6話 助力
ルーが異国に来て、眠り込んでいるころ、アスランは森を下っていた。
多少体は痛むものの、カスパールの処置のおかげかいつもと遜色なく動けている。
強いて不安を感じているといえば、森の動物が殺気だっていることだった。魔物が来たことで防衛本能が刺激されたのか、いつになく森を漂う空気が重い。
木々が繁む場所を越え、ひらけた所に出た瞬間、凄まじい気配を感じた。
熊だった。周囲を見渡しながら、唸り声をあげている。
見つからない様に、息を押し殺し、迂回する様に歩いた。しかし、再び熊に視線を動かした瞬間だった。枝を踏んでしまった。熊とアスランの目が合う。
「しまった!」
アスランは自身の不注意を後悔し、戦いは避けられないと直感で感じ、ナイフを取り出す。半身を切り、ナイフを体の前で構える。呼吸を整え、熊を見据える。
熊もアスランが臨戦態勢に入ったことを感じ、身構える。
先に動いたのは熊だった。一直線にアスランに向かって突進する。アスランは避けるので精一杯だった。身を捩り、なんとか躱すが反撃に移れない。
幾度か同じやり取りをした後、アスランの体に痛みが走る。
しまった。激しく動き過ぎた。―――熊がすかさず襲い掛かる。噛みつかれるその瞬間、視線を影が通り過ぎた。足には熊の首が転がっていた。巨体はぴくりとも動かない。
あっけに取られていたアスランに先程の影が話しかける。
「大丈夫か」
男だった。背丈や年齢はアスランと同じ程で、特段筋肉質という訳ではない。しかし、隙がなく歴戦の戦士というに相応しい立ち姿だった。特徴的だったのは腰に掛けた刃物であった。
「あんたは一体…」
アスランが聞く。
「俺はアキラだ。東国から来た。」
東国といえば、超大陸の真反対に位置する国だ。武士という独特な武装をした兵士が国防の要であり、子供心をくすぐられたことを思い出していた。
「なぜそんな遠い所から?」
「色々あってな。今はウタツの町という所に行く最中なんだが、どこにあるか知ってるか」
アキラが問う。
「ウタツはあんたが来た方向にあるはずだが…地図はないのか?」
「そうか…地図は無い」
「良かったら案内しようか?俺もウタツに行く途中だし、命を助けてもらった恩を返したい」
「それはありがたいな。改めてよろしく頼む。名前は?」
「俺はアスランだ。よろしく」
そう言いながら二人は握手を交わした。
森をさらに歩きながら、二人はお互いの状況について話していた。
「なるほどな。弟を追って町まで行きたいってことか。それにしても魔物に襲われるとは災難だったな」
「ああ…あんな生物初めて見たよ。それに喋るやつには全く歯が立たなかった…」
そう言いながら、アスランは奥歯を噛み締める。
「喋る魔物はとりわけ強いと聞く。しかも敬語まで話せるとは、おそらく徒党を組んでいるぞ、そいつ」
「そうなのか?」
「ああ、俺も良く知っている。故郷とか旅の途中で何度か見た。俺の故郷にいる魔物、妖って呼んでいるがそいつらはまるで人間の様に振る舞っていた」
「なるほど。力も知恵もあるのか。どうやってそんな奴と戦うんだ?」
「簡単なことだ。俺たちも奴ら同様魔力を使う」
そして、アキラはアスランに魔力について話はじめた。自然の中や、生物の体に宿る力のことを魔力と呼ぶこと。そして、使い方によっては身体能力を向上させたり、超常現象を引き起こせることなどを教えた。
その話を聞いてアスランは大いに興奮していた。思えば、弟を追っていたが合流してからのことを考えていなかった。村に帰るのか、共に修行を積むのか。自らの指針を見付けた様な気がした。
「その魔力の使い方、教えてくれ」
アスランはじっとアキラを見つめる。
「構わんが…もし使えなかったらどうする」
アキラも見返す。
「それは…俺にも分からないけど…でも出来ることは少しでもやりたい。今は弟を探す。そして魔力を使える様にする。それだけだ」
「そうか、分かった。教えてやる。町についてひと段落したらでいいか?」
「ああ、それでいい」
二人は再び前を向く。アスランはルーと合流した時、どんな反応をするだろうかということを考えていた。弟は魔物に対しどう思っているのか。聞きたいことがたくさん浮かんできて、大きく息を吐いて空を見上げた。
 




