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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

虚弱体質の盾戦士、勇者パーティー追放後に最強の壁だったと判明したので、真の仲間と充実した盾ライフを送ります!

作者: つなつな

盾戦士シールダーハルマ、この場をもって、お前を俺様のパーティーから追放する!」


 高難易度Aランクダンジョン――チェルカ遺跡の深層で、俺は突然、勇者ランベルトから追放を宣言された。


「ちょ、ちょっと待ってください! 何を言ってるのかわからない!」

「ああん? 虚弱体質の上に難聴なのか、テメェは!?」


 ズゴオオオオン!


 ランベルトの蹴りが俺の腹に直撃し、俺はごろごろと数メートル転がった。


「いっでえええ!!」


 そして、俺は壁に腰を激突させ、悲鳴を上げた。

 死ぬほど痛いっ!

 腰痛持ちなんだよ、俺は!


「うるせえな! ちょっとしたことでいちいち絶叫するんじゃねぇ!」

「まあまあ。コイツの絶叫を聞くのも今日が最後だと思えば……なあ?」


 ニヤニヤしながらランベルトの肩を叩いたのは、アントムという炎魔術師フレイムマジシャン

 人相が悪く、26歳だというのにやたらと老け顔なのが特徴だ。

 この男は、いつも前線で敵を食い止める俺ごと巻き込んで炎魔術で焼き払うという暴挙を繰り返してきた。

 ちなみに、ランベルトも人相が悪く、28歳だというのに老け顔である。


「ふん……これで、アンタのようなクズにいちいち【治癒術ヒール】をかける手間が省けるわ」


 そう言ったのは、22歳の治癒術師ヒーラーのタニア。

 セクシーな衣装に身を包む美女だが、目つきがキツイのが特徴。

 そして、もちろん性格もキツイ。

 勇者であるランベルトによく媚を売っているが、彼のことが好きなわけではなく、金と名声が目当てなのは見え見えだ。

 当のランベルトは、それに気がついていないようだが。


「ハルマ……」


 複雑な表情で俺を見下ろしているのは、16歳の盗賊シーフのユーリット。

 茶髪のショートヘアと、くりっとした大きな瞳が可愛らしい少女で、18歳の俺と年齢が近いこともあって、パーティーの中では仲が良いほうだった。

 しかし、追放されそうになっている俺をかばえるほどの度胸はないらしい。

 それも仕方ないか……下手に俺をかばったら、自分まで被害を受けそうだしな。


「ランベルトさん! 俺はここまでみんなの壁になって精いっぱい頑張ってきたじゃないですか! こんな所で見捨てるなんて、あんまりだ!」


 Dランク冒険者である俺が、こんなAランクダンジョンの深層で置き去りにされたら、生きて帰れるはずがない。

 俺はランベルトに詰め寄り、必死に命乞いをした。


「どうか、考え直してください! 俺に足りないところがあれば、もっと努力して……ぶえええぇぇぇっくしょおんっ!!」


 台詞の途中だというのに、俺は盛大にくしゃみをしてしまった。

 そう、俺はこの冒険に出る前から風邪を引いてしまっていたのだ。

 おまけに、持病の冷え症も悪化しているのか、手足の先端が氷のように冷たい。

 そして、俺のくしゃみはモロにランベルトの顔にかかり、奴の顔面は俺のツバと鼻水まみれになった。


「きったねぇな! いい加減にしろ、テメェッ!」

「ぐぼおっ!?」


 怒り狂ったランベルトは聖剣グランカリバーで俺を殴った。

 ギリギリのところで盾を構えて防いだものの、俺は吹っ飛ばされてまた壁に激突する。


「ぐわぁっ!!」


 今度は壁に肩をしたたかに打ち付け、俺は悶絶した。

 日頃からひどい肩凝りに悩まされていた俺にとって、肩へのダメージは深刻だ!


「ったく、テメェは自分がいかに価値が低い人間なのか、わかってねぇようだな。たまたま壁役の枠が空いてたから、気まぐれで入れてやってただけなんだよ!」

「なん……だと……!?」

「そもそも、Dランクのお前ごときが勇者パーティーに入れるわけねぇだろ! 用済みになったら、即、捨て駒にするつもりだったんだよ!」

「それに、お前のかわりになるベテランの盾戦士シールダーを既にスカウトしてある。残念だったなぁ、ハルマよお?」


 ランベルトの横で、アントムも下品な笑いを浮かべる。

 そうだったのか……じゃあ、俺は最初から捨てられる運命だったのか。

 そうとも気付かず、今日の今日までついてきてしまった……駆け出し冒険者の俺が勇者パーティーに声をかけられること自体、もっと不審に思うべきだった。

 でも、まさか、人々の模範になるべき勇者パーティーのメンバーが、こんなひどい奴らだったなんて……!


「じゃあな、ゴミクズ野郎。お前のことは忘れないぜ……多分、3日ぐらいは」


 ランベルトは魔術鞄(マジックバッグ)から手の平サイズの光る石を取り出した。

 あれは脱出石(エスケプストーン)……ダンジョンから一瞬にして脱出できるという魔道具だ。

 ランベルトは、脱出石(エスケプストーン)をアントム、タニア、ユーリットに配った。

 全部で四つ……もちろん、俺の分はない。


「本気で俺を置いていくつもりなんですか……?」

「往生際が悪いぞ。これまで散々、俺様たちの足を引っ張りやがって……役立たずのテメェは、ここで魔物に食われて、死ね!」


 残忍な笑みを浮かべたまま、ランベルトは脱出石(エスケプストーン)の力で姿を消した。

 アントム、タニアもそれに続いて消えていく。


「ハルマ……本当にごめんなさいっ!」


 ユーリットだけは俺に頭を下げて謝罪したが、同調圧力には逆らえず、ランベルトたちを追ってダンジョンを脱出した。

 俺は……ひとりになった。


「……くそぉっ!」


 俺はまだ死にたくない!

 もっと生きたい!

 盾戦士シールダーとして、多くの人たちを……大事な人たちを、守りたい!

 こんな所で、死んでたまるか!


「見てろよ……絶対に生き残ってやるからな!」


 最後の最後まで、あがいてやる!

 俺はよろよろと立ち上がり、通路を歩き出した。

 女神様……どうか、この哀れな盾戦士シールダーに、祝福を……!


 ◇


 俺の故郷はド田舎で、家族は農業を営んで生活していた。

 大家族の末っ子として生まれた俺は、生まれつき病弱で、家の仕事を手伝うのもひと苦労だった。

 幼い頃から周囲に守られて生きてきた俺は、いつしか、自分も大切な人を守りたいと思うようになった。

 その手段として思いついたのが、盾戦士シールダーだった。

 虚弱体質だからこそ、誰よりも他人の痛みがわかる……そんな気がしていた。

 だから、その痛みを俺が少しでも軽くすることができれば、と思い、俺は盾戦士(シールダー)として修行を積み、とうとう冒険者になることができた。

 これからは、自分の大切な人を守れる。

 こんな俺でも、人の役に立てる……そう思っていた。

 でも、それは俺の思い上がりだった。


「はぁはぁ……!」


 俺はダンジョンの深層に出没するBランクの魔物に狙われ、何度も死にそうになりながらも逃げ回っていた。

 携帯していた回復薬も、もう残り少ない。

 盾戦士(シールダー)の役目は、高い守備力で前線に立って敵の攻撃を引き受け、仲間が攻撃する隙をつくること。

 その分、攻撃力に欠けるから、ランクの高い魔物を相手にソロで戦うようなものじゃない。

 だが、今の俺はひとりきり……助けてくれる仲間は存在しない。


「うっ、うおおっ!?」


 通路の曲がり角で、ウサギのような姿をした魔物とばったり遭遇する。

 こいつは、デスラビット!

 単なるラビットは食肉としても狩られているDランクの魔物だが、こいつは違う。

 全身が黒く、眼は不気味な赤い光を放っている。

 しかも、かなりデカい。

 大きさは、大体俺の半分くらいか。

 デスラビットはBランクの強敵だ。

 Bランクの魔物は、それこそBランクの冒険者が数人がかりで倒すようなもの。

 俺ごときがかなう相手じゃない!


「シャアアアッ!」

「ぐわあっ!」


 デスラビットの強烈な蹴りで、俺は吹き飛ばされる。


 ズガアアアン!


 俺は派手な音を立てて壁に叩きつけられた。

 くそっ、ただでさえ肩凝りと腰痛で体が痛いっていうのに、こんなダメージを受けたら……んっ?


「あ、あれっ?」


 俺は不思議と自分の体が軽くなっているのを感じた。

 あれだけひどかった肩凝りと腰痛が、嘘のように消えてなくなっている!

 それに、冷え症も治っているし、いつの間にか風邪の症状も治まっている。

 こんなに体調が良いのは、久しぶりだ。


「シャアッ!」

「おっと!?」


 デスラビットの追撃を、俺は盾をうまく使って受け流した。

 すごい、自分の体が思うように動く!

 健康な人からしたら当たり前のことかもしれないけど、虚弱体質の俺にとって、これは奇跡的なことだった。


「おらっ!」


 俺が振り回した剣を、デスラビットは素早く動き回って回避する。

 確かに体調は良くなったが、それでもこいつは俺の勝てる相手じゃない。

 隙を見て、逃げるしかない!


「うわっ!?」


 別の通路に逃げ込もうとした俺の前に、巨大な棍棒を持ったオーガが現れた。

 こいつもデスラビット同じBランクだ。

 背後からは、デスラビットが迫ってきている。

 挟み撃ちの形!


「まだだ!」


 オーガとデスラビット……どちらがマシかと言われれば、まだしもデスラビットだ。

 オーガが振るう棍棒の一撃は、ランクの低い盾戦士(シールダー)の俺が防ぎ切れるものじゃない。


「ぬおおお!」


 俺は決死の覚悟で、背後のデスラビットのほうに突進した。

 そして……。


 ボゴオオオオンッ!


「うぐぼおおおっ!?」


 デスラビットの華麗なドロップキックを食らい、俺はオーガのほうに吹っ飛ばされた。

 最悪だ!

 オーガは飛んでくる俺を見て、巨大な棍棒を構える。

 空中にいる俺を、そのまま棍棒で殴ろうというのか!

 魔物のくせに、なんでこんなにコンビネーションが良いんだよ!?


「ここまでか……!」


 おそらく、俺はオーガの棍棒によって、一撃で粉砕される。

 ああ……しくじったな。

 Dランクの雑魚の俺が、いきなり勇者パーティーに入ろうだなんて、思い上がったことをしなければよかった。

 それまでやっていたように、危険の少ない簡単な依頼だけをコツコツこなしていればよかったんだ。


 ゴオオオ……!


 俺の目の前に、オーガの棍棒が迫る。

 終わった。

 俺は静かに目を閉じ、すぐに訪れるであろう死の瞬間を待った……。


「――【水槍(アクアランス)】!」

「……っ!?」


 死を覚悟した俺の耳に、凛とした少女の掛け声が響いてくる。


 ズバアアアンッ!


 そして、俺を粉砕するはずだったオーガの顔面に、無数の鋭い水の槍が突き刺さった。


「グオオオッ!?」

「【水拘束術(アクアバインド)】!」


 突然の攻撃に怯んだオーガの全身を、複数の水の輪っかが縛り上げる。

 これは水魔術!

 誰かが俺を助けてくれたのか?


「あなた、大丈夫!?」


 地面に転がった俺に、ひとりの少女が駆け寄ってくる。

 それは、水色のローブに身を包んだ金髪の美少女だった。

 この子は、いったい……!?


 ◇


 その少女は、とても美しかった。

 年齢は15歳前後か。

 腰まで届く金髪はゆるくウェーブがかかっており、少女が動くたびにふわっと柔らかく浮き上がる。

 湖のように深く澄んだ青い瞳は、じっと見つめていると吸い込まれてしまいそうだ。

 精巧な人形のように端整な顔立ち、透き通るような白い肌、薄桃色の可憐な唇。

 身長は140センチ半ばくらいで低めだけど、ローブを押し上げる胸は立派で、まるで大きなメロン……って、こんな時にどこを見てるんだ、俺は!?


「ありがとう! 君は!?」

「自己紹介は後で! デスラビットをなんとかするわよ!」


 もたもたと起き上がる俺をかばうように、少女は魔術杖を構えてデスラビットに向き直った。

 オーガは少女が使った水魔術で拘束されており、しばらくは動けない。

 あとは、このデスラビットをどうにかすれば、この場はしのげる!


「よし、俺が壁になるから、君は魔術を!」

「そのつもり!」

「いくぞ!」


 俺は盾を構えて、デスラビットに突っ込んでいった。

 背後では少女が魔術を使うべく、集中して力を溜めている。


「シャアアアアッ!」


 ドゴオオオンッ!


「うぐっ!」


 デスラビットのドロップキックを盾で受け止めるが、俺は衝撃で吹っ飛ばされる。

 こいつ、可愛い見た目で強すぎだろ!

 でも、その間に少女の魔術が完成していた。


「【水槍(アクアランス)】!」


 デスラビットの周囲に無数の水の槍が出現する。

 そして、水の槍はすさまじい速さでデスラビットに襲いかかる!


 ズババババッ!


「ピギャアッ!」


 素早いデスラビットでも、さすがに四方八方から降りそそぐ水の槍は避けきれなかった。

 何発もの直撃を受け、デスラビットは大ダメージを受けて地面に転がる。

 このチャンスを逃すわけにはいかない!


「トドメだ!」


 俺はデスラビットに馬乗りになり、急所に剣を突き刺した。


「ギャアアアッ!」


 俺の一撃でデスラビットは倒れ、その姿はシュウウウ……という感じで霧となって消えていく。

 後に残されたのは、きれいに輝く不思議な石だった。

 これは高ランクの魔物を退治すると出てくる魔石というもので、職人が加工することによって武器防具、魔道具などさまざまな素材に使えるため、高値で売ることができる。


「よ、よしっ!」


 俺はデスラビットの魔石を回収し、魔術鞄(マジックバッグ)に収納した。

 無事に帰れたら、これを売って女の子と山分けだな。

 いや、待てよ……女の子がいなかったら俺は確実に死んでいたから、全額を譲ってもいいかもしれない。

 なんといっても、命の恩人だからな。


「あなた、なかなかやるじゃない!」

「あ、ああ、なんだか、不思議と体が軽くてね」

「さあ、安全な場所に移動しましょう!」


 女の子は俺の手をつかんで、通路を走り出した。

 ああ、女の子の手、温かくて柔らかい……じゃなくて!


「俺が先頭でいくよ!」

「あっ、うん! お願い!」


 俺は女の子の前に出て、彼女をかばうように走った。

 ここは盾戦士(シールダー)の俺がリードしなくちゃな!

 といっても、道がよくわからないんだが……。


「ねえ、あそこに入れば安全かも!」

「えっ!?」


 女の子が指差したのは、通路に空いている小さな穴。

 俺がどうにか通り抜けられるという程度の大きさだ。

 これなら女の子も余裕で通れるだろうし、大きな魔物も追ってこられない。

 穴の向こうがどうなっているのか不明だから、油断はできないけど。


「先に行くよ!」


 俺は穴に体をもぐりこませ、四つん這いで進んだ。

 俺のすぐ後ろから、女の子が続いて入ってくるのが気配でわかった。

 穴はそれほど長くなく、間もなく俺は小さな部屋に出たのだった。


「ふう……ここは安全そうだな」


 ダンジョンには、こういった安全地帯がときどきある。

 俺は深いため息を吐いて、地面に座り込んだ。

 ああ、死ぬかと思った……安心すると、どっと疲れが襲ってきた。

 でも、それはなぜか心地よい疲労感だった。

 本当に不思議だ……虚弱体質で動くだけでも苦労していた俺が、運動した後に心地よさを覚えるなんて。


「自己紹介が遅れたわね。私はリーザベル。水魔術師(アクアマジシャン)よ。リーザでいいわ」

「あっ、ああ……俺はハルマ。盾戦士(シールダー)だ。リーザ、よろしくね」

「うんっ! よろしくね、ハルマ!」


 魔術師の女の子――リーザは満面の笑みを浮かべ、俺の手を取った。

 間近で見ると、本当に可愛い。

 上級貴族の令嬢か、下手したらお姫様なんじゃないか?

 でも、そんな高貴なお嬢様が、どうしてまたこんなダンジョンの奥深くに?

 そんな俺の疑問に答えるように、リーザは俺の隣に座りながら語り出した。


「実はね……私、あるパーティーに臨時で加入してこのチェルカ遺跡に来たんだけど、私以外のメンバーが全滅してしまってね……」

「えっ! そ、それは、大変だったね……」

「それで、私ひとりでは脱出もできなくて、ずっとここでさまよっていたのよ。だから、ハルマを見つけた時、やっと私以外の人間に会えて、うれしかったの」

「そうだったのか……」


 リーザの気持ちは、よくわかる。

 人間、何が一番辛いかっていったら、孤独なことだと俺は思う。

 どれくらいの期間、ここにいたのかは知らないけど、自分と同じ人間を見つけられたというだけでも、救われた気持ちになるだろう。

 それは、俺も同じだ。

 ランベルトのパーティーから追放され、俺は孤独に死んでいくところだった。

 このリーザが現れてくれたおかげで、俺は救われた。


「ねえ、ハルマ? 私たち、力を合わせれば、きっとここを脱出できると思うわ!」

「ああ、俺もそう思う。でも、道がわからない……」

「道なら、私が知っているわ。けど、どうしても倒せない魔物がいて、進めなかったの」

「なるほど。その魔物って?」

「フレイムゴーレムよ」


 フレイムゴーレム――ゴーレムといえば、ダンジョン内に配置されている番人として有名だ。

 俺たちのパーティー……いや、元パーティーも、この深層に来るまでに、さまざまな種類のゴーレムを倒してきた。

 フレイムゴーレムということは、炎を操るゴーレムということだろう。


「でも、リーザは水魔術が使える。炎のゴーレム相手なら有利なんじゃないの?」

「それが、フレイムゴーレムの耐久力と回復力が異常でね……水魔術の中でも、かなりの大技を使わないと倒せないのよ」

「そうか。リーザひとりでは、そんな大技を使っている余裕がない……ということか」

「うん。でも、今は盾戦士(シールダー)のハルマがいる。ハルマが時間を稼いでくれれば、あるいは……!」


 リーザの提案は、現実的に思えた。

 このダンジョンから、脱出できるかもしれない!

 深層さえ抜けてしまえば、あとはリーザと一緒ならどうにかなる。

 その、フレイムゴーレムさえ倒せれば!


「やろう、リーザ! 俺たちならできる!」

「ハルマ……ありがとう!」


 俺とリーザは手を取り合い、励まし合った。


 ◇


「この先に、フレイムゴーレムがいるわ」


 休憩して体力を回復させた俺とリーザは、ダンジョンから脱出するための道をふさいでいるというフレイムゴーレムの部屋の前に来ていた。

 部屋の入口から中をのぞいてみると、確かに全身が炎に包まれた巨人が立っている。

 身長は4メートル……いや、5メートルはあるかもしれない。


「すごい熱気だね……部屋に入る前から、こんなに熱いなんて」

「ええ。でも、あいつは動きは鈍いから、うまく誘導して時間稼ぎを!」

「わかった!」

「いくわよ!」


 俺とリーザは部屋に飛び込み、それぞれの役目を果たすべく動き出した。

 まず、俺がフレイムゴーレムの注意を引く。

 その間に、後衛のリーザが奴を倒すための大魔術の準備を整える。

 奴の弱点である水の大魔術さえ決まれば、俺たちの勝ちだ!


「おらおら、こっちだ!」


 俺はフレイムゴーレムに近づきすぎないように、周囲を走り回った。

 我ながら虚弱体質とは思えない、かろやかな身のこなしだ。

 どうも、ランベルトたちと別れてから、急に体の調子が良くなったみたいなんだよな。

 理由はわからないが、今はそれが好都合!


「オオオオ……!」


 地獄の底から響いてくるようなうなり声を上げ、フレイムゴーレムが腕を振るう。


 ブオオンッ!


「あっぶねぇ!」


 俺は咄嗟に地面をごろごろ転がって回避した。

 直撃したら、一撃でやられてしまうかもしれない。

 それに、奴の全身を覆っている炎……少し近づいただけでも、焼き尽くされてしまいそうだ。


「う、うおっ!?」


 フレイムゴーレムの腕がかすった盾の一部が、ドロドロに溶けていた。

 なんてこった……必死にお金を貯めて、ようやく購入した俺の相棒が!


「オオオオ……!」


 フレイムゴーレムはうろたえている俺を無視し、大魔術の準備をしているリーザのほうへ向かった。

 しまった!

 今のリーザは魔術に集中していて、無防備だ。

 襲われたら、ひとたまりもない!


「こっちだ、化け物!」


 俺は魔術鞄(マジックバッグ)から取り出した投石用の石を投げつけたり、ギリギリまで近づいて脚を剣で斬りつけたりした。

 だが、その程度では奴は止まらない。

 まずい、このままではリーザが!


「オオオ……!」


 フレイムゴーレムがリーザに向かって拳を突き出す。

 リーザは俺を信じて、目を閉じたまま、その場から一歩も動かない。

 ちくしょう、俺は彼女を守れないのか!?


