新月は見えますか
主人公の過去編のような話です。
ココから始まる物語を、お楽しみ下さい。
「今日の月は奇麗だな。スパイスってほど主張がない。だが、穏やかってほど謙虚じゃない。
野心、とでも言おうか、秘めた何かを感じる。」
葉巻をくわえ、そっと闇夜を眺めた。ここ数日、船旅だったからか、酔いには慣れたが船上での生活は少々刺激が足りない。だが、それも今日で終わる。
船は漆黒の原野を搔き分ける。
虚空の新月は静かに揺れた。
「よし、お前ら!作戦会議を始めるぞ。」
開かれた地図を皆が覗き込む。
「今回のお宝はクリスタル!売れば二世代は遊んで暮らせる!」
「おお、マジかよ」「たまんねえなぁ」
「ま、山分けするから1年のみだがな、ガハハハッ」
「そりゃねえっすよ。一年間この船に乗ってるんですよ、差し引きゼロじゃないですか。」
団員らは露骨に落ち込んだ。
「まあ、落ち着けよ。今回の領主の屋敷襲撃作戦、何も報酬はそれだけじゃない。どうも、領主さんはコレクター、いわゆるお宝マニアらしいぞ。言いたいことは分かるな。」
「つまり略奪可ってことですか!?」
「ったりめーよ!」
思いっきり地図を叩きつけた。
「じゃ、作戦会議に戻るぜ。この船は、あと30分で港につく。まず、A班は港の制圧、といっても、そんなに難しくはねえ。夜間の警備はザルだ。B班は屋敷の経路の封鎖、C班は屋敷内の制圧だ。そして、クリスタルをD班が入手した後、自由行動だ。各々好きにやってくれ。あとはー、あんたか、確か名前は…」
伸びたひげをさすっても答えは出ない。ま、無理もないか。酒場でヘッドハンティングされて加わったのも3,4日前だからな。
「ドラシドだ。」
「そうそう、そんな名前だったな。お前にはココ、警備兵の詰所を任せる。」
その時、船内がどよめいた。
「まじかよ、死にに行くようなもんだぜ」「捨て駒役、羨ましいぜ」「ま、せいぜい時間稼ぎはしてくれよ」
団長は声を張って続けた。
「報酬の受け渡しは明日の午後2時、場所はスラム街の中央ビル2階。屋敷から北に直進した所だ。ちょっとでも遅れたら、びた一文も渡さねえからな。じゃ、解散!」
「おー!」船内は、暑苦しい熱狂に包まれた。
静かに停泊した船。団員らは、ただの荒くれではない。一応は盗みのプロだ。仕事は完璧にこなす。次々と船外に飛び出した団員は松明を頼りに行動を開始する。
「さて、俺も行こうかね」新しい葉巻に火をつけ、颯爽と暗闇を歩く。
「おい、待て」呼び止めてきたのは下っ端だった。
「何か用か、いまから仕事なんだ。」
鋭い視線に怯えながらも、下っ端は心配そうに話す。
「あんた、本気で詰所に、しかも一人で行くのかよ。相手は、ただの領主じゃねえ。港町を拠点にしてるってこたぁ、それなりの武力があるってことだぞ。」
感心だな。脳無しばかりだと思っていたが、まともな知能をもった奴もいるらしい。俺は静かに答えた。
「俺はただ、仕事を全うするだけだ。」
葉巻の先の火が光った。
到着した頃には詰所の前では屋敷への援護部隊の編成が行われていた。詰所というよりも倉庫に近いそれの前には、規律正しく整列する部隊がいた。その数、約500人、それ以上か。家紋がはいった甲冑、ステン地方の鉱石が使われている槍。そのどれもが武力の証明だった。
「現在、我らの領主様の屋敷が襲撃されているとの連絡がはいった。マニュアルBを適応する。総員、全力を持って向かい討て!」
「ラジャ!」
「ちょいと待ちな」視界に収まらない軍勢に語りかける。
「だ、誰だ貴様!賊か、ならば、ただちに叩き切るぞ!」
「叩き切ってもらっても構わない。だが、それは、明日の2時以降にしてもらおうか。」
