3-4 お骨様の祟り
テオ村は「異様」としか言えない雰囲気に包まれていた。
一見、平均的な規模の農村だが、住民の代わりに、さびた剣とぼろぼろの鎧で武装したスケルトンたちが闊歩している。
立ち並ぶ家屋の扉や戸は固く閉ざされ、嵐が通り過ぎるのを待つように不自然に静まり返っていた。
「ではお二人とも、よろしくお願いします!」
マハとサイフォスの後ろに隠れたモニカは、二人の背中を無責任に押す。
「……もっと暴れまわってんのかと思ったけど、見た感じ歩いてるだけだな」
狼耳を横向きに倒し、マハは喉のあたりをさすった。
マハの言う通り、スケルトンたちは警ら兵のようなしっかりとした足取りで巡回していた。破壊活動などはしていない。
「そんなに消極的で良いのですか。この場で功を挙げたほうがモニカさんの好感度を稼げるのでは?」
サイフォスは鍔のないナイフを取り出し、指先で器用にくるくるとまわす。
マハはわかりやすく目を見開き、ぴんっと音がしそうなほど勢い良く耳と尻尾を立てた。
「全部俺が倒してきてやるから、アンタはモニカのことちゃんと守ってろよ!」
「マハ! いくらなんでもそれは」
返事も聞かず、マハはスケルトンの群れへと突撃してしまう。何か策があるようには見えない。
「『ああいう感じで魔狼討伐も気軽に引き受けて、呪いをもらうことになっちゃたんだろうねえ』と神も憐れんでいます」
けしかけた張本人であるサイフォスは白々しく目蓋を伏せた。
「村行きを強行したのは私ですけど、サイフォスさんも手伝ってくださいよ」
心苦しくなったモニカはサイフォスのマントを引っ張って抗議する。
「求婚を受け入れてくださるなら喜んで」
「……本当に活躍具合での好感度方式採用しますよ?」
モニカはぴくぴくと痙攣するこめかみを押さえ、じとっとした目でにらみつけた。
「見たところ、アンデットの弱点である火対策を講じていないド下級のスケルトン――つまり、よく燃えるただの動く骨です。僕が手を出すほうがかえって邪魔でしょう」
「動いてる時点でただの骨じゃないんですが……」
アンデットと会敵したことのないモニカにはグレードの違いがわからない。
回復要員として何度か祓魔師や聖堂騎士の遠征に同行したことはあるが、後方で怪我の治療に当たっていただけだ。アンデットと一度も遭遇することなく終わった。
「仮にただの骨でなかったとて、あれでもあなたの犬は旧神の眷属を倒した傑物です。遅れを取るはずがありません」
謎の確信と信頼をもってサイフォスは断言する。
「私のじゃないですし。犬って言うとまた怒られますよ」
モニカはつきそうになってしまったため息を飲み込み、マハの姿を目で追った。
よく燃えるただの骨、というサイフォスの言葉を理解する。
陽炎を纏ったマハの拳が触れた瞬間、スケルトンの身体が赤々と燃えあがった。ぐずぐずと崩れ落ち、ただの灰の山と化す。
高位の聖堂騎士や祓魔師でもここまで鮮やかに敵を葬ることはできない。
ざっと目視しただけで六、七体はいたスケルトンが、マハ独りの力によってものの数分で壊滅した。
(――あの時なんで怪我してたんだろう)
ふと、モニカはマハと出会った時のことを思い出す。
追放直後で余裕がなかったり、喋る狼が衝撃的だったため、怪我の理由を聞きそびれていた。
サイフォスをして英雄や傑物と言わしめるほどの実力のあるマハに、重傷を負わせられる相手がいるのだろうか。
(呪いについても、サイフォスさんがいるから詳しく聞けなかったし。近いうちに時間を作って話たいな。いざって時に呪いが原因で動かなくなられても困るし)
「マハ、大丈夫ですか?」
周囲に動くスケルトンがいないことを確認してから、モニカはマハに駆け寄った。
「んー、うん」
マハは脇腹をさすり、顔をしかめている。
モニカの記憶違いでなければ、出会った時に負傷していた箇所だ。
「あの、もしかして怪我が痛みます? ちゃんと治せてませんでしたか? 具合悪いのにマハに押し付けてしまってごめんなさい」
モニカは素直に頭を下げた。
利用しようとは思っているが、無理をさせるのは本意でない。
「え? ……ああ、違う違う。モニカが治してくれたから全然大丈夫。そうじゃなくて、こいつらなんか変なんだよな。敵意がないっていうか」
マハは腕組みをし、首を傾けた。
「そりゃあねえ、お骨様が怒ってるのは村長に対してだけだから」
近くの家屋の窓が開き、中年の女性が顔を出す。
「『お骨様』?」
モニカが聞き返すと、村人は胡乱げな視線をモニカたちに向けた。
「一目散に逃げ出した団体さんみたいに、あんたたちもどうせ巡礼とやらに来たんだろう。お骨様に祟られる前にお帰りよ」
「巡礼ではなく視察です。偽物の聖遺物によって不当に利益を得ているとの情報がありまして。聖王と聖女を冒涜する行為は異端審問官として見過ごせません」
サイフォスはいつもの死んだ目で微笑み、閉めさせないように窓枠をつかんだ。
(いや年単位で見過ごしてたじゃん)
モニカは心の中でこっそりと突っ込む。
少なくともサイフォスは数年前から(真偽はともかくとして)六連星の鏡がテオ村にあることは知っていた。
「ひっ……! う、潤ってるのは一部の人間だけさね。村長が変な男から買った旧砦の鏡だかなんだかを飾って儲けてるだけで。今じゃ立派な祠まで建てちまってさ。あたしらは迷惑してるんですよ」
村人はぎょっと目を剥き、早口でまくし立てた。
サイフォスの死んだ目と、「偽物」や「冒涜」といったワードが効いたのだろう。
「村長の家はどちらか教えていただけますか?」
「ここの道をまっすぐ行った所にある一番でかい家だよ。お骨様が取り囲んでるからすぐにわかるさ」
村人は窓から上半身を出し、方向を指し示す。
モニカたちが村長の家の方向に注意を向けている隙に、村人は窓を固く閉ざしてしまった。