「やめろおおお!!」


 俺はフレイムゴーレムの拳とリーザの間に割り込もうとする。

 でも、間に合わない!

 巨大な拳がリーザを破壊するべく迫っていく。

 ここまでなのか……!?


「……んぐっ!?」


 フレイムゴーレムの拳がリーザに触れたかに見えた、その瞬間――!


「んぐげぼおおお!?」


 一瞬、何が起こったのかわからなかった。

 俺の全身をとんでもない衝撃が襲ったのだ。

 俺の体は冗談のように宙を舞い、フロアの端まで吹っ飛ばされた。

 えっ、どうして!?

 フレイムゴーレムの拳は、確かにリーザに命中していた。

 だが、ぶっ飛ばされたのはリーザではなく、離れた位置にいた俺だった。

 これは、いったい……!?


「うっ……うげええええ!!」


 痛い、痛い、痛い!

 多分、俺の全身の骨はバキバキになっている。

 内臓も無事じゃないだろう。

 想像を絶する激痛が全身を襲い、もはや起きあがることすらできない。

 くそっ、これじゃ、リーザを守れない!

 リーザはどうなった……リーザは!?


「ハルマ……時間稼ぎ、ありがとう。完成したわ!」

「えっ!?」

「これで終わりよ、フレイムゴーレム――水の大魔術【水竜波撃(アクアドラグーン)】!!」


 どうにか首だけを起こした俺の目に、リーザの魔術杖から放たれた竜の形をした水流が映った。


 ズゴオオオオオオオ!


 水の竜はあっという間にフレイムゴーレムを飲み込み、その巨体をフロアの端まで押し流す。


「ングオオオオオ!?」


 シュワアアア……!


 フレイムゴーレムの全身から大量の蒸気が立ち昇り、その体が崩れていく。

 奴の弱点である水による攻撃で炎がはがされ、回復が追いつかないほどの威力で攻められ続けている。

 これが水の大魔術!


「はぁはぁ……や、やった……!」


 リーザの【水竜波撃(アクアドラグーン)】が終わった時、フレイムゴーレムは跡形もなく消え去っていた。

 そして、巨大な魔石が地面に転がる。

 俺たちは、あのフレイムゴーレムに勝利したんだ!


「ハルマ、すごいわ! フレイムゴーレムの攻撃を、本当にひとりで受け切るなんて! あいつを倒せたのは、ハルマのおかげ……って、ええええ!?」


 リーザは驚愕の声を上げ、ボロ雑巾のように転がっている俺に駆け寄ってきた。

 リーザ、君は本当によく頑張った……けど、俺はもう駄目みたいだ。

 骨も肉も内臓もボロボロになって、もう指一本動かせない。

 でも、最期に君みたいな素敵な女の子を守ることができて、俺は満足だ。

 この世に思い残すことは、何も、ない……。


「ハルマ、死なないで! 【水治癒術(アクアヒール)】!」


 リーザの掛け声と共に、俺の全身が薄い水の膜に包まれる。

 なんて優しくて、温かい感触……。

 リーザが水魔術で俺の傷を癒してくれているのか。

 水魔術って、攻撃にも回復にも使えるんだな。


「ありがとう、リーザ。少し楽になってきたよ」

「まだ喋らないで」


 リーザは真剣な表情で、俺の治療に専念している。

 その気品に満ちた美しい横顔に、俺は思わず見とれてしまう。

 まるで、聖女様みたいだ……いや、聖女様を見たことはないんだけど。

 水魔術による治療は、そのまま数分にわたって続いた。


「ど、どうかな?」

「うっ……うぐぐ……」


 俺はどうにか上半身を起こし、肩で息をしているリーザに振り向いた。


「本当にありがとう。だいぶ、良くなったよ」

「ううん、お礼を言うのはこっちよ。私の身代わりになって、フレイムゴーレムの攻撃を受けてくれたんでしょう?」

「それなんだけど、実は……」


 俺は、先ほど起こった現象の全てをリーザに語った。

 フレイムゴーレムに殴られたのは、確かにリーザだった。

 だが、吹っ飛ばされて重傷を負ったのは、俺だった。

 これは、いったいどういうことなのか……俺自身にも、さっぱりわからない。


「ハルマの言うことが真実なら……“そういうスキル”が、発動したのかもしれないわ」

「“そういうスキル”?」


 リーザは難しい表情で、うなずいた。


「私にも詳しくはわからない。けれど、私の師匠なら、わかるかもしれない」

「リーザの師匠?」

「うん。ねえ、ハルマ……ここを脱出したら、私の師匠に会ってみない?」

「そうすれば、俺のスキルの正体もわかる?」

「多分ね。私の師匠、なんでも知ってるから」

「そうか……よし、リーザの師匠に会ってみよう!」


 どうせ、パーティーからも追放されて、次に行くあてもない。

 それなら、リーザの師匠に会って俺のスキルの正体を明かしてもらうのは、とても良い選択肢に思えた。

 スキルの使い方がわかれば、これから先、自分がどうするべきなのか、道も開けてくるような気がした。

 それに、せっかく出会ったリーザとすぐに別れてしまうのは、ものすごくもったいないことのように思える。

 何か運命的なものを感じる、とでもいうのか。

 リーザとは、これからも長い付き合いになるような……そんな気がするのだ。


「ハルマ、どうしたの?」

「いやっ、なんでもないです!」


 不思議そうに首をかしげるリーザに、俺は思わず敬語になってしまう。

 とにかく、今はこのダンジョンを無事に脱出することだけを考えよう。

 あとのことは、それから考えれば良い!


  ◇


 その後、俺とリーザは力を合わせ、どうにかチェルカ遺跡を脱出した。

 深層さえ抜けてしまえば、強くてもCランク程度の魔物しかいないので、体調の良くなった俺と、一流の水魔術師(アクアマジシャン)のリーザのふたりなら、そう難しくなかった。

 そして、今、俺はリーザの案内で、彼女の師匠が住んでいるというムリンの森の前に来ていた。


「ここ……死の森とか呼ばれてる、ヤバい所じゃ?」

「うん」


 あっさりとうなずくリーザだが、俺は嫌な予感がして顔を引きつらせていた。

 ムリンの森は、天まで届くかのような大木が連なって、大規模な森を形成している。

 別名、死の森とも呼ばれており、腕利きの冒険者でもあまり近寄らない危険な場所だ。

 こんな所に住んでるって……いったい、どういう人なんだよ?


「暗くなる前に行きましょう。夜になったら、慣れている私でも怖いし」

「あっ、ちょっと!」


 リーザは平気な様子で森に入っていく。

 置いていかれるわけにはいかないので、俺も慌てて後に続いた。


「リーザ、本当に大丈夫なの?」

「平気よ。私は安全なルートを知っているから」

「安全なルートか……ちなみに、危険なルートはどんな感じ?」

「危険な魔物が出るし、道もものすごく危険なのよ」


 わかりきった回答だったが、言葉にされるとゾッとする。

 何も知らない冒険者がやみくもに進んだら、その危険なルートに入ってしまって、森を出られなくなってしまうんだろう。

 そうならないためにも、絶対にリーザとはぐれないようにしなければ。


「あっ、魔物が!」

「ああ。この子たちは大丈夫よ」


 しばらく森を進むと、茂みからウサギ型の魔物のラビットや、豚型の魔物のブーブーなどが飛び出してきた。

 こいつらはDランクの雑魚で、よく人間に狩られて食用肉にされたりしている。

 ちなみに、高ランクの魔物は倒されると消滅して魔石になるけど、低ランクは倒された後も体が残るので、肉にされたり、角や爪、毛皮などが素材にされたりする。


「キュウ~……」

「ブーブー……」


 どうやら、彼らはリーザのことを知っているようで、彼女の姿を見るなり、焦った様子で逃げ出していった。

 リーザは、この森の中では上位の存在として認められているのか?


「足元、気をつけてね。油断すると滑って真っ逆さまよ」

「お、おう……」


 森の中に大きな亀裂があり、その上に大木が倒れて橋になっている。

 亀裂はかなりの深さがあるようで、下を見ると真っ暗で底がわからない。

 もし、足を滑らせて落ちてしまったら、二度と地上に戻ってこられないかもしれないな。


「もうすぐ着くわよ」

「リーザの師匠は、どうしてこんな危険な場所に住んでるの?」

「うーん……ちょっと事情があってね。後で説明するわ」


 そう言うリーザも、どうして冒険者になったのか、何か深い事情がありそうだった。

 断言はできないが、王女様かと思うような可憐な容姿に、気品に満ちた立ち振る舞い……彼女はどう見ても一般人とは思えない。

 かなり気になるところだが、あまり触れてほしくない過去というのは誰でもある。

 リーザのほうから打ち明けてこない限りは、下手に聞かないほうがいいかもしれない。

 俺たちはそのまま森の中を1時間ほど歩き、ようやく目的地に到着した。


「ふい~……着いたぁ」

「あれが師匠の家?」

「そうよ」


 リーザの師匠の家は、何のへんてつもない普通の小屋だった。

 大きさはそれなりにあるけど、魔物に襲われたら簡単に壊されてしまうんじゃないかと心配になるような感じだった。

 でも、リーザの師匠ということは、この森においてリーザよりもさらに上位の存在……魔物たちも恐れて近寄らないのかもしれないな。


「師匠ぉー! リーザが帰りましたよおー!」


 リーザはびっくりするくらいよく通る声で、師匠を呼んだ。


「師匠おおお! いるんですかあああ!?」

「――いるわ! そう大声を出すでない!」

「ひゃあっ!?」


 いつの間にか俺たちの近くに、新たな人物が現れていた。

 いったい、いつ来たんだ……全然わからなかったぞ。


「なんじゃ、今日は男連れか?」

「えっ!? こ、この子が、リーザの師匠……?」


 その人物――リーザの師匠の外見は、あまりにも予想外のものだった。

 身長は130センチほどか。

 年齢は10歳前後に見える。

 大きなリボンを乗せた艶やかな銀髪に、血のように赤い瞳。

 その小さな体には、鮮やかな虹色のローブを纏っている。

 とても可愛らしい、幼い女の子なのだが……なんだろう、こうして近くに立っているだけでも、ビリビリするような強烈な威圧感が漂ってくるというか……。


「師匠! こちらは私の命の恩人のハルマです!」

「えっ? 違うよ、リーザが俺の命の恩人だろ?」

「なに言ってるの! ハルマがいなかったら、私はとっくに死んでたわよ!」

「いやいや、それはこっちの台詞! そもそも、あの時……!」

「やかましいっ!」


 言い争っている俺とリーザの頭を、師匠の杖がポカッ! と叩く。


「いてて……い、いってえっ!?」

「あ、あれっ? 痛くない……」

「俺はものすごく痛いんだが……」


 叩かれたのは1回のはずなのに、俺の脳天に時間差で2回分の衝撃が来た。

 これは、もう間違いない。

 リーザが叩かれた分まで、俺がダメージを食らっている。

 フレイムゴーレムと戦った時もそうだった。

 そうすると、やっぱり俺のスキルは仲間の身代わりになるとか、そういう種類のものなのか?

 そう言えば、ランベルトのパーティーにいた時も、戦闘中に突然、目に見えない謎の攻撃を受けることがあったような気がする。

 もしかすると、あれも俺のスキルの効果で、味方のダメージを肩代わりしていたのか?

 今までそういう発想がまったくなかったから、考えもしなかった。


「ふむぅ? お主、珍しいモノを持っておるな?」


 俺の持つ謎のスキルには、リーザの師匠も興味津々のようだった。

 というより、今の一瞬でもうそれを見抜いたのか。


「自己紹介が遅れたな、ハルマとやら。我が名はラッヘラ。このリーザの師匠である。よろしく頼むぞ?」

「あっ、はい! よろしくお願いします!」


 幼女相手だというのに、俺は思わず敬語になってしまう。

 この子――ラッヘラは見た目は幼女だが、きっと俺やリーザなんかよりずっと年上で、しかもかなりの強者なのだろう。

 大物のオーラというか……そういう雰囲気が伝わってくる。


「師匠! 私がハルマを連れてきたのは、師匠にスキルを鑑定してほしくて……」

「わかっておる。どれどれ……【鑑定眼スキャン】」


 ラッヘラは鑑定スキルを発動させ、俺の全身を上から下までじろじろと見た。

 以前、冒険者ギルドで鑑定してもらった時は、何のスキルもないって言われたんだけど……。


「ううーん……これは面白い! お主、なかなか良いモノを持っておるな!」


 俺の鑑定を終えたラッヘラは、新しいおもちゃを見つけた子供のようにキラキラとした笑顔を浮かべた。

 俺の持つ謎の固有スキルの正体がわかったのか。

 ラッヘラほどの大物になると、鑑定の精度も違うのかもしれない。


「我の長年の経験の中でも、実際にこのスキルを所有している人間は初めて見たぞ!」

「どんなスキルなんですか?」

「お主も薄々、感づいてはいるだろうが……これは【生贄(サクリファイス)】という、仲間の受けるダメージや状態異常を一身に引き受けるという固有スキルじゃ!」

「【生贄(サクリファイス)】……!」


 それが、俺が女神から授かった固有スキルだというのか。

 なるほど……それを聞いて納得した。

 仲間であるリーザがフレイムゴーレムに攻撃された時も、さっき、ラッヘラに杖で殴られた時も、そのダメージの全ては自動的に俺に回ってきた。

 勇者パーティー時代から、俺がやたらと虚弱体質だったのも、仲間が受けるダメージや状態異常の全てを、俺がかわりに引き受けていたからだったんだ。

 ある意味、盾戦士(シールダー)としては理想的な固有スキルなのかもしれない。

 でも、そのぶん、あっという間にボコボコになってしまうという大きな弱点がある。

 この弱点を克服する方法は、ないのだろうか?


「ふむ……お主、もっと強くなりたくはないか?」

「えっ?」

「我の鑑定によれば、お主が持つ固有スキルは【生贄(サクリファイス)】だけではない」

「なんですって!?」

「そのもうひとつのスキルを覚醒させれば、お主は最強の壁になれるかもしれぬぞ?」


 ラッヘラは不敵に笑い、俺の胸を杖でつんつん、と突いてきた。


「どうじゃ、お主も我の弟子になってみんか?」


  ◇


「ぐほおおお!?」


 ズドオオオオオン!


 俺は深い森の中で、師匠であるラッヘラの生み出す光の玉を何度も食らって吹っ飛ばされていた。

 俺がラッヘラのもとで修行を始めて、早くも1週間が過ぎている。

 水魔術師(アクアマジシャン)のリーザの師匠でもあるラッヘラは、恐るべきことに全属性の魔術を使いこなす万能魔術師オールマジシャンなのだという。

 そもそも魔術師になるには魔術適性が必要で、これは天性のもの。

 ほとんどの人間は適性自体を持っていなくて、持っているとしても9割以上の人間は一属性、ごくまれに二属性、三属性の適性を持つ人間も存在するけど、全属性に適性がある魔術師なんて聞いたことがない。

 このラッヘラという幼女……やはり、とんでもない存在のようだ。


「ようし、良い具合にダメージが溜まったな。次は、我が教えたとおりに【反動解放(リコイル)】でダメージを他の対象物に移すのじゃ!」

「は、はい――【反動解放(リコイル)】!」


 俺は近くに転がっている岩に向けて手の平をかざし、気合と念を込めた。

 【反動解放(リコイル)】――これが、俺の持つもうひとつの固有スキル。

 自分の受けたダメージや状態異常を、他の対象物に移すという性質を持つ。

 つまり、【生贄(サクリファイス)】で仲間をかばって受けたダメージを、そっくり相手に跳ね返すという戦法を取れるということだ。

 仲間を守れて、敵も倒せる……まさに理想の盾戦士(シールダー)


「ぐぬぬ……!」


 俺の受けたダメージよ、移れ、移れ……!

 だが、ダメージを移す対象である岩には、何の変化もない。

 くそっ、やっぱりそう簡単には使いこなせないか……。


「ハルマ、気持ちが足りんぞ! もっと念を込めるのじゃ!」

「はいっ! うぬぬ~!」

「ええい、死ぬ寸前まで痛めつけないと、わからんかーっ!」


 バコオオオン!


「いったあああ!」


 ラッヘラにいきなり背後から杖で頭を殴られ、俺は地面に突っ伏した。


「ほれっ! 早く【反動解放(リコイル)】を習得せんと、死ぬぞ!?」


 ボカンッ! バコンッ! ズゴーンッ!


「ひいーっ!」


 この幼女、スパルタすぎる!

 本当に死ぬぞ、これ!


「ハルマ、がんばれ~!」


 ラッヘラにコテンパンにされている俺を遠くから見て、リーザが無邪気に笑いながら応援している。

 リーザにとって、これは見慣れた風景だというのか……恐ろしい師弟だ。


「ぐぅぅ……【反動解放(リコイル)】!」


 ラッヘラに追い詰められた俺は、倒れたまま渾身こんしんの念を込めて岩に手の平を向けた。

 俺の手から、自分が受けているダメージを放出するようなイメージを強く意識する。

 すると……!


 ボコオオオッ!


「おおっ!?」


 これが火事場の馬鹿力というやつか。

 岩の一部が派手な音を立てて弾け飛び、破片を周囲にばら撒いた。

 ようやく【反動解放(リコイル)】が成功したようだ。


「よもや、この短期間で習得するとは! よくやった、お主! 偉いぞ!」

「うわわっ!?」


 それを見て、ラッヘラがうれしそうに俺に抱きついてきて、頭をよしよししてくれた。

 こんなふうに人に褒められる経験がなかった俺にとって、ラッヘラほどの人物に認めてもらえるのが、ものすごくうれしかった。

 しばらく、このままでいいや……。


「あーっ! 師匠、なにやってんですかっ!?」

「ハルマが頑張ったから、ご褒美を与えているのじゃ」

「離れてくださいーっ!」


 リーザが迫真の表情で駆け寄ってきて、俺にしがみついているラッヘラを引きはがした。

 師匠の抱擁ほうよう、すごく良かったなぁ……って、危ない危ない!

 ちょっと危険な趣味に目覚めるところだったぞ!


「師匠、俺の【反動解放(リコイル)】はどうですか?」

「ううむ、悪くはないが……まだ完璧ではないな」

「えっ?」

「お主の肉体に、まだダメージが残っていないか?」

「あっ!」


 ラッヘラに言われ、俺は気がついた。

 確かに【反動解放(リコイル)】を使う前よりは回復しているが、まだ体のあちらこちらが痛い。

 完全にダメージを移し切れていない証拠だ。

 さすがに、最初の一回でいきなり完璧とはいかないか。


「どれ、いったん休憩するか。リーザ、茶の用意を頼む」

「かしこまりましたっ!」


 ラッヘラに言われ、リーザが小屋の中に小走りで入っていった。

 リーザは料理の腕前も抜群で、淹れてくれるお茶もとてもおいしい。

 きっと、将来は良いお嫁さんになれるだろうな。


「ふう……」


 俺とラッヘラは小屋の近くにある木製のベンチに座り、ひと息ついた。

 【反動解放(リコイル)】に成功したとはいえ、かなりボコボコにされたので疲れてしまった。


「そういえば、師匠はどうしてこんな森の奥に住んでるんです?」


 世間話のつもりで、俺は気になっていたことを切り出した。

 ラッヘラほどの大魔術師なら、魔術師ギルドも放っておかないだろうし、冒険者としても余裕でやっていけるだろう。

 それなのに、なぜ、こんな人里離れた森の中に隠居しているのか。


「まあ、隠すようなことでもないんじゃがな」


 ラッヘラは、どこか遠い目をしながら話してくれた。


「我は、ある魔物から呪いをかけられてしまってな。それで、このような姿にされ、本来の力を封じ込められてしまったのじゃ」

「えっ!? それで本来の力じゃないんですか?」

「当然じゃ。今の我は、そうじゃな……本来の10分の1くらいのパワーじゃな」


 ラッヘラの明かす真実に、俺は言葉を失った。

 俺との訓練では、もちろんかなり手加減をしていたけど、それでも底の見えない実力を感じた。

 本来の力は、その10倍……もはや、俺の想像の及ぶ領域ではない。


「そして、我はこのムリンの森から出られない呪いも同時にかけられてしまった。無理に出ようとすれば、おそらく我はその場で死んでしまう」

「そんな……」

「だから、こうして森の奥で弟子を育てたりして、暇潰しをしておるのじゃ。今の我には、それくらいのことしかできぬ……」


 そう語るラッヘラの横顔は、とてもさびしそうだった。

 傍若無人ぼうじゃくぶじんに振る舞っているように見えるけど、それはさびしさの裏返しなのかもしれない。

 きっと、誰も寄りつかない深い森の奥で、ずっと孤独だったんだろうな。

 だから、リーザや俺みたいに、自分を訪ねてくる数少ない人間との交流を大事にしているんだ。


「師匠……大丈夫ですよ」

「ふえっ!?」


 俺は無意識に、隣に座っているラッヘラの頭を撫でてしまっていた。

 いや、本当に、特に考えもなしに、自然とそういう動きをしてしまった。

 目上の人物に対して頭を撫でるとは、なんと失礼な……とは思いつつも、手が止まらない。


「今の師匠には、リーザも、俺もいます。さびしくなんかないですよ?」

「お、お主……!」


 俺の手に頭をなでなでされ、ラッヘラは顔を真っ赤にしていた。

 あっ、やばい……怒ってるかも。

 馬鹿にされたと感じたかもしれない。


「ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃ……!」

「ううん……我はうれしい」


 慌てて手を引っ込めた俺を見上げ、ラッヘラは柔らかい笑みを浮かべる。

 その小さな体を俺に密着させ、もたれかかってきた。


「師匠?」

「ハルマ……少し、甘えてもいいかな?」

「えっ!?」

「なんというか、忘れかけていた熱い感情が胸に湧き上がってきて……ああっ、もう辛抱たまらんっ!」


 ガシッ! と俺に抱きついてくるラッヘラ。

 そして、潤んだ瞳でじっと俺を見つめてくる。

 か、可愛い……!

