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2 第二王子殺人未遂!? いいえ、やらかしただけです


「ルチアナをひっ捕えよ!」


 どうして婚約破棄ごときで、仮にも伯爵令嬢である私を独房に繋げるなんて発想になるのかしら、そうルチアナが思っている間に衛兵はルチアナに近付いてくる。


「ちょっと! 何するの! 離しなさい!」


 衛兵はランヘッドの命令通り、ルチアナの腕を後ろで固定させ、跪かせる。


「不確かな憶測で、私にこんなことをしてただで済むとお思いですか!」


 ルチアナは、声を上げる。


「黙れ。貴様への容疑は完全には晴れていない。そのような犯罪者予備軍とは、同じ空気を吸いたくない。安心しろ。容疑が晴れ次第、シャークガイア伯爵に迎えに来るように連絡くらいならしてやる」


 (伯爵様を迎えに来させる!? とんでもない! 伯爵様にご迷惑をかけるわけにはいかないわ!)


「ネムリー! いないの!? ネムリー! 私を助けなさい!」


 ルチアナは、己の侍女を呼ぶ。ランヘッドの卒業をお祝いするためなので、主にこのパーティーに招待されているのは学園の生徒だ。


 つまり、この場にルチアナの味方となってくれるのは侍女のネムリーしかいない。


 しかし、いくら呼んでもネムリーの気の抜けるような声は聞こえてこない。


 (あの寝坊助メイド! こんな時にどこで眠りこけてんのよ!!)


 早々に、ネムリーの助けは諦めた方が良さそうだ。


 そして、ルチアナは今回こそ、ネムリーをクビにしてやろうと決める。



「連れて行け」


 ランヘッドの声が虚しく響く。


「お待ちください、ランヘッド王子殿下。それはあまりにも軽率かと。」


 一人の騎士が、ランヘッドに苦言する。

 がっしりとした体躯のいかにも騎士、という感じの男だ。


 (さっすがタイナー、わかってるじゃない!)


 ルチアナは、心の中でタイナーに拍手を送る。


 タイナーは、ランヘッドが幼い頃からのお目付役兼、護衛騎士である。

 そんなタイナーのことは、ルチアナもランヘッドと婚約関係になった時から知っている。


「なんだと?」


「シャークガイア伯爵令嬢は、まだ犯罪者と決まったわけではありません。それにもかかわらず、王子殿下の独断で令嬢を独房に入れてしまわれるのは、シャークガイア家が黙っていないでしょう」


 タイナーは、精神年齢の幼すぎるランヘッドをいつも諭し、守り、支えてきた。


 (タイナーの言うことなら、馬鹿殿下も聞くわね!)


 ルチアナは、ほっと息を吐く。どうやら、独房行きになり、シャークガイア伯爵に手間を取らせることだけは避けられそうだ。


 「そうだな、確かにルチアナの兄は騎士団長であるし、万が一にでも何かあったら、面倒なことになるな」


 などと、ランヘッドとタイナーが話してるところを大人しくルチアナは待っていた。



 しかし、すーっとルチアナの目の前を透明な糸がぷらぷら、と揺れていることに気付く。糸の上をみると衛兵の肩から繋がっているようだ。目線を再び、糸の下へと戻す。


 そして、糸の下先には小さな蜘蛛。今もうんしょ、うんしょ、と一生懸命に蜘蛛は糸を伸ばして下へと向かっている。


「うっ」


 ルチアナの異変を感じた衛兵が、体を傾ける。それにより衛兵の肩から伸びている糸は反動で、ルチアナの方へ向かっていく。


 ぴとり、小さな蜘蛛はルチアナの鼻先にくっついた。



「うきゃーーーーーーーーーーーーーー」



 ルチアナは、叫びながら横に飛び上がる。横の騎士は、足にすさまじい勢いで体当たりしてきたルチアナにより、よろけてしまう。


 よろけた騎士の武器が近くにいた令嬢の肩に軽くぶつかる。

 令嬢は近くにあったテーブルにお尻からぶつかってしまい、反動で机の上にあった料理を反対側に飛ばしてしまう。

 料理は、反対側にいた令嬢に見事に頭から落ちた。そして、残念なことにその料理は油物の肉料理だった。今日のために、服やメイクに気合を入れてきた令嬢は、一瞬で油まみれになったことに発狂し、持っていたワインを投げた。そのワインが目に入ってしまい、慌てた令息はとりあえず近くにあった布で顔を拭いた結果、それが令嬢のスカートだった。その令嬢の恋人が、激昂、大乱闘。それがさらなる大騒ぎへと発展する。


