失ってしまった光
わかっていただろうか。
手をぎゅっと握られた時。
頭を撫でられた時。
綺麗な夕日を一緒に見た時。
こんな未来が待ってるなんて。
3月11日。東京都。千代田区。交通事故が起こった。
高齢者がブレーキとアクセルを間違え、それは起こった。
声が響く。
目に車が写る。 手に押される。
凄い物音が響き渡る。
後ろを見ると血が見える。
そっと、 持ち上げる。
「ワアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
涙が溢れた。
顔を上に上げて。
救急車の音。パトカーの音が鳴り響く。
スマホのシャッター音もあっちこっちから聞こえてくる。
音がどんどん大きくなっていく。
ずっと、真っ白だ。雨がまるで降ってるように気持ちが晴れない。
そのうちに声が聞こえてくる。
「大丈夫ですか」「大丈夫かな」「ヤバイ」「あの人なにやってるんだろう」「何つう顔してんだよ」「撮らなきゃ」「人がヤバイヤバイ」
なあ、これが最後でいいのか。
なあ、笑ってよ。
なあ、声を出せよ。
なあ、動けよ。
「なあ、なあ、なあ。」
体を揺さぶる。
何も応答はない。
そのあと、何が起こったかなんてわからない。
目に映像が写っただけで、時間が過ぎ去っていったからだ。
病院の針がチクタクと音を立てる。なかなか眠れない。
スマホで写真を見る。交通事故でこの世を去ったのは、兄だった。兄は、誰もが羨むような完璧な人だった。
勉強も運動もできて、困っている人がいたらほっとおけない。それが兄だった。先生からも友達からも家族からも愛されていた。俺も大好きだった。
それに比べて俺は、勉強もできなければ、運動だってそこそこだ。唯一自信があるサッカーだって兄には勝てやしない。
さっきだったかな? いや、まあまあ前か。親が病院に訪れた。
親は、血だらけの兄を見て、
「なんで、 なんでなのよ」
「本当に千明はいないのか」
「千明なんで」
「もっとしてあげたいこと。もっとしてもらいたいことたくさんあったのに」
涙を流して。何度も何度も同じようなことを口にしていた。
誰も望んでないのだ。兄がこの世から去ること。
そして、兄の代わりに俺が生きることも。
だからってこれで俺も去ることにするなど兄に申し訳ない。でも、生きていくには、辛すぎる現実だ。
無事に病院の入院期間が終わり家に帰ってきた。
玄関を開ける。
「千春。お帰りなさい。もう、足は大丈夫なの?」
「うん。大丈夫だから帰ってきたんだよ」
「そう」
母との適度な会話。
事故で足を軽く怪我した。日常生活に異常はないが、激しい運動はやることができなくなった。
なあ、これからどうする。
本当だったら、大学にいくはずだが、大学はサッカーの推薦で入ったから肩身が狭くなるだけだろう。
就職活動をするくらいしか方法はなさそうだが、サッカー以外何もできない。特にやりたいこともない。
「アーーー」 両手を挙げながら叫ぶ。横になる。
現実逃避してえ。
どん底は、「ある意味チャンス」だって言う人がいる。
けど、そのチャンスというのは行動しなくちゃ訪れない。こんなどん底どこがチャンスだ。チャンスなんかじゃない。ピンチだ。チャンスなんて、呼びたくない。
土曜日。颯が家に来た。
彼は、同じ大学に行くはずだった人だ。
「なあ、これからどうするの?」
「これから? 働くしかないだろうな」
「大学やっぱ駄目なん?」
「うん。別に行けるには行けるんだけどさ。あそこ結構頭いいところだし。俺なんて、サッカーやりたいから入ったなのにサッカーじゃなくて、勉強に専念する道しかないなんて無理だ。正直言ってサッカー以外やりたいことなんてねぇだ...」
涙が出てくる。
「そんなところで生きるなんて、俺、無理だよ...」
「諦めんなよ」
強く颯に言われる。
その言葉が刺さらないほどに俺は落ちこぼれていた。
「なんか、... もう、いやなんだ」
落ちこぼれが、あらわになっていく。
そんな俺を見て、わかったように強さが消えていく。
「そうか、そうだよな」
諦めの言葉だ。颯と頑張るはずだったのにこんなになっちまって。一応、学校に行けるのに。こんな決断をしてしまって、
「ごめん」
「なんで謝るんだよ」
と、颯が笑ってみせる。
ごめん。笑顔の颯の顔がどうしても憎らしい顔にしか見えない。わかってる。無理やり笑ってくれてるのだと。
沈黙が流れる。颯が窓に近づき、外を眺める。
「なあ」
「ん?」
「俺の叔父さんの家に居候しないか?」
「は?」
一体なんの提案だ。意味がわからない。
俺は、彼の言葉を待つ。
彼は、ちょっと時間が経ってから、口を開けた。
「叔父は、ちょっとしたシェアハウスをやっている。部屋が2個ほど空いたそうだ。そこにお手伝いさんとして住んでみないか?」
「は?俺にそんな能力あると思うか?」
「いや、思ってない。けど、離れたいだろ?」
「え?」
こいつなんでわかるんだ。
「俺は、新たな新天地として提案しているんだ」
真っ直ぐな瞳が俺の目にささる。
こいつ分かってやがる。
暗い闇の中、希望の光が少しちらつかせたようか気がした。