 俺も思わず彼女を抱きしめ、魂の叫びを上げていた。


「師匠……師匠おおおっ!」

「ハルマあああっ!」

「――師匠、ハルマ、お茶の準備が……って、なにやってんですかーっ!?」


 ベンチの上で抱き合っている俺たちを見て、リーザが驚愕の声を上げる。

 これはマズい予感がするぞ!


「リーザ、あっちいっとれ! 我とハルマはお楽しみ中じゃあ!」

「ななっ……ハルマ、そういう趣味だったの!?」

「ち、ちがっ! これには深い事情が……!」

「信じられないわ! もうっ、これでも食らいなさいっ!」


 リーザの怒りの【水槍(アクアランス)】が俺たちを襲う!


 ズバババアアアンッ!


「うわあああ!?」

「どひゃあああ!?」


 俺たちは抱き合ったまま、ベンチごと吹っ飛ばされた。

 これは、誤解を解くのに苦労しそうだな……。


  ◇

(勇者ランベルト視点)


 俺様――勇者ランベルトとその下僕たちは、今、王国でも有力な大商人からの依頼で街道に出没する魔物退治に向かっていた。

 なんでも、その魔物とやらがかなり強いらしくて、交易のさまたげになっているらしい。

 まあ、最強の俺様たちにかかれば、そんな魔物ごとき楽勝だろう。


「はっはっは! 腕が鳴りますな、勇者殿!」


 俺様の隣で笑ってるオヤジの名は、ロレンツ。

 43歳のベテラン盾戦士(シールダー)で、身長2メートルのガタイの良いオヤジだ。

 あの役立たずのハルマのかわりに加入して、今回が初めての実戦投入になる。

 そういや、あいつどうなっただろうなあ?

 どうせ生きて帰ってこられないだろうし……ということで、ハルマは死んだことにしてパーティーから除名しておいた。

 死因は、リーダーである俺様の指示に従わず、勝手にひとりで行動していたところを魔物に襲われた、ということにしておいた。

 実は、あの時、脱出石(エスケプストーン)は5つあったんだが、高価だし、あんな奴のために使うのはもったいないから渡さなかった。

 ま、死人に口なしってやつだ。

 あいつは、ちょうど壁役が欠員になったから、気まぐれで誘ってやっただけだった。

 最初から雑用としてこき使って、用済みになったらすぐに捨てるつもりだったんだよ。

 それなのに「勇者パーティーに誘われるなんて、身にあまる光栄ですっ!」なんて言って大喜びするもんだから、笑えるよなあ。

 しかも、虚弱体質すぎて、すぐボコボコになって俺様たちの足を引っ張る存在だった。

 あんな奴、俺様たちに見捨てられなくても、どうせ長生きはできなかっただろうさ。


「タニア殿、魔物が現れても、この鉄壁の紳士と呼ばれたロレンツがお守りしますぞ!」

「え、ええ……」


 ロレンツが治癒術師(ヒーラー)のタニアにすり寄り、慣れ慣れしく肩を抱こうとしてやがる。

 おいおい、タニアは俺様の女だぜ?

 確かにタニアは若々しい22歳の美女で、スタイルも抜群、セクシーな衣装で男を惑わす罪な女だが、こいつは俺様にぞっこんなのさ。

 だから、スケベオヤジの出る幕はねぇぞ?


「悪いな、ロレンツさんよ。タニアは俺様のほうが好きらしいぜ。なあ?」

「えっ……あっ、うん……」


 なんだ、どうもさっきから元気がねえな?

 どれ、この俺様が手でも握ってやれば、元気を取り戻すだろう。

 俺様はそう思い、タニアの手を握ったが……。


「つ、冷たっ!?」


 タニアの手を握った俺様だったが、あまりの冷たさに思わず手を引っ込めた。

 なんだこりゃ、手が氷のようだぞ。


「ごめん、ランベルト。ちょっと、冷え症が再発して……」

「ああん?」


 そう言えば、タニアは以前から冷え症で悩んでたな。

 最近は治まってたらしいから、すっかり忘れていた。


「あのっ……ランベルトさん!」

「んっ?」


 背後から俺様に声を掛けてきたのは、16歳の盗賊(シーフ)のユーリット。

 まだまだガキだが、盗賊(シーフ)としてはそこそこ有能なのでパーティーに入れてやっている。


「なんだ、ユーリット?」

「ちょっと、アントムさんが……」

「アントムぅ?」


 ユーリットが指差しているのは、俺様たちよりだいぶ遅れて歩いている炎魔術師フレイムマジシャンのアントムだった。

 アントムは苦しそうに腰をおさえながら、よろよろと歩いている。


「悪い、ランベルト。ちょっと、持病の腰痛が悪化して……」

「はあ?」


 こいつ、まだ26歳だっていうのに、まるでジジイだな!


「まったく……お前ら、大丈夫かよ? 俺様の足を引っぱったら、ただじゃおかねぇぞ?」

「ランベルトさん、仲間に対してそんな……ふぇっ、ふえっくしょんっ!!」

「うおっ!?」


 き、きたねえっ!

 俺様に何か言おうとしたユーリットが、思いっ切りくしゃみをぶっかけてきやがった。

 くそっ、俺様のピカピカの鎧にツバやら鼻水やらが飛び散ってやがる!


「す、すみません、風邪がぶり返しちゃって……ひっ、ひぃっくしょんっ!」

「寄るなっ!」


 俺様はシッ、シッ! と手を振って、ユーリットを追い払った。

 どいつもこいつも、体調管理すらまともにできねぇとは、栄光の勇者パーティーの一員として恥ずかしくねぇのかよ?


「むっ! 勇者殿、敵ですぞ!」

「なにぃ?」


 ロレンツの言葉に、俺様は前方に目を向ける。

 見ると、斧を持って武装したオークの集団がこっちに向かってきていた。

 依頼にあった討伐対象の魔物は、確かトロルだったな。

 だから、こいつらは運悪く、偶然にも俺様の勇者パーティーと遭遇しちまったってわけだ。

 敵の数は……おおよそ、30体ってところか。

 まあ、いいだろう。

 本番前の肩慣らしだ。


「よし、テメェら、オークどもを蹴散らせ!」


 俺様は華麗に聖剣グランカリバーを抜き、下僕どもに号令をかけた。

 さあ、こんな雑魚どもは一瞬にして蹴散らしてやるぜ!


「いくぞ……お、おおおっ!?」


 オークに斬りかかろうとした俺様は、聖剣をうまく持ち上げられず、ガクッと体勢を崩した。

 な、なんだ!?

 聖剣が、いつもより重い!

 それに、今になって気がついたが、やたらと肩がいてぇ!

 聖剣を持ったまま肩を動かそうとすると、激痛が走る!

 そう言えば、俺様はひどい肩凝りに悩まされていた時期があった。

 まさか、今になってそれが再発したっていうのか!?


「ランベルトさん、危ないっ!」

「えっ!?」


 ボカアアアン!


「んごほおおおっ!?」


 俺様はオークの体当たりをまともに食らい、地面をごろごろと転がった。

 油断したぜ!

 俺様は肩凝り、タニアは冷え症、アントムは腰痛、ユーリットは風邪か。

 この肝心な時に、どうしてこうも体調が悪くなる?


「おい、壁役! しっかり敵を引きつけろよ!」

「既にやっている! 【憎悪集中ヘイト】!」


 盾戦士(シールダー)のロレンツが、敵の攻撃を自分に集中させるスキルを使う。

 【憎悪集中ヘイト】か……そういや、ハルマの野郎がこのスキルを使っているのを見たことがなかった。

 思えば、あいつは壁役としてこんな基本中の基本のスキルすら覚えてなかったんだな。

 その割には、いつもあいつばかりがボコボコになっていた気がするけどな。


「ランベルトさん、うしろっ!」

「なっ!?」


 ボゴオオッ!


 いつの間にか俺様の背後に回り込んでいたオークが、斧を振り下ろす。

 斧はあっさりと俺様の鎧を破壊してしまった。

 馬鹿な……鎧がなかったら、死んでたぞ!


「てやあっ!」


 ユーリットが俺様を襲ったオークに飛びかかり、短剣で首をかき切った。

 チッ、最初からそれをやれ!


「おいアントム、雑魚どもを一気に焼き払え!」

「言われるまでもない……【炎熱波(フレイムウェーブ)】!」


 アントムの魔術杖から火炎がほとばしる。

 こいつは馬鹿だが、炎魔術の威力だけは確かだ。

 火炎は何匹ものオークを飲み込んでいき……。


「あぎゃああああ!?」


 あろうことか、大勢の敵を引きつけていたロレンツごと燃やし尽くした。


「あっ、やっちまった。ハルマがいた時の癖で、つい……」

「この馬鹿野郎!」


 敵を引きつけていた壁役が倒れ、オークどもが俺様たちに殺到する!

 早くロレンツを起こさないと、押し切られちまう!


「タニア、ロレンツを治癒しろ!」

「そんな余裕は……きゃあああっ!?」


 タニアは3匹くらいのオークに追い回され、とうとう捕まってしまった。

 オークは人間の男は殺して肉にするが、女の場合は……。


「ランベルトさん、タニアさんが!」

「うるせえっ! 今、行くところだ!」


 俺様はひどい肩凝りに耐えながらも、聖剣を振り回してオークを追い払った。

 だが、オークは意外に俊敏で、俺様の剣がちっとも当たらねぇ!

 それどころか、奴らが反撃で振るった斧が俺様の肩に食い込み、激痛が走る!


「うぐあっ!」


 いてぇ……いてぇよ……!

 どうしてだ?

 どうして、俺様の最強の勇者パーティーが、こんなオークごときに苦戦する?


「ラ、ランベルト、助けてくれっ! あがっ!?」


 アントムもオークに殴られ、地面に這いつくばっている。

 あいつは、もう無理だな。

 せめて、俺様の女のタニアだけは連れて、この場を去るしか……!


「……煙玉っ!」


 ボワアアアア!


 ユーリットが魔術鞄(マジックバッグ)から取り出した道具で、周囲を白煙まみれにした。

 これは、主に魔物から逃走する時に目くらましとして使う道具だ。

 まさか、あのガキ……俺様たちを残して、自分だけ逃げるつもりか!?


「ユーリット! テメェ、俺様たちを見捨てる気か!?」

「何を言ってるんですか! 早くみんなを連れて、脱出を!」

「ああんっ!?」

「アタシはアントムさんを担いでいきます! だから、ランベルトさんとタニアさんは、早くロレンツさんを治癒して逃げてください!」


 チッ、そういうことか。

 ガキに指示されるのは気に食わないが、確かにこの場は逃げるしかねぇ。

 今回は、運が悪かった。

 あと、パーティーメンバーがどいつもこいつも役立たずだった。

 それが敗因だな。


「ランベルト、行きましょう……」


 壁役のロレンツを治癒したタニアが、真っ青な顔をして言ってくる。

 ああっ、面白くねぇ!

 以前なら、オークごとき何匹来ようが楽勝だったのによ!


  ◇


「ランベルトさん、このままでは依頼達成は無理です」


 どうにかオークどもを巻いて逃げてきた俺様たちは、適当な場所で野営をしていた。

 一応、メンバーはタニアの【治癒術ヒール】で治癒したが、タニア自身が本調子じゃないみたいで、効果がイマイチだ。

 アントムは深刻な腰痛と、オークに殴られた怪我が原因で寝込んでいるし、ロレンツもアントムの馬鹿が炎魔術で巻き込んだダメージが癒え切っていない。

 タニアはタニアで、よほど冷え症がひどいのか、焚火たきびの前で身を丸くしてガタガタ震えている。

 いや、これはユーリットの風邪がうつったのかもしれねぇが。


「Cランクのオーク相手でもこんなに苦戦するのに、さらに強いトロルに勝てるとは思えません。ランベルトさん、この依頼は諦めて、撤退したほうが……」

「はあ? 俺様たちは勇者パーティーだぞ!?」


 ごちゃごちゃと弱気なことを言うユーリットに、俺様は言った。


「この程度の依頼が達成できないなんて知れ渡ったら、評判はガタ落ちだ。特に、今回の依頼主は貴族にもコネがある大商人……うまくいけば、貴族にスポンサーになってもらえるチャンスなんだぞ!」

「でも、無理をしてメンバーが命を落とすようなことがあったら……ランベルトさんは、ハルマと、彼の前に仲間にしていた盾戦士(シールダー)の人のことを、もう忘れたんですか?」

「ああん? 誰だったかなあ?」

「そんな……アタシたちがこれまで順調にこられたのは、常に盾戦士(シールダー)の働きがあったからですよ。彼らが命を懸けてアタシたちを守ってくれたからこそ、力を発揮できたんじゃないですか?」

「ああっ、うるせえな!」


 屁理屈をこねるユーリットを、俺様はギロッとにらみつけた。


「壁役はメンバーである俺様たちを守って死ぬのが当然だろ! ハルマも、その前の奴も、今度のオッサンも、それで死ぬなら本望ってやつだ!」

「あなたは……人の命を何だと思ってるんですか!?」

「そういうテメェも、ハルマを見捨てて俺様たちと一緒にダンジョンから脱出したじゃねぇか?」

「あうっ……そ、それは……」

盗賊シーフごときが、勇者様に偉そうに意見するんじゃねぇ!」

「きゃんっ!?」


 俺様は頭にきて、ユーリットを蹴飛ばした。

 ユーリットは蹴られた子犬みたいな情けない声を出して、地面を転がった。


「ゲホッ、ゲホッ! うぅ……」

「とにかく、トロル討伐は絶対にやる! 変更は一切なしだ!」


 俺様はそう言い放って、テントの中に入って横になった。

 ちくしょう、何もかもうまくいかねぇ。

 きっと、これはハルマの呪いに違いない。

 あの野郎……化けて出るなら、出てみやがれ。

 俺様の聖剣でぶった切ってやるからよ!


  ◇


 結論から言うと、俺様たちはトロル討伐の依頼に失敗した。

 俺様も含め、メンバー全員が深い傷を負い、現在、タバールという町で療養している。

 勇者パーティーとしての信頼や評判もガタ落ちで、俺様も下手をすると冒険者ランクをAからBに降格されてしまうかもしれない。

 くそ……なにもかも、下僕どもが役立たずなせいだ!


「うぅ……苦しい……」

「オレも……ゲホッ、ゲホッ!」


 俺様たちが借りている宿屋の一室で、タニアやアントムがベッドの上で苦しんでいる。

 壁役のロレンツは意識不明状態で、もっと深刻だ。

 俺様とユーリットだけはどうにか回復したんだが、それとは別に、どうもこの町に来てからというもの、体調が優れない。


「チッ……外の空気を吸ってくるぜ」


 こんな病人だらけの部屋にいたら、俺様まで参っちまう。

 やれやれ……こいつらとも、ここまでかもな。


「あの……ランベルトさん、ちょっといいですか?」

「あん?」


 宿屋を出たところで、ユーリットに呼び止められた。

 こいつは最近、俺様に対して反抗的な態度をとることが多い。

 気に入らないときは、蹴っ飛ばしてやることにしているが。


「なんか用か?」

「外で聞いた話なんですが、一応、報告しようかと思って」

「なんだよ?」

「実は、このタバールの町から少し離れた場所にある村で病気が流行って、村人が全滅してしまったそうなんです」

「は?」


 その情報が何の役に立つのかわからない俺様は、生返事をする。


「それがどうしたってんだ?」

「いえ……ただ、タニアさんやアントムさんも病気みたいだし、この町でも具合の悪そうな人が多いので、もしかしたらと思って」

「まさか、その病気がこの町でも流行ってるっていうのか?」

「可能性はあるかと……ゴホッ、ゴホッ!」


 苦しそうに咳をするユーリットから、俺様は思わず距離をとる。


「思えば……ハルマを追放したあたりから、アタシたち、狂いはじめましたね?」

「チッ! テメェは、またハルマの話かよ」


 うじうじと、いつまでもハルマのことを引きずっているユーリットに、俺様はあきれて言った。


「あいつは、どうしようもないクズだった。今の俺様たちが不調なのは、運が悪かったのと、テメェらが役に立たないからだ」

「ハルマは駆け出しのDランクなのに、必死にアタシたちを守ってくれました。それに、ハルマと一緒にいた時は、アタシたちは大きな怪我も病気もなかったし、皆さんも調子が良かったですよね?」

「そりゃ、単なる偶然だろ」

「いえ、偶然とは思えません! ハルマは、きっとアタシたちの守護神だったんですよ!」

「うるせえな!」


 パアンッ!


 意味不明なことを言っているユーリットを、俺様は平手打ちして黙らせた。


「テメェもハルマを見捨てただろうが!」

「だから! アタシは、そのことをものすごく後悔してるんです! 時間が戻せるなら、あの時に戻りたい!」

「戻ってどうするんだ?」

「それは……ハルマと協力して、ダンジョンから脱出を目指しますよ!」

「馬鹿が。無理に決まってる」

「無理かもしれない……けど、仲間を見捨てて帰るよりはマシです!」

「それ以上、ふざけたこと抜かしてると、叩き斬るぞ?」


 俺様は本気だった。

 手を聖剣に伸ばし、いつでも抜けるようにする。

 今、俺様はむしょうにイライラしてるんだよ。

 ガキのひとりやふたり、勢いで斬っちまうかもしれねぇぞ?


「はあ……このパーティーは、終わりですね」

「は?」

「アタシ、本日をもって勇者パーティーから脱退させてもらいます。今まで、お世話になりました」


 ぺこっと頭を下げ、ユーリットは俺様に背を向けた。

 くそ、ふざけやがって!


「こら、待ちやがれ! テメェ、倒れてる仲間を見捨てるのか?」

「あなたがそれを言うんですか……自分で言ってて、恥ずかしくないんですか?」

「この野郎……!」

「言っておきますけど、追いかけっこならアタシのほうが速いですよ? 試してみます?」


 ユーリットは馬鹿にしたように笑った。

 このガキ!

 俺様は我慢の限界で、聖剣を抜いて追いかけた。


「殺してやる!」

「おおっ、怖い怖い! では、さよなら~!」


 ユーリットは全速力で走り出し、あっという間に遠ざかっていった。

 くそっ、盗賊シーフだけあって、逃げ足だけは速いガキだ。

 俺様も体調が悪いせいで、とても追いつけねぇ。


「はぁはぁ……あいつ、次に会ったら、絶対に許さねぇ……!」


 少し走っただけで、俺様の息は上がっていた。

 体力がかなり落ちてやがるな……下手すると、俺様にも病気がうつったかもしれねぇ。

 いまいましいが、もう役に立ちそうにない重体のメンバーと、妙な病気が蔓延まんえんしつつあるこの町を見捨てて去っていったユーリットの判断は、正しいのかもしれねぇ。

 俺様も体が動くうちに、決断したほうがいいかもしれねぇな。


  ◇

(ハルマ視点)


「【反動解放(リコイル)】!」


 ボゴオオッ!


 俺が受けたダメージを【反動解放(リコイル)】で押しつけた岩がバラバラになった。

 そして、俺自身の受けたダメージは、すっかり回復している。


「やった……ついにやったぞ!」


 ラッヘラ師匠のもとで修業を開始して、既にひと月が経過していた。

 俺はとうとう、自分の最大の武器である【反動解放(リコイル)】をものにしたのだった。


「ハルマ、よくやったぞ!」

「師匠!」


 俺とラッヘラは抱き合って喜んだ。

 挫折ざせつばかりの人生だった俺が、この日、とうとうひとつの大きな壁を乗り越えたのだ。

 なんという達成感、幸福感、充実感!

 生きてて良かった……俺は感動のあまり、涙を流していた。


「だが、ハルマよ……まだ安心はできぬぞ? 今のお主には足りないものがひとつある。何かわかるか?」

「俺に足りないもの?」

「実戦経験じゃ!」


 ビシッ! と俺の顔を指差すラッヘラ。


「実戦では目まぐるしく変化する状況に対応しなければならぬ。訓練とは違うのじゃ!」

「はい!」

「よって、今から我とリーザでお主をボコボコにする! それが最後の試練じゃあ!」

「はい……って、ええええっ!?」

「リーザ、来い!」

「はいっ、師匠!」


 ラッヘラに呼ばれ、リーザが駆け寄ってくる。

 その手には魔術杖。

 戦闘準備は万端だ。


「リーザ、手加減はいらんぞ!」

「かしこまりましたっ!」

「いくぞ、ハルマ!」


 俺の最後の試練は問答無用で開始された!


「【水槍(アクアランス)】!」


 リーザの魔術杖から、彼女の得意技である【水槍(アクアランス)】が放出される。

 だが、俺はそれをあえて避けなかった。


「うぐっ!」


 ズバアアアアンッ!


