勇者は絵心がない
「魔族軍左翼後方、丘の向こうから巨大な敵影が出現。大魔獣です!」
「そんな!今でも劣勢なのに」
「このままでは王都は陥落します。勇者様!今こそ伝説の力をお使いください」
はい。勇者です。
というわけで、初っ端からピンチですが、実は俺、元々は勇者でも何でもなくてですね。普通にサラリーマンやってました。
親の3回忌の法要も終えて、勤続報奨で貰った特別年次休暇を使って、柄にもなく旅に出たら、なぜか異世界に来てしまった次第でして。
海外のローカルなパワースポットなんかに素人が行くもんじゃないね。
気がついたら、アニメやネット小説みたいな、なんちゃってファンタジー異世界で、あれよあれよと言う間に勇者認定されて、魔族と戦うことになっていた。
正直、テンプレ展開って、実際に当事者になるとなかなかしんどいということが身にしみた。どうせならハーレム展開も実装してくれれば良かったのに。ちくせう。
まぁ、ヒロインポジションの姫様がかなり可愛いので、なんとか頑張っているのだが……身分差が激しくて全然手が出せる関係ではない。"勇者"階級って、労働条件が称号の割に悪いんだよ。ボッチなせいで組合ないからなー。
そもそも相手は10代だから身分差の問題以前に年齢差でアウトといえば、それはそう。こっちの世界に来て、なんだかちょっと若返って、身体つきもしまって、多少イケメン化している気はするものの、しょせんはしがないおじさん。そこはわきまえているものの、ちょっと寂しい気もする。
まぁ仕方がないので請われるままにキリキリ働いているわけで。はい。
で、ただいま絶賛、正念場?なんだが、"今こそ伝説の力を"と言われてもねぇ……。
あ、何をやればいいかの説明は事前にレクチャーされてはいる。
王城の奥にある神域に設置された石板を使って、魔獣に対抗できる戦力を召喚するそうな。
ただこの具象幻影と呼ばれる召喚体を呼び出すには、そのものの存在を定義する詩を詠唱しながら、石板にその姿を描かないといけないそうで……。無理!正直言って絵なんて全く描いたことがないし、描ける気もしない。詩なんて小学校時代に宿題で交通安全標語を五七五で作った程度だぞ。
命綱 シートベルトはバンジーロープ
歌道に暗いな。提灯借りないと。
七重八重花は咲けども山吹の
味噌一樽に鍋と釜敷き
うむ。現実逃避完了。
思考が落語まで逸れたら落ち着いた。
さて、できないと駄々をこねると王都の人々がみんな死ぬ羽目になるので、できないなりに何かする必要がある。
俺は具象幻影召喚用の石板の前に立ち、精神を集中した。
要するに、人型のものをなんか書ければ、いいんだよな。
一発勝負の出たとこ勝負。
時間はないから突貫仕事。
表面にうっすらと光る粒子が浮かぶ石板に、思い切って指で直線を描く。
『ぼーがいっぽんあったとさ』
この世界の言葉ではない詠唱句に従って、石板の上に線を描くと、その軌跡が強く輝き始めた。
思い描け!
必要なのは、葉っぱでもカエルでもアヒルでもない。
イメージを具象化させろ!
欲しいのは、コッペパンでも豆でもない。
人型の巨大な力だ!
『あっというまに……』
最後の線を描ききって、できあがった具象幻影に命名する。
『かわいいコックさん』召喚!
石板上の光の筋が収束し、輝く光の柱になった。
拡散した光の柱は、そのまま巨大な異形の人型になる。
具象巨兵だ。
「おお!奇跡の御業だ」
「なんと巨大な」
「さすが勇者様です!」
下からアオリのアングルで見る3Dの"かわいいコックさん"は、なかなか迫力があった。
うーむ。どっこもかわいくないし、全然コックじゃないぞ。
ママヒットンのかわゆいキットゥン並みに形容詞と名詞が実態と乖離しているな〜。
「征け!イマジナリアン」
具象巨兵は、直立した姿勢のまま空中に浮かび上がり、魔族軍に向かって真っ直ぐ突っ込んでいった。
いや、そこ、飛ぶんかい!
人型である意味って一体??
