エーデルハウス
第一章 エーデルワイス
バス、電車、 バスに乗り目的地の家にたどりついた。
ここは埼玉県にある田舎。ほのぼのしているが、東京から2時間くらいしか離れていない。そのため東京へ働きに行っている人もたくさんいる。
着いた感想は、
「すげぇ」
エーデルワイスとかかれた看板。 二階建て、庭付きの大きな家。まるで、別荘のようだ。
「あれ? 新しい人?」
後ろから声がして、 見ると綺麗な顔立ちをした青年がポメラニアンをつれて立っていた。
「すげぇって、 小さい子供みたいな。感想言うね」
「すいません」
綺麗な顔立ちに圧倒され、別に怒っているわけではないとわかりながらも思わず謝ってしまう。
「いや、かわいくって俺は好きよ」
「あ、ありがとうございます」
なんだ。 俺は、女子か。 イケメンに 『好き』 って言われて戸惑って。
「君、 どこから来たの?」
「東京です」
「わぁ。 都会の名前だ。 じゃあ、ここと違うね」
「あ、そうですね」
「でも、田舎もいいよ。うるさくないし、空気は美味しいし。何より大声で歌ってもそんなに怒られない。最高じゃない?」
「そうですね」
愛想笑いをした。
別に歌うことが好きでも嫌いでもどちらでもない俺にとっては正直どうでもいい。
「ねぇ、」
突然後ろから肩を掴まれた。電流が走ったように肩が上がる。
振り返ると、猫背でボサボサ髪を一つ縛りにした女の人が立っていた。
「君、恩道千春さん?」
「はい。そうですけど」
「へぇー。女じゃないんだ」
失礼だな。まあ言われ慣れているけど。
「ついて来て、恩道さん」
ゆっくりこの家の中へと歩いていく。
俺も戸惑いながらもあとを追った。
そのあとをなぜか美青年がポメラニアンを抱っこしてついていく。
そして、リビングに通され、
「この人達がここの住人です。まあ、今日が仕事や学校の方もいるので全員ではないですが、」
そう言い、中央にあるソファへと座りに行った。
俺は、どこに座ったらいいか分からなかったので、ソファの横へ正座した。
「では、田辺さんから時計回りで自己紹介をお願いいたします」
「なんで僕が先頭なの。多地さん。まあいいか。僕の名前は、田辺明仁です。普通のサラリーマンで、残業は嫌いなのであまり遅く帰ってくることはありません。好きな食べ物はピーマンの肉詰めです。よろしく」
メガネをかけ、黒髪のマッシュヘア、服装は白Tにジーパンという爽やか系。アニメに出てくるイマイチ特徴がないキャラクターのような見た目をしている。まあ、いい人そうだし仲良くなれる気がする。
「次は私か、田城由美です。駆け出しの画家です。一応。私の部屋には絶対入るなよ。わかったな。以上です」
何だこの情緒不安定な自己紹介は。最初は明るかったのに急に暴言吐いて、ついでに声色も変えて。見た目は、金髪のボブヘア、白のブラウスに淡い青のスカートというしっかりとオシャレをしている。予想だが、結構めんどくさい人のような気がする。
「名倉朱乃です。高一です。よろしくお願いします」
あっさりしている。まあ、別にいいんだけど。こういうタイプは苦手かもしれない。見た目は、セミロングに少し茶髪気味の黒髪、深緑のパーカー、黒のスエット。顔は目がデカくて、肌も白くて、鼻が高くて、いわゆる美人顔。
「おい。朱乃ちゃんそれだけか。まあ、いいか。これから、こいつが知っていけばいいのだから。俺は、戸村純平。近くにある細村というカレー屋でコックをやっています。千春くん。ぜひ、食べに来てね」
「はい」
「以上です」
と、ニコニコの笑顔で言った。
俺は正直言ってこういうオジさんが嫌いである。焼けた肌、少し太った体、笑顔がトレードマーク。いい人というのは間違っていないが、同時にめんどくさい、話が長い人というのも間違っていない要素である。
カレー屋は誰かに誘われない限りいかないようにしよう。
「多地霞。ここの大家の娘です。在宅ワークの仕事をしているので基本家にいます。恩道さん何かわからないことがあれば私に聞いてください」
「わかりました」
この人はしっかりしていて真面目な人なんだろうと思った。
「次は恩道さんですよ。速く自己紹介してください」
「あ、はい。恩道千春です。19歳です。一所懸命頑張りたいと思います」
