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2-2 プロポーズは突然に×2

「どうか僕と結婚してください!」


(どうしてこうなった?)


 モニカは可動域限界まで首を傾げた。


 目の前には、頬を紅潮させ、陶然とした眼差しを向けてくるサイフォスがいる。両手でしっかりと手を握られてしまっているため逃げられない。


「禁術検証の時も予感はありましたが、実際に己が身に受け、確信へと至りました。やはり素晴らしい! 被術者の苦痛を代償に肉体だけでなく身に着けている物まで修復せしめるとは! その万能の再生力は我が神に類するものです! あなたこそ僕の一生を捧げるに相応しい!」


 モニカの治癒術による痛みでサイフォスは気絶し、その後、目覚めた途端に早口でまくし立ててきた。


(治癒術が防衛手段になることはわかったけど、濫用はしないほうがいいかも……)


 おそらく脳に重篤(じゅうとく)なダメージを与えてしまったのだろう。モニカは申し訳なさと、サイフォスの言動の気味悪さから手を振りほどけない。


(でも、ここまで熱心に誰かに必要とされたことなんてなかったな。王子との婚約もあくまで形式的なものだったし)


 禁術や神がいかに素晴らしいか熱弁を続けるサイフォスを、モニカはぼんやりと見つめた。


(……だからって禁術に興奮する人との結婚はやっぱり無理!)


 熱弁がノイズ過ぎてモニカはすぐに我に返る。


「ダメだ」


 顔をしかめたマハが、サイフォスからモニカを引きはがした。


「呪いが解けたら、モニカは俺が国に連れて帰る」


 マハは後ろからモニカの腰に手をまわし、肩に顎を乗せた。


「は、なんで?」


 モニカは思わず素の口調で尋ねてしまった。


「あんなに無遠慮に撫でまわされて気持ち良いと思ったのは、モニカが初めてだ。呪いのせいで誰に触れても、誰が触れても、ぬくもりなんて感じたことなかったのに。モニカは一晩中ずっと温かかった」


 マハの熱っぽい言葉と吐息がモニカの首元にかかる。


「わああああああっ! 待って待って待って! 言い方に語弊(ごへい)しかないんだけど!? だいたいアンタ昨日完全にただのでかい犬だったじゃない!」


 モニカは猫を被り忘れ、ヒステリックに叫び散らしてしまう。離れようにも、腰にまわされた屈強な腕はびくともしない。


(温かかった、か。確かに、野宿だったのにマハのおかげでよく眠れたけれど……)


 密着しているマハの身体から、昨日の夜と同じ温度が伝わってくる。


(違う違う! あれはただのアニマルセラピー! もふもふの癒し効果が凄かっただけ!)


 ぐらりと意識が傾きかけ、モニカは慌てて頭を振った。


「『わきまえろ発情期の駄犬』と神は仰っています」


 目の据わったサイフォスが、マハの眉間に短剣を突きつけた。


「だから言ってんのは神じゃなくてお前だろ!」


 マハはがるるるると犬歯を剥き出しにして威嚇する。


 モニカはため息を禁じ得ない。

 余計にややこしいことになってしまった。


 黒狼だったマハがなぜ人の姿をしているのか。

 異端審問官であるサイフォスがなぜ禁術を使うのか。

 二人がいがみ合っていては知りたいことも尋ねられない。


「あー、お二人それぞれに事情はあると思うんですが、まずは森を抜けません? また魔物が出てくるかもしれないですし。お腹すいたし、お風呂入りたいし」


 そう口にした途端、モニカは強烈な飢餓感に(さいな)まれた。


 およそ丸一日、水以外ロクに口にしていない。ちょくちょく猫を被り忘れたり、素が出てしまったりと、思考・判断能力が低下しているのは空腹が原因だろう。


「でしたら、我が屋敷はいかがでしょう」


 サイフォスは人差し指を立て、嬉々として提案する。


「『近くの街から馬車を使えばさほど時間はかからないし、そこの目立つ犬をわざわざ衆目に晒すこともないよ』と我が神も仰せです」


(この、いちいち神様を介在させる喋り方なんなんだろう)


 なんとなく突っこんだら負けな気がしてモニカは口にできない。


「だから好きでこんなもん生やしてんじゃねえって言ってるだろ」


 マハの尻尾が不機嫌にぶんぶんと風を切る。


「とにかく、ここはひとまずサイフォスさんの言葉に甘えましょ、ね?」


 マハとサイフォスを直接喋らせないよう、モニカは間に入って二人の腕を取った。放っておくといがみ合うだけなので時間のロスになる。


「どうしてもお腹がすいちゃって……」


 煽りに耐性のないマハの方に視線を多めに送った。マハがサイフォスの挑発を真に受けなければ、争いのほとんどは起こっていない。


(好意を持ってくれてるなら都合が良いわ。こいつら働かせ……じゃなくて、お二人には協力していただきましょう。聖女に返り咲く――いえ、冤罪を晴らすために)


 再び聖女として迎え入れられる輝かしい未来を想像し、モニカは口角を持ちあげた。笑顔の作りすぎで頬の肉がぴくぴく痙攣する。


 二人とも様子のおかしいところはあるが、人手を確保できたのはありがたい。一人よりも二人、二人よりも三人の方が出来ることの幅が広がる。


(システィーナの聖遺物、六連星の鏡、か。すぐに見つかればいいけれど)


 マハとサイフォスの腕をつかむ手に思わず力が入ってしまった。ほとんど同時に、二人から不思議そうに見返される。


(どっちも見栄えはいいのに、天は二物を与えないのね)


 マハは筋肉質で野性味のある、精悍な黒髪の青年。

 サイフォスは線が細く、女性的で優美な銀髪の青年だ。


 見た目の性質は対極だが、年齢はおそらく同じくらい。

 被虐趣味疑惑のある人狼(?)と、神に心酔しているにもかかわらず禁術を扱う狂信者。


 そんな二人から、


『モニカは俺が国に連れて帰る』

『どうか僕と結婚してください!』


 婚約破棄された翌日に、求婚まがいのことを言われるなんて。

 人生のスピード感が急速に上がりすぎて、モニカは理解が追い付かない。


(……そんなことより、今は変調を治すのが先決。『ただのモニカ』は必要ないもの)


 モニカは浮ついた気持ちを根性で隅に押しやり、二人の腕を引いて歩き始めた。

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