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[短編]異世界恋愛

完璧になりなさい、と仰いますが

作者: 月森香苗

・ゆるっとした世界観

 幼い頃に結ばれた第一王子との婚約。家格、血筋、容貌、才能。あらゆることを考慮した上で、直接会話をさせて相性がよさそうな令嬢として選ばれたのがエヴァ・デリタだった。デリタ侯爵家の次女で第一王子との年齢差は1歳。

 初めて顔を合わせたのは第一王子が6歳、エヴァが5歳の時。果たしてこの幼い年齢で生涯共に出来るかどうかの相性が分かるのか、と今なら思う。

 家格、血筋、容貌は文句ないだろうが、才能に関しては成長と教育次第だろう。エヴァは幸いにして学んだ分だけ吸収する力があった。ただし、本人の性格は少しばかり癖があった。


「エヴァ、いいかい。王宮に行ったら出来るだけ静かにするんだよ」

「わかりましたわ、お父様。わたくしが余計なことを言わないようにするためですよね?」

「お父様、で止めておけば完璧だったよ」

「わかりましたわ。お父様、最近髪の毛が少し……少なくなりました?」

「エヴァの素直さは美徳でもあるけれど、お父様はその言葉を聞きたくなかったよ」

「大丈夫ですわ、お父様。お父様の髪の毛が少なくなっても、お腹がふくよかになってもお母様はお父様のことが大好きですから」

「……そうだね……太ったかな?」

「少しふくよかになられましたわ」


 エヴァは素直だった。思うことをすっぱりと言ってしまう子だった。疑問に思うことがあればそれを素直に問い、気になることがあれば素直に口に出すような子だった。

 きちんと言い含めればその部分はどうにか抑えられるが、それでもまだエヴァは子供なので家族の前ではそれなりに切れ味のある言葉を発していた。



 第一王子フェルナンドとの関係は、それなりに良い、というのが適切な表現だろう。政略に伴う婚約なので強い恋愛感情があるわけではないが、10年も婚約期間があればそれなりに情は生まれる。そもそも一目惚れでない限りいきなり相手に恋をするというのは難しい。


 二人は、似ているようで少し違う。勉学においては、お互いに得意とするものが異なっていた。

 例えば、エヴァは算術や語学は好きだったが、詩は苦手だった。フェルナンドは詩の作成や読解は得意だが、算術は苦手だった。回りくどく表現する詩は率直な思考をするエヴァとはとことん相性が悪かった。

 お互いが苦手なところを補い合えばいいのだろうとエヴァは思っていたし、その旨はフェルナンドに伝えている。フェルナンドはそんなエヴァの考え方を許容してくれていたので、お互いに苦手な分野はそれなりに、得意な分野をとことん突き詰めていくやり方でいいのではないだろうかと話し合っていた。

 のだが、何故かそれを周囲が許さなかった。

 エヴァにはどの分野においても『完璧に』こなす必要があるというのだ。


 これにはエヴァも困り果てた。苦手なものに労力を割くよりも、得意なものを極めたほうが時間的にも効率がいい。苦手なものをそれなりに出来るようになるだけでも一苦労だというのに、完璧にしろ、というのは無駄ではないのだろうか。


「フェル様、わたくしわからないのです」

「何がだい?」

「教える人が完璧な人間じゃないのに、教わる方が完璧になるわけ、ないですよね?」


 外でのお茶会はそろそろ風が冷たくなってきたから、ということで温室で花を楽しみながらほんのひと時の会話を楽しんでいたエヴァとフェルナンド。つい先ほど終わった授業でも、教師から繰り返し『完璧』を言われたエヴァは、分からないわ、と頬に手を添えて軽く首を傾げる。

 フェルナンドは紅茶を飲んでいたカップをソーサーに戻すと、それじゃあ、と己の思い付きを口にする。

 その思い付きを聞いたエヴァは、瞼を数回瞬かせると、花が綻ぶような微笑みを浮かべて、それはすばらしいわ、フェル様と答えた。



 ある日、国王と王妃、それに宰相が集まっている応接間にエヴァとフェルナンドは呼ばれた。そこには二人を教える教師達もいるのだが、その教師の顔はどこか仄かにエヴァを見下しているような気がした。