 全身に【水槍(アクアランス)】が刺さりまくるが、俺は必死に踏ん張っていた。

 そう……このひと月の間、【反動解放(リコイル)】習得のためとはいえ、ラッヘラとリーザから毎日のように魔術の嵐を浴びせられていた俺の耐久力は、飛躍的に向上していた。

 これにダメージを回復させつつ相手に跳ね返す【反動解放(リコイル)】があれば、鬼に金棒というものだ!


「【反動解放(リコイル)】!」


 俺はリーザから受けたダメージを、近くにあった切り株に押しつけた。


 ドボオオオン!


 【反動解放(リコイル)】によって押しつけられたダメージで、立派な切り株が地面から浮き上がって転がっていく。


「やるわね、ハルマ!」

「まだまだ!」

「これでどうじゃ! 【光球(ライトボール)】!」


 今度はラッヘラの魔術杖から、無数の光の玉が飛び出す。

 現代では使い手が極めて少ないという、光魔術の攻撃だ!


「んぐっ!?」


 チュドドドドドッ!


 光の速度で迫ってくる光球を避けることなど不可能。


「くっ……【反動解放(リコイル)】!」


 俺は【光球(ライトボール)】の巻き起こす爆発で吹っ飛ばされるが、空中に飛ばされながらも【反動解放(リコイル)】を発動させて周囲にダメージを押しつけていた。


「す、すごいっ! 飛ばされながら【反動解放(リコイル)】してる!?」

「今のハルマなら、この程度はわけもないか……ならばっ!」

「はい、師匠!」


 ラッヘラとリーザが並んで立ち、同時に魔術杖を俺に向ける。

 いったい、何を……まさか、合体技とかか!?


「師匠、いきます! 【水槍(アクアランス)】!」

「合わせるぞ! 【雷撃サンダーボルト】!」


 シュビビビビビッ!


「うわあああ!?」


 ただでさえ強力な【水槍(アクアランス)】に、雷魔術の【雷撃サンダーボルト】が合わさって、威力が倍増している!

 以前の俺だったら、こんな高威力の攻撃を受けた瞬間、意識を失っていただろう。

 だが、今は違う!

 血のにじむような厳しい修行を重ね、俺の肉体と精神は極限まで鍛え抜かれている!


「【反動解放(リコイル)】!!」


 ラッヘラとリーザの合体技で受けたダメージを、俺は大木に押しつける。


 ずううううん……!


 とんでもない太さを誇る大木が、俺の【反動解放(リコイル)】によって受けたダメージで倒れていく。


「はぁはぁ……どうですか、師匠?」

「う、うむ……参った。我らの負けじゃ」


 ふたりがかりの猛攻を見事に受け切った俺を、ラッヘラはどこか誇らしげに見上げていた。

 隣に立っているリーザも尊敬のまなざしを俺に向けている。


「すごい……すごいわよ、ハルマ! あなたはもう世界最強の壁よ!」

「ははは……リーザと、師匠のおかげだよ。世界最強は言いすぎだけどね」


 俺は、最終試練に打ち勝った。

 ああ、疲れた……。

 【反動解放(リコイル)】によって、受けたダメージは回復しているけど、あれだけの猛攻を受けたあとなので精神的に疲労している。

 あまりの疲労感に地面に座り込んでしまった俺に、ラッヘラとリーザが駆け寄ってきた。


「ハルマは、もう【反動解放(リコイル)】を完璧に使いこなしておるな。今の我から教えられることは何もないぞ」

「ありがとうございます、師匠!」

「ねえ、ハルマ。修行は無事、終わったけど……これからどうするの?」

「これから……か」


 リーザに言われ、俺はハッとした。

 このひと月の間、ひたすら修行に打ち込んでいて、それ以外のことを考えていなかった。

 今の俺は、以前までの虚弱体質の頼りない盾戦士シールダーとは違う。

 そろそろ、冒険者稼業を再開してもいいかもしれない。


「俺は、また冒険者として活動したい。この新しい力を、みんなの役に立てたい……盾戦士(シールダー)として、大切な人たちを守りたい」

「そっか。ねえ、その冒険に、私もついていってもいい?」

「リーザ……もちろんだよ! ありがとう!」


 リーザほどの一流の水魔術師(アクアマジシャン)が一緒なら、これほど心強いことはない!


「いいなーいいなー。我も一緒に行きたいなー」


 俺とリーザの横で、ラッヘラがうらやましそうにしている。

 ラッヘラは、ある魔物に呪いをかけられて、この森から出られない。

 俺たちが冒険に出てしまったら、またひとりになってしまうんだよな……。


「師匠。俺もリーザも、ときどきムリンの森に帰ります。だって、今の俺にとっては師匠とリーザが家族で、ここが家なんですから!」

「ハルマ……うれしいことを言ってくれる……!」


 ラッヘラは、いつもの激しさが嘘のように穏やかな表情になり、その瞳からひと筋の涙がこぼれ落ちた。

 あのラッヘラ師匠が、泣いている!?

 女の子にそんな顔されたら、俺はっ!


「師匠おおおお!」

「ハルマあああ!」


 俺とラッヘラはガシッ! と抱き合い、別れを惜しんだ。

 俺もリーザも、冒険者として前に進まなければならない。

 さびしいけど、大好きな師匠とも、しばしのお別れだ。


「絶対に帰ってこいよ! なんなら、1週間に1回は帰ってこいっ!」

「はいっ! 絶対に帰ってきます、師匠!」

「うわあああんっ!」


 見た目どおりの幼い子供のように泣きじゃくるラッヘラ。

 俺とリーザはふたりでラッヘラの頭をなでたり、背中をさすってあげたりした。

 いや、こうしていると本当に子供みたいだな、この人は。

 でも、そこがまた可愛いんだよなぁ。


「ハルマぁ……リーザぁ……さびしいよぉ……ぐすっ」

「よしよし……ハルマも私も、またすぐに戻ってきますから、ねっ?」

「約束だぞお……ひくっ……えぐっ……」


 ラッヘラはリーザの胸に顔を埋め、しがみついている。

 俺とリーザは顔を見合わせ、苦笑した。

 出発は、明日にしたほうがよさそうだね。


  ◇


 俺とリーザはラッヘラ師匠と別れを告げ、ムリンの森を旅立った。

 今の目的地は、タバールの町。

 タバールは俺が以前、勇者パーティーに置き去りにされたチェルカ遺跡の近くにある町で、冒険者たちの拠点としてにぎわっている。

 今の俺たちの最大の目標は、チェルカ遺跡へのリベンジだった。

 でも、まずは王都にある冒険者ギルドに行って、パーティー登録をしなければならない。

 そうしなければ、ダンジョンに挑戦する権利すら与えられないからな。

 だから、タバールの町で一泊して、そのあとは王都を目指すという旅になる。

 もっとも、チェルカ遺跡はAランクダンジョンだから、俺かリーザのどちらかがAランク冒険者にならないと、どっちみち挑戦はできないんだけどね。


「冒険者ギルドについたら、まずは仲間探しだ」


 まずは頼れる仲間を探して、一緒に依頼やダンジョン攻略をこなして、冒険者ランクを上げていくことを目指す。

 冒険者なら誰もが通る道だ。

 だが、俺の提案に、リーザは少し複雑な表情をする。


「ううーん……私は、ハルマとふたりだけでも良いと思うけど……」

「いやいや、それはさすがに不安だよ。リーザの実力を疑うわけじゃないけど、やっぱりダンジョンに挑むなら、パーティーは最低4人か、5人は欲しいところだ」

「そっか……」


 どこか残念そうなリーザ。

 もしかして、俺が勇者パーティーに追放されて、死にかけてしまったことを気にしているのか?

 確かに、俺とリーザのふたりだけなら、そういう裏切りは発生しないだろう。

 でも、チェルカ遺跡は高難易度のダンジョンだ。

 俺とリーザのふたりだけで攻略できるわけがない。

 もちろん、ランベルトたちみたいな外道は論外だけど、裏切らないようなメンバーを慎重に選んで、協力していくしかないんだ。


「大丈夫だよ、リーザ。きっと、信頼できる良い仲間が見つかるさ」

「あっ、ううん……そういうことじゃなくて……」

「えっ? どういうこと?」

「なんでもないわよっ!」


 リーザは魔術杖で、俺の背中をポカッ! と叩いてくる。

 何か、リーザを不機嫌にさせるようなことを言ってしまったのか?

 女の子の心は難しいなぁ……もっと勉強しなければ。


「ハルマ、あの木陰で少し休みましょう?」

「そうだね」


 ムリンの森を出てから、ずっと歩きっぱなしだった。

 俺とリーザは大きな木の陰に腰を下ろし、休憩をはじめた。 


「ハルマ、休憩ついでに面白いものを見せてあげるわ」

「面白いもの?」

「えへへ……見ててね?」


 リーザは得意げに言って、魔術杖をくるくると動かした。


「【飲用水(アクアドリンク)】!」


 リーザの掛け声と共に、彼女の目の前に水玉がふわっと浮かび上がる。

 水玉はふよふよと浮遊して、そのままリーザの口の中に入っていった。


「うん……甘くておいしい!」

「その魔術は?」

「大気中の水分を集めて、飲用水をつくる水魔術よ。消毒や味付けもできるの」

「それはすごい! 俺にも飲ませてよ!」

「もちろん!」


 リーザの【飲用水(アクアドリンク)】で生み出された水玉が、俺の口にも入ってくる。

 おお、これは……まるで砂糖が含まれているかのように、甘い!

 それに栄養も満点なのか、疲れた体に元気がみなぎってくる。


「水魔術って、本当になんでもできるんだね!」

「まあね。でも、それだけに器用貧乏とか言われることもあるのよ」

「そうなのか?」

「ええ。炎魔術ほどの威力はなく、風魔術ほどの鋭さもなく、土魔術ほどの防御力もなければ、雷魔術ほどのスピードもない。どれも中途半端なのよね……」

「でも、それがリーザの持ち味なんだから、もっと自信を持とうよ。それを言うなら、俺なんて仲間の身代わりになってボコボコになるくらいしか取り柄がないぞ?」

「あはは……ありがとね、ハルマ」


 俺の言葉に励まされたのか、リーザがニコッと明るい笑顔を浮かべる。

 か、可愛すぎるっ!

 まさか、俺みたいな冴えない冒険者が、こんな心優しい美少女と一緒に旅ができる日が来るなんて……いまだに信じられない。

 この笑顔だけは、どんなことをしてでも守り抜かなければならない!


「リーザ、君のことは、何があっても俺が守るよ」

「えっ!? ちょ、ちょっと、いきなり何を言ってるのよぉ?」

「俺は君を失いたくない。この命にかえても守り抜くと誓う!」

「ハ、ハルマ……そんなこと言われたら、私……!」


 リーザの顔が、カアァァァ……っと真っ赤になる。

 あれ……俺、何かまずいこと言ったか?

 今の自分の気持ちを素直に口にしただけなんだけど……。


「――おうおう、見せつけてくれるじゃねぇか?」

「ガキどもが……世間の厳しさってやつを教えてやろうか?」

「なっ!?」


 気がつくと、いつの間にか俺たちはガラの悪い男たちに囲まれていた。

 人数は、7、8人といったところか。

 その姿からして、まともな人間ではない。

 おそらくは野盗か。


「おい、あの女を見ろよ……とんでもねぇ上玉だぜ?」

「ああ、売り払えば、かなり高値がつきそうだな……げひひっ!」

「お嬢ちゃん、そんな頼りなさそうなガキは放っておいて、おじさんたちと来なよ?」

「なんだと?」


 好き放題に言っている野盗どもの前に、俺は立ち上がった。

 奴らの狙いはリーザのようだが、そんなことは俺が許さない!

 俺は何があってもリーザを守ると誓ったばかりだ!


「俺が頼りないガキかどうか、試してみるか?」

「良い度胸だな、クソガキ! かかってこいよ!」

「いくぞ!」


 俺は盾と剣を構え、野盗どもに向かっていった。

 だが、奴らは俺よりもよほど戦いに慣れていた。

 あっという間に囲まれ、俺はボコボコにされてしまう。


「ぐべぇっ! んぼえええっ!?」

「ぎゃはは! 最初の勢いはどうした!?」

「おらおら、やっちまえ!」


 野盗たちの剣が、斧が、拳が、蹴りが、四方八方から俺を襲う!

 俺は全身が血まみれになり、骨もバキバキに折られてしまった。

 だが、奴らは知らない。

 俺が固有スキルによって、受けたダメージをそのまま跳ね返せることを!


「【反動解放(リコイル)】!」


 ドバアアアアン!


「ごげらぼげええええ!?」


 俺の固有スキル――【反動解放(リコイル)】が発動し、野盗のひとりが盛大に吹っ飛んだ。

 そいつは数メートル吹っ飛ばされ、ぶざまに地面を転がっている。

 その全身はボロボロになっており、もう立ち上がることすらできない。


「よし、効果抜群だな!」


 そして、ボコボコにされていた俺はというと、全てのダメージを野盗に押しつけたことにより、完全に回復していたのだった。

 ひと月もの間、ラッヘラとリーザに毎日のように死ぬ寸前までしごかれていた俺にとって、この程度のダメージなど問題にならないのだ。


「か、頭がっ!?」

「頭あああ!」


 どうやら、そいつは野盗たちの頭だったようだ。

 自分たちの中でもっとも強かった頭があっさりとやられ、奴らは慌てふためいている。


「さすがね、ハルマ! よおし、私もいくわよ――【水槍(アクアランス)】!」


 ズババアアアアン!


「「ぎゃあああああ!」」


 リーザの魔術杖から放出された水の槍が野盗たちを襲う!

 その狙いは正確で、逃げ惑う野盗たちに全て確実に命中している。


「リーザもさすがだね。ほれぼれするよ」

「えへへ……」


 俺とリーザは、地面に転がってピクピクしている野盗たちを放置し、その場を去った。

 これだけ痛めつければ、しばらく悪さはできないだろう。

 それにしても、俺の【反動解放(リコイル)】は実戦でも問題なく力を発揮できた。

 こういう成功体験の積み重ねが、自信に繋がっていくのだ。


「かっこよかったわよ。ハルマは誰よりも頼りになる盾戦士(シールダー)だわ!」

「そんな、おおげさだよ」

「ううんっ! ハルマは、私の最高のパートナーよ!」

「リ、リーザ……!」


 俺が、最高のパートナーだなんて……。

 なんて、うれしいことを言ってくれるんだ!

 勇者パーティーでボロ雑巾のように扱われていた頃と比べて、天と地の差だ。

 ああ、これが本当の仲間ってやつなんだな……俺はかけがえのない仲間であるリーザとの出会いを、女神に感謝した。


「ありがとう、リーザ。俺は……!」

「……あっ!?」


 俺の言葉をさえぎって、リーザが驚愕の表情で叫んだ。


「ハルマ、あれを見て!」


 リーザが指差している先では、複数の人影が揉み合っていた。

 冒険者同士のケンカか?

 だが、よく見ると動いているのは人間ではなく、魔物だということがわかった。

 誰かが、魔物の群れに襲われているんだ!


「助けてーっ!」


 襲われている人物――ひとりの少女の悲痛な叫びが、俺たちの耳に届いた。

 その声に聞き覚えのあった俺は、ハッと息を飲む。


「あれは……ユーリット!?」


 ユーリットは、チェルカ遺跡の深層で俺を追放した勇者パーティーの一員だ。

 他のメンバーと比べると、年齢が近いこともあって、まあまあ仲が良かった。

 だが、追放された俺を置き去りにして脱出してしまったことには変わりない。

 俺にとっては、仇のひとりではある……あるのだが。


「ユーリット!」


 俺は考えるよりも先に、走り出していた。

 それは盾戦士(シールダー)としての本能だろうか。

 どんな人間であろうと、目の前で失われようとしている命を見捨てることなど、俺にはできない!


「ちょっと、ハルマ! 危険よっ!」


 魔物の群れに突っ込んでいく俺を追って、リーザも走り出す。

 ああ、危険なのはわかっている。

 今、ユーリットを襲っている魔物の正体は、ライカンスロープ。

 いわゆる、狼人ってやつだ。

 鋭い爪と牙、俊敏な動きが武器で、しかも集団での狩りを得意とする。

 半端な冒険者では、こいつらに襲われたらひとたまりもない。


「うわあっ!」


 ユーリットは盗賊(シーフ)特有の回避力でどうにか奴らの攻撃を避けていたが、避けきれなかった何発かを受けて、全身が傷だらけになっている。

 このままでは、やられてしまうのは時間の問題。

 その前に、奴らの注意を引く!


「こっちだ、オオカミ野郎!」


 俺は盾を正面に構えて、ライカンスロープに突進した。

 しかし、奴らは素早い動きで俺の攻撃を避け、逆に鋭い爪で引き裂いてくる!


「うぐっ!」


 俺の腕が切り裂かれ、ブシュウッ! と血しぶきが上がった。

 とんでもない切れ味だ!

 それに、奴らの全身の盛り上がった筋肉……狩りをするため、獲物の命を奪うためだけに特化した鋼のような肉体だ。

 こんな奴らとまともにやり合ってたら、命がいくつあっても足りない。

 だが、今の俺にはこれがある!


「【反動解放(リコイル)】!」


 ブシュウウッ!


 俺の発動した【反動解放(リコイル)】によって、腕の傷が敵に押しつけられた。


「……ッ!?」


 敵は一瞬、何が起こったのか理解できなかったようで、前触れもなく自分の腕にできた深い傷を見て、ぼう然としている。


「食らえっ!」


 敵が怯んだところへ突っ込み、俺は剣を突き出す!


 ズブッ!


 俺の剣はライカンスロープの厚い筋肉の鎧を裂き、心臓を貫いた。


「ウグオオオッ!」

「よし!」


 俺が剣を引き抜くと、敵はゆっくりと倒れていく。

 これで、どうにか1匹。

 まだ敵は5匹ほど残っている。


「リーザ、援護を!」

「わかってる! 【水槍(アクアランス)】!」


 俺の背後から走ってきたリーザが水の槍を放つ。

 狙いは正確だったが、ライカンスロープたちは信じられない瞬発力で回避行動をとり、直撃とはいかなかった。

 でも、これでユーリットの周囲を囲んでいた奴らは追い払えた。


「ユーリット! 大丈夫か!?」

「えっ!? ハ、ハルマ……なんですか?」


 ユーリットは、あまりの驚きに目を丸くしているようだった。

 それはそうだろう。

 彼女の中では、俺はとっくにダンジョンの深層で死んでいるはずだったんだから。


「説明はあとだ! 今はこいつらを何とかしよう!」

「で、でも、アタシ……脚が……!」

「あっ!」


 見ると、ユーリットの脚が深々と切り裂かれており、大量の血が流れていた。

 これでは、まともに動けない。

 それに、これ以上、血を失ったら命の危険があるだろう。


「リーザ、この子の治療を!」

「今は無理よ! 【水障壁(アクアウォール)】!」


 リーザは厚い水で形成された壁を展開し、敵の接近を妨害していた。

 ライカンスロープたちが水の壁を突破しようとするが、勢いを殺され、壁の中でもがいている。


「【水拘束術(アクアバインド)】!」


 壁を迂回して迫ってこようとした敵を、リーザは拘束魔術で阻止する。

 何重もの水の輪が敵を縛り上げ、自由を奪っていた。


「うぅ……」


 そうしている間にも、ユーリットは血を失って弱っていく。

 俺とユーリットが仲間同士になれば【生贄(サクリファイス)】でダメージを肩代わりできるんだが……この状況で、お互いをすぐに仲間と認識するのは無理がある。

 【生贄(サクリファイス)】が発動する条件は、俺と相手が互いをしっかりと仲間として認識すること。

 今はユーリットに俺の仲間になるように、ゆっくり説得している時間はない。


「くそっ!」


 とにかく、まずは敵を倒すことに集中するんだ!

 リーザの【水拘束術(アクアバインド)】で動きを止められているライカンスロープの急所に、俺は剣を突き刺す。


「グオオッ!」

「悪く思うなよ!」


 魔物とはいえ、動けない相手を一方的に攻撃するのは気が引けるものだ。

 だが、今は相手のことを考えている余裕などない。


「【水拘束術(アクアバインド)】!」

「うおおっ!」


 リーザが敵を拘束し、俺がトドメを刺す。

 その繰り返しで、どうにか数を減らしていく。

 途中、敵の反撃で俺もリーザもダメージを受けたが、【生贄(サクリファイス)】でリーザのダメージを肩代わりし、【反動解放(リコイル)】で敵に押しつけていく。


「キューン……」


 戦闘はしばらく続いたが、とうとう敵は俺たちに勝てないと判断したか、一目散に逃げ出していった。


「な、なんとかなったか……」


 ライカンスロープは単体ならCランクだが、群れになるとBランク相当の手強さだといわれている。

 重傷のユーリットをかばいながら、俺とリーザだけでよく追い払えたものだ。


「ハルマ、その人!」

「ああ。リーザ、すまないが治療を頼む!」

「うん、わかったわ! 【水治癒術(アクアヒール)】!」


 リーザの治癒魔術で、ユーリットの全身が薄い水の膜に包まれる。

 本職の治癒術師(ヒーラー)が使う【治癒術ヒール】には及ばないものの、十分な回復力のある水魔術だ。


「ユーリット、大丈夫か?」

「ハルマ……ああ、ありがとう……」

「知り合いなの?」


 ユーリットを治癒しながら、リーザが質問してくる。

 さて、どう答えたものか……ユーリットが俺を追放した勇者パーティーの一員だと知れば、リーザは怒るかもしれない。

 でも、リーザに嘘をつくことはできないな。

 俺は、ユーリットとの関係を正直にリーザに話すことにした。


「……というわけなんだ」

「ユーリットさん。それ、本当なの?」


 治療もある程度終わったところで、リーザがユーリットに厳しい目を向けた。

 ユーリットは、まだ具合が悪いのか、真っ青な顔色をして俺とリーザを交互に見ている。


「本当です……アタシは、どうしてもランベルトに逆らえなくて、ハルマを見捨ててしまいました。そのことは、今でも後悔しています」

「だからといって、許されることではないわよ?」

「はい……ごめんなさい。ハルマ、本当に申し訳なかったです……」


 ユーリットはボロボロと大粒の涙を流し、俺に謝罪した。

 まあ、もともとこの子は、そこまで悪い奴じゃなかったからな。

 でも、ランベルトたちと別れて、こんなところにひとりでいるのは、なぜなんだ?


