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煽動者

作者:


駒の様に動かされる民衆

自分が駒とも自覚せぬまま

私が盤面を叩き壊す迄


 彼女の言葉で世界を変える――

 そんな使命感に駆られ、街頭で拡声器を片手に、聞くに堪えない過激な政治思想をぶち撒ける。もう数ヶ月もそんな日々を過ごしていた。


 俺がこうなったのには理由がある。


 一年近く前の事だった。


 その頃の俺は死にたかった。主な原因は持病が苦しいから。あとは能力の低さ等もあったかもしれない。とにかく楽に死ねる方法を探していた。


 そんな思いを抱えながら、街中を彷徨い歩いている時だった。彼女と出会ったのは。


 たった一人でぎょっとするほど過激な街頭演説をしていた。ギリギリ選挙権があるかもしれない位の年齢と思しき少女が。


 足早に通り過ぎる人々は、特に気にする様子も無かった。


 だが、俺は吃驚して少女の前で足を止めてしまった。素朴で愛らしい真っ直ぐな黒髪の少女だった。何でこんな娘が過激な政治思想を持つに至ったのだろう。少し興味を引かれた。


 彼女は毎日の様に同じ場所で街頭演説をしていた。俺は特段過激な思想を持っていた訳では無いが、少女の事が気になってちょくちょく足を運ぶようになった。俺以外の聴衆は誰一人いなかった。


「あ、あの、いつも聴きに来て下さってありがとうございます」


 何度目かの演説の後、少女はぺこりとお辞儀をして言った。


「いえいえ、こちらこそいつも興味深いお話を聴かせて頂いております」


 そう答えると、彼女はにっこりと微笑んだ。とてもあんな演説をしているとは思えない華憐な笑顔だった。


 それからは演説が終わった後、少し会話をするようになった。


「私、如月紫音っていいます」


「俺は日上修と申します」


 軽く自己紹介した後、音楽の話や本の話や食べ物の話などをした。


 そしてまた幾度目かの演説の後、紫音と連れ立って歩いていた時。

 あ、発作だ――

 言い様も無い不快感に襲われうずくまる。おろおろする彼女に向かって力無く声を発した。


「実は持病があって、ちょっと発作が出てしまったみたい。迷惑かけてごめん」


「迷惑なんかじゃないけど、心配です」


 そう言った紫音の目は今にも涙が零れそうだった。


 彼女はいつも控えめで優しかった。会話もどちらかと言えば俺が話して彼女がにこにこ聞いている方が多かった。


 ある時、いつもの様に最近食べて美味しかった物の話とかしていると、不意に強い日差しに照らされた。場所を変えようと立ち上がろうとした時に気付いた。

 ――彼女の影が無い。


「どうかしましたか?」


「い、いや、何でもない」


 二、三度瞬きをすると影が見えた。気のせいだろうか。いや、確かにさっきまでは無かった。彼女の演説に人が集まらない理由。それはもしかして、彼女が人ならざるもので、俺にしか姿が見えないとしたら――

 いや、そんなバカな事が。俺は頭に浮かんだ考えを振り払った。


 紫音の演説に足を運ぶ様になってから、気付けば数ヶ月経っていた。


「聴きに来る人増えないね」


「でも、修さんが来てくれますから」


 下の名前で呼ばれてドキッとした。本当は演説を聴きに来てるのでは無くて、君に逢いたいから来ていると言ったら怒るだろうか。


「けれど、この活動もそろそろ終わりにしようと思うんです」


 寂しそうに紫音は言った。


「どうして?」


「私はもうすぐいなくなるから」


 え!?


「私は幽霊なんです」


「悪い冗談だな。普通に見えるし話せるし、どう見ても生きてるじゃないか」


 いや、あの時影が見えなかったのは、彼女の演説を誰も気にも留めないのは、頭の中で思考が渦巻く。


「それは……あなたが死にたがっているから私が見えるんだと思います。死に近い人には見えるんですよ」


 そう、俺が死にたいのは事実だ。


 そして彼女がぎゅっと抱き着いてきた。柔らかな感触、だが体温を感じなかった。


「納得しましたか?」


「あ、ああ」


「黙っていてごめんなさい。話を聴いてくれるのが嬉しくて」


 悲しげな顔をしていた。


「いや、気にしないで。そうだ、君が成仏したら俺が代わりに街頭演説をして君の思想を広めるよ」


 彼女を元気付けたくてそんな事を言ってみた。


「大変だと思いますよ」


「じゃあ、無理のない範囲で」


 彼女はクスクス、と笑った。


 そして唐突に気付いた。彼女が死んだ原因には政治が関わっている、もしくは政治次第で彼女の死は防げたのだろう。だからあんな街頭演説をしている。


 それから数日経って


「今日で最後にします」


 そう彼女は言った。


 紫音の最後の演説はいつも以上に熱が入っていた。聴く人間は相変わらず俺一人しかいなかったけれど。


 ああ、そうか。彼女の声を聞ける人間が現れたから、彼女は満足したんだな、とそう思った。


 演説が終わり二人で並んで座っていると、紫音は俺を見つめて言った。


「あなたが私を見付けてくれて嬉しかった。だけど、やっぱり私はあなたに死んで欲しくないです。……すみません。こんな事言って」


 彼女の頬に一筋の涙が流れた。


「……もう少し生きてみるよ」


 安心させたくて、そんな言葉を吐き出した。だが、彼女の涙は暫くの間流れ続けていた。


「お体に気を付けて」


 泣き止んだ彼女はそう言って、いつもの様に手を振って別れた。


 それきり紫音と逢う事は二度と無かった。もしも生きている時に出逢っていたら、そう思わずにはいられなかった。


 彼女のいない世界は色を失った様だった。いいや、元からこうだったのかもしれない。


 けれど俺は持病に何とか折り合いが付けられる様になって、もう少し生きようと思う様になった。彼女と最後に交わした言葉の通りに。彼女の言葉を伝えるために。


 そして俺は彼女と同じ様に過激な演説をするようになった。向けられる目は冷ややかで、文句を言われるのはしょっちゅうだった。だが、俺はへこたれずに続けた。その内ちらほら人が集まる様になってきていた。


 そんな事を暫く続けていると、或る政治団体から声を掛けられた。志を同じくする仲間を得て、俺の演説はますます先鋭化していった。


 だが、ある時団体の幹部に呼び出された。クレームが凄いからもう少し内容をマイルドにしてくれとの事だった。勧誘しておいてそれは無いんじゃないか。


 ご丁寧に俺へ届いた意見をプリントアウトして渡された。ペラペラと目を通すと酷い罵詈雑言ばかりだった。――が、一件だけあったのだ。


『あなたの言葉で救われました』


 矢張り彼女の言葉は刺さる人には刺さるのだ。


 俺はそれから演説を万人受けする耳障りの良い内容にガラッと変えた。


 そうしている内に、団体は徐々に大きくなり、数年するといつの間にか俺は代表になっていた。


 そんなある時、大きな会場での講演会の依頼が来た。何とテレビ中継も入るらしい。チャンスだと思った。


 俺は初期の過激な政治思想を盛り込んだ原稿を携えて会場に向かう。


 今度こそ、彼女の言葉で世界を変えるのだ。




あなたの言葉は

神託の様

私の心を貫き 脳を焼く

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