「よく来た、二人とも。まあそこに座ると良い」

「失礼いたします」

「失礼いたします、国王陛下、王妃殿下」


 二人は長椅子に一人分空いた距離で腰掛ける。婚約者とはいえ未婚の男女が触れ合う程の距離で座るのははしたない。

 二人が座ったことを確認すると、国王はどこか言いづらそうに二人、いや、エヴァに問うてきた。


「エヴァ嬢。ここに並ぶ教師たちに聞いたのだが、少し反抗的な態度をしている、と」

「まあ。反抗的、ですか?」

「ああ。口答えをしたとか」

「国王陛下、正しくは、わたくしが疑問に思ったことを問いかけたのですよ」


 長年の淑女教育と王太子妃教育を受けてきたエヴァはお手本のような微笑みを浮かべる。15歳としては少々大人びているが、貴族の令嬢であれば幼い頃からこの微笑みを自然と浮かべられるように教育される。意識せずに出てくる微笑みの美しさはどの角度から見ても合格だろう。


「何を聞いたのか教えてもらえるか」

「ええ。完璧になりなさい、と仰いますが、完璧とは何ですか、と。そうすると先生方は皆様怒られまして、言われたことを忠実にこなしなさいとおっしゃるのです。ですが、おかしいと思いませんか?」


 エヴァと程よい距離にあるソファに座る宰相は、エヴァの父だ。彼は表面上は何ともない顔をしているが、内心はうわぁと荒れていた。そしてその父と国王は友人なのでエヴァの性格は聞き及んでいる。彼女は素直に聞いたのだろう。何せ真っ直ぐすぎるのだから。


「おかしい、とは?」

「教えてくださる方が完璧じゃないのに、わたくしに完璧を求めるなど、おかしいではありませんか」


 その瞬間、室内は緊張に満ちた。教師に選ばれるのは国でも有数のえりすぐりの専門家だ。数多くの生徒を持ち指導してきた矜持を持つ。その彼らをエヴァは完璧ではない、と断言したのだ。

 エヴァは微笑みを絶やさない。その隣に座るフェルナンドはほんの少し口角を上げている。


「算術のマルク先生は一か月前に学会で発表された新たな公式をご存じありませんでしたわ。あの論文は非常に面白く、わたくしなど直ぐに取り寄せまして分からない部分は本人に問い合わせも致しましたの。言語学のアルサーン先生は大陸中の言語を習得しておりませんし、神聖ファウティア語の発音は時折間違えておりますわ。わたくし、神聖ファウティア語を使われる神官様にお目にかかって直接発音をお伺いしましたもの。詩に関しては存じませんが、殿下は疑問に思われる部分があったそうですの。ええ、皆様方が完璧でないのに、教わるわたくしたちが完璧になれるはずがないと思いまして。ですが常日頃から完璧を求められるものですから、彼らの基準を知りたかったのです」


 何かおかしいですか?

 美しく微笑むエヴァを前に国王は何とも言えない表情になる。王妃は楽しそうだ。


「そうね、エヴァ。別にわたくしどもは完璧を求めているわけではないのよ。この世に完璧な人間はおりません。わたくしだって苦手なものはありますわ。苦手なものを苦手なままにせず、ある程度出来るところまで習得すればよいと思うわ」

「まあ、王妃殿下。わたくしも同じ考えですの」

「そもそも、陛下も弓術が苦手ですもの。陛下からして完璧な人間ではないですし、王妃のわたくしも完璧ではないのに、何故お前たちはエヴァに完璧を求めるのです?」


 王妃は先ほどまで、おそらく国王と王妃がエヴァを叱責してくれるだろうと思っていた教師達に問いかける。視線は向けないが。

 顔から血の気を引かせた彼らは何も言えない。エヴァが指摘した教師など、体が震えている。


「完全なるものは神の特権。不完全さが人。そのように聖典にも記載されているでしょう。わたくし達が求めるのは、国を導き、民を生かす為の王になること。その為に彼らの才を伸ばすように、と命じたはず。何時からわたくし達の言葉を勝手に己の考えに変えたのかしら」

「王妃、そこまでにしてやれ。とりあえず教師は全員入れ替える。確かに王太子とその婚約者であるエヴァには教育が必要だと言ったが、お前達の勝手にしていいとは言っていない」