「ユーリット、ランベルトたちは?」

「実は……」


 ユーリットの話した事情に、俺は驚きを隠せなかった。

 ランベルトたちは有力な大商人の依頼で、街道に出没するトロルの討伐に向かった。

 だが、討伐には失敗し、パーティーは崩壊。

 さらに、タバールの町で流行りつつある謎の病にかかってしまったらしい。

 あの飛ぶ鳥も落とす勢いだった勇者パーティーが、まさかそんなことになっているなんて……。

 そして、ユーリットはランベルトと口論になり、殺されそうになったのでパーティーを脱退して逃げ出してきたのだという。


「ハルマ、リーザさん、タバールには行かないほうがいいかもしれない……アタシも、なんだか具合が悪くて……ゴホッ、ゲホッ!」

「ユーリット!?」


 俺たちの見ている目の前で、ユーリットはガクッと体勢を崩し、倒れてしまった。

 敵に受けたダメージは、すでにリーザの魔術で治癒されている。

 だから、これは別の原因……おそらく、そのタバールを襲っているという病によって、彼女は弱っているんだ。


「リーザ、これは……」

「ごめんなさい、私の水魔術では治せそうにないわ」

「そうか……」

「ううっ……苦しい……ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ!」


 ユーリットは苦しそうに胸をおさえ、地面の上でもがいている。

 咳もひどく、顔色もどんどん悪くなっていく。

 このままでは死んでしまうかもしれない。

 彼女を救うために、俺にできることは……。


「ユーリットをこの場で救う方法が、ひとつだけある」


 俺は倒れているユーリットの前までいって、その場に座り込んだ。

 難しいかもしれないが、今は他の方法が思いつかない。

 いちかばちか、やるしかない!


「ユーリット、今から俺の言うことを信じてくれるか?」

「ハルマ……何を……?」

「その苦しみを解放するには、ユーリットが俺の仲間になるしかないんだ」

「えっ!?」


 俺の言葉が信じられないというように、ユーリットは目を丸くする。

 当然だ。

 俺にとって、ユーリットは仇である勇者パーティーの一員。

 命の危機を俺たちに救ってもらったうえ、そのまま仲間にしてくれだなんて、ずうずうしいことを言えるはずがない。

 でも、今はそれが必要なんだ。


「頼む、ユーリット。そうすれば俺は君を救えるんだ」

「ど、どうして?」

「俺の固有スキル――【生贄(サクリファイス)】が発動して、君を苦しめている病気を俺にうつせるからだ」

「【生贄(サクリファイス)】……?」

「実際に見たほうが早いか」


 俺とリーザは顔を見合わせた。

 リーザは自分の頬を指差し、ここを殴ってみせろと無言で指示してくる。

 【生贄(サクリファイス)】があるから安全とはいえ、女の子の顔を殴るのは抵抗があるが……ここはユーリットのためにも、覚悟を決めるしかない。


「いくぞ、リーザ!」


 そして、俺はおもむろにリーザの顔面を思い切り殴りつけたのだった。


 ドカッ!


「いだっ!?」


 リーザの顔面を殴ったはずの俺の頬が、ボコッ! とへこむ。

 もう少し手加減するんだった……。


「えっ? えっ? ど、どういうこと?」


 目を白黒させているユーリットに、俺は痛む頬をさすりながら説明する。


「俺の【生贄(サクリファイス)】は、仲間が受けたダメージや状態異常を一身に引き受ける固有スキルだ。だから、リーザへのダメージは全て俺に向かってくるわけだ」

「す、すごい……! でも、それだとハルマの体がもたないんじゃないですか?」

「確かに、以前までの俺はそれが弱点だった。そして、それが原因で虚弱体質になってしまっていたんだ。でも、今は違う!」


 俺は近くにあった一本の木に手の平を向ける。


「【反動解放(リコイル)】!」


 ドゴオオンッ!


 俺のもうひとつの固有スキルが発動し、その衝撃で木が揺れて、木の実が地面に落ちた。

 そして、俺の頬に受けたダメージはすっかり回復している。


「【生贄(サクリファイス)】と【反動解放(リコイル)】――このふたつが今の俺の盾であり、剣なんだ」

「ハルマ、いつの間に、そんなすごいスキルを……!」


 ユーリットが尊敬のまなざしを俺に向けてくる。

 これで信じてもらえたかな?


「さっきも言ったように、【生贄(サクリファイス)】を発動させるためには、互いに仲間だと認識しなければならない。だから、ユーリットに俺の仲間になってほしい」

「で、でも、アタシ……ハルマを見捨てた人間ですよ?」

「わかってる。だけど勇者パーティーの中で君だけは唯一、俺と仲良くしてくれた。あの頃の俺にとっては、それが数少ない救いだったんだ」

「そんな……」

「俺は、今の君を心から仲間にしたいと思う。さあ、君はどうだ?」

「アタシは……」


 ユーリットは深く考え込むように、うつむいた。

 俺を見捨ててしまったことを後悔して、自分を責めているんだ。

 でも、俺はこうして生きているし、あの時、追放されたおかげでリーザやラッヘラのような素晴らしい人たちとも出会えた。

 ユーリット、俺はもう、君を責めたりしない。

 だから、どうか心を開いてくれ!


「アタシは……ハルマの仲間に、なりたいですっ!!」


 その瞬間――俺の全身に、とてつもない衝撃が走った。

 俺は、ついにユーリットと仲間同士になった。

 それと同時に、彼女が受けていた病が【生贄(サクリファイス)】の効果によって俺にうつされてくる。


「こ、これは……!?」


 目の前が真っ暗になるような感覚。

 すさまじい倦怠感、吐き気……そして、全身が痛み出す。

 それに加えて、俺の精神にも悪影響が出てくる。

 生きているのも嫌になるような、押し潰されそうな絶望感。

 胸が苦しい!

 張り裂けてしまいそうだ!

 なんだ、これは……明らかにただの病じゃないぞ!?

 いや、これは本当に病なのか……?


「ハルマっ!?」


 隣に立っていたリーザが、心配そうに俺の顔をのぞき込んでいる。

 俺の顔色は、きっと真っ青だったろう。

 そう、まるで死人のように……。


「ヤバい……! こんなのは、初めてだ……!」

「ハルマ、早く【反動解放(リコイル)】を!」

「くうう……リ、【反動解放(リコイル)】っ!!」


 俺は気力をふりしぼり、肉体と精神をむしばんでいる病を離れた場所に生えていた植物に押しつけた。


 シュワアアア……。


 すると、植物は一瞬にして真っ黒に染まり、ぼろぼろと崩れ落ちてしまう。

 いや、ヤバすぎるだろ!

 自分自身が体験して、初めてこの病の恐ろしさを実感する。

 病をうつされて、真っ黒に枯れてしまった植物を見て、リーザも驚いている。


「ハルマ、これはもしかすると、病ではないかもしれないわ」

「えっ?」

「私が思うに……これは、きっと呪いよ!」

「呪い?」

「ええ……それも、魔術的な呪いね。私も魔術師だから、そういうのってわかるのよ」


 呪い。

 リーザの口から放たれた単語に、俺はギョっとした。

 確かに、あの感覚は病気というよりは、強烈な呪いにおかされているような……そんなふうにも感じられた。


「ハルマ、ありがとう! すごく気分が良くなりました!」


 病――いや、呪いが解け、すっかり回復したユーリットは、うれしそうな笑顔で俺に礼を言ってきた。

 それから、何を思ったか地面にひざまずき、深々と土下座をした。


「ハルマのことを見捨てたアタシを……人間のクズのアタシを、ハルマは命をかけて助けてくれました! このご恩は、一生、忘れません!」

「俺は、当たり前のことをしただけだよ」

「アタシ、今日からハルマの下僕になります! 何でもします! でも、あの時のことは到底、許されることじゃない……だから、アタシは何度でも、何度でも、謝りますっ!」


 ユーリットはそう叫んで、自分の額を何度も地面に叩きつけ始めた。


 ガンッ! ガンッ! ガンッ!


「いでででっ!」

「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! ごめんなさあああいっ!!」

「わかった、わかったから、もうやめろ!」


 ユーリットが地面に額を叩きつけるたび、俺の額に激痛が走る。

 【生贄(サクリファイス)】の効果で、ユーリットの受けるダメージは全部俺に回ってくるんだよ!


「もう十分だ! ユーリット、俺はもう気にしていない!」

「ほんとですか?」

「ああ……ユーリットは、もう俺たちの仲間だ。だから過去のことは忘れて、これからは一緒に頑張ろう……なっ?」

「うん……ハルマ、ありがとっ!」


 ユーリットは起き上がり、俺とかたい握手を交わした。


「……」


 そんな俺たちの様子を、リーザは少し複雑な顔で眺めていた。

 どうしたんだろう?

 ダンジョン攻略において、索敵や罠探知、罠解除、鍵開け、マッピングなんかを担当してくれる盗賊(シーフ)のユーリットは、ものすごく貴重な人材だ。

 過去のことはもう水に流したし、俺としては大歓迎なんだけど……。


「ところで、これからどうします? タバールに行くのは、アタシは危険だと思うんですけど」

「だが、このまま放っておくわけにもいかない。チェルカ遺跡攻略の拠点となるタバールが潰れてしまったら、俺たちも、他の冒険者たちも困る」

「でも、アタシたちが行ったところで、病を治せるわけでもないし……」


 俺とユーリットはどうしたものかと顔を見合わせたあと、リーザのほうを見た。

 ユーリットがかかっていた病を呪いと見抜いた、リーザの意見が聞きたい。


「そうね……原因さえわかれば、どうにかなるかもしれないわ」

「原因?」

「ええ。これが私の思うように呪いなら、呪いをかけている術者がいるはずよ。それが誰なのか突き止めて、やめさせることができれば……」

「タバールを救える?」

「おそらく、ね」


 リーザはそう言って、俺の顔を見つめた。

 最終的にパーティーの方針を決めるのは、リーダーである俺か。

 俺の心は、もう決まっていた。


「よし……俺たちはタバールに向かう。そして、呪いの原因を探り、可能ならこれを取り除いて町を救う!」

「ハルマなら、そう言うと思ったわ」


 俺の決定に、リーザは満足そうにうなずいた。

 ユーリットは、まさにそのタバールから逃げてきた身だから気が進まなそうだったけど、仲間として俺の決定に従った。

 いざとなれば、リーザとユーリットに呪いがかかっても、俺が【生贄(サクリファイス)】で肩代わりして【反動解放(リコイル)】で解除できる。

 呪いの正体はわからないし、リーザの言う術者と接触するのは危険だと思うけど、最悪の場合でも自分たちの身は守れるという保険があるのは大きい。

 この固有スキルに目覚めるきっかけを与えてくれたラッヘラ師匠には、本当に感謝しかない。


  ◇

(勇者ランベルト視点)


 俺様たちは、もう終わりだ。

 アントムもタニアもロレンツも回復する様子がない。

 ユーリットのガキは、俺様たちを見捨てて自分だけさっさと逃げていきやがった。

 それに、俺様自身もなんだか調子が悪い。

 このタバールの町全体が、どんよりとした黒い霧に覆われているような……そんな感じがしやがる。

 この町に長居していたら、おそらく俺様もアントムたちと同じように病んでしまうだろう。

 そう思った俺様は、とうとうひとつの重い決断をした。


「俺様は、王都に戻って腕の良い医者を探してくるぜ。それまでは苦しくても我慢しろ」


 相変わらずベッドの上で苦しんでいるタニアに、俺様は言った。

 そんなのは建前で、俺様としては一刻も早くこの町から離れたいだけだ。


「ランベルト……」


 すると、タニアは目をギョロっと動かし、俺様をにらみつけた。


「そんなこと言って、まさか私たちを見捨てるつもりじゃないでしょうね?」

「そんなわけねぇだろ! 俺様を信じろよ、なっ?」

「そういえば、ユーリットはどこに行ったの? あの子の姿が見えないけど……」

「ああ、あいつは俺様たちを置いて逃げ出した。まったく、薄情なガキだぜ!」

「そう……これは、天罰なのかもね」

「天罰だぁ?」


 タニアが意味不明なことを言うので、俺様は思わず聞き返した。


「女神に選ばれし勇者パーティーである俺様たちに、なぜ天罰がくだる?」

「私たち、ハルマを見捨てたじゃない。それに、その前の盾戦士(シールダー)の人も……こんな状況になるまでは、どうでもいいと思ってたけど、考えてみればひどいことをしたものだわ」

「お前までユーリットみたいなことを……あいつらは盾戦士(シールダー)として俺様たちの役に立って死んだ。それだけのことだろ?」

「私もそう思っていた。けれど、いざ、自分が追い詰められてみると、彼らも苦しかったのかなって……うっ、ゲホッ! ゲホゲホッ!」


 タニアはひどく咳こんで、それ以上は喋れなくなった。

 病気が悪化して、精神的にも弱ってるようだな。

 タニアも、ここまでか。

 タニアは良い女だし、治癒術師(ヒーラー)としても優秀だったから、非常に惜しいが……もはや、俺様の手に負える状況じゃねぇな。

 このまま共倒れするくらいなら、王都に戻って新しい仲間や、新しい女を探したほうが良いだろう。


「じゃあな、タニア。良い医者が見つかったら、すぐに戻るぜ」


 俺様は宿を出て、町の外へ向かった。

 もう夜になっており、辺りはすっかり暗くなっている。

 俺様は、魔術適性がなくても習得できる無属性魔術の【光明ライト】を使って道を照らしながら進んでいった。

 タニアもアントムも、もちろん意識不明のロレンツも、まさか俺様が仲間を見捨ててこっそり町から出ようとしていることなど、気付くまい。

 女神に選ばれた勇者であるこの俺様が、闇にまぎれてこそこそと抜け出すようなマネをしなければならないとは……まったく、屈辱的だぜ。

 だが、それもこれも、テメェらが役立たずなせいだ。

 俺様は悪くない。

 恨むなら、自分たちの無能さを恨むんだな。


「おい……ランベルト?」

「あっ!?」

「こんな夜中に、どこへ行く……?」


 町の外へ出て、しばらく行ったところで亡者のような声で俺様に呼びかけてきたのは、病と腰痛で倒れていたはずのアントムだった。

 くそ、なんでこんな時間に外をうろついてやがるんだよ?


「俺様は、これから王都に戻って、お前らのために良い医者を探してくる。だから、おとなしく町で待ってろ」

「いや、違うな……ランベルト、お前はオレたちを見捨てるつもりだ」


 こんな時だけは勘の鋭いアントムが、魔術杖の先端を俺に向けて言った。

 めんどくせぇ……やっちまうか?

 俺様もすらりと聖剣グランカリバーを抜き放ち、アントムに向ける。

 相変わらず肩凝りがひどいが、こんな病人のひとりやふたり、簡単に切り捨ててやるよ。


「アントム……俺様とやろうってのか?」

「オレたちは長い付き合いだから、お前の考えていることなんてすぐわかる。このまま見捨てられて朽ち果てるくらいなら、お前も道連れにしてやる!」

「テメェっ!?」

「死ね、ランベルト! 【炎熱波(フレイムウェーブ)】!」


 ゴオオオオッ!


 アントムの魔術杖から灼熱の業火が放たれる。

 だが、俺様の聖剣は魔術を吸収する力がある!


「無駄だぜ!」


 シュオオオオ……!


 アントムの【炎熱波(フレイムウェーブ)】は、俺様がかかげた聖剣にみるみる吸収されていった。

 俺様の持つ固有スキルは【聖剣使い(ホーリーソーディアン)】。

 自慢じゃねぇが、これ以外には何のスキルも持ってねぇ。

 だが、聖剣を使えるという、ただそれだけでも勇者として認められる。


「くそがっ! ふれいむうぇ……あいたたたっ!」


 戦闘中だというのに、アントムの腰痛が悪化したようだ。

 ざまぁねぇな!


「オラぁッ!」


 ドガッ!


 俺様はアントムに詰め寄ると、思い切り奴の腰を蹴り飛ばしてやった。


「ぐあああ!!」


 アントムはたまらず、腰をおさえて地面に倒れ込む。

 あーあ、こりゃ再起不能かもな。


「馬鹿め。俺様に歯向かうからだ!」

「ランベルト、貴様ぁ……!」

「あばよ!」


 もう動けないアントムを置いて、俺様は走り出した。

 あの様子では魔物に襲われて死ぬかもしれないが、もう俺様には関係のないことだ。

 俺様に逆らった奴には罰が必要だ。

 ま、当然の末路だな。


「……んっ?」


 しばらく走っていると、ふと、ゾクゾクッとするような悪寒が俺を襲った。

 なんだ、この感覚は……?


「誰かいるのか?」


 俺様は聖剣を抜き放ち、周囲を警戒する。

 運悪く魔物と遭遇したか?

 しかし、周囲には魔物の姿はない。


「なんだってんだ……?」


 不気味に思った俺様が周囲をキョロキョロと見回していると……。


 ボゴオッ!


「うおおっ!?」


 突然、地面から手が生えてきて、俺様の足首をつかみやがった!

 それに続くように、周りの地面がボコッ! ボコッ! と盛り上がり、土の中から異形の者たちが姿を現す!


「ゾンビだと!?」


 俺様はあっという間にゾンビの群れに囲まれていた。

 近くに墓地があるわけでもねぇのに、なんでこんなところに!?


「俺様に触るんじゃねぇっ!」


 俺様は聖剣を振り、足首をつかんでいるゾンビを斬った。

 こいつらアンデッドは聖剣に弱い。

 つまり、俺様の敵じゃねぇ!


「どけどけぇっ!」


 俺様は聖剣を振り回し、雑魚ゾンビどもを蹴散らしていった。

 勇者様の行く手をはばむとは、身のほど知らずどもめ!


「ハーッハッハッハ!」


 ああ、なんだか楽しくなってきたなあ!

 ここのところストレスが溜まっていたし、ちょうどいい。

 こいつらを皆殺しにして、ストレス発散といこうじゃねぇか!


「ハッハッハッ……ハッ……はぁっ!?」


 ある程度、ゾンビを斬り捨てたところで、俺様は見てはならないものを見てしまう。

 “そいつ”は、ゾンビの群れの奥から、ゆっくりと姿を現した。

 見た目はただのスケルトンだが、まとっている雰囲気が違う。

 頭には王冠がのっており、古めかしい紫色のローブに身を包む。

 その手には、巨大な赤い魔石が埋め込まれた魔術杖を持つ。


「な、なんてこった……こいつは……!?」


 俺様は、話に聞いたことがあって、そいつの名を知っていた。

 そいつの名は、アンデッドロード。

 高名な魔術師が死後、アンデッドと化した姿だともいわれる。

 こいつの脅威度はAランク……普通は高難易度ダンジョンの最下層とかにいるような大物だ。

 そんな奴が、どうしてこんな所をうろついているんだ!?


「う、うおおっ!」


 本能的に命の危機を感じ、俺様は一目散に逃げ出していた。

 こんな奴は、百戦錬磨のAランク冒険者が束になってかかって、ようやく倒せるレベルだぞ!

 さすがの俺様も、単独ではこいつに勝てねぇ!


「うげえええっ!?」


 ドガッ! ボゴッ! ズガガッ!


 アンデッドロードから逃げようとする俺様を、ここぞとばかりにゾンビどもが攻撃してくる。

 俺様は何度も転び、全身が傷だらけ、泥まみれになりながらも、必死に逃走した。

 ちくしょう、あり得ねぇ!

 どうして勇者であるこの俺様が、こんなみじめな目に……!


