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1-2 冤罪の影に貴族令嬢あり

「騙されてはいけませんわ、レイドール殿下!」


 突如、玉座の間に女の声が響いた。


 鼓膜に突き刺さる高音に、モニカは思わず顔をしかめそうになる。


「そこにいるのは聖女の地位に固執するあまり禁術に手を染めた(したた)かな魔女。この女が弟君――フィンレイ殿下に何をしたかお忘れですか?」


 高官たちを差しおいて発言したのは、上級貴族の令嬢であるマグノリアだ。かすり傷ひとつ治す力もないにもかかわらず、名家の威光という名の賄賂(わいろ)によって准聖女(じゅんせいじょ)に収まっている。


 誰も表立って注意しないのをいいことに、マグノリアは派手な特注の修道服に身を包んでいた。ほぼドレス同然の見た目だ。

 今日は身に着けているアクセサリーの数も多く、いちだんとギラギラしている。


(毎日毎日頑張ってひと財産背負ってるなぁ。お金が有り余ってるなら孤児院に寄付してくれればいいのに。そういえば王子のくれたプレゼントもあんな感じの悪趣味なやつだったな。上流階級では流行ってるのかも)


 呆れと感心のため息を飲み込み、モニカは服の胸元を握りしめた。


 モニカが着ているのは薄い藤色を基調とした修道服で、聖女システィーナが着用していたとされるものを元に作られている。ネックラインやベルスリーブの袖口(そでぐち)、スカートなどにフリルがあしらわれていたりと、全体的に可愛らしいデザインだ。

 最初は修道服にしては華美すぎないかと心配したものだが、マグノリアの着ている物と比べれば遥かに清楚で洗練されている。


「やはり出自の知れぬ者は信用なりませんわね」


 マグノリアはプラチナブロンドの豪奢ごうしゃな巻き毛を誇らしげに揺らしながら、レイドールの隣に立った。


 言動のすべてがいちいちモニカの癪に障る。


 出会った頃のマグノリアは、孤児院育ちというモニカの境遇を憐れみ、目をかけてくれていた。だがモニカが聖女に選ばれると一変し、敵愾心(てきがいしん)を剥き出しにするようになった。


「聖女も婚約者の座も、わたくしが引き継ぎますのでどうぞご心配なく、ただのモニカさん」


 マグノリアは貴族令嬢らしく上品に微笑むと、レイドールにしなだれかかった。細く白い指をレイドールの腕にがっちりと絡ませる。


 あまりに場違いなマグノリアの言動に、部屋中がざわめく。


 マグノリアはもう片方の手で、緩やかな曲線を描く腹部を丁寧にさすった。わざと注目させるように。


 ざわめきがどよめきへと変化する。


 マグノリアの動作を見るまで、モニカは彼女の身に起こった異変に気付くことができなかった。アクセサリーの輝きで目をくらませられていた。


「ばかっ、その件はほとぼりが冷めてから――」


 眉間に皴こそ寄っているが、レイドールの口元はだらしなく緩んでいる。


(いつの間に二人が……っていうかやっぱりあのアクセ、私がもらったのと同じやつじゃない! 同じ物あげるなんて最っ低――いやそんなことより、もしかしなくても、(てい)良くはめられたってこと?)


 モニカは危うく舌打ちをしそうになった。


(まがりなりにも准聖女を妊娠させるなんて馬鹿じゃない! 子を宿すと治療術が使えなくなるのに。まぁ、マグノリアは元々使えない……ああ、だからこんなことしたのね)


 レイドールがここまで色仕掛けに弱くて頭も弱いとは。婚約破棄についてだけは本当にありがたい、とモニカは心底思う。


(浮気を正当化させるために断罪されるなんて冗談じゃない。禁術の件だけでも覆せればまだ希望はある、はず。だけど今は証拠がない。第二王子の治療中に突然『治療術の効果が変質してしまった』なんて、私の証言だけでは到底信じてもらえない)


 モニカが頭を悩ませていると、不意に両側から衛兵に腕をつかまれた。強引に立ち上がらされる。


異端審問官(あいつ)が迅速かつ真面目に調査してくれていれば……!)


 モニカはダメ元で銀髪の異端審問官に視線を投げた。


 こちらのことをずっと見ていたのか、銀髪の異端審問官とすぐに目が合う。

 銀髪の異端審問官は唇の端をわずかに持ちあげ、慈悲深く微笑んだ。


 こんな状況でなければ見惚れていたかもしれない。

 が、


(なんなのよあいつ!!)


 今はただモニカの神経をこの上なく逆撫でしただけだった。


「次の聖女については追って沙汰(さた)をする。その女はもう連れていけ」


 レイドールがおざなりに手を振ると、衛兵たちは敬意も配慮もなくモニカの身体を引きずった。


「お待ちください兄上!」


 しっかりとした意志のある声とともに、玉座の間の両開きの扉が勢いよく開け放たれる。

 扉の向こう側にいたのは、レイドールと同じ金の髪をした少年――第二王子のフィンレイだった。杖をついており、片足を引きずるようにしてモニカに歩み寄る。


「フィン様!」


 モニカは衛兵を振り払い、フィンレイに駆け寄った。

 フィンレイは杖を捨て、モニカの身体にしがみつく。


「ごめんねモニカ。ごめん、ボクのせいで……」

「よかった、歩けるようになったんですね」


 断罪された身で王子に触れていいものか迷ったが、モニカはフィンレイの頭をそっと撫でた。


「フィン様がお元気になられたのなら、それで構いません」


 モニカはフィンレイの身体をやんわりと引き離し、(かが)んで目線を合わせる。

 頬は子供らしくふっくらとしており、色艶も良い。健康状態に問題はなさそうだ。

 歩き方はややぎこちなかったが、以前と遜色(そんしょく)のない足がしっかりと生えている。


「ちゃんと無実であることを証明して戻ってきますから、心配しないでください」


 モニカは努めて明るい笑顔を作ってみせた。

 フィンレイは瞳に涙をいっぱいに溜め、それをこぼさないように小さくうなずく。

 今年で十九になるモニカと六歳違いのフィンレイは、年齢のわりに小柄で、女の子と見間違えるほど可愛らしい。


「お時間をいただき、ありがとうございます」


 モニカは衛兵たちに向かって頭を下げ、拘束しやすいよう手首を合わせて両手を差し出した。


(これでいくらか第二王子派の同情は買えるかな。レイドール王子とマグノリアは、短慮すぎて放っておいても勝手に沈みそう。とはいえ、このお礼はきっちりさせてもらわないと。禁術の使用と王族に対する傷害、二つも大罪があるのに国外追放にすらできないなんてツメが甘いのよね。あとは、禁術と疑われたこの力をどうにかできれば……)


 ほんの数日前まで「聖女システィーナに比肩しうる癒しの御手」と誉めそやされていた自分の手に、モニカは冷ややかな視線を向ける。


「先ほどは無礼を働き失礼いたしました。拘束しろとの(めい)は承っておりませんので、どうか手をお下げください。馬車までご案内いたします」


 態度を改めた衛兵の一人が先導し、もう一人がモニカの後ろに付く。


「モニカ!」


 涙で顔をぐしょぐしょにしたフィンレイが声を震わせて叫ぶ。


(そこまで慕ってもらえるほど、私は真っ当な聖女じゃないんですよ、フィン様)


 モニカはじくじくと痛む胸を押さえる。


(でも本当に足が治って良かった)


 自分の足だけで立つフィンレイの姿を目に焼きつけ、モニカは玉座の間を後にした。

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