「国王陛下、宜しいでしょうか」

「よい。発言を許す」


 王妃の容赦ない言葉を止めた国王が下した内容に教師たちは震えが止まらない。王宮での仕事を失うということは、国王たちからの信頼を失うということ。それはこれからの人生に間違いなく負をもたらす。


「作法のマリアンヌ先生はわたくしに一度たりとも完璧を求められませんでしたわ。誰のための作法か、何故するのか、を懇切丁寧に教えてくださいましたの。あの方はこれからも必要な教師ですわ。どうぞマリアンヌ先生にはご慈悲を」


 他の教師はいらない、と言外に告げるエヴァ。そもそもここに並ぶ教師たちがエヴァを見下し、ここに国王と王妃、重鎮でありエヴァの父である宰相を招いた。自分たちの行動には責任を取ってもらわなければならない。

 唯一この場にいないのは、作法の教師マリアンヌだ。彼女は王妃がまだただの侯爵家の令嬢で婚約者でしかなかった時から王宮の作法教育を担当している。王族の在り方を熟知しており、求める内容は他の教師と異なっていた。

 王家が王太子や王子、その婚約者に求めるものを適切に与える能力が教師には求められる。推論することは良い。ただ、己の思考や思想を与えてはならない。その基礎がなっていない教師は王族に不要だ。


「陛下、わたくしからもマリアンヌの残留をお願いいたします。あの方には後継を育成していただかなければなりません」

「ふむ。王妃とエヴァ嬢がそういうのであれば、マリアンヌは残留だ。他はもうよい。速やかにこの部屋から出ていくように」


 理由のない解雇は横暴である。しかし、この度の解雇は明確な理由が存在した。彼らがエヴァを貶めようとした結果、自らの首を絞めた、それだけの話。

 部屋に待機していた騎士に促され教師たちが出ていく。


「エヴァ、よかったね」

「ええ、フェルナンド様。フェルナンド様のおっしゃる通りにしてよかったです」

「私には何も言わないのにエヴァにだけ要求することがおかしいんだよ。国王に足りていない部分を王妃が補い、王妃が出来ないものは国王がしっかりと遂行すればいい。事実、父上と母上はお互いの欠点を補い合っている。それでも足りない部分は宰相なり大臣なり、それこそ戦う事、守る事は騎士がすればいい」


 国王と王妃は王太子と王太子妃時代から優秀と言われたが、それでも出来ないことは多々あった。側近がそれを支え、多くの者たちを適切に動かしてきた。一人が何でもかんでも出来るようになればそれは独裁につながる。

 教師たちの最大の過ちは、国を導くのは国王であり、完璧を求めるならば国王や王太子に対してであり、王妃や王太子妃になる少女に求めるものではないということに気付けなかったことだ。


「デリタ宰相、フェルナンドとエヴァ嬢は良き夫婦となり、何れこの国を導くにふさわしくなるだろうな」

「ありがたきお言葉です……」


 エヴァの父はそっと胃を押さえそうになるのを留める。思うことを素直に問いかける娘は、今回は良い方向に行ったが必ずしも同じように上手く行くとは限らない。

 それでも、と見つめる先には、フェルナンドと嬉しそうにほほ笑みあう娘の姿。

 政略で結ばれた彼らはこれからも良い関係のまま国を導く立場になる。父としては元より、国を支える臣下の一人として、時に厳しく彼らに接する時もあるだろう。その時娘は疑問に思えば素直に聞いてくる。それを悪いと言えるだろうか。

 否、一番悪いのは、分からないのにわかったふりをすること。そして自分の思い込みで行動することだ。


 フェルナンドとエヴァは退室する。用事は終わった。

 授業はしばらく休みとなる為、さて、何をしようかと思えばフェルナンドがエヴァに手を差し出す。


「少し温室に行こう」

「ええ。冬薔薇がそろそろ咲きそうでしたわ」

「今朝咲いたそうだよ」

「嬉しい。行きましょう、フェル様」


 嫋やかな手をそっと大きな掌に乗せると二人は歩き出す。その後ろを侍女と護衛騎士がついてきていた。

 燃え盛る様な愛情が二人の間には無い。しかし、小さな火種がずっと燃え続けるような愛情はある。


「フェル様。わたくしはフェル様と一緒でしたらこの国をより良く出来ると思いますの」

「私もだよ、エヴァ」


 静かな廊下を歩みながら静かに語らい合う二人は今までのように、そしてこれからもお互いの思うことを共有し合いながら国を導くものとして生き続ける。



 後の歴史家はフェルナンド王とエヴァ妃について以下のように記述している。


 フェルナンド王は言葉数は少ないが実直な性格であったという。そして非常に感性豊かであったという。その証拠に、フェルナンド王が自らの妃の為にいくつもの詩を作成したが、そのどれも口から出る言葉よりも遥かに数多くの愛溢れるものに満ちている。