「くっそおおお!!」


 仲間を見捨てて王都に逃げようと思った俺様だが、あんな化け物がいるんじゃ無理だ。

 俺様は仕方なく、タバールの町に向けて撤退していったのだった……。


  ◇

(ハルマ視点)


「こ、これは……!」


 タバールの町に到着した俺は、自分の目を疑った。

 以前は冒険者や商人、町の人々で活気に満ちあふれていた町が、まるでゴーストタウンのようになっている。

 いや、人々はいるんだが、みんなして顔色が悪く、今にも倒れてしまいそうだ。

 冒険者向けの商店街も閑古鳥かんこどりが鳴いており、ほとんどの店が閉まっている。


「予想以上ね……ここまでひどいなんて」


 俺の隣で、リーザも驚きの声を漏らす。

 リーザの言うことが正しいなら、この町を襲っているのは呪いということになる。

 俺たちの目標は、呪いをかけている術者を探し出し、やめさせること。

 この町にいるのか、それとも外から呪いをかけているのかはわからないが、とにかく何か手がかりを探さなければ。


「ハルマの【生贄(サクリファイス)】で町の人たちを助けられませんか?」

「いや……それは難しいな」


 ユーリットの提案に、俺は渋い顔をした。

 あの呪いは、恐ろしく強烈だった。

 ユーリットひとり分でさえ相当な負担だったのに、町の人たち全員を救おうとしたら、俺自身にも相当なリスクがある。

 おそらく、俺の肉体と精神が耐えられないだろう。

 【反動解放(リコイル)】を使うことができないほど衰弱してしまったら、元も子もないのだ。


「それに【生贄(サクリファイス)】を発動させるには、俺と仲間同士にならないといけない。町の人たちをひとりずつ説得して、全員を俺たちの仲間にしなければならないぞ?」

「あう……それは現実的じゃないですね」

「そうだろ? だから、やっぱり呪いの出どころを究明し、解除させることを目指したほうが良い」


 俺の言葉に、ユーリットもリーザもうなずいた。

 でも、その出どころがさっぱりわからないんだよな。

 何か、良い手はないものか……。


「……あっ!?」

「えっ?」

「ハ、ハルマ……なの?」


 唐突に女性の声が俺の名を呼ぶ。

 振り返ると、そこには真っ青な顔をしたタニアが立っていた。


「タニア!」

「あんた……まさか、生きてたなんてね……」


 タニアは、かつて俺が所属していた勇者パーティーの治癒術師(ヒーラー)だ。

 俺のことはいつも邪魔者扱いして、俺が死にかけているのにわざと【治癒術ヒール】をかけてくれなかったりと、意地の悪い性格をしていた。

 しかし、そんな彼女も今は呪いの影響なのか、顔も体もげっそりしており、誰もが目を奪われるようなセクシー美女だった頃と同一人物とは思えない様子だった。


「それに、ユーリット……あんた、私たちを見捨てて逃げたんじゃなかったの?」

「アタシはハルマのパーティーに加わりました。だから、この町を襲っている呪いを解こうとしているハルマに協力してます」

「呪い……ですって?」

「タニアさん、この町を苦しめているのは病気じゃなくて、呪いの可能性が高いんです。このままだと、みんな倒れてしまいますよ?」

「そういうこと……なるほど、私の【治癒術ヒール】も効かないわけだわ」


 タニアはよろよろと頼りない足取りで近くにあったベンチまで歩いていき、座った。

 俺たちもそちらに向かう。


「どうして、これが呪いだとわかったの?」

「俺の仲間のリーザが、それを見抜いた」


 俺は隣に立っていたリーザを見ながら、タニアに説明した。

 リーザはすっと前に歩み出て、タニアを見下ろした。


「私はリーザベル。ハルマのパートナーよ」

「はっ?」

「あなたは、ハルマが追放されそうになっているとき、どうして止めなかったの?」


 リーザは、タニアにかなり厳しめの視線を向けている。

 勇者パーティー時代に、俺と仲が良かったユーリットはまだしも、ランベルト、アントム、タニアに関しては、完全に俺をゴミクズのように扱って捨てていった人間だ。

 リーザとしても、仲間である俺にそんな扱いをした人間をこころよく思うはずがない。

 その気持ちはうれしいんだけど、今はそのことで争っている場合ではない。


「リーザ、そのことはもういいよ。今は、呪いの原因を究明することが先決だ」

「ご、ごめんなさい……」

「タニア、何か気がついたこととかないか? なんでもいいから教えてほしい」

「はあ?」


 俺の質問を聞いているんだか、いないんだか、タニアは焦点の合わない目でぼうっと俺たちを眺めている。

 まともに話ができる状態ではないのか?


「ねえ、ハルマ……私を町の外に連れ出してくれないかしら?」

「えっ?」


 ふいにタニアが口にした言葉が予想外だったので、俺は思わず聞き返していた。


「どういうことだ?」

「この町を離れれば、もしかすると症状がマシになるかもしれない……そう思ったから、きっとランベルトも、アントムもいなくなったんだわ」

「なんだと?」


 あの野郎ども……苦しんでるタニアを見捨てて、自分たちだけ町の外に逃げたのか。

 もう勇者パーティー、いろいろと終わってるな。

 こうなってくると、もはや哀れみさえ覚える。


「ハルマ、私、この人と一緒は嫌よ……」

「ア、アタシも……なんか怖いし……」


 リーザとユーリットはタニアを拒絶している。

 町から離れれば呪いが薄まるかもしれないとタニアは言うが、ユーリットは町からだいぶ離れた場所まで来ていたけど、呪いは継続していた。

 これは、そんな単純な話ではないのだ。

 それに残念ながら、俺もタニアを心から自分の仲間だとは、どうしても思えない。

 一緒に行動しても、きっと良いことはないだろう。


「タニア、悪いけど君と一緒には行けない。諦めてくれ」

「そう……私よりも、そちらの金髪の可愛らしいお嬢さんのほうがお好みかしら?」

「おい。そういうことじゃなくてだな」

「あんた、年下の女の子が好きなのねぇ。ふーん……パーティーにいる時も、やたらとユーリットと仲良くしてたもんね。ガキはガキ同士って感じー?」

「タニア……」


 駄目だ、話にならない。

 もう本人も自分が何を言っているのか、わからないのかもしれないな。


「ハルマ、行きましょう。この人は、もう駄目だわ」

「リーザ……」

「他の人たちにも話を聞いてみましょうよ、ねっ?」


 リーザは優しい笑みを浮かべ、おもむろに俺の腕にギュッと抱きついてきた。

 おおうっ、大胆な!

 こんな美少女に抱きつかれて男としてはうれしい限りだが、ちょっと目立ってしまうな。


「リーザ、他の人に見られるよ?」

「そんなの、見せつけてやればいいのよっ!」


 リーザは俺の腕に抱きつきながら、ベンチの上でぼう然としているタニアに「べーっ!」と舌を出した。

 タニアは、そんなリーザの態度を見ても無反応で、死んだ魚のような目でぼうっと空を見上げていた。

 タニア以外の町の人たちも、みんな似たような状態だった。

 さて、困ったな……町の人たちがこんな様子では、有力な手がかりが得られるかどうか。

 そんなことを考えながら、俺たちが町を歩いていると……。


「おう……テメェ、生きてたのかぁ?」

「あっ!?」


 俺たちの行く手に、ひとりの男が立ちはだかった。

 それは忘れるはずもない、俺を追放した勇者パーティーのリーダーである男……!


「……ランベルト!」

「テメェみたいな役立たずのゴミが、よくあのダンジョンから生還できたもんだ……まあ、せっかく生き残っても、今、ここで俺様に斬られちまうわけだけどなぁ?」


 残忍な笑みを浮かべ、勇者ランベルトはふらふらと俺たちに近寄ってきた。

 その全身は傷だらけで泥にまみれており、髪もぼさぼさ、頬はげっそりとこけ、目も落ちくぼんでおり、まるで亡者のようだ。

 いったい、この男に何があったというのか?


「やめろ、ランベルト! 正気じゃないのか!?」

「ごちゃごちゃうるせえな……死ねよっ!」


 ランベルトは聖剣グランカリバーを抜き放ち、俺たちに襲いかかってきた!


  ◇

(勇者ランベルト視点)


 最悪だ。

 アンデッドロードが率いるゾンビ軍団から逃走してきた俺様は、タバールの町に到着するなり、疲れて路上で寝てしまっていたようだ。

 そんな俺様の目を覚まさせたのは、顔面にかけられた生温かい液体だった。


「げえっ!?」


 こともあろうに、野良犬が俺様の顔面にションベンをひっかけていきやがった。


「このクソ犬っ!」


 俺様は怒り狂って聖剣を抜いたが、野良犬は素早くその場から逃げ出していった。

 追いかけようとするが、疲労からか脚がうまく動かず、もつれさせて転倒してしまう。


「ぐべえっ!」


 そして、転んだ先には野良犬が残していったフンがあった。

 俺様は犬のフンに顔面からベチャッ! と突撃する形になる。

 人類の希望であり、勇者であるこの俺様が、どうしてこんな目に……!


「テメェら、見てるんじゃねえ!」


 俺様は聖剣を振り回し、周囲の野次馬どもを追い払った。

 どうしてだ……どうして、こうも何もかもうまくいかない?

 タニアもロレンツも、もう使えねえ。

 アントムも、おそらく魔物に襲われて死んでるだろう。

 真っ先に逃げ出したユーリットが、戻ってくるわけがねぇ。

 今の俺様には、誰ひとりとして味方がいねぇんだ……。

 それでも、王都にさえ行けばどうにかなると思ったが、アンデッドロードなんて化け物がいるせいで、それもかなわねぇ。


「はぁはぁ……どうすれば……?」


 俺様は途方に暮れて、目的もなく町をさまよった。

 これまでの俺様の人生は、挫折ざせつとは無縁だった。

 聖剣を使いこなす勇者――それだけで周囲からもてはやされ、実際、冒険者としてもかなりの成功をおさめていた。

 役立たずなメンバーを追放したり、見殺しにしたりしたこともあったが、それはあいつらが役立たずなのが悪いのであって、俺様は悪くねぇ。

 そう、俺様は何も悪くねぇんだ!

 全ての下僕どもは勇者である俺様のために働き、俺様のために死んでいく。

 それが正しい姿なんだ。

 だから、あそこを歩いているハルマのようなクズは、俺様の役に立つために命を投げ捨てて当然なんだよ。

 そうだろう、ハルマ……えっ!?


「な、なんで、あいつ……!?」


 最初は見間違えかと思ったが、間違いねぇ。

 あれは、俺様がチェルカ遺跡の深層で追放して置き去りにした、盾戦士(シールダー)のハルマだ!

 まさか、あの状況から生き残るなんて……いったい、どんな手を使ったんだ?

 それに、なぜかわからねぇが、ハルマはユーリットと一緒にいた。

 あいつら、もしかして裏で繋がっていたのか?

 ハルマがパーティーにいた時代から、あのふたりは仲が良かったからな。


「んっ!? なんだ、あの美少女は……?」


 俺様は、ハルマと一緒に歩いているもうひとりの女に注目した。

 年齢は15歳前後か。

 腰まで届く艶やかな金髪に、アイスブルーの瞳、透き通るような白い肌。

 上級貴族のご令嬢か、王女様かってくらい整った容姿の持ち主だ。

 それに、身長は低めだがスタイルは抜群で、出るべきところはしっかりと出てやがる。

 あんな絶世の美少女が、なぜ、ハルマなんてクズと行動を共にしてるんだ?


「あの野郎……!」


 そして、俺様が何より気に入らなかったのが、ハルマの表情だった。

 奴の表情は生気と自信に満ちており、今の俺様とは対照的にいきいきとしている。

 俺様が仲間を失って孤独になって苦労してるってのに、あいつは左右に美少女をはべらせて調子に乗ってやがる。

 気に入らねぇ、気に入らねぇ、気に入らねぇぇぇっ!!

 きっと、ハルマの奴は何か不正をしたに違いない。

 そうだ、不正だ、反則だ!

 俺様よりはるかに劣る存在であるハルマが、あんな成功者みたいな顔をして、のそのそと街を練り歩きやがって!

 絶対に許せねぇ!

 あのクソガキには、真の実力の違いってやつを、教えてやらねぇとなぁ?


「おう……テメェ、生きてたのかぁ?」

「あっ!?」


 俺様はハルマたちに歩み寄り、声をかけた。

 ハルマは俺様の姿を見て、かなり驚いているらしい。

 それはそうだろう。

 冒険者としてもDランクの雑魚のハルマからすれば、勇者の俺様の姿はまぶしいくらい輝いて見えるはずだからなぁ?


「……ランベルト!」

「テメェみたいな役立たずのゴミが、よくあのダンジョンから生還できたもんだ……まあ、せっかく生き残っても、今、ここで俺様に斬られちまうわけだけどなぁ?」


 俺様の中では、このハルマというガキは死んでいるはずの存在だった。

 だから、こいつがこうして生きてここにいるっていうこと自体が、何かの間違いなんだ。

 その間違いを、今から正してやるよ!


「やめろ、ランベルト! 正気じゃないのか!?」

「ごちゃごちゃうるせえな……死ねよっ!」


 俺様は聖剣グランカリバーを抜き放ち、ハルマに襲いかかった!

 さあ、絶対にくつがえせないほどの実力の差を、思い知らせてやるよ!


  ◇

(ハルマ視点)


「おらああああ!!」


 ランベルトは悪鬼のような形相で俺に襲いかかってきた。

 とても説得できるような状態じゃないな。


「リーザ、ユーリット、離れてろ!」

「ハルマ、援護するわ!」

「いいから、ここは俺に任せろ!」


 まともな状態じゃないとはいえ、ランベルトは女神に選ばれし勇者。

 その聖剣グランカリバーの威力は、俺自身も何度も目にしてきたからよくわかる。

 そして、奴の狙いは、この俺だ。

 リーザたちを巻き込むわけにはいかない!


「ランベルト、こっちだ!」

「死ねえええ!」


 リーザたちから離れた俺を、ランベルトは直線的な動きで追ってくる。

 相手はAランクの勇者、俺はDランクの盾戦士(シールダー)……今の俺の力がどこまで通用するかわからないが、とにかくやるしかない!


「くらえっ!」


 ズバアアアアア!


 ランベルトの振るう聖剣が俺の体を切り裂いていく。

 さすがの切れ味……こんなの、何度も食らってたら身がもたない!


「ランベルト、いったい、どうしてしまったんだ!?」

「うるせえ! 全部お前のせいだ! お前が悪いんだああああ!!」

「くっ……仕方ない!」


 俺は後方にジャンプしながら手の平をランベルトに向け、叫ぶ。


「【反動解放(リコイル)】!」

「……っ!?」


 ガクッ!


 俺の【反動解放(リコイル)】によって、受けたダメージがそのままランベルトに跳ね返される。

 ランベルトの腕や脚、脇腹からブシュウウッ! と血が噴き出した。


「ぐあっ! テ、テメェ、何をした!?」

「俺の固有スキルを発動させたんだよ!」

「固有スキルだと……? テメェ、何のスキルも持ってない役立たずだったじゃねぇか!」

「以前までの俺はな。今は違う!」

「ふざけんなああああ!!」


 全身を傷だらけにしながらも、ランベルトは俺に向かってくる。

 腐っても勇者……その根性は大したものだが、俺の【反動解放(リコイル)】を攻略する方法はあるのか?


「いや……油断するな」


 きっと、ランベルトはこの短い時間で【反動解放(リコイル)】の対策を思いついたに違いない。

 そうでなければ、無策で突っ込んでくるなんて愚かなマネはしないはずだ。

 勇者ともあろう者が、その程度のはずがない……よな?


「どらああああ!」


 ランベルトの振り下ろす聖剣を、俺は腕で受け止める。

 腕に激痛が走り、血が噴き出すが、こんな単調な攻撃では今の俺は倒せない!

 それぐらいのことは、わかっているだろう?


「【反動解放(リコイル)】!」

「うぐあっ!?」


 聖剣によって斬られた俺の腕は回復し、逆にランベルトの腕から血が噴き出した。

 どうした、勇者ランベルト?

 俺の【反動解放(リコイル)】をやぶる手段がない、なんてことはないよな?

 あれだけ圧倒的な存在だった男が、なすすべもなく敗北するのか?

 きっと、まだ奥の手があるんだろう?


「ハ、ハルマぁ……!」


 ランベルトは両腕を負傷し、もはや聖剣を持つことすらできなくなっていた。

 えっ……まさか、これで終わり?

 あの勇者が……俺を追放したAランク冒険者のランベルトが、この程度の男だったのか?


「ランベルト、お前……」


 俺の中で、今のランベルトに対して渦巻く感情は怒りでも憎しみでもなく、悲しみと哀れみ……そして、むなしさだった。

 俺が勇者パーティーに誘われたとき、あれだけ輝いて見えたランベルトが、まさか、こんなことになるなんて……。


「ハルマっ!」

「大丈夫ですか!?」


 ひざまずくランベルトを見下ろす俺に、リーザたちが駆け寄ってくる。


「ああ、俺は大丈夫だ。このとおり、無傷だよ」

「よかったぁ……ちょっと、あなたねぇ、何を考えてるのよ!?」


 ドゲシッ!


 怒ったリーザがランベルトの顔を魔術杖で殴りつける。


「ほげえっ!?」


 その一撃で、ランベルトは情けない悲鳴を上げて吹っ飛んだ。

 魔術師の格闘能力を甘く見てはいけない。

 彼らの使う魔術杖には魔力が込められており、腕力に関係なく鈍器のように相手を殴ることができるのだ。


「いつもいつも、よくもアタシのことを蹴ったり叩いたりしてくれましたねぇ……お返しですっ!」


 ドカッ! ボカッ! ズガガッ!


 倒れたランベルトに、ユーリットが容赦なく追撃を加えている。


「ハルマの仇いいいい!」


 そこにリーザも加わって、魔術杖でボコボコにした。

 いや、俺、生きてるけどね?

 それにしても女子のパワーはすごいな……俺も、下手に怒らせないようにしないと。


「や、やめてくれっ! たのむ! 助けてくれっ!」

「あなたは、そう言って助けを求めている仲間を見捨ててきましたよね? 自分だけ助かろうなんて、ムシがよすぎるんじゃないですかぁ!?」

「俺様が悪かった! 反省する! だ、だから、助けてっ!」

「どうせ口だけでしょ? 信用できませんっ!!」

「んぐおっ!?」


 ズガアアアアンッ!


 ユーリットの渾身の蹴りが顎に命中し、ランベルトは完全に意識を失った。

 しかも、倒れた先に野良犬のフンが落ちており、後頭部からベチャッ! と突っ込んだ。

 これはひどい……文字通り、クソ勇者だよ!


「リーザ、ユーリット、もう十分だ」

「でも、この人はハルマを殺そうとしたのよ!?」

「それでもだ。リーザたちの手を、こんな男のために汚させたくない」

「ハルマ……わかったわ」


 俺の説得で、ようやくリーザとユーリットは攻撃の手を止めた。

 さて、このランベルトをどうするべきか……。

 一方的に襲いかかってきて、街中で剣を抜き、殺すつもりで俺に向かってきた。

 これはどう見ても犯罪行為であり、冒険者ギルドに報告すれば、登録の取り消し、自慢の聖剣も没収されてしまうだろう。

 でも、もしかすると、ランベルトはこの町を襲っている呪いについて、何か知っているかもしれない。

 処分を下すのは、それを確かめてからでも遅くはないだろう。


「リーザ、頼む。こいつを治療してやってくれ」

「ええ……こんな人、治療したくないわよぉ」

「そこをなんとか……もしかしたら、何か事情を知っているかもしれないんだ」

「もお、仕方ないわね……【水治癒術(アクアヒール)】!」


 俺はリーザに頼み込み、倒れたランベルトを治療してもらった。

 こんな外道勇者を回復させたくないというリーザの気持ちは痛いほどわかるが、今は少しでも情報が欲しいので、やむをえない。


「うっ……うぐぐ……」


 リーザの水魔術で回復したランベルトは、ようやく意識を取り戻した。


「ランベルト、気がついたか?」

「ハ、ハルマ……テメェ、なぜ俺様を助ける?」

「勘違いしないでほしい。俺は情報が知りたいだけだ。ランベルト、仲間を救うためにも、この町を救うためにも、知っていることを話してほしい」

「はんっ、誰がテメェなんぞに……いてぇっ!?」


 ボコッ!


