愛のカタチ
玉座に座る私の前には、三人の男が跪いていた。この三名は各々の分野で活躍してくれた者たちだ。
本日は、この者たちに勲章を授与する為に、謁見の間に集まって貰ったのだ。本音を言うならば、他にも思惑があるのだが……。
授与を終えたあと、私は思惑を実行にすることにした。
「ところで、もう一つ褒美を取らせようと思うのだが……」
私は部下に合図をして、娘を呼びに行かせた。
少しすると扉が開き、丸々と肥えた娘が姿を現した。
「お父様呼びまして?」
娘は、三人には目もくれずに私の横へと向かって来た。
「どうだ、私の娘と結婚しないか?」
「王よ、申し訳ございません。私には愛する妻と娘が既に居ります故、結婚することは出来ません」
「そうか、それでは仕方ないな。では、そなたは?」
「私は、近々お付き合いしております女性と結婚しますので承諾しかねます」
「うむ、では……」
「す、すみません。オレ、いえ私は、じいちゃ、祖父からの遺言で年上の人としか結婚するなと言われているので……」
「そ、そうか。祖父の遺言では仕方ないな」
分かってはいたことだが、思惑は失敗に終わってしまった。しかし、この状況に納得がいっていないものが一人激高し始めた。
「あなたたち黙って聞いていれば……」
「落ち着きなさい。彼らにも事情があるのだから仕方ないだろう」
私は、娘を宥めつつ、三人は退散するように促した。
程なくして、娘を謁見の間から帰らせた後に部下に愚痴をこぼす。
「誰かアレを貰ってくれるもの好きはいないだろうか?」
「なかなか難しいと思いますよ」
「そうだよな……」
実際にかなり難しいのだ。既に他の兄妹は結婚や婚約をしていたりするのだが、今回の結婚を促した娘は次女で、婚約すら出来ていないのだ。
以前は、婚約を何度もさせていたのだが、その度に婚約相手が不治の病や、失踪を繰り返すので諦めたのだ。
原因は、分かりきっている。あの容姿の上に性格が悪すぎるのだ。
初めに婚約させた相手は心を壊してしまい、今でも療養を余儀なくされている程に。
その後も、次女の行く末が不安で王位を譲ることもままなりそうにないなと思う日々が続いた。しかし、そんな日々は唐突に終わりを告げることになった。
プロス王国から求婚の打診を受けたからだ。
プロス王国とは、隣国を間に挟んだ所にある国で、最近世代交代が行われたばかりだと聞く。その国の王は、次女より一つ上の年齢で若くから相当優秀とのこと。
その様な王が、次女に求婚するのだから世の中どう転ぶか分からないものである。
「王よ! プロス国王が参られました」
「うむ」
私は玉座から立ち上がり、部下によって中へ招かれたプロス王と握手を交わす。
「これはこれは、遠路はるばるよくぞ参られた」
「こちらこそ、急な求婚を申し入れて下さり有難う御座います。して、そちらに居られるのが王女様ですか?」
銀髪の眉目秀麗な王が、玉座の横に控えさせていた次女の方を見た。
「あなたがプロス王ですか。私を選ぶとは見る目だけは、おありのようですね」
娘は、高圧的な態度でブロス王に接し始めた。
「ハハハ、まさかここまでとは何て素晴らしいんだ」
娘の粗相にプロス王は、怒るどころか喜び始めたが、万が一ということもあるのですかさず謝罪をした。
「娘が粗相をしてしまって申し訳ない」
「いやいや、こんな素晴らしいお嬢さんは、なかなかいませんよ。誇ってもいいくらいです」
どうやら本当に喜んでいるようだ。それにしても、蔑まされて喜ぶとはそういう趣味の人なのだろうか。人は見た目や噂では判断出来ないものだな。と思っているとプロス王がぽつりと呟いた。
「これは、なかなか調教のしがいがありますね……」