懐から取り出した紅色のナイフは血を渇望する。
刹那、飛び散る血液。倒れる兵士。察知した兵士にも猶予はなかった。
甲冑の木々を荒々しく伐採していく。狙いは首、もしくは腕。無駄のない作業、効率の良い制圧には5分の時間も必要なかった。
「大分、静かになったな」新しい葉巻に火をつた瞬間だった。槍が頬をかすめた。
「残念、あと5㎝だったか。」
飛んできた槍の反対方向には、黒の甲冑の兵士がいた。俺もデカい自信があったが、奴はそれよりも巨大であった。
「準備運動は十分か?」
巨体が口を開いた。
「驚いた、まだ立っている奴がいるなんてな。にしても、出会いがしらに槍を投げてくるなんて、どんな教育を受けたんだ。」
「フフッ、それは貴様にも言えることじゃないか。それに私は受動喫煙が嫌いでねえ、社交場でも、つい突き殺してしまうのだよ。まったく、困った性だよねえ。」
槍は鈍い光を放った。
「貴様のような学のない人間に言っても無駄だと思うが、一つ忠告しておこう。槍対ナイフ、どちらが強いと思うかね。」
「槍だな。」
槍のほうがリーチがある。攻め手より守り手のほうが有利であることは周知の事実だ。加えて持ち方を変えれば近接戦闘も可能だ。鎧も考慮すると、まさに砦そのものだ。
「なんだ、心得ているのか。貴様が倒した兵士など槍使いの端くれと言うにもほど遠い。我が槍術の前にひれ伏せ!」
振り回された槍が、またしても頬をかすめる。
くっ、早いな。それでいて正確、冷静。理論化された最適解に防御の択をとるしかない。
「どうしたぁ、さっきまでの威勢は。死へのカウントダウンは秒読みだぜ!」
突きの雨が容赦なく降り注ぐ。
後手に回るだけでは、勝てないな。守りを解いた。
「つまらないなぁ、もう終わりか。もっと楽しめると思ったんだが…」
「なあ、ポイントブランクレンジって知っているか?」
間髪入れず問うた。
「なんだ、それ。訳すると、至近距離ってトコロか。それが、どうした。」
「俺の名だよ。コードネームさ。」
ナイフの刃は甲冑に向けられた。
「フハハ、くだらない。コードネーム通りに戦えなかったから、せめて墓標には、その名を刻んで欲しいのか。」
メイルの中で不敵な笑みを浮かべた。だが、目の前の圧は、そのコードネームを作り上げた血を想起させた。
「見せてやるさ、至近距離を超えたゼロ距離の猛撃を、ポイントブランクレンジを!」
「ぬかせぇ!」
人体を上下に二分するかの如き薙ぎ払い。守りの択はない、が故に簡単だ。
生き物には骨があり、関節がある。当然、体を動かすことに、それらは強く影響を与える
つまりは、運動は骨という線、または関節の点の動きに過ぎない。肩、肘、手、この一律の流れに逆らえる生物は、この世にはいない。
「死ねぇ!」
槍を前に俺は引かない。まずは肘だ。
蹴りを浴びせ軌道を変える。
「まだだぁ!」だが、もう遅い。俺は奴の懐の中だ。
次は肩、腹。動けない。起点は永遠につぶされる。
甲冑の中が赤くなった時、彼は気づいた。
圧倒的な捕食、植物の芽吹きを刈り取る嵐の止め方を人類は、まだ知らない。これこそがポイントブランクレンジである由縁。無情にも甲冑から溢れる血が、それを証明する言となった。
「さて、仕事は終わりか」葉巻に火をつける。
新月は地球を照らすことをしない。なら、どこに光を送っているのだろうか。葉巻の煙は、答えを探して夜空をさまよう。
読んでいただき、ありがとうございました!
初投稿で勝手がわからない点も多々ありますが、今後も楽しんでいただけるような作品を作っていきますので応援のほどよろしくお願いいたします。