 この期に及んで非協力的なランベルトの頭を、リーザが杖で殴った。


「……」


 そして、無言でランベルトをにらみつけている。

 まるで、ゴミを見るような目で……。


「わ、わかった……話すから、殴らないでくれ」


 リーザの眼力に圧倒されたか、ランベルトが冷や汗を浮かべながら言った。

 こ、怖い……。

 普段は優しくて可愛いリーザだけど、それだけに怒ったときの迫力はすごいな。


「ランベルト、この町を襲っているのは病ではなく、おそらく呪いだ。俺たちは、その呪いをかけている術者を探し出し、やめさせようとしている」

「呪いだとぉ?」

「そうだ。なんでもいいから、何か手がかりになるようなことを知らないか?」

「さぁねぇ……俺様が知ってるのは、この町から少し離れた場所にある村が似たような病で全滅したってことと、王都に行く途中の道にアンデッドロードが出没してるってことくらいだな」

「えっ……アンデッドロード!?」

「そうだ。大量のゾンビを引き連れてやがった。俺様じゃなかったら、多分、逃げきれてなかっただろうな」

「なんで、そんな大物がタバールの近くに出没しているんだ……?」


 俺たちは思わず顔を見合わせた。

 リーザも、ユーリットも、ランベルトの言葉が信じられないというように目を丸くしている。

 アンデッドロードといえば、高難易度ダンジョンの最下層にいるような脅威度Aランクの化け物だ。

 そんな奴が、そこらの平原をうろついているなんて、とても信じられない。


「その話が本当なら……この町を襲っている呪いの正体が、わかった気がするわ」


 リーザは俺たちを見回し、真剣な表情で語り出した。


「アンデッドロードは、周囲に強力な闇の力……呪いを振りまいて、じわじわと人間を弱らせていく。そして、死んでしまった人間を自分のしもべにして使役するという能力があるわ」

「そうか……じゃあ、ランベルトの言う、アンデッドロードが引き連れている大量のゾンビって……」

「うん……多分、その全滅したっていう村の住人の成れ果てよ」


 恐ろしい話だった。

 つまり、このままだとタバールの町もアンデッドロードの呪いの餌食えじきになり、住人も奴のしもべにされてしまうということか。


「リーザ、その呪いを解くには?」

「そうね……最上級の治癒術師(ヒーラー)――それこそ、教会の大司教とか、聖女様とか、そのレベルの人たちでようやく解呪できるかも、という感じだわ」

「でも、仮に解呪できたとしても、呪いの根源であるアンデッドロードがいる限り、同じことの繰り返しか……」

「そのとおり。だから、結局はアンデッドロードを倒すしかないの」

「王都まで行けば、強い冒険者や、場合によっては王国の助けも得られるかもしれないけど……」

「王都までの道は、アンデッドロードにふさがれている」

「俺たちでやるしかない……のか?」


 俺の言葉に、リーザは力強くうなずいた。

 このタバールの町にも、滞在している冒険者たちはいる。

 しかし、呪いによって肉体も精神も弱っており、とても戦える状態ではない。

 対抗できるとすれば、俺たちしかいない。


「テメェら、馬鹿なのか? アンデッドロードみたいな化け物に、テメェら半人前のガキどもが勝てるわけねぇだろ?」

「その半人前のガキどもに負けたのは、どこのどいつだ?」

「テ、テメェ……!」


 横から口出ししてきたランベルトに、俺は鋭く言い放った。


「だがランベルト、今回ばかりは協力してくれないか? 聖剣グランカリバーの力があれば、アンデッドとの戦いにかなり有利になる」

「はあ? この俺様に、テメェの手下になって働けってのか?」

「そういうことじゃない! 仲間と町の人々を救うために、勇者なら立ち上がれよ!」

「断る。どうしてもってんなら、俺様に土下座しやがれ」

「な、なんだと……?」

「ハルマだけじゃねぇ、そっちの女と、ユーリットもだ。散々、俺様を馬鹿にしやがって……この罪は、海よりも深く……んごべぇっ!?」


 ドゴオオンッ!


 ランベルトが言い終わるより前に、リーザとユーリットの合体攻撃が炸裂した。

 ふたたび意識を失ったランベルトは、ごろごろと地面を転がっていく。

 そして、ゴミ捨て場に盛大に突っ込み、そのまま動かなくなった。


「ハルマ、あんなゴミは放っておいて、私たちで解決しましょう!」

「正直、相手が相手だけに少し不安ですが……ハルマと、リーザが一緒なら!」

「ああ……行こう!」


 俺たちは決意も固く、うなずき合う。

 町の人々の様子からも、残された時間は少ない。

 相手はAランクの魔物……かなりの強敵だが、俺たちがやるしかないんだ!


 ◇


 時刻は夕暮れ時。

 俺たちはタバールの町を出て、王都への道を進んでいた。

 ランベルトの言うことが真実なら、この道を進んでいけばアンデッドロードに遭遇するはずだ。


「ううっ! なんか、寒気がします……」


 【索敵サーチ】スキルを発動させ、周囲を警戒しながら先頭を歩くユーリットがつぶやいた。

 ユーリットは同時に【望遠(テレスコープ)】も発動させており、周囲が暗くなっているにもかかわらず、かなり遠くまで見通せているはずだ。


「一応、【光明ライト】も使っておく?」

「ああ、それがいい。リーザ、頼むよ」

「うん、わかったわ――【光明ライト】!」


 リーザは魔術杖をくるくると動かし、道を照らす光の玉を出現させた。

 これは無属性魔術なので、特に適性がなくても習得することができる。

 俺も、無属性魔術くらいは勉強したほうがいいかもなぁ。


「……むっ!? ハルマ、リーザ、気をつけてくださいっ!」

「えっ!?」

「敵襲です!」


 突然、ユーリットが緊迫した声でそう叫んだ。

 だが、周囲には敵の姿はない。

 いったい、どこに潜んで……?


「――【炎熱波(フレイムウェーブ)】!」

「……っ!?」


 ゴオオオオオ!


「う、うわああああ!?」


 突然の炎魔術による襲撃で、俺の全身が燃え上がった。

 魔術師!?


「ハルマっ!? 【水治癒術(アクアヒール)】!」


 リーザの水魔術によって、俺を焼いていた炎は消え、傷も回復した。

 そして、俺たちの前に、ひとりの男が姿を現す。


「フヒヒヒヒ……コ、コロス……!」

「お前……アントム!?」


 人相の悪い、老け顔の炎魔術師(フレイムマジシャン)――かつての勇者パーティーの仲間だったアントムが、そこに立っていた。

 焦点の合わない目でぼうっとこちらを眺めており、口からはだらだらとよだれを垂らしている。

 顔色も真っ青で、表情も狂気に染まっている。

 完全にまともな状態じゃない。

 そして、俺たちの周囲では、さらなる異変が起こる!


「オオオオ……!」


 ボコッ! ボコッ! ボコッ!


 土の中から無数のゾンビたちが出現し、あっという間に俺たちを囲んでしまった。

 これは、アンデッドロードのしもべと化した人々か!


「ごめんなさい、アタシのミスです! もっと早く気がついていれば……!」

「気にしなくていい! それより、アントムだ! あいつ、ゾンビになってるのか?」

「いや……見た感じ、生きてますね。でも、何者かに操られてるみたいです!」

「アンデッドロードの仕業かな?」

「そうかもしれません……どうします?」

「そうだな……」


 アントムは、かつて勇者パーティーに俺が所属していた時代、前線に立って敵の攻撃を引きつけている俺ごと炎魔術で焼き払うという暴挙を繰り返してきた奴だ。

 ランベルトに勝るとも劣らない外道なんだが、さすがに命までは奪いたくない。

 それに、命を奪った瞬間、アンデッドロードのしもべと化す可能性もある。

 ならば、死なない程度にダメージを与えて、動きを止めれば!


「ハルマ、あいつは私が引き受けるわ!」

「リーザ、大丈夫か?」

「任せて!」


 リーザは魔術杖を構え、アントムの前に立ちはだかった。

 頼もしいな!


「【炎熱波(フレイムウェーブ)】!」

「【水障壁(アクアウォール)】!」


 アントムの放つ炎魔術を、リーザの水魔術が無効化する。

 属性相性的にも、リーザが有利か。


「よし、リーザ、そっちは任せた!」

「うんっ!」

「ユーリット、俺たちはゾンビをどうにかするぞ!」

「りょーかいです!」


 アントムの相手はリーザに任せ、俺とユーリットは周囲のゾンビたちに向かった。


「うおおっ!」


 俺は剣で斬ったり、盾で殴りつけたりしてゾンビたちを制圧していった。

 ときおり、奴らの反撃を受けるが、そのダメージは【反動解放(リコイル)】で他のゾンビに押しつける。

 ユーリットもゾンビたちの攻撃を避けきれず、ダメージを受けたり、猛毒を受けたりしていたが、それらは【生贄(サクリファイス)】で俺が肩代わりし、【反動解放(リコイル)】で敵に押しつけていく。

 ゾンビ相手に猛毒は通用しないが、押しつけることはできるようだ。


「おりゃあっ! 浄化しちゃいますよお!」


 ユーリットは魔術鞄(マジックバッグ)から聖水を取り出し、ゾンビたちに振りかけていった。

 女神によって祝福された聖なる水は、アンデッドにとっての猛毒となる。


「オオオオ……!」


 ジュワアアアア……!


 聖水が触れた部分から真っ白な蒸気が立ち昇り、ゾンビたちは崩れていく。

 効果てきめんだな。

 ユーリットは短剣の達人でもあるが、こうして戦闘中に的確にアイテムを駆使する高い応用力も持っている。


「いいぞ、ユーリット!」

「てへへ……ハルマの役に立つことが、アタシなりの罪滅ぼしですよ!」


 近寄ってくるゾンビに聖水をぶちまけながら、ユーリットはパチッ! とウインクしてみせる。


「【水槍(アクアランス)】!」

「ぶべえええ!?」


 一方、アントムと戦っていたリーザも、得意の水魔術で決着をつけていた。

 死なない程度に加減した威力の【水槍(アクアランス)】で、アントムが吹っ飛ばされている。


「さすがだな、リーザ!」

「ええっ! でも、アンデッドロードがいないわ!」

「ああ。おそらく、近くにいるはずなんだが……」


 アントムやゾンビたちの攻撃が落ち着いたところで、俺たちは注意深く周囲を見回した。

 辺りはかなり暗くなっているが、リーザの出した【光明ライト】によって、視界はそこそこ良好だ。

 だが、肝心のアンデッドロードの姿がない。


「……あっ!?」

「どうした、ユーリット?」

「う、上ええええっ!!」


 ズウウウウウン……!


 俺たちの理解が追いつくより先に、そいつは“空から降ってきた”。

 ちょうど俺と、リーザと、ユーリットの立っている地点のど真ん中に!


「アンデッド……ロード!」


 王冠をかぶったスケルトン。

 古めかしい紫色のローブに身を包み、巨大な赤い魔石が埋め込まれた魔術杖を持つ。

 こいつ、まさかずっと空に浮かんで、俺たちの様子を見下ろしていたのか!?


「リーザ! ユーリット! 覚悟を決めろっ!」

「や、やってやるわよっ!」

「怖いけど、生き残るために立ち向かいます!」

「いくぞ!」


 アンデッドロードの注意を引くため、俺は先陣を切って突撃した。

 さあ、いくぞ、アンデッドの王よ!

 お前の攻撃は、全て俺が受け切ってやる!


「うおらぁっ!」


 バゴオオッ!


 俺は盾を構えたまま、勢いよくアンデッドロードに体当たりする。

 スキルでもなんでもないが、盾による体当たり――名づけてシールドチャージだ!


「オオオ……!」


 俺の必殺シールドチャージで、アンデッドロードはあっさりと吹き飛ばされた。

 あれ、意外と弱い?


「ハルマっ!」


 リーザの声が鋭く俺の耳を打つ。

 ハッとして振り返ると、そこには無傷のアンデッドロードが何事もなかったかのように立っていた。


「なっ!?」


 幻覚?

 それとも高速で移動したのか?


「【水槍(アクアランス)】!」

「聖水ぶっかけぇ!」


 棒立ち状態のアンデッドロードに、リーザたちも攻撃をしかける。

 しかし、何をされても奴は平気な顔をして、その場に立っているだけだ。


「クッ……これも幻覚か!?」

「【索敵サーチ】!」


 ユーリットが索敵スキルを発動する。

 そして、彼女の目が向けられた先は……。


「リーザ、後ろっ!!」

「えっ!?」


 アンデッドロードはいつの間にかリーザの背後に移動していた。


「オオオ……!」


 その手に持っている魔術杖を軽く振るうと、リーザの全身が灼熱の業火に包まれた!


「きゃああああっ!?」

「リーザぁっ! う、うぐおおお!?」


 ゴオオオオオオッ!


 【生贄(サクリファイス)】によって、リーザの受けたダメージは俺が肩代わりする。

 全身の肉が、骨が、あっという間に焼き尽くされていく。

 なんという威力だ……アントムの炎魔術よりも強い!

 ヤバい、意識が消える前に……!


「【反動解放(リコイル)】!」

「……ッ!?」


 ギリギリのところで俺が使った【反動解放(リコイル)】によって、アンデッドロードの使った魔術は奴自身を燃え上がらせた。

 さすがのアンデッド王も、これは予想外だったか、何が起こったのかわからないというように炎上する自分の体を見下ろしている。

 しかし、奴が魔術杖を振ると、その炎もすぐに鎮火してしまった。

 アンデッドロードは高名な魔術師が死後、アンデッドと化した姿だともいわれる。

 いったい、何種類の魔術を使いこなすんだ?


「一気にたたみかけるぞ!」

「【水拘束術(アクアバインド)】!」

「聖水っ! 聖水っ!」


 リーザの拘束魔術で動きを止めたところに、ユーリットが聖水を振りかける。


「オオオ……!」


 バリーン!


 これまでどんな敵でも動きを止めてきたリーザの【水拘束術(アクアバインド)】が、ものの数秒で破壊されてしまう。


「うそっ!? 私の【水拘束術(アクアバインド)】が、こんな簡単に……?」

「でも、良い時間稼ぎになりましたよ!」


 奴は拘束は数秒で解いたものの、ユーリットの聖水は浴びてしまい、その部分からはジュワッ! と蒸気が立ち昇った。


「グオオオッ!」


 よし、効いてるな!

 奴がひるんでいる間に、俺は思い切って突撃する。


「そいつをよこせ!」


 俺の狙いは、奴の持っている魔術杖だ。

 これさえ奪ってしまえば、奴の力は半減するはず、たぶん!


「オオンッ!」

「うわあっ!?」


 だが、俺の手が杖に届く前に奴の魔術が発動。

 強力な突風が巻き起こり、俺は紙切れのように飛ばされてしまう。


「ひゃあああっ!」

「うわわ~!」


 リーザとユーリットも突風に巻き込まれ、10メートル以上も吹っ飛ばされている。

 俺たちと距離を離している隙に、奴の体はみるみる再生していった。

 あいつ、再生能力もあるのか!?

 このままじゃジリ貧だ!


「何か手は……手はないのか!?」

「――【炎熱波(フレイムウェーブ)】!」

「うわっ!?」


 完全に予想外の方向から炎魔術が飛んできて、俺の体を焼いていく!

 これは、アントムの得意技……!

 リーザから受けたダメージから立ち直った奴が起き上がり、俺に向けて魔術を放ったのだ。


「ハルマっ! 今、治癒するからね!」

「いや……これで良い!」


 俺は体のあちらこちらを燃やされながらも、手の平をアンデッドロードに向けた。


「【反動解放(リコイル)】!」


 シュゴオオオオオ!


 アントムから受けた炎魔術を、そのままアンデッドロードに押しつけてやる。

 炎はアンデッドの弱点のはず。

 先ほど、アンデッドロード自身が使った炎魔術を【反動解放(リコイル)】で跳ね返した時も、効き目はあるようだった。

 これなら、どうだ!?


「グオオオオッ!」


 炎魔術によって全身を包まれたアンデッドロードは、苦しそうにもがいている。

 そこへ、さらにアントムが【炎熱波(フレイムウェーブ)】を俺に使ってきたので、それも追加でアンデッドロードに押しつけてやった。


「グワオオオオッ!」


 いいぞ!

 何度も体を燃やされて俺もかなり苦しいが、確実にダメージを与えている!

 アンデッドロードの自慢の再生力も追いつかないようで、その体はボロボロと崩れ始めている。


「あと少しだ! ほら、アントム、遠慮せずに俺に【炎熱波(フレイムウェーブ)】をもっとかけろ!」

「【炎熱波(フレイムウェーブ)】!」

「ぐはあああ! いいぞ、もっとだ! もっと俺を燃やしてくれ!」

「フレイムウェ……んごぼおっ!?」


 ズガアアアアンッ!


「危なかったなぁ、ハルマぁ? この俺様が助けに来てやったぜえええええ!」

「ええええっ!?」


 何が起こったのか、一瞬、わからなかった。

 俺に向けて魔術を使おうとしていたアントムが突然、何者かに殴り倒されたのである。

 そして、その後ろからさっそうと現れたのは、剣を持ったひとりの男……!


「あっはっはっはぁ! ゴミのくせに良い働きだったぜ! アントムの馬鹿は黙らせておいてやったから、感謝しろ!」

「ラ、ランベルト……!」

「この勇者ランベルト様が、アンデッドロードにトドメを刺してやるからよおおおおおおお!!」


 戦場に乱入してきたランベルトは、聖剣を振り上げてアンデッドロードに向かっていった。

 こいつ、アンデッドロードが弱まるまで様子を見ていて、おいしいところだけを持っていくつもりか!


「ランベルト、無茶はするな!」

「うるせえっ! 俺様に指図するんじゃねええええええ!!」


 ランベルトは雄叫びを上げながらアンデッドロードに接近し、その聖剣を振り下ろした!


  ◇

(勇者ランベルト視点)


 口ではハルマたちに協力しないと言った俺様だが、実はこっそりと後をつけていた。

 いや、あいつらがアンデッドロードに勝てるなんて期待をしていたわけじゃない。

 だが、ハルマはよくわからねぇ反則スキルを身につけていたし、もしかしたら、良いところまでは追い詰めるかもしれねぇ。

 かしこい俺様はそう予想して、ハルマたちのパーティーがアンデッドどもと戦闘になっているのを遠くから見守っていたのさ。

 そしたら、あいつらはあのアンデッドロード相手に、そこそこ善戦していた。

 まぐれだとは思うが、これは俺様にとって大きなチャンスだった。

 アンデッドロードほどの大物を倒せば、かなり上質な魔石が手に入る。

 それに、奴の持っている魔術杖……あれも、相当な価値のあるものに違いない。

 それらを売って大金を手に入れれば、腕利きの冒険者を雇って俺様のパーティーを再編成できるだろう。

 そして、金があれば女も勝手に寄ってくるからな。

 早いところ、タニアのかわりになる良い女を探したいところだぜ。


「そろそろ頃合いだな!」


 なんか知らねぇが、アンデッドロードが苦しんでやがる。

 俺様は茂みから飛び出すと、しつこくハルマを攻撃していたアントムを殴り倒してやった。

 まったく、勇者パーティーの一員ともあろう者が、アンデッドごときに操られやがって!


「危なかったなぁ、ハルマぁ? この俺様が助けに来てやったぜえええええ!」

「ええええっ!?」


 アントムを殴り倒し、さっそうと登場する俺様。

 決まったな。

 ハルマが連れてる金髪美少女も、ユーリットも、俺様に見とれてやがる。

 こりゃ、俺様に惚れちまったかなぁ?

 まあ、残念ながらお前らのようなガキは俺様の趣味じゃないんでね。

 あと5、6年もしたら良い女になるだろうから、それからなら愛人にしてやってもいいぜぇ?


「あっはっはっはぁ! ゴミのくせに良い働きだったぜ! アントムの馬鹿は黙らせておいてやったから、感謝しろ!」

「ラ、ランベルト……!」

「この勇者ランベルト様が、アンデッドロードにトドメを刺してやるからよおおおお!!」


 俺様は聖剣を振り上げ、アンデッドロードに向かっていく。

 その勇ましい姿は、まさしく勇者そのもの!

 女神に選ばれし聖剣の使い手、世界一かっこいいランベルト様だあああ!


「ランベルト、無茶はするな!」

「うるせえっ! 俺様に指図するんじゃねええええええ!!」


 ごちゃごちゃと余計なことを言ってくるハルマを無視し、俺様はアンデッドロードに接近すると、聖剣を振り下ろした!


「死ねえっ!」


 俺様の聖剣はアンデッドロードの体……といっても骨だが、見事にズバッと切り裂いた。

 どうだ、聖剣グランカリバーの切れ味は?

 テメェらの最大の弱点は聖なるものだから、効果抜群なはずだぜぇ?


「オオオオ……!」


 案の定、アンデッドロードは苦しんでやがる。

 よおし、もうひと息って感じだな。

 この偉大なる勇者様の前に立ちはだかったのが、テメェの運の尽き……。


「オオンッ!」

「んぐおっ!?」


 アンデッドロードの持つ魔術杖の先端が、俺様の腹にめり込んだ。

 その状態で、奴は風魔術を使ってきた!


「うおおおおっ!?」


 シュゴオオオオオッ!


 俺様の体ははるか上空に打ち上げられ、数秒後、グシャッ! と地面に落下した。


「うぐえぇ……ガハぁッ!」


 全身がバラバラになっちまったかのような衝撃。

 あまりの激痛に、体が動かねぇ。

 骨が折れ、内臓もやっちまったかもしれねぇ……。


「な、なぜ……だ……?」


 おかしい……こんなはずがねぇ。

 女神に選ばれ、聖剣を授かった勇者である俺様が、こんなぶざまな姿をさらすなんて、ありえねぇ!


「オオオオ……」


 アンデッドロードは倒れている俺様に魔術杖を向け、なにかの魔術を使った。

 それは、もやもやとした黒い霧のようなものだった。

 黒い霧はあっという間に俺様を包み込み……そして、俺様の肉体と精神をむしばんでいった。


「うっ……うぁぁ……!」


 それは、全てに絶望するような。

 生気を残らず奪われるような。

 単なる苦痛ではなく、俺様という存在を根源から破壊し尽くしていくような……。

 この感覚は……そうだ、これはタバールの町を襲っている、呪いとやらにすごく似ている。

 俺様はまだ軽症だったが、やはり呪いの影響は受けていた。

 その呪いが何倍も濃密になって、直接、流れ込んでくるような……。


「あ……あがが……が……」


 俺様は絶望に飲み込まれていく意識の中で、奴の魔術の正体を悟った。

 これは、上位の魔物が使ってくるという、闇魔術だ。

 この魔術にやられちまった人間は、みんなアンデッドロードの下僕になるんだ。

 ああ、なんてこった。

 勇者ランベルト様ともあろう者が、こんなところで……。


「ランベルトおおお!」


 遠くからハルマの叫び声が聞こえてくるが、もはや俺様にとってはどうでもよかった。

 早く楽になりてぇ……もう、終わりでいい。

 なにもかも、もう終わりでいいんだ。


  ◇

(ハルマ視点)


「ランベルトおおお!」


 アンデッドロードの放った謎の魔術を受け、ランベルトは力尽きた。

 奴の魔術杖から不気味な黒い霧が出て、ランベルトの体を包み込んだ。

 あの魔術は、いったい……?


