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2-9 今から三十分以内に入信すると一時間毎に脳内に直接ありがたい神のお告げが届きます

「初代聖女システィーナの出生地や生い立ちが謎に包まれているのはご存じですね。それをいいことに、各地に真偽不確かな聖遺物があふれています」


 サイフォスに説明されるまでもなかった。准聖女になった時点で、法教院(聖職者の教育機関)によってみっちりと神学を叩き込まれる。


(初代聖女についてはっきりしているのは、『聖王の伴侶であり、万能の癒しの力を持ち、薄藤色の衣を纏っていた』ということだけ。それ以外のことは諸説入り乱れてる)


 改めて思い返すと、かなり不確かな存在だ。信仰の対象としては謎めいていたほうがいいのかもしれない。


「六連星の鏡も、そういった眉唾物の一つだと?」


 モニカはさりげなくうなじに触れた。聖痕のざらつきだけは確かにそこにある。


「審問院が確認している限りでは、本物の六連星の鏡の所在は不明です。そのような不確かな物に望みをかけるおつもりで?」


 サイフォスは冷静に事実を突きつける。


 モニカは唇を引き結び、押し黙った。


 国家機関が見つけられていないものを、一個人が探し出すのは難しい。

 それでも――


「……このままあなたに保護されていても、聖女には戻れないのでしょう?」


 モニカはにらむようにサイフォスを見つめた。


「それなら私は、私ができることを片っ端から試していくつもりです」


 自分に言い聞かせるように、宣言する。


「聖遺物を見世物にしている村が、数ある聖遺物の中でなぜ六連星の鏡を選んだのか。そこには理由があるはずです。直接鏡へとつながらなくとも、なにがしかの情報はあるでしょう」

「そうやって細い糸をたどっていく、と? 見かけによらず愚直で(たくま)しい方ですね」


 サイフォスは指先にモニカの髪を巻き付けた。


「それはどうもありがとうございます!」


 モニカは不機嫌さが漏れ出た笑顔で髪を奪い返す。


「ちなみに、あなたがそこまで聖女に固執するのは、横領した金の送金先である聖ローザ孤児院のためですか?」


 不意に育った孤児院の名前を出され、思わずモニカの表情が固まった。


「あ、えと……ち、ちょっと待って! なんで孤児院のこと――いや、そんなことより、禁術と傷害はともかくとして、私は横領なんかしてないから!」


 サイフォスの鼻先に指を突きつけ、モニカは語気強めに否定する。

 横領罪をでっち上げられた理由だけは、今もまったく心当たりがなかった。


「あなたから孤児院へと、継続的に多額の資金提供があったのが原因だと聞いています」

「お給金とか寄進とかをほとんど全額送ってるんだから、それなりの額になるのは当たり前じゃないですか。決して悪いことして稼いだお金ではありません」


(まぁ、レイドール王子からもらったアクセとかは売っちゃったけど。でも、もらった時点で私の物だし)


 生活用品や化粧品、日々の生活にかかる細々なお金以外は、自分を育ててくれた恩返しとして孤児院に寄付をしていた。まさかそれが仇になるとは。


「違法性を疑われるほどの献金をする必要がありますか?」


 サイフォスはため息混じりに尋ねる。


「母……孤児院を所有しているマザーローザはご高齢。管理や運営には人を雇わなくてはなりません。それだけでなく、あそこにいる子たちが勉強したり技術を習得するためには、教師と教材を揃えなくてはならない。正直、いくらあっても足りないわ」


 モニカは自分の身体を抱くように腕をまわし、目蓋を伏せた。


「私みたいにならないように、あそこにいる子たちが望んだ未来を歩めるように手伝いをしているだけよ」


 孤児はどこまでいっても孤児として扱われる。ささいなミスをしただけでも、「あの子は孤児上がりだから」と根拠なく素性と結果を結び付けられる。聖女の称号を得たモニカすら例外ではない。


 世間の風当たりに晒されて折れないようにするためには、自分を支える芯が必要だ。知識や技術は生き抜く力になる。


「自己を犠牲にして未来ある子供たちに道を示すとは。実に献身的で慈悲深く聖女らしいことです」


 サイフォスはいかにも芝居がかった所作で首を垂れた。


「なんか嫌味に聞こえるんですけど」


 モニカは眉が吊り上がってしまうのを抑えられない。


「そう聞こえたということは少なからず自覚があるのでは? あなた自身の幸せは、いったい誰が保障してくれるのです」

「私は恩を返したいだけです」

「恩返しだけで人生を消費するのですか」


「……さっきから何なんですか!」


 生き方について執拗に疑問を投げかけてくるサイフォスに苛立ち、モニカはたまらず声を荒げた。


「他人を軸に生きていると、それを失った時に立ち上がれなくなりますよ」

「ありがとう、余計なお世話だわ。あなただってよくわかんない神様に縋っているくせに」


 言うつもりのないことまでぶつけてしまった。サイフォスと話しているとうまく猫が被れない。


「ええ。おかげで世界が変わって見えるほど楽になりましたよ。この機会にモニカさんもぜひいかがですか? 今から三十分以内に入信すると一時間毎に脳内に直接ありがたい神のお告げが届きますよ!」


 サイフォスは加速度的に早口になった。生気のない瞳に暗い光が宿る。


「全然ありがたくありません! 神っていうか旧神でしょそれ! 結局異端信仰の勧誘したいだけじゃない!」


 旧神がどれだけ素晴らしいか熱弁を振るい始めたサイフォスを押しのけ、モニカは席を立った。

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