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1-10 知らない男と知ってる男

(なんか違う)


 目覚めたモニカが最初に感じたのは、うまく形容できない違和感だった。

 枕にしていたマハの腹部が妙に硬い。抱いている尻尾も昨夜より大幅にボリュームダウンしている。


(のど渇いた)


 違和感よりも欲求のほうが勝ち、モニカは静かに上体を起こした。

 マハはまだ小さく寝息を立てている。目覚めさせては申し訳ない。


 モニカはマハが眠っているのを確認し、確認し、確認した。

 見間違いかと思い、三度見直した。

 手の甲で目をこすり、ダメ押しとばかりにもう一度確認する。


「……いっ、きゃああああああああああああああっ!」


 空気をびりびりと震わせる絶叫に、周囲の木で休んでいた鳥たちが一斉に飛び立つ。

 起こさないように、という配慮は異常事態の前に消し飛んだ。


 モニカはうまく立ち上がれず、這うようにしてその場から離れる。


 黒狼のマハがいた場所には、全裸の男性が倒れていた。

 つまり、モニカはつい先ほどまでその男性の腹筋を枕に寝ていた、ということになる。


(全裸!? なんで!? 誰!? 全裸!? なんで!? 誰!? なんで!? なんで!? なんで!?)


 思考回路を破壊されたモニカは頭を抱えてうずくまる。

 面識のない男性の裸体も、それと添い寝をしていた事実も、モニカにとってあまりに刺激が強すぎた。

 レイドールとの婚約は、婚前交渉はもちろん手をつなぐことすら禁止されていたため、そういう方面の経験がいっさいない。


「どうしたのモニカ。大丈夫?」


 聞き覚えのある青年の声が聞こえた。

 モニカの肩に、誰かの――人間の手が置かれる。


 おそるおそる顔を上げて振り返ってみると、濃淡の揺らぐ金色の瞳と目が合った。

 ただし、瞳の持ち主は黒狼ではなく、黒髪の青年だった。

 無造作に切られた黒い髪はくせ毛なのか、あちこちに跳ねている。

 金の瞳はやや釣り目がちで、負けん気が強そうだった。見つめられると気後れしてしまう。


 それだけであれば、「レイフォルドではあまり見かけない色素を持った精悍な面差しの青年」なのだが、彼には特筆すべき点があった。


 頭頂部に、髪と同じ黒色の獣耳が生えている。


「とっ、とりあえず! 服を! 着てください! 服を!」


 流れで視線を身体の方にまで向けてしまったモニカは、慌てて両手で顔を覆い隠した。二度も見てしまった。


「服? え、あ、あっ!?  なんで戻って――いやごめん! ほんとごめん!」


 青年の声が遠ざかる。


(声とあの瞳はマハと同じ……どういうこと? 狼が人になる? それとも、人が狼になった? 人間っぽい狼だとは思ったけれど)


 他国には「獣人」と呼ばれる獣の形質を備えた種族がいることは知識として頭の中に入っている。が、狼から人間へと変化するなど見たことも聞いたこともない。


(落ち着け、大丈夫、聖女だった時も、もっと色んな修羅場はあった。男の人の裸くらい――いや、それは忘れよう)


 気を抜くと、先ほど見たことが脳内で勝手に再生されてしまう。


(あのマハっぽい人、『なんで戻って』って言ってた。ということは、本人にとっても今の状況は予想外ってことよね。何かイレギュラーがあった? 昨日の怪我? それとも私が治したせい?)


「――おや。悲鳴が聞こえたので駆けつけてみたのですが……どうかなさいましたか?」


 モニカが頭を悩ませていると、マハらしき青年とは別の声が投げかけられた。

 男性としてはやや高めで澄んでおり、丁寧な口調と相まって穏やかそうな印象を受ける。


(見知らぬ全裸男性よりはまともな人よね、きっと)


 さすがにそんな最低な展開はそうそう起きないはず、モニカは手を外して振りむいた。


「お久しぶりです、聖女モニカ=システィーナ。正確には、元、でしたね」


 さらさらの銀髪に、感情の読み取れないライムグリーンの瞳。顔立ちは中性的で、美青年よりも美人という形容のほうが似合う。


「なんで……」


 モニカはかすれた声を漏らした。


 下手をすると、見知らぬ全裸男よりも最低かもしれない。


「この周辺で異端の目撃情報があり、ちょうど手が空いていた僕が駆り出されてしまいまして。くさくさしていたのですが……これは僥倖ですね」


 青みを帯びた紫色の立襟の祭服(キャソック)と、その上に羽織る白いマントが彼の所属――異端審問課を示している。


「審問院異端審問課異端審問官サイフォス、主上の命により、異端を粛正しに参りました」


 銀髪の異端審問官は口元だけで笑い、白い手袋をはめた両手に(つば)のない短剣を携えた。

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