シンプルなものになってしまった。足がもう走れないことは言いたくなかった。勉強も手先も不器用な自分を隠したかった。いつかは告げなきゃいけないこと。いつかはわかることなのに。
「あと二人ほど住民がいます。夕飯の頃には現れると思います。大家は近所の方とお食事に行かれているのでそのうち帰ってくると思います」
「わかりました」
どんな人が暮らしているかはわかった。が、この美青年は何なんだ。今自己紹介しなかったから住人ではないようだけど。俺は隣に座る彼を上から下までジロリと見つめる。ニコニコと愛想よい笑顔を撒き散らしている。膝の上に座るポメラニアンはベロを出して「ハハッ」しながらも吠えずに大人しく座っている。あ、ポメラニアンと目があった。
「ワンワン」
吠えられた。
「もう、静かにしなさい。どうしたの?先まで静かだったのに」
ポメラニアンの目線と同じになってみて、それが俺を見ていることをわかると、
「あー。千春くんと目が合っちゃったんだ。千春くん大丈夫?怖くない?」
「はい。大丈夫です。犬好きなので」
「よかった。新しい人ともお友達になれそうで」
ポメラニアンの頭をヨシヨシとする。かわいい。
「そういえば、僕挨拶してなかったね」
「はい」
「僕の名前は、和尾藍翔。隣の家に住んでいます。で、こいつは愛犬のテン。かわいいだろ」
飼い主に頭を撫でられるテン。かわいい。
突然隣に座る多地さんが手を叩いた。
「では、これにて住民会議は終了ですので解散してください」
すると、みんな立ち上がり自分の部屋へと移動していった。
「恩道さん。今から部屋とやってもらう仕事を説明します。ついてきてください」
「わかりました」
立ち上がり多地さんの後へとついていった。
2階の一番端の部屋へと連れられた。部屋は六畳の洋室で家具がたくさんおいてあった。
「ここがあなたの部屋です。机や椅子などおいてある家具は自由にお使いください。落書きや分解などはしないように。別に壊してしまってもあなたの責任ですが」
「あのこれって誰がおいていったのですか」
「前の住人です。荷物を適当においてください。ルールや仕事を説明します」
「はい」
リュックとカバンをベットの近くに置き、また多地さんの後へとついていった。
一つ一つの部屋、冷蔵庫にいれるものには名前を書くとかそういうここのルールを教えられた。
お手伝いさんの仕事は買い出しと掃除とご飯作り、あと大家さんに頼まれたものがあればやるというだけだった。
今日は昼の一時のため、夕飯とお風呂だけやればいいと言われた。
家賃は本当は払わなくちゃいけないが、お手伝いさんという働きの役職があるので給料から抜くからいいということだった。
説明が終わり部屋に戻り、部屋の掃除を始めた。ホコリがたくさんでてきた。
なんとか、5時前には終わらせてお風呂掃除をした。
お風呂は思ったより広々していて二人くらいは一緒に入れる大きさだった。
次に夕飯作りに取りかかった。
台所の冷蔵庫を開けるとたくさんの食材が入っていた。見るかぎりなんでも作れそうだ。作るものに悩む。
リビングで仕事をしていた多地さんに何を作ってほしいか聞いたら、
「うまいものだったらなんでもいい」
「え?なんか、もっと具体的にないんですか?今日はこれの気分とか」
「ない。お腹に入ればどうでもいい」
けっこう強めに言われた。女の人のなんでもいいは察しろというものだと聞くが、強めに言われると本当になんでもいいようにしか思えない。おしゃれなものよりはガツンとしたものの方がいいようなことはなんとなくわかった。
次にリビングから一番部屋が近かった田辺さんに聞いてみた。
「え?少しお肉が入っていればなんでもいいかな?」
「じゃあ今日は田辺さんが好きなピーマンの肉詰めにします?」
「いや、昨日食べたからいい。適当にカレーとかにすれば?一番無難じゃん」
「わかりました」
カレーは失敗しなさそうだしいいか。今日の夕飯はカレーに決めた。
多地さんにカレーになったことを伝えると、
「カレーか。うまそう。カレーは二日目が上手いから多めに作っておいてよ」
と言われた。最初そのつもりだったのでよかった。
エプロンをつけて手を洗って料理を開始する。
カレーのルゥの箱裏に書かれた作り方を見ながら作っていく。
じゃがいも、玉ねぎ、人参を大きめに切っていく。肉も忘れないように切る。今回は牛肉を使う。