「あれは……闇魔術よ!」


 俺の疑問を解消したのは、リーザの声だった。

 リーザは俺の隣に並んで立ちながら、語った。


「闇魔術は、通常、高ランクの魔物だけが使用するものよ。人間でこれを使えるとしたら、それこそ師匠ぐらいのものよ」

「ヤバいのか?」

「ヤバいわよ。私も実物は初めて見たわ。思えば、タバールの町を襲っていた呪いも、アンデッドロードの闇魔術だったのよ!」

「対策は!?」

「わからないわ。ハルマが受けて【反動解放(リコイル)】するくらいしか……」

「厄介だな」


 アンデッドロードは闇魔術の呪いで人間を弱らせ、最後にはしもべにしてしまう。

 つまり、奴の闇魔術によってやられてしまったランベルトは……。


「オ……オオオ……コロス……!」


 ランベルトはのっそりと立ち上がり、俺たちのほうへ顔を向けた。

 焦点が合わない目、開きっぱなしの口からはよだれを垂らし、真っ青な顔には狂気が浮かんでいる。

 先ほどまで、アンデッドロードに操られて俺たちを攻撃していたアントムと同じだ。


「ウオオオオ!」


 ランベルトは聖剣を振り上げ、俺たちに襲いかかってきた!

 くそっ、お前の相手をしている場合じゃないのに!


「リーザ、ランベルトの動きを止めろ!」

「【水拘束術(アクアバインド)】!」


 シュオオオオオ……!


「えっ!?」


 リーザがすかさず拘束魔術を使うが、それは不発に終わる。

 なぜなら、ランベルトの聖剣がリーザの魔術を吸収してしまったからだ。

 そうか……聖剣グランカリバーは魔術を無効化する力を持っていることを忘れていた!

 さっき、アンデッドロードの風魔術がランベルトに通ったのは、ゼロ距離で使ったからだ。

 そして、どうやら闇魔術は吸収できなかったらしい。

 理由はわからないが、それらの事実を頭に入れたうえで、次の手を考える!


「ランベルトは魔術では止まらない! 別の手段をとるぞ!」

「別の手段って!?」

「物理的なやつだ!」


 俺は手にしていた盾を、ランベルトに向かって投げつける。


 ドカッ!


 正気を失っているランベルトはそれを避けようともせず、顔面に直撃!


「ンガアッ!?」

「おりゃあーっ!」


 ランベルトがひるんだところへユーリットが走り込み、飛び膝蹴りを側頭部に叩き込んだ。


「ンゴベッ!?」


 ランベルトはその一撃で地面に倒れ、動かなくなった。

 ナイスだぞ、ユーリット!


「オオオオオオ……!」

「……っ!?」


 俺たちがランベルト相手に手間取っている隙に、アンデッドロードが不気味な叫び声を上げる。

 すると、周囲の地面からボコッ! ボコッ! とゾンビの増援が出現した。

 その中には、ゾンビの上位種であるグールも混ざっている。

 ゾンビは脅威度Cランクだが、グールはBランク相当といわれる。

 何匹も呼び出されたらヤバい!


「ユーリット、聖水の残りは!?」

「まだありますけど、こいつらを倒し切れるかどうか……」

「そうだ、良いことを思いついたわ!」


 リーザはユーリットに駆け寄り、考えを言った。


「ユーリット、聖水を空中にばらまいてみて!」

「えっ!? もったいないですよ!」

「いいから、言うとおりにしてっ!」

「わ、わかりました!」


 リーザの指示に従い、ユーリットは聖水を空中にばらまく。

 そこへリーザが魔術杖を向け、叫んだ。


「【聖水槍セイントアクアランス】!」


 ズバアアアアアン!


 リーザが水魔術でばらまかれた聖水を操り、それを水の槍に変化させてゾンビたちを攻撃した。


「す、すごいぞ、リーザ!」


 アンデッドの弱点である聖なる属性を得た水の槍が、グールすらも一撃で倒していく。

 リーザほどの腕前になれば、こんなこともできるのか!


「ちょっとした思いつきだったけど、うまくいったみたい!」

「うはぁ……リーザは天才ですね。将来はきっと高名な大魔術師になれますよ」

「えへへ。ありがとう、ユーリット!」


 リーザとユーリットは笑顔でハイタッチした。

 このふたり、最初はちょっと険悪だったけど、仲良くなれてよかった。

 しかし、安心するのはまだ早い。


「オオオオ……!」

「あっ!?」


 アンデッドロードは、リーザを一番の脅威と判断したか、彼女に向かって闇魔術の黒い霧を放ってきた。

 リーザは逃げようとするが、黒い霧はまたたくまに迫ってくる。


「い、いやっ! 来ないで!」

「リーザ、大丈夫だ! 俺が【生贄(サクリファイス)】で受ける!」


 黒い霧はリーザを包み込むが、【生贄(サクリファイス)】の効果によって、すぐに俺のほうに闇魔術の影響が及んでくる。


「うっ、うぐお……!?」


 この感覚は二度目だ。

 アンデッドの王による、闇魔術の呪い。

 ユーリットをむしばんでいた呪いを俺が受けたときも、似たような状態に陥った。

 とにかく、途方もない絶望感で胸が苦しくなり、張り裂けそうになる。

 生きているのも嫌になるほどに、肉体的、精神的に追い詰められる。

 しかも、これはじわじわと拡散する呪いではなく、直接だ。

 直接、強烈な呪いの力を流し込まれる!


「くっ……【反動解放(リコイル)】!」


 俺は正気を失う前に、【反動解放(リコイル)】によって呪いを解除する。

 押しつける相手は、アンデッドロード本人だ。


「……」

「駄目か……」


 しかし、これほど強烈な呪いを押しつけられても、奴は平気な顔をしている。

 それはそうか……闇魔術の呪いは、アンデッドロード自身には通用しない。

 もしかしたら、と思って試してみたが、無駄に終わった。


「ハルマ、どうします? 聖水も、もう残りわずかです!」

「決め手に欠けるな……こうしている間にも、奴は再生している」

「ここは、いったん退却しますか?」

「あと一歩……あと一歩、何かあれば倒せそうなんだ。ここまできて諦めたくない!」


 俺たちが攻めあぐねている間にも、アンデッドロードはどんどん再生し、しかも、闇魔術をまた使おうとしている。

 いくら【反動解放(リコイル)】で送り返せるとはいえ、あれを何度も受けるのはゾッとする。

 くそっ、なんでもいい、何か手はないのか!?

 アンデッドロードは、並大抵の攻撃では倒せない。

 聖水、アントムの炎魔術……そして、アンデッドロード自身が使ってきた炎魔術は有効だったが、奴は知能も高いのか、俺に【反動解放(リコイル)】で打ち返されることを学習し、最初の一発以外は使ってこようとしない。

 聖水は残りわずか。

 俺の物理攻撃やリーザの水魔術では、奴は倒せない。

 可能性があるとすれば……!


「リーザ、さっきの【聖水槍セイントアクアランス】をもう一度やるんだ!」

「私も、それを考えていたところよ!」

「ユーリット、聖水の残りを全部ぶちまけろ!」

「りょ、りょーかいっ!」


 俺の指示に従い、残りの聖水の全てを空中にばらまくユーリット。

 そこへ、リーザが魔術杖を向ける。


「いくわよ! 【聖水槍セイントアクアランス】!」


 リーザの水魔術で、聖なる属性を帯びた水の槍が形成され、アンデッドロードに向かって飛んでいく。

 だが、しかし……!


「んべえええっ!?」


 バシャアアアアンッ!


 まるでアンデッドロードをかばうように、ちょうど良いタイミングで立ち上がったランベルトの顔面に【聖水槍セイントアクアランス】が直撃!

 ランベルトはアンデッドロードの目の前までごろごろ転がっていき、そして、アンデッドロードからすらも邪魔者扱いされたのか、思い切り蹴飛ばされて吹っ飛んだ。


「ごべらあああっ!」


 ズウウウウウン……!


 哀れなランベルトは俺たちの目の前に落下し、大の字に寝っ転がり、白目をむいて気絶していた。


「……んあああああっ!!」


 俺の隣で、リーザがかつてない怒りの表情で絶叫した。

 今の【聖水槍セイントアクアランス】は、正真正銘、最後の一撃だった。

 それが不発に終わった以上、もはや俺たちに打つ手はない。


「なんでっ、なんで邪魔するのよっ! 馬鹿っ! アホッ! 老け顔おおお!!」


 ボカッ! ドカッ! ボコンッ!


 リーザは半狂乱になり、倒れているランベルトを魔術杖でめった打ちにした。


「聖水、もう残ってないんですよ! どうしてくれるんですかあああ!?」


 ユーリットもそれに加わり、半泣き状態で蹴りを入れている。

 最悪の状況だ……。


「リーザ、ユーリット、残念だが、もう俺たちに有効打はない。悔しいけど、ここは引くしかないようだ」

「うぅっ……この馬鹿勇者のせいよぉ!」

「ああ、最初から素直に俺たちに協力してくれればな……」

「はぁ……こんな奴じゃなくて、ハルマが勇者なら良かったのにね。そうすれば、ハルマが聖剣を使えたのに」

「そうだな。俺が聖剣を使えれば、あのアンデッドロードにも……あっ!?」

「えっ!?」

「そうか……俺が聖剣を使う方法が、ひとつだけある!」


 俺は思いついたことがあり、倒れているランベルトに近寄った。

 それは、かなりの痛みをともなう作戦だった。

 だが、もうためらっている時間はない!


「オオオオオ……!」


 そうしている間にも、アンデッドロードはさらに増援のゾンビたちを呼んでいた。

 俺はそれに構わず、気絶しているランベルトの腕を持ち上げる。


「ふたりとも……これから俺は、とんでもない作戦に出る。その間は、俺はこの場を動けない。だから、死ぬ気で援護してほしい」

「どうするつもりなの?」

「……こうするんだよっ!」


 俺はランベルトの腕を――聖剣を持ったままの腕を、自分の腹に向けてグッ! と押し込んだ!


「うっ……うぐおおおお……!」


 ズブッ……!


 俺の腹は、ランベルトの持つ聖剣で貫かれた。

 腹が、熱い!

 想像を絶する激痛に、俺の顔から汗がどっと噴き出してくる。

 これが、剣で腹を貫かれた時の痛みなのか……!


「ハルマっ!? な、なにをやってるのよ!!」

「これが俺の思いついた、最後の作戦だ……【反動解放(リコイル)】!」


 俺は聖剣で腹を貫かれたまま、全身全霊の力を込めて、手の平をアンデッドロードにかざす!

 この聖なる属性のともなった痛みは、そのまま奴に押しつけられ……。


「グ、グオオオオッ!?」


 アンデッドロードは俺と同じように、まさに聖剣に腹を貫かれた状態のダメージを受ける。

 だが、聖なる属性はアンデッドの最大の弱点。

 つまり、奴が味わっている苦痛は、俺以上のはずだ!


「うおおおお! 【反動解放(リコイル)】! 【反動解放(リコイル)】! 【反動解放(リコイル)】!」


 腹を貫かれたままなので、【反動解放(リコイル)】で一時的に痛みが引いても、すぐにまた耐えがたい激痛が襲ってくる。

 それを休む間もなく、アンデッドロードに送る、送る、送る!


「オオオオオオ……!」


 俺の攻撃を阻止するべく、ゾンビたちが近寄ってくる。

 だが、それを黙って見ているリーザとユーリットではない。


「ハルマに近寄らないで! 【水障壁(アクアウォール)】!」

「聖水がなくても、アタシには短剣があるんですよ!」


 全力で俺を守ってくれるふたりに感謝しながら、俺はひたすら【反動解放(リコイル)】で聖剣のダメージをアンデッドロードに押しつけ続けた。


「グオオオ……オオオオオ……!」

「【反動解放(リコイル)】! 【反動解放(リコイル)】!」


 俺が【反動解放(リコイル)】をするたび、アンデッドロードの体が神聖な白い光に包まれる。

 かなり苦しんでいるな、アンデッドの王よ。

 さあ、ここからは根競べだ!

 言っておくが、俺は根性だけは誰にも負けないぞ?

 【生贄(サクリファイス)】の存在を知る前から、俺は周囲の人間の怪我や病気を一身に引き受け、虚弱体質と罵倒ばとうされながらも、死ぬ気で盾戦士(シールダー)を続けてきた。

 俺は自分の全てをかけて、大事な人たちを守る!

 これまでも、そして、これからもだ!

 アンデッドロード……俺とお前、どちらが先に倒れるか、最後の勝負といこうじゃないか!


「ングオオオオオ!!」


 アンデッドロードは、苦しまぎれに闇魔術を放ってきた。

 だが、その狙いは甘く、俺からだいぶ離れた場所に飛んでいく。

 もう、奴にも余裕はない。

 圧倒的な存在だったアンデッドロードは、今、俺の【聖剣反動解放(グランカリバーリコイル)】によって、敗れようとしている!


「これで終わりだ! 【反動解放(リコイル)】うううううう!!」


「グオオオオオオオオオオオオオ!!」


 グシャアアアアアッ!


 身の毛もよだつような断末魔だんまつまを上げ、とうとうアンデッドの王は膝をつく。

 その体はボロボロに崩れ落ち、あとには王冠と古めかしいローブ、魔術杖、そして、神秘的な紫色の輝きを放つ巨大な魔石が残されているばかりであった。


 オオオオオ……!


 アンデッドロードが滅びるのと同時に、奴のしもべたちも消えていく。

 あとに残されたのは、俺、リーザ、ユーリット……さらに、意識を失って伸びているランベルトとアントムだけだった。


「終わった……!」


 俺は腹に刺さっていた聖剣を引き抜き、地面に倒れ込んだ。

 完全に、全ての力を使い果たした。

 もう、指一本すら動かせない……。


「ハルマ!」

「リーザ、早く治療してください! このままじゃ、ハルマが死んじゃう!」

「【水治癒術(アクアヒール)】! ハルマ、目を覚まして……!」


 リーザの温かい水魔術が全身を包んでいるのがわかる。

 ああ、心地いい……。

 このまま眠ってしまっても、バチは当たらないだろう。

 疲れてしまった。

 リーザ、ユーリット、本当にありがとう。

 俺がここまで戦えたのは、君たちのおかげだ。

 少し休んで、目を覚ましたら、あらためてお礼を言おう。

 それまでは、ごめん……おやすみなさい。


  ◇


 俺が目を覚ましたのは、翌日の昼すぎだった。

 アンデッドロードとの死闘を終えた俺は極限まで疲労してしまい、そのまま意識を失った。

 その俺を、リーザとユーリットが宿に運んでくれたようだった。


「うぅん……ハルマ……ぐぅ……」


 起き上がると、リーザがベッドに上半身を突っ伏して眠っていた。

 もしかして、ずっと俺を看病してくれていたのか?


「リーザ、ありがとう」

「ふにゃあっ!?」


 俺が声をかけると、リーザは子猫のような声を出して飛び起きた。


「あっ、ハルマ! もう大丈夫なの?」

「ああ、なんとかね。ずっと俺を看病してくれていたのか?」

「う、うん……全然、意識が戻らないから、心配しちゃったわ」

「ごめん」

「いいのよ。一番頑張ったのは、ハルマなんだから……ね?」


 そう言って、リーザは晴れやかな笑顔を浮かべる。

 ああ、本当に天使のような女の子だ……。

 俺みたいな平凡な男が、こんな最高の美少女とパーティーが組めているなんて、奇跡としか思えない。

 パーティー……パーティーといえば、ランベルトの勇者パーティーはどうなっただろう?


「そう言えば、ランベルトたちがあの後、どうなったか知ってる?」

「ああ、あの人たち……」


 リーザは名前を聞くのも不快だという感じで、語った。


「あのランベルトって人は完全に自信をなくして、冒険者を引退するみたいよ」

「えっ!? じゃあ、あいつのパーティーメンバーは?」

「アントムって人も、腰痛が悪化して引退。あのタニアさんっていう感じ悪い女の人と、ロレンツさんっていう盾戦士(シールダー)の人は、ランベルトに愛想を尽かせて出ていったみたいね」

「マジか……」

「それに、ユーリットは私たちのパーティーに加わったから……勇者パーティーは、事実上の解散ね」

「解散……か」


 俺はなんとなく、かつて勇者パーティーに所属していた頃のことを思い出しながら、ぽつっとつぶやいた。

 あまり良い思い出はないけど、俺が生まれて初めて参加したパーティーだからな……解散と聞くと、感慨かんがい深いものはある。

 ランベルトは冒険者を引退して、これからどうするんだろう?


「あっ、ハルマ! 起きてたんですねっ!」


 俺がリーザと話し合っていると、買い物に出かけていたらしいユーリットが部屋に入ってきた。

 その手にぶら下げているカゴには、果物や蜂蜜、ミルクなどが入っている。


「ハルマに、少しでも栄養つけて元気になってもらいたくて……」

「そっか。ありがとう、ユーリット」

「てへへ……今、リンゴをむいてあげますからね!」


 ユーリットは短剣を取り出すと、鮮やかな手つきでリンゴの皮をむいていった。

 さすが短剣の達人。

 それを見て、リーザがなぜか少し「むっ?」としたような顔で言う。


「ユーリット、料理なら私のほうが得意だわ。私にやらせて!」

「えーっ! 駄目ですよ、リーザはずっとハルマの近くにいたじゃないですか。アタシだって良いところを見せたいんですっ!」

「ぶぅー……」

「さあ、できましたよ、ハルマ!」


 ユーリットは皮をむき終わったリンゴを皿にのせ、ベッドに座ってきた。

 そして、リンゴにたっぷりと蜂蜜をかける。

 あっ、これはおいしそう。


「ほら、あーんしてください?」


 ユーリットは蜂蜜リンゴをフォークで刺して、俺の口に近づけてくる。

 俺は思わず口を開け、リンゴを受け入れていた。


「あーん」

「えっへっへ……アタシの愛情のこもったリンゴの味は、どうです?」

「おいしいよ」

「よかったー! ささっ、まだまだありますから、遠慮せずに……」

「ユーリット、ずるいわよっ!」


 リーザは魔術杖をユーリットの首に引っかけ、背後から引っ張った。


「ぐええっ!? ぐ、ぐるじい……!」

「私だって、リンゴむきたいわよ!」

「暴力反対! リーザ、そんなんじゃ良いお嫁さんになれませんよ!」

「余計なお世話だわっ!」

「おいっ! 君たち、仲良くしないか!」


 リーザとユーリットは、てっきり仲良くなったものだと思っていたが……。

 ああ、でもケンカするほど仲が良いっていうしな。

 このふたりは、これでいいのかもしれない。


「さて……これから、どうしようか?」


 半分、独り言のようにつぶやいた俺の言葉を聞いて、リーザたちは揉めるのをやめて俺のほうへ顔を向けた。


「そうね……まずは当初の予定どおり、王都の冒険者ギルドへ行って、パーティー登録じゃない?」

「あっ、そうか! 考えてみれば、俺たちはまだパーティー登録すらしてなかったね」

「うん。あと、仲間も探すんでしょう? 最低でも4、5人は欲しいってハルマは言ってたわよね?」

「そうそう。ユーリットが加わってくれたおかげで3人になったし、あと1人か2人、増やしたいところだね」

「それと、これからのことを考えると、アタシたちの冒険者ランクを上げないといけませんね」


 話し合う俺とリーザを見て、ユーリットも加わってくる。


「ハルマはDランク、アタシはCランク……えっと、リーザは?」

「私はBランクよ」

「なるほど。リーザのおかげで、最初からBランクまでの依頼やダンジョンに挑戦できますね。ランクアップは割と効率良くいけるかもしれません」

「パーティー全体の冒険者ランクが上がれば、周囲からの信用も増すわね」

「そうですね。まずはパーティー登録して、仲間探しとランクアップを目指す……地道に頑張っていきましょう!」

「うんっ! 頑張りましょうね、ユーリット!」


 リーザとユーリットはうなずき合い、固い握手を交わした。

 やっぱりこのふたり、仲が良いな!

 さっきまで揉めていたのが嘘のようだ。


「そのためにも、ハルマには早く元気になってもらいませんとねー?」

「ねー?」

「お、おうっ! 任せておけ!」


 屈託くったくのない笑顔を向けてくるふたりに、俺はグッと親指を立ててみせる。

 俺たちの本当の冒険は、ここから始まる。


お読みいただき、ありがとうございます!


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どうぞ、よろしくお願いいたします!


※本作は、連載用に書いていたものを短編にまとめたものになります。

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