今、調教と聞こえたが、きっと教育と言い間違えたのだろう。結婚したら王妃になる訳で、再度教育をし直すつもりなのだろう。この王は、自国で教育に力を入れていると聞く。つまりが指導心に火が点いたのだろう。
「ところで、本当にこの子でよろしいのですか? プロス王ならばいくらでも妃候補がいるのでは?」
「いえいえ、彼女程の者などいませんよ。それに彼女で無ければ駄目なんですよ!」
「そ、そうですか。それでは娘を頼みます」
「はい、勿論です」
そこまで熱弁されては、最早何も言うことは出来なかった。次女の顔を見ると耳が少し赤く染まっていた。流石の次女も熱弁され続けて少しは動揺したのだろう。
今日は、求婚のみで日を改めて迎えにくるとのことで解散となった。
後日、馬車の迎えが来て娘は、盛大に国から巣立っていった。
◇
時が経つのは早いもので、次女が嫁いでから数年の月日が流れていた。
そして私は今、玉座にて来客を待っていた。その来客とは、次女夫妻で何と第一子が生まれた報告ということだった。
次女が嫁いでからのプロス王夫妻の噂は、こちらにも流れてきていた。色々なペットを飼っていることや、仲睦まじく過ごしていることなど様々なものだった。
あの次女がである。どの様な変貌を遂げているのか、期待せずにはいられなかった。
「プロス国王夫妻、ご到着されました」
「来たか!」
謁見の間の扉から、プロス王夫妻が中へと入ってくる。
「よく来てくれた」
「王よ。ご健勝で何よりです」
「お父様、お久しぶりです」
娘は、上品に挨拶をしてみせた。いやこれは、本当にあの娘なのだろうか?
容姿は、以前とは比べ物にならない位に痩せていて、気品が溢れ出ている。私の目の前にいるのは、才色兼備の女性だった。
人は恋をすれば変わると言うが、ここまでいくと最早進化と言わざるを得ないほどである。
私は、娘夫妻と積もる話をしていたが、お別れの時間となった。
「それでは、私たちはこれにて失礼致します」
「お父様、お元気で」
またも、娘は上品な挨拶をした。そして二人は謁見の間を出ていく。
私は二人の様子が気になり、扉からこっそり顔を覗かせて様子を伺ってみることにした。
廊下を歩きだしていたが途中で立ち止まり――。
「よく出来ましたね。偉いですよ」
そういうとプロス王は、娘の頭を撫で始めた。
撫でられている娘は、以前では考えられない程、無垢で嬉しそうな笑みを浮かべている。
人は、こうも変われるものなのか。愛とは何たる力なのだろう。
私は感嘆のあまり、涙がこぼれそうになった。
「あの、ご主人様ご褒美に繋いでくれませんか?」
「仕方ないですね。城の中までですよ」
どうやら、娘は手を繋いで帰りたいらしい。何とも微笑ましいことだろうか。
そんなことを考えながら、二人のやり取りを見つめ続ける。
「これでお願いします」
娘は、夫に紐の様な物を手渡した。すると、プロス王は娘のチョーカーに紐を取り付け始めた。取り付けられている娘の顔は、昂揚としている。
装着を終えると、王が紐の先端部分の輪を掴んだ後に告げた。
「さあ、行きましょうか」
「はい」
二人は、自分たちの世界に浸りながら歩き出す。残った私は、しばらくの間情報過多により固まってしまった。
情報の精査を終え、私の口から自然と声が漏れ出た。
「そうか、アイに目覚めたのだな……」
彼に立派に調教され、性癖に目覚める。これも愛の形の一つか。
私の知賢はまだまだの様だ。世界は広い。そのことが身に染みて分かった今、ある決意を胸にする。
「すまないが、第一王子を呼んでくれ」
部下にそう告げた後、私は玉座に腰を下ろして待つ。
第一王子に王位を譲り、世界を回ることを心に決めて――。