そして、油を引いた鍋で玉ねぎがしんなりするまで炒めていく。肉は焼き目がそれなりについたらいいとする。じゃがいもと人参は、まあ二つがそれくらいになったら別にいいだろう。
次に水をくわえる。沸騰したらアク抜きもかかせない。具材が柔らかくなるまで中火で15分くらい煮る。
「美味しそうねぇ」
「わぁ!」
突然横から声がした。横を見ると田城さんが立っていた。
「そんなに驚かなくていいじゃない?だいたい気付かなかったの?私が近づいていること」
「はい。そんなに料理が上手いわけじゃないので不味いものを作ったら怒られてしまうと思って真剣にやってました」
「上手くない?これが?あんたはまあまあ上手いと思うけど。まあまだ完成してないからなんともいえないけど手付きはいいし。あんたもうちょっと自分を褒めてもいいじゃない」
「いや、自分はダメなやつなんですよ。このカレーなんて後ろのメニューを見ながらやっているだけだし」
田城さんは俺を見つめた。そして、俺のおでこを弱い力で叩いて、
「確かにダメなやつね。もう少し鍛えなさい」
そう言って去っていった。
なんで叩いたのだろう。まあいいかと料理に戻った。
すると次に「ピーポーン」とチャイムがなった。「はい、今行きます」そう言いながら玄関の方へと向かった。
カメラで誰だか見ると、制服を着た低身長の男が立っていた。
玄関を開けると、キリッとしたキレイな瞳がこちらを見た。
「あの、誰ですか?」
「誰ってあなたこそ。僕はここの住人です」
「あ、そうですか。こんにちは初めまして今日からお手伝いに来ました。恩道千春と申します」
「恩道千春って女じゃないんだ」
わあ、出たよ。また名前の偏見。この名前まあまあ気に入っているのにこういうところがあるから大好きにはなれないんだよな。
「おとなしい、花のワンピースがよく似合う人が来ると思った。ナンパしようと思ったのに」
おい!ちょっと待てどういう偏見だ。しかもナンパしようなんて、どんだけチャラいんだよ。春休みに制服を着ている点からして真面目なあ人だと思ったのに。なんだこのロールキャベツ男子。
「まあ男でもいいか。確か年子だよね。僕来年高三だから仲良くしようね」
「あ、はい」
正直できるわけない。女と間違えやがって。そしてナンパしようと思ってたなんてもはや論外だ。
「ってか、早く中入れてくれない?僕ここの住人だから。証明する方法は思いつかないけど」
「あ、すみません」
男を家の中に入れた。台所へ戻って行く。
「今日ってさ、何なの?エプロン着てるってのことはご飯作ってるんだよね。何作ってるの?」
「カレーですけど」
「サラダとかないの?」
「味噌汁は作りますけど。欲しいですか?」
「うん。僕サラダ作るの手伝うから作って」
「わかりました」
サラダくらいレタスをちぎってトマトをおいたらいいだろう。それくらい楽勝だ。
カレーの火を一回止める。衝動が治まるまで放置する。
その間にレタスとトマトを洗う。洗い終わったら、次にカレーの中にルゥをちぎって入れる。
「レタスちぎればいいの」
制服からテイシャツに短パンとラフな格好になった男が手を洗いながら、
「はい。人数分のお皿に均等に入れてください」
「了解」
誰かと一緒に料理することは案外久しぶりかもしれない。高校生になってから兄は大学が忙しく一緒にいてくれることが少なくなった。一人で休みの時家にいて一人で過ごす。親が帰ってくる4時までの八時間だけ、一人暮らしをやっていた。昔から親は共働きで休みの日は兄と二人で過ごすことが多かった。
千秋。兄はもういない。
俺は崩れ落ちた。できるだけ忘れようとしていた。悲しんじゃいけないと思ったから。
「大丈夫ですか?」
ここまで来てバカみたい。一緒懸命強がれよ。バカ野郎。と膝を叩いた。
「僕にムカついた?それとも自分にムカついた?どちらかわからないけど。料理中だよ。料理ができないならどこかにいって。正直言って邪魔だから」
体を一生懸命持ち上げて、
「ごめんね。ちょっといろいろあって大丈夫だから再開しよう」
無理やり笑った。この人には関係ない俺の問題なんだから。迷惑かけちゃいけない。
「無理に笑わないで。ブサイクだから」
「すいません」
きれいに笑えなくて。
「何があったかは知らない。けどいつか気が向いたら喋ってよ。そしたら慰めてあげるから」
生意気だ。
