと嬉しさと恥ずかしさがこみあげてくる。

 二人とも比較的まっすぐに褒めてくるため、嬉しいけれど居心地が悪い。


「よくそんな珍しい石知ってるな。うちでもほとんど採れないやつだ」


 マハは目を丸くし、素直に感心しているようだった。


「宝石は魔術や儀式と関わりが深い物ですからね。ちょっとした伝手(つて)があるんですよ。モニカさんさえよろしければ、今度プレゼントさせてください」


 サイフォスは胸に手を当て、ウインクをしてみせた。

 今の仕草から手馴れた気配を感じ、モニカはわずかにもやっとした気分になる。


(宝石は欲しいけど、旧神由来の呪いのアクセ、とかじゃないよね? でもそんなに希少な物を受け取る約束したら気を持たせるみたいで悪いし……)


「俺が先に渡すからダメだ!」


 目を吊り上げ尻尾を逆立てたマハが、モニカとサイフォスの間に物理的に割り込んだ。


 モニカは内心ほっとする。

 今回ばかりはありがたかった。うやむやにしてもらえて助かる。


(なんかいまいち緊張感ないな……)


 口論をし始めた二人を置いて、モニカは村長宅へと足を進めた。


 マハが倒したものがすべてだったのか、あれから一体もスケルトンに遭遇していない。気が緩んでしまっているのもそのせいだ。


 ほどなくして、モニカはスケルトンがいなかった理由を悟る。


 遠目にそれを見た時は、白い塀か何かだと思った。

 スケルトンが等間隔に整列し、一軒の屋敷をびっしりと隙間なく取り囲んでいる。


 追い付いたマハとサイフォスも、目の前の光景の異様さに足を止めた。

 緩んでいた気持ちが、再び冷えていく音がした。

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