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3 逃亡します


「うわぁーーーーーーん」


 ルチアナは、全速力で駆け出し、会場から逃げる。

 

(一体、どうしたらこんな短時間で、卒業パーティーから婚約破棄、容疑者扱い、終いには王子殺人未遂で国外追放で島流しのフルコースになるのよ!)


 ルチアナは、パーティー会場から城の入り口への道をひた走る。

 後ろからバタバタと衛兵たちが追いかけてくるが、ルチアナはいち早く走り始めた上、運動神経は元来良い方なので、衛兵たちとの距離はぐんぐんと差をつけていく。



「ルチアナ! 絶対に許さないからな!」


 しかし、会場から距離は遠くなりつつあるというのに、ランヘッドの怒り狂った怒鳴り声が後ろから響き、ルチアナはさらに顔を青くする。



(私っていつもそう。肝心なところでドジをする。悪気があるわけでも、目立とうとしてるわけでもない。ドジというにはあまりにも自分に甘いのかもしれない。さっきだって、本当にランヘッドの顔に突き刺さってたらどうなっていたんだろう……。私だけでなく、お義兄様やお義姉様、そして伯爵様にまで迷惑を……)



『お前みたいな魔法も使えなくてドジで可愛げがない女はこりごりだ!』


 先程、ランヘッドに言われた言葉が頭に響く。


「こんなんじゃ、愛想尽かされても当然なのかもね……」


 ルチアナとランヘッドは勿論恋仲ではなかったし、お互いに恋だの愛だのそんなものは存在しなかったが、婚約者としての期間は長い。幼い頃から婚約者となり、あの頃は仲良く遊んだこともあった。

 

 昔の可愛いランヘッドとの思い出が走馬灯のように駆け抜ける。


 ランヘッドの近くに蜂が飛んできて危なかったから避けさせようとしてルチアナは間違って池に落としてしまい、その後高熱を出したランヘッドのお見舞いに行ったこともあった。ある日には、ランヘッドの抜けかけの歯をルチアナが取ってあげようとしたらあまりに強く引っ張りすぎたため歯茎から出血が止まらなくなり、その血に仰天したランヘッドが気絶したので、お見舞いに行ったこともあった。


(あら? 私、お見舞いばっかりしてるわね……?)


 そこまで思い至って、ルチアナはとりあえず考えるのをやめた。



 ようやく城の外に出て、馬車に乗り込もうとする。


「シャークガイア邸へ」


 御者に指示した後、そこで一旦振り返り、もう一度大声でメイドの名を叫ぶ。


「ネムリー! 帰るわよ!!」


 主人が独房に入れられそうになり、追手に追われ、城の中を爆走してる時でさえ、一度も姿を現さなかったルチアナのメイド。


 ネムリーの返事、または彼女が眠たそうに目を擦りながらどこかからひょっこりと現れるのを数秒待つ。しかし、そのいずれの反応もない。


 ドタバタと、ようやく城の扉に到達した追手が視界に入る。


「……もう行くしかないわね」


 まぁ、主人の危機に寝過ごしてるようなメイドは解雇しようと先程決めたばかりだったし、と特にネムリーについては心配することもないので、ただただ呆れながら馬車を屋敷へと出発させた。



◇◇◇◇◇



 シャークガイアの屋敷へと最短距離で馬車を走らせたかいがあり、追手からかなり時間を稼げたルチアナは、馬車の中で屋敷に帰ってとるべき自身の行動はすでに決めていた。


 その目的を果たすために屋敷に戻ると、すぐに自室へと向かい、手早く家を出る準備を済ませ、また屋敷の入り口へと戻ろうとする。



 「ルチアナ? もう帰ってきたの?」


 ルチアナの帰りに気付き、やってきたのは義姉のラティア・シャークガイアだ。


 「ラティアお義姉様……」


 ラティアは、『社交界の鈴蘭』と呼ばれており、男性だけでなく女性にも人気であり、慕われているシャークガイア家の自慢の伯爵令嬢である。美しい容姿や人望から結婚の申し込みやアプローチは絶えないが、20を超えても婚約者もおらず結婚もしていない。


 頭が小さく整った目鼻立ちに、絹のようなアイボリーの長い髪。張りのある大きな胸をドレスで包み、細いくびれに、高身長でスタイルがいい。淑女の鑑のような丁寧な所作でルチアナに近付いてくる。


 平凡的な茶髪のルチアナとはよく対比される、自慢の美しすぎる姉だ。


「こんなに早く帰ってきて、何かあったの?」


 ラティアが心配そうにルチアナに尋ねてくる。こんな自分を心配してくれるラティアに申し訳なさでいっぱいになり、目を伏せる。


「ラティアお義姉様……、今は時間がなくて全てをお話しすることができず申し訳ありません。ルチアナは、また下手をしてしまいました」


 ルチアナは、誠心誠意頭を下げる。


「ルチアナ……?」


「シャークガイア家にこんなにも多大な恩を頂いたにも関わらず、結局私は何も返せませんでした」


「ルチアナ、一体どうしたの? まずは頭を上げて、落ち着いて説明してちょうだい」


 ラティアは近付いて、ルチアナの顔を上げさせて、優しい緑の瞳が真っ直ぐにルチアナを見つめる。


 そして、ルチアナの瞳に溜まった涙を見て、ラティアは大きく息を呑む。

 

「ルチア……」


 その時、ラティアの声は扉をドンドン、と大きく叩く音と男の声に遮られる。


「夜分遅くに申し訳ない! 王室からの命で参りました!」

「王命ですって? 本当に夜分遅くに不躾だわ。一体、なんのご用かしら?」


 ルチアナのことを優先したい状況で、邪魔をされラティアは不機嫌を露わにして扉越しに問いただす。


「ルチアナ・シャークガイアをランヘッド第二王子の殺人未遂の罪で捕らえに参りました」

「何ですって!?」

「そのため、直ちに扉をお開けください。ご対応くださらない場合は強制的に開けますのでご容赦を」


 ルチアナが人を殺そうとするなんてまったく信じていないラティアは、ルチアナに向き直る。先にルチアナに聞こうと話を聞こうと振り向こうとしたが、ぎゅっとルチアナに抱きしめられ体を硬直させる。


「ラティアお義姉様、今までありがとうございました。この件はシャークガイア家とはなんの関係もありません。私の存在は伯爵夫人には負担でしかなかった思いますし、伯爵やお義兄様にも合わす顔がございません。どうか、不出来な妹をお許しください。そして、ラティアお義姉様にはお願いがございます。外の者たちの対応をする前に、私の部屋へ行って手紙をお読みください」

「何を言って……」


 一気に伝えなければならないことを、手短に伝える。最後の方は捲し立てるように早口になってしまったが、姉なら一回言えば伝わるとわかっているので、とにかく言うべきことを言ってしまう。


「早く扉をお開けください!!」

 外から大声で男が扉を開けろと急かす。


「お義姉様、早く! 私の部屋へ!」


 ルチアナも、裏口の扉へと走り出す。


 この時、ラティアは、ルチアナを無理矢理にでも止めなかったことをのちに後悔することとなる。



 ルチアナの指示通り、ルチアナの部屋に行くと手紙があった。要約すると、シャークガイア家への感謝と謝罪、そしてシャークガイア家とルチアナは縁を切る旨の絶縁状を皇家へと魔法伝達書によって送っていた。




 この日、ルチアナ・シャークガイアはただのルチアナとなった。



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