 パーティー会場は、一瞬にしてルチアナの断罪場から、料理や物が飛び交い、令息たちは殴り合い、令嬢は叫び、使用人は大慌ての、とんでもないことになった。


 これが本物の紳士淑女であれば、ここまで大事にはならなかっただろう。しかし、貴族といえど、まだ生徒であり未成年な彼らの予期せぬ結果は、見るに耐えない結果となった。


 ルチアナの行動から、大掛かりでいて見事なドミノ倒しのように。


 その様に、ルチアナの処遇について話し合っていたランヘッドやタイナーも言葉を失う。




「きゃ、きゃーー! やっといなくなった! 蜘蛛!!」


 全ての始まりであるルチアナは、小さな蜘蛛と格闘しており、ようやく自分から引き剥がすことに成功した。


 「あれ?」


 そして、パーティー会場の様子がおかしいことにようやく気付く。


「みんな、どうしたのかしら?」


 その時、殴り合いをしていたある令息が、怒りにまかせ、近くの衛兵の武器を取り上げた。先に刃物がついた武器を持ち出した令息に、さすがに周りの生徒も止めようとしたため、令息は取り上げられまいと、武器を上に思いっきり振り上げた。


 衛兵の武器など、普段持たない令息は喧嘩による興奮もあってか思いっきり武器を振り上げ、持っていた武器は手からすぽ、と抜けた。



 そして、その武器は高く上がり、なんとランヘッドの隣にいたセリアに向かって一直線に落ちていった。


「セリア!」


 ランヘッドはとっさに叫ぶが、タイナーによっていち早く背に隠されてしまった。


 タイナーも、ランヘッドを守るという動作を挟んだため、セリアを守るにはわずかばかり足りなかった。


 セリアは、とっさのことに驚き、体を動かせなかった。



 そして、そのまま彼女の顔に一直線に刃物が突き刺さるその時、



「セリアさん、避けて!」



 走り出していたルチアナは、武器を右足で蹴り、横に軌道を変えた。


 遠くから一連の大騒ぎを見ていたルチアナは、いち早く異変に気付いていたのだ。


「ま、間に合って、よかった」


「ルチアナ様、どうして……私、あなたに酷いことをしたのに」


 緊張が解け、へなへなと座り込みながら、セリアは涙ぐむ。


「怪我がなくてよかったわ!」


 しゃがみこむセリアに、ルチアナは手を差し出したその時、



「なぁにが、怪我がなくてよかっただと?」


 ランヘッドの低い声がする。



 くるり、とルチアナとセリアが振り返る。



 武器は、ランヘッドの顔のすぐ真横に刺さっていた。


 ルチアナにより軌道の変わった武器は、ランヘッドの金色の毛先を掠めつつ、顔の真横に突き刺さった。


 床の下には、ランヘッドの無惨にも切られた金色の髪が落ちている。


 

 ルチアナは、顔を真っ青にして後ろへと下がる。


「で、殿下、あの、これには、訳が、」


「タイナー、もう文句はないな。お前も見ただろう? 一連のルチアナによる犯罪行為を。 ルチアナが衛兵を押し、生徒を混乱に陥れ、セリアだけでなく僕まで殺そうとした」


「殿下、お、落ち着かれてください。まずは話を」


「これは立派な王子殺人未遂、重罪だな」


「王子殺人未遂!? そんな! 違います! 信じてください! 私はただ、」


 ルチアナはさらに後退する。




「ルチアナ・シャークガイア! お前を国外追放とする!」


 この時には、ルチアナは入口へと走り出していた。


 後ろで、セリアが「殿下、聞いてください。実は」と何やらランヘッドを止めてくれているようだが、誰を庇おうとしたとしても王子に刃物を向けることは、重罪である。そして、この国の国外追放とは、海を隔てた国への島流しであり、大海に潜む魔物などに喰われて、どのみち死を意味する。




 ルチアナを捕まえようとする衛兵たちを背に、ルチアナはただ、




 逃げたのだった。




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