っと思わないでもなかったが、ここはノリと勢いで勝ちに行くしかない。
「フライングドリルキッーク!」
空中で高速回転した具象巨兵は、両足を揃えたまま、敵軍左翼をまとめて吹っ飛ばすように突っ込んだ。
「そこだ!ぶちかませ!!」
巨大なグーパンチが大魔獣を盛大に吹っ飛ばす。
大魔獣は地響きを立ててひっくり返った。
……王都の外で良かった。
そこからは大魔獣と具象巨兵の大乱闘になった。ほぼ怪獣大戦争。
足元の魔族軍はたまったもんではないだろうが、こちらとしては問題ない。
いいぞ。まとめて始末しろ!
しかし、"かわいいコックさん"には致命的な弱点があった。
足元が弱かったのだ。
やはり、ヒビの入った三角定規というイメージは脆弱だったか。
大魔獣に足払いを食らわされて、転倒する。そうなると単独での挽回は難しい。
大魔獣の鋭い牙が具象巨兵の身体を食い千切り、具象巨兵の肩や腕が赤い光の粒となって散って消える。
「勇者様、増援を!」
無茶振りに、もう一体の召喚を試みるが、同型では同じ顛末になるだろう。それに"かわいいコックさん"は俺がイメージできるポージングの制約が大きい。
どうする?どんな手がある?
自分の手札はあまりにも少ない。
マンマルちゃん?
ロクロクちゃん?
だめだ。うろ覚えすぎる。
それに顔だけでは召喚できない。
ニャンちゅうの絵描き歌コーナーは「それは無理」と思って、スルーしていた。もっと真面目に見ておけば良かった。
……いや、ないな。あれは世界を救うために真面目に見るもんではない。
「勇者様」
「くそっ、こうなったら仕方がない」
ええい!もうアレで行こう!
こんなところで使ったら、下手をすると己の存在を危うくしかねない禁呪だが、大勢の人の命には代えられない。
俺は石板に向かって精神を研ぎ澄ませ、子供の頃、魂に刻んだ詠唱句を唱えた。
画竜点睛。コイツは目から描く。
俺は魂を込めるつもりで、丸書いてちょんと目を入れた。
助けて〜!イマジナリア〜ン!!
「勇者様、これは!?」
「弱者を救済するスーパーロボットだ」
青空を背景にそそり立つ、青空よりも青い巨大な青狸ロボット。
それは、俺の拙い絵が具現化したというよりも、その絵を通して呼び覚まされた俺の記憶の中のソレが出現したかのようだった。
「丸い……なんだこの具象巨兵は」
「こ、こんなものが役に立つのですか?」
「モノ扱いするな。イマジナリアンは生物ではないけれど、信頼できる友達なんだ。共に戦う仲間なんだ」
「わかりましたわ。勇者様。私は今までイマジナリアは戦力にはなるが不気味で恐ろしいものだと思っておりました。でもそれは違うんですね。イマジナリアンは体の大きな私達の友達……」
姫様は祈るように胸の前で両手を組み、キッと凛々しい表情で二頭身の具象巨兵を見上げた。
「私達は大きなお友達も大事にしないといけないんだわ」
ぶふぉぁ?!
「聖女隊、ステージへ!」
「はいっ」
「みんな!大きなお友達のために頑張って歌いましょう」
「はいっ!!」
違う。なにかとてつもなく違う。
ステージって何?
ちょ、そこの女の子たち、いつからスタンバってたの?
斜め上の反応に当惑しながらも、俺はやけになって、押し寄せる魔族軍の方に向き直った。
無理やり口の端を持ち上げる。最後は笑ったやつが強いんだ。
「ここからは想像力の勝負だ」
こういう場合、具象巨兵のポケットの中身って、俺の思い描く通りに出現させられるんだろうか?
できない場合、詰むのでは?
「勇者様、石板に武装を描き足せばイマジナリアンを強化できますよ」
【急募】絵心のある勇者
誰か代わりになんとかして〜!
多少絵心あっても石板に一発書きは厳しい。せめてタッチペンはないのか。
ドリームノートでも鉛筆消しゴム使用可能だったぞ。
砂場や運動場での落書きレベルの絵しか描けないので、実は絵心あまり関係ないかもしれません。
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ジャンル別コメディ日間1位ありがとうございます。23/10/8追記