4 森を彷徨う
はぁ、はぁと口で息をしながら進んでいく。
「本当にここらへんであってるのかしら? 全然分からないわ……」
シャークガイアの屋敷の裏口から逃げ出したルチアナは、現在森の中を歩いていた。月明かりのおかげで、真っ暗というわけではないが不気味であり、危険だ。その上、ルチアナのような森に慣れない者が、わざわざ夜に、定かではない目的地を目指して進むのは無謀である。
「でも、もう私が行ける場所はあそこしかない」
ルチアナが皇城からの馬車での帰り道に考えていたことは、シャークガイア家から籍を抜くことと昔住んでいた家に向かうことだった。
ルチアナは幼い頃の記憶がほとんどない。
しかし、シャークガイア伯爵に拾ってもらう前、森の中の小屋でひとりで住んでいた、ということだけは覚えている。その後の記憶は、シャークガイア伯爵に道端で倒れていたところを救ってもらい、シャークガイア伯爵家の次女として今日まで生きてきたというものだ。
なぜひとりで暮らしていたのか?本当の父親と母親はどこにいるのか?そもそも本当にそんな小屋はあるのだろうか?
疑問と不安が押し寄せてくるが、必死に足を前に出す。
その時、スカートが木の枝にひっかかり、ビリリッという布が裂ける音と共に、ルチアナはバランスを崩し転倒して、呻き声を上げる。
「いったいなぁ……、せめてこんなヒールとドレスから着替えておけば良かったわね、歩きずらいったらないわ」
転倒した表紙に前に滑ってしまった鞄を拾い上げながら、いくら時間がなかったといえど、パーティー用のヒールやドレスから動きやすい服へと着替えておくべきであったとため息をつく。そして、ただでさえ口で息をするほどなのにため息を吐いてしまい、さらに疲れ気を暗くする。
シャークガイア邸から徒歩圏内で着く森の始まりは、隣国ローライナとの国境を挟む大きな森であり、大森林ダアルと呼ばれている。ここは、普通の人はまず用がなければ近付くことはない。森の奥地の国境前には危険な魔物が住んでいる。そのため、わざわざ警備をする必要もないため、森への侵入自体は簡単であり、ルチアナも森には簡単に入ることができた。
一応国境の一番近くということで、魔法や武力に秀でたシャークガイア邸が配置されているのだが、ルチアナは一度も森から出てきた魔物と遭遇したことなどないし、ルチアナだけでなくシャークガイアの人間もない。
ルチアナは今までの生活を思い出す。シャークガイア家は基本的に淡白な人間関係であり、寂しさや申し訳なさを感じることはあれど、感謝の気持ちでいっぱいである。
伯爵は、魔法の能力がスタニチア王国でトップの実力であり、基本屋敷にいない。無口無表情を常としている人だ。ルチアナにも興味がないのであろう、挨拶以外ほとんど口を開かない。
お義兄様もある時からルチアナと話してくれなくなった。現在、王国の騎士団長として遠征中で数年会っていない。
ここ数年は、優しいラティアお義姉様と使用人としか過ごしていない。
(私はもうシャークガイアの者でないし、これ以上お義姉様たちに迷惑がかかっていなければいいけれど……)
それにしても随分歩いたため一息つこうと立ち止まり、周りを見回す。
まったく家らしきものなど見当たらない。
「どうしよう、違う森だったりするのかしら? いいえ、ここなのは合ってるはずよ、ここの近くの道で高熱で倒れてたって伯爵様仰ってたもの。……え? じゃあ小屋で過ごしてたっていうのが私の妄想だったりするのかしら……? あり得る! あり得るわ!!」
ルチアナは、自分で自分が全く信用ならない。妄想で作り上げた小屋を目指して無謀に歩いている状況に酷く納得してしまう。
その時、遠くの方で灯りのようなものがあることに気付く。
「誰かいる!」
ルチアナは、その灯りを目掛けて走り出す。
近づくたびに灯りは、ゆらりゆらりと、大きくなっていく。
(もしかして昔住んでいた小屋かもしれない!そこで誰か暮らしているのかも!)
ルチアナはシャークガイア家に拾われてから後悔したことはなかったし、十分な暮らしをさせてもらった。だけど、ふとした時に少しだけ寂しさに襲われる。
血のつながった家族はいるのだろうか?生きているのなら、会えるのなら、会ってみたい。
ひとりで暮らしていたというのは自分の勘違いで、家族が暮らして自分を待ってくれているのかもしれない!、そんな期待を抱いて灯りに向かって近づいていく。
ガサリ、と顔近くの葉をどかし、灯りに到着する。
そして、その期待は全くの的外れだったと知ることになる。
そこでは、犯罪を犯し逃亡しているものや、借金取りから逃げているものなど、いわゆるゴロツキの男たちが焚き火をして、わいわい酒を飲んで集まっていた。
ルチアナが突然現れたことで彼らは一瞬驚いたが、すぐに口角を上げ、汚らしく笑い出した。
「おい、今夜は楽しめそうだなぁ」




