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2-8 聖遺物は観光資源?

「気になるに決まってるじゃないですか」


 モニカはしっかりとサイフォスの瞳を見つめた。

 サイフォスの瞳に、面白がるような気配が宿る。


「サイフォスさんは私の禁術審問に立ち会ったでしょう。もしかしたら、あなたが私の失脚の遠因を作ったのではないかと思っています」


 最初こそ、追放した元聖女を処分しに来たのだと思っていた。異端審問官が暗殺まがいのことも請け負っていると耳にしたことがある。


 だがマグノリアに対する口ぶりから推測するに、サイフォスがレイドールたちと繋がっている可能性は低い。だからこそサイフォスが近付いてきた理由がわからなかった。


「覚えておいででしたか。光栄ですね」


 サイフォスはにこっと笑ったが、すぐに表情を引き締めた。


「まぁ、隠すようなことでもありませんね。黙っていて嫌われるよりはマシでしょう」


 テーブルの上に肘をつき、口元の前で両手を組む。


「僕があなた方に近付いたのは、モニカさんの監視と保護が目的です。そちらのお犬様に食ってかかったのは、単に職務上邪魔になる恐れがあったので引き離したかっただけのことです」

「監視と、保護……」


 あんな雑に追放しておいて、どの面下げてそんなこと言ってるんだか――という不満をモニカは懸命に抑える。


「仰りたいことはわかりますよ。ですがあなたをお守りするには一度聖王城から離れていただく必要がありました」


 サイフォスに言われ、モニカははっと手を頬に添えた。表情を制御しきれていなかったようだ。


「先の追放劇は、裏で神官長が手をまわしていました。遠からずあなたが冤罪で処刑されることを見越し、取り急ぎ聖都から逃がすために。王族に対する傷害に禁術使用に横領――これだけ罪状があるのに聖女の座の剥奪と追放だけで済むだなんて、おかしいとは思いませんでしたか?」


「思った」


 モニカはつい率直に答えてしまった。


 サイフォスは小さく吹き出す。

 その笑った顔に演技っぽさはなく、あどけなく見えた。


(……普通にしてるほうが良いのに)


 モニカは自分がサイフォスに見惚れていたことに気付き、急いで視線を逸らした。


「本当はもっと早く合流したかったのですが、調子に乗った聖女代行様が魔除けの水晶をぶっ壊すわ、難癖つけて他の准聖女を城から遠ざけるわと、その他色々とやりたい放題されまして」


 サイフォスは眉間にしわを寄せ、重苦しいため息をついた。

 言葉遣いと表現の荒れようから、よほど腹に据えかねることがあったのだと推測できる。


「神官長が手を回してくれたっていうことは、もしかしてそのうち聖女に戻れるのですか?」

「あ、無理です」

「はぁ!?」


 即座に否定され、モニカは反射的にガラの悪い声を上げてしまう。


「結界の再展開のために呼び戻されはするでしょうが、どれだけ力があろうと聖女とは認められません。モニカさんの力が禁術に相当するのは間違いないので」


 モニカはショックに耐え切れず、テーブルに頭を乗せた。

 これでは保護という名の軟禁だ。ぬか喜びさせないで欲しかった。


「それに、聖女に戻られてしまっては、僕と結婚してもらえないじゃないですか」


 サイフォスの声音は本気か冗談なのか判断しづらい。


「嬉々として冥術扱うような人と結婚するわけないでしょ……」


 モニカはテーブルに突っ伏したまま眉根を寄せた。


「おや、魔術に造詣(ぞうけい)が深いご様子で。一度見ただけでよくわかりましたね」


 一瞬、サイフォスの瞳が見開く。


「あんなの見たら誰だってわかりますよ。魔術は普通、あんな紫の光なんか発しないじゃないですか。発動の際に特定の色の光を伴うのは冥術と治療術くらいです」


 言いながら、モニカは右手に淡いオレンジ色の治癒光を灯してみせた。


「いいんですか? 異端審問官が禁術なんか使って」


 無駄な質問だろうな、と思いながらモニカは尋ねる。


 冥術は精神を犠牲にする魔術だ。サイフォスとは今日がほぼ初対面のようなものだが、精神に難があるのはなんとなくわかる。


「『何事にも特例や抜け道というものがあるんだよ。かたや悲劇の聖女がいるというのに、世の中って理不尽で不平等だね』と我が神は仰っています」


 サイフォスはまたもフランクな口調の神に代弁させた。


「あの……さっきからサイフォスさんの仰ってる『神』って、聖王教の主神イシュのことですか?」

「いいえ」


 サイフォスはもったいぶったように首を横に振った。


「僕が神として崇めているのは、旧神のうちの一柱。(くら)黎明(れいめい)を司る冥神ナ――」

「名前を言わないでください!」


 モニカは飛びかかるようにしてサイフォスの口を押えつける。


 災いを呼ぶ邪神・旧神の名は決して口にしてはならない。

 聖王国の人間なら子供でも知っている常識だ。


「『システィーナの再来』と(うた)われたあなたが僕と同じだと知って、とても嬉しかったんですよ」


 サイフォスはモニカの手首をつかみ、手のひらに軽くくちづける。


「っ、ちょっと待って! 一緒にしないでください! 私は旧神なんか信仰してないですから!」


 モニカは慌てて手を引いた。唇の温度と感触がまだ残っている。


「初代聖王に加護を与えて以降、物言わぬ主神など、信じるに値しますか?」


 サイフォスの問いかけにモニカは唇を噛む。

 モニカ自身、神の存在に対して懐疑的だ。だがここでそれを認めるわけにはいかなかった。


「物言わぬ神ではありません。神は私に天啓を授けました。システィーナの聖遺物『六連星(むつらぼし)の鏡』を用いれば、魔の干渉を払うことができる、と」


 我ながら白々しいと思いながら、モニカは神らしきものが告げた言葉を披露した。

 サイフォスの細い眉がぴくりと動く。


「六連星の鏡、ですか」

「そ、そうです!」

「三年ほど前から、南東のテオという村で観光資源として見世物になっていますよ」

「はい?」

「うちにもお土産の『六連星の鏡のレプリカ』ありますよ。客室にも手鏡が置いてあったと思いますが」


 サイフォスの言うように、客室には手鏡があった。入浴した際にうなじの聖痕を確認するのに使ったため覚えている。

 星を模した装飾こそついていたが、何の変哲もない手鏡だった。


「……はい?」


(……私が受けた天啓って、お土産品の販促だったってこと? 人のうなじに変な印までつけておいて?)


 モニカの首がゆっくりとぎこちなく傾いた。

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