「そういえば、名前言ってなかったよね。目崎ひょうが。ひょうがは、ひょうは動物の彪っていう字に、がは我が輩の我と書く。かっこいいでしょ」
何考えてるか、わからない。が、これくらいの人が案外接するのに楽だったりする。
カレーの鍋にまた火をつける。今度は、弱火でかき混ぜながら10分くらい煮る。
「いい匂い。味見したい」
「駄目。あと数分待てば出来上がりだから」
「厳しい。ケチ」
「ケチって、お金とかのことを言うんじゃないの?」
「別にこういう時にも言うよ」
「あ、敬語とけた」
俺の口を指で差しながら微笑む。
「だって、彪我は生意気だから」
本当はただ敬語を忘れてしまっただけなのだがそういうことにする。嘘を言っているわけではない。
「生意気ねぇ。初めて言われた」
本当かと思ったが、そもそもこういう変人とは関わりたくないと思うはずだから、それもあり得るかと理解した。
そういえば、
「トマトは切った?」
「トマトってどう切ればいいの?」
「クシ型切りにして」
「え?なにそれ。僕、輪切りといちょう切りくらいしかわからないんだけど」
料理初心者なのか。まあ俺も兄が料理系のところ行かなければ知ることもなかった。
「普通に八等分すればいいってことだよ」
「あ、了解」
包丁を持ち、慣れた手付きでクシ型切りにしていく。
「料理できるんだね」
「まあね、千春くんが来る前は霞さんと僕が交代で料理担当してたからね」
「そうなんだ」
颯は無理を言ったのかな?俺がいなくても大丈夫そうじゃん。俺なんて結局少ししか役に立たない。役立たず。颯は優しいよ。スゴく。スゴッく。
料理が出来上がり、ご飯の時間になった。
みんなを呼んでご飯をよそう。
みんなが順々に食卓を囲む。
「おい。若者、誰だ。お前は」
突然の怒鳴り声に体がピクリとする。声の方を見ると、年老いたおじいさんが怒った顔でこちらを見ていた。たぶん大家だ。
「初めまして、恩道千春と言います。これから、よろしくお願いします」
「あ、颯の友達か。今日からか」
「はい。これから頑張って行こうと思います」
ハハッ。苦笑い。怒鳴られないように慎重に。
「ブスッ」
後ろで小声で彪我が俺に言う。
わかってるよ。そんなの。こんな腰を低くしてたら舐められる。まあ、彪我はただ俺の苦笑いが嫌いなだけなんだろうがね。
全員が集まり、
「いただきます!」
勢いよく食べるものがいれば、普通にただ淡々と食べるものもいる。とりあえず文句はない。
よかった。微笑む。
「千春くんの料理おいしいわ」
「ありがとうございます。田辺さん」
「下の名前でいいよ。まじでおいしい。店出したら?」
「いや、全然ダメなんで。兄が方がもっと上手い料理作るんです。俺なんてまだ未熟です」
「なにそれ、人参の皮包丁じゃ剥けない人はどうなってるんだよ。お兄さんの料理食べたことないからわからないけどさ。僕は今まで食べた中で冗談抜きでおいしいと思うよ。最高だよ」
初めてだった。料理が上手いと家庭科実習で言われたことがある。けど、兄のことを言うと、みんな黙り込んだ。俺が接している人はみんな俺の完璧な兄のことを知っていた。こんな料理は比べものにならないし仕方がない。別にどう思われてもよかった。けど、ここにいる人は兄を知らない。兄の名前も顔も性格も全部知らない。恩道千秋の弟ではなく、恩道千春として俺を見ている。
『最高だよ』いつも父さんが兄に言っている言葉。自分に向けられる日が来るなんて思っても見なかった。まあこの人は父さんでもないけど。
「颯くん。あの子ちゃんとできるのね」
「当たり前じゃないですか。優秀でしょ、うちの子」
「今日カレー作ってくれたの。正直カレー屋の人はより美味しかったわ」
「褒めた?」
「うん。朋仁がよく褒めてたわ」
「否定したでしょ。兄方が上手いって」
「えぇ」
「うちの子は自信がないんですよ。だから自信つけてやってください」
「それは無理かも。あの子結構重症よ」
「あいつの兄。もういないんです。あいつには悪いですけど。俺ほんの少しだけどよかったと思ってるんすよ。兄がいなくなって」
「え?」
「あいつがようやく自分らしく生きられるじゃないかなって思ってるんです。うちの子今輝き初めてるでしょ」
「そうかもね」
リビングでみんなとご飯を食べている彼は、来た時よりも少しだけ瞳が光って見えた。