プロローグ
ルチアナたちが壊滅させた建物の地下深く。
ゴゴゴ、と上の建物が傾く音や、パラパラと何かが崩れ落ちかけている音がする。
ここももう直ぐ押しつぶされる。早く逃げなければルチアナの身も危うい。
何かの実験が行われていたのだろう。この地下の部屋には多くの魔法器具や書物が所狭しとある。
そんな場所で一際目立つところに大切に保管されている大きな氷。
ルチアナによって溶かれた氷から現れたのは、筆舌に尽くしがたいほどの美青年だった。
身長はすらっと高く腰も高い。赤黒い髪に隠された顔は、切れ長の目に、ツンと高い鼻。薄い唇に、きめ細かく綺麗な肌。
目の前にいる、十数年眠っていた美しい男が、目を開ける。
男の瞳を見て、あ、綺麗な金色ーー、とルチアナが思ったほんのわずかな時間。
男はルチアナの前で跪いた。そして、恭しく、それでいて確かな意志を感じる力で、ルチアナの手を取って、
「我が魔女、ルチアナ。そなたは命の恩人だ。王子として、最大級の謝辞と褒美を与えよう」
とのたまった。
美青年の、あまりの様になっている畏まっている態度にルチアナはとっさに何も言えずにいた。
こんな薄暗い、今にも建物が崩れそうな、命がかかった時に、こんな状況になるなんて夢にも思わなかった。
(私はただガエルちゃんを助けにきただけなのに)
そんな困惑したルチアナの態度を見て、己の言動がおかしいと勘違いしたのか、今までの所作に似合ぬ態度で、チッ、と舌打ちした。
「……駄目だな、こんな格好じゃ。きまらねぇわ」
はぁ、と今まで一心にルチアナに向けていた視線を己の所々焼けて破れかけた服に移す。確かに、男は高級そうな服をボロボロにして氷で眠っていたが、服なんかにルチアナが気にならないほど男に目を奪われていた。
男はもう一度、ルチアナに向き直る。
「俺の魔女、ルチアナ、お前には話したいこともしてやりたいこともたくさんある」
あまりの圧にルチアナは、この男と対峙してから言葉を失ってばかりだったが、突然変わった男の口調から、何故だか懐かしさを感じてならない。
そこから導かれる一つの結論に、ルチアナはまさか、と言葉を失う。
(嘘でしょ、ただのカエルのぬいぐるみじゃないとは思ってたけど……まさか、私のガエルちゃんが……)
「悪賊皇子と呼ばれた俺と、反逆者として、一緒に、この国を滅ぼしてくれ」
男は大切に触れたままのルチアナの手を己の顔にすり、と擦り付けて、手のひらに軽くキスをした。
「全部滅ぼしたその後は、俺の女になれよ」
そう、最大限の色気を振りまきながらルチアナを見つめて笑ったのだ。
並々ならぬ経験をしてきたルチアナだが、目の前の、おそらくルチアナのカエルであっただろう美青年がのたまいやがった言葉に、今度こそ言葉を失った。