32話 天使
ゾフィーはアスラン、カリン、ルシウスを倒した後、アキラと対峙していた。
アキラは鬼の様な怒気をはらみ、噴火寸前の火山の様に、燃え滾る怒りを抑えていた。
そんな姿を前にしても、ゾフィーは笑みを崩さない。
「申し訳ないが、もう今日は戦えない。喧嘩は今度相手しますから、ひとまず落ち着いて」
「知らん、たたっ切ってやる」
アキラはかつてないほど、魔力を集中させ刀に纏う。
刀を握り締め、アキラが動き出す。その瞬間だった。
ゾフィーの横に全身を黒衣に包んだ男と、白衣で包んだ男が立つ。二人とも余計な装飾もなく、質素な姿だが、気品を感じさせる。
黒衣の男が口を開く。
「お待たせしました。ゾフィエル様。例の司祭を名乗る魔族、もう殺しちゃいました?」
「いいえ、裏で磔にしています」
そう言ってゾフィエルは親指で後ろを指す。
そこには、両手と両足で十字架を描くように、壁に磔にされ虫の息の大男がいた。
「さっすがあ、じゃあ、後で色々聞いときますね」
黒衣の男は満面に笑みを浮かべて、両の掌を合わせる。十代中頃の容姿で、若々しさが動きに出ている。
「アイン…天使様の前だぞ…よくそんな態度が出来るな…」
白衣の男は頭を抱え、呆れたようにため息を吐く。
「アハト兄さん、僕はいつでもマイペースって決めてるから」
口