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7 色々覚えてなさすぎる


「いきなり叫ぶんじゃねぇよ」


 突然目の前に現れて宙を浮いているカエルのぬいぐるみを前に、ルチアナは声を上げながら後ずさり、腰を抜かしてしゃがみこんでしまう。


「俺の魔女になっておきながら捨てられたのかと思ってたんだぜ? とにかく帰ってきてくれて嬉しいから許してやるよ、ダーリン」


 声は小さい男の子の声で可愛らしい。見た目は、手足を畳んで座っているカエルを幼児向けのイラストにしたようなぬいぐるみだ。


 未だにこのカエルが話しているという事実が信じられない。どこかからこっそり誰かがカエルの口に合わせて喋っている方がまだ納得がいく。


 しかし、確かに動いているのだ。ぬいぐるみの目は確かに先ほどから不機嫌さを表しているし、口もパクパクと開閉している。


「ぬ、ぬいぐるみが」

「なんだよ?」

「しゃべって……う、浮いて」


 ぬいぐるみは、ルチアナが言っていることや反応が理解できない、みたいな顔をして片眉を上げる。


「俺がこんななのは今さらだろ、お前さっきから何驚いてーー」


 そう言いながら、いきなりぬいぐるみはずいっとルチアナにさらに近づく。


「!」

「おい、なんだこの怪我は」


 それは今までの呆れたようなものではなく、ひどく静かな調子の声だった。


「あ、これは……」

「光の加護よ、ここに癒しをーー治癒ヒール


 その瞬間、パァァァァッとルチアナの痛々しく怪我したところから眩く光が溢れ出し、怪我を癒していく。


「光魔法」


 ルチアナは、ぽつりと言葉をこぼす。


 この世界には、〝火〟〝水〟〝風〟〝土〟〝光〟の五つの属性の魔法がある。魔法士には各々得意不得意の属性がある。


 今行われている治癒は、光属性の上級魔法である。


 ルチアナの育ったスタニチア王国では、魔法士というだけで有り難がられ、実際魔法士の数自体が少ない。そのため、魔法が使える者を代々輩出してきたシャークガイア家は王国で重宝されてきた。


(シャークガイア家の属性は〝水〟だから、光属性の魔法自体あまり見たことないわ)


「終わったぞ」


 どうやら考えているうちに治療が終わったらしい。枝でひっかけてできた切り傷や足の捻挫、身体中の痛みがすっかりと消えていた。


「ありがとう」

「その服もどうした」


 ルチアナのお礼にも返事はなく、ぬいぐるみはルチアナのボロボロのドレスを見ながら言い放つ。


「魔法の天才であるお前が治癒も自分でできないほどに痛めつけられるなんて相手は何者だ?」


 険しい顔をしてぬいぐるみは尋ねてくるが、何もかも的外れすぎる質問にルチアナはぽかん、としてしまう。


(天才? 何の魔法も開花させられていない私が? 魔法の天才?)


「私、魔法なんて使えないわ」

「は?」

「私魔法なんて使えないわよ」


 今度はぬいぐるみがぽかん、とする番だった。


「……冗談よせよ。お前ほどの魔力と才能があってーー」

「というか、あなたは誰なのかしら?」


 ルチアナは何よりも聞きたかったことを、ようやく尋ねることができた。




◇◇◇◇◇



 ルチアナは、幼い頃の記憶がないこと、それからはとある伯爵に拾われて過ごしてきたこと、訳あって家を出て薄れかけの記憶を頼りにこの小屋に来る途中でゴロツキに出会したことを簡単に話した。


「……っはぁーーーーーーー」


 ぬいぐるみは長い長いため息をつく。


「だから、私は魔法なんて使えないし、あなたのことも知らないわ」


 ルチアナはこの喋る赤いカエルのぬいぐるみのことなんか全く知らない。しかし、先ほどからのぬいぐるみのルチアナへの接し方を見るに、ルチアナが覚えていないだけで随分親しい関係なのではないかと思い、少々申し訳なくなってしまう。


「それに、光属性の上級魔法を使えるなんて、私からしたらあなたの方が天才だわ」


 落ち込んでいる様子のぬいぐるみに気を遣って、褒めてみるが反応はない。実際に、スタニチア王国には治癒ヒールを使える魔法士は数えるほどしかいない。


「……その様子じゃ俺だけじゃなくイアンナのことも覚えてないんだな」


 ルチアナは全く覚えのない名前なのに、とても答えづらい雰囲気だ。そして、申し訳なさそうに尋ねる。


「ごめんなさい、誰かしら?」


 ぬいぐるみは悔しそうに目を伏せた。11年もルチアナが自分を置いて戻ってこない状況の理由として、最善であり一番そうであって欲しいと願っていた最低限のことは、ルチアナとイアンナが再会できていることだった。


「イアンナは……お前の母親だよ。お前はイアンナを探しにここを出て行って、帰ってこなかったんだ」




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