3-3 聖女としての振舞い
「傭兵というのは抜け目ないですからね。聖女のご尊顔を見知っていても不思議はないでしょう」
いつの間にか車内に戻ってきたサイフォスが代わりに答えた。
「モニカさん、話は聞いていましたね。ローガンとともに近くの都市に避難していてください」
サイフォスはモニカの前にひざまずき、手を取った。
「サイフォスさんはどうするんですか?」
「『死霊討伐は職掌外だけど見捨てるのも寝覚めが悪いよね』と神が呟いておられるので。できる範囲のことをしに行きます」
サイフォスは肩をすくめてみせる。
「へー、意外。思ったより正義感あるんだな」
マハが窮屈そうに座席から立ち上がった。サイフォスの肩をぽんと叩き、馬車から軽やかに降りる。
「俺も手伝うよ。魔物退治はそれなりに慣れてる」
屈伸をしたり、手首足首を振ったりなどしてマハは身体をほぐす。
「ああ、頼もしいですね。ぜひお願いいたします」
サイフォスは清々しい笑顔で手を振り、馬車の扉を勢いよく閉めた。
「なんで追い出すんだよ!」
「モニカさんの身の安全は僕が責任をもちますので、どうぞお好きなだけ骨と戯れてください」
「共闘する流れだったろ!」
「人や動物であれば捌けるのですがアンデット――特にスケルトンはちょっと。本来死霊退治は祓魔師や聖堂騎士の領分ですし」
「見捨てるのは寝覚め悪いんじゃなかったのかよ!」
「そうは言っても結局は赤の他人。モニカさんとの優先順位は比べるまでもありません」
「一瞬でもお前の中に正義感を見た俺が馬鹿だった!」
「己の愚かさに気付けて良かったですね――おっと、おそらく神もそう思っていらっしゃいます」
「神様経由で喋んの面倒になってんだろ! いい加減自分の言葉だけで喋れよ!」
(……また始まった)
モニカは軽い頭痛を覚えた。
飽きずに口論を繰り返しているところを見ると、むしろ仲が良いのではないかと思えてくる。
(こんなことしてる間に鏡が壊されたらどうしよう。鏡について話が聞けなくなっても困るし……)
と考えたところで、モニカははっと気が付いた。
――人命よりも自分の利益を優先している。
(……聖女にふさわしくないな、本当に)
モニカは手のひらをぐっと握り込んだ。
聖女らしくないことを自覚していたからこそ、聖女に見えるよう努力してきた。
(たとえ本心が利己的だったとしても、そう見えないように振舞えばいい。いまさら性根なんて変えられないんだから)
モニカは目蓋を伏せ、心を定めてからゆっくりと開く。
「――マハ、サイフォスさん。いつまでも遊んでいないで、早く馬車に乗ってください」
決して大きくはないが、よく通る声で二人に呼びかけた。
「マハ。旧神の眷属を打倒したというその力、どうか私に貸してください」
マハに手を差し伸べ、車内に引き上げる。
「サイフォスさん。あなたの神も仰っていたのでしょう。無辜の民を見捨てるのは寝覚めが悪い、と」
モニカは両手を祈りの形に組み、伏し目がちにサイフォスに視線を送る。
「どうか、災いに襲われたテオ村を救ってください。もちろん私も微力ながらお力添えします。怪我をしたら遠慮なく言ってくださいね。もしも治療されるのがお嫌でしたら、死ぬ気で頑張ってください」
(綺麗事でも、嘘でもいい。私の願いが、誰かを動かせるのなら)
モニカは聖女らしい微笑を浮かべ、組んだ手に淡いオレンジ色の治癒光を灯した。
「俺頑張る! あ、治されるのが嫌って意味じゃないから!」
マハはぶんぶんと音がするほど大きく尻尾を左右に振った。
「……馬鹿正直に受け取れて羨ましいですね。脅し――いえ、モニカさんに請われるならやぶさかではありませんが」
サイフォスはマハを横目で見ながら、諦めたようにため息をつく。
「ありがとうございます! よろしくお願いしますね」
(人助けにもなるんだから、これくらい利用してもバチは当たらないでしょ)
モニカはにっこりと全力の笑顔を作り、二人の手を握りしめた。