9話 調和
買い出しを追えたアキラは二人分の昼飯を携え、宿に戻ってきていた。しかし、部屋がある階層まで来たところで、ふと違和感を感じる。
「アスランの気配を感じない…」
もはや、寝ている気配すら感じさせないほどだ。部屋へ向かいながら魔力を感じ取れる様に集中する。
「まずい!」
あることに気付き、部屋まで駆け寄る。勢いよく扉を開けてアスランを呼んだ。
「アスラン!いるか!」
そう言いながら部屋を見る。するとベッドの上に胡坐をかいて座っていた。しかしその姿は半透明であった。
アキラは急いでアスランに駆け寄り、肩を掴みながら強く揺する。
「おい!起きろ!」
まどろんだ表情のアスランの頬を強く叩く。
すると、顔に生気が戻り、正常な状態へ戻った。
「俺は一体?なんか急にぼんやりしたとこまでは覚えてるんだが…」
アスランが頭を掻きながら言う。
「すまん、これは俺が悪かった。まさかここまで飲み込みが早いとは思わなかったんだ。さっきのは確かに自然と一つにはなるんだが、消えてなくなる一歩手前だったぞ」
「消える!?」
「そうだ、自分を保ちつつ自然とどう付き合うかという所が本質なんだが、本当に自然と一体化すると…まあ、もう戻ってはこれまい」
「そんなに危険なことやらせたのか」
アスランが笑いかける
「ともかく、これは本当にすごいことだぞ。半日でここまで行けるのは凄まじい進歩だ。もう次のステップに行っても構わんだろう」
「おお、やったぜ!」
無邪気なアスランを見て、アキラもつられて笑う。
「次は、魔力を〝纏う〟段階だ。今しがた修得した自然を感じ取る力を使って、魔力を感じそれを固めるって思えばいい」
「魔力なんて見たことないぞ」
「こればっかりは、慣れだからな。だが、魔力を自在に操れるやつがいれば、割とすぐ出来る。俺が見せる魔力を見て、それを真似するんだ」
「おう、任せとけ。次もちゃちゃっとやってやるぜ」
腕を組みながら自信満々の表情を浮かべている。
「よし、いくぞ」
そう言うと、アキラは真顔になり、アスランを見据える。誰が見ても分かる気迫がアキラを覆っている。しかし、不思議と危険は感じない。
アスランはこれまで同様、周辺の気配に敏感になるべく感覚を研ぎ澄ます。
すると、アキラの周囲にもやがかかっているのを見ることが出来た。
「これが魔力?」
「おお、見えるか。これが魔力だ」
アキラはそう言いながら、右手を体の前に持ってくる。
アスランにはもやが右手に集まって来たのが見えていた。
「見えるか?」
「ああ」
「こんな感じで好きな部位に纏うことも出来るし、量も調節できる」
言うや否や、右手のもやが丸い球状になり、拳を覆う。
「こんな感じに、好きなように調節出来れば、もう一人前だ」
そこまで言って、アキラは魔力を消した。
「あらためて見ると凄いな…自由自在じゃないか」
「今までこんなことしかやってこなかったからな。東国の武士ってのは」
自虐的に言いながらアキラが椅子に腰を掛ける。
「こうやって纏うのも人によるが、それなりに時間がかかる。今は飯にしよう」
そういってアキラは側にある袋に手を伸ばし、アスランの分の昼飯を取り出す。
「そうだな、集中し過ぎてたけどもう昼か」
そういってアスランは窓の外に目を向ける。雲一つない空に太陽だけが輝いていた。
 