 対し、エヴァ妃は算術の専門家で、当時いくつもの領で行われていた不正を速やかに見つけたという。エヴァ妃は疑問に思えばすぐに問う性格をしていたという。淑女というのは分からないことがあれば微笑んで言葉にしないという風潮があったが、エヴァ妃は知らないものを知らないままにしておくことこそ罪である、と言い放ったという。

 フェルナンド王とエヴァ妃に共通する事項として、二人は出来ないこと、苦手なことをあえて隠さなかった。そしてそれが出来る者達へその部分を適切に割り当てた。国王と王妃と共に国を支えるという使命を家臣たちは明確に与えられ、それを誇りとした。無論、驕る者もあらわれるが、驕りが出ると国王と王妃は速やかにその者たちを任から外した。

 フェルナンド王の治世は彼が32歳の時から61歳までの29年間であったが、その間に何度も天災に見舞われたが乗り越えることが出来たのは、この家臣への信頼と家臣から国王への忠誠があったからと言われている。

 国王を退いて後、フェルナンド王とエヴァ妃は離宮に居を移し、余生を過ごしたとされる。

 二人は時折市井に足を運び、時に諸国をめぐる事もあったという。そこでもエヴァ妃は己の思うことを素直に口にしていたそうだ。当時、彼らと交流のあった人々は、エヴァ妃のその言動を日記なり手紙になりよく記載していたそうで、エヴァ妃に関しての資料は数多く残されている。

 二人は死する時まで共にあり続けた。先に没したのはエヴァ妃で、エヴァ妃の死後一月も経たずにフェルナンド王も没した。

 昨今の恋愛感情のような情熱的な二人ではなかったそうだが、彼らの息子で跡を継いだトリスタン王はこのように述べている。

『燃え上がる炎は時が経てばその勢いは衰える。勢いを保つ為には多くの薪が必要で、しかしその薪は何時でも用意出来るものではない。二人は小さな炎でゆっくりと燃え続けるような愛を持っていた。消えそうになる前にくべる薪は一本でいい。一本を常にずっとくべつづけた、そんな二人であった』

◆常々思っていたこと。

よく見かける王太子妃になるなら完璧じゃなければ~とか言うのを見て、

教える人間が完璧じゃないのに、完璧な人間をつくるなんて無理じゃない?

という素直な疑問に対する作品。

そもそも完璧とは「一つも欠点がなく、完全なこと。完全無欠。」とあるのですが、

欠点がなく完全って、人間には無理ではない?


◆捕捉

Q.何故教師たちはエヴァを見下し始めたの?

A.教師はあくまで雇われているだけの存在ですが、王家や高位貴族達に近く、次第に自分たちはいずれ国王や王妃になる存在に教えているんだ、とか自分達にも権力があるように錯覚し始めます。

己の立ち位置を考えればただの雇われだと分かりますが。

たまにいませんか?

「俺の友達は〇〇なんだぜ」とか言いながら自分もそれと同等であるようにふるまう人。

それに近いです。


もしよければ感想欄も見てくださると色々ちょっとした疑問への回答をしています。

参考にしてもらえると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 私が「完璧」で最初に浮かんだのは、会社のことでした。 勤務先の会社は、人にミスは避けられないと言いつつ、ミスに厳しいです。ミスした人を断罪するようなカルチャーを感じます…個人攻撃に近い。 …
[気になる点] これは難しいかな。実社会だと「辞書の意味での完璧」ではなく個人によって完璧の定義が異なるので。100%でないと完璧じゃない人もいれば、70〜80%で完璧という人もいる。あと、自分より立…
[良い点] 率直な作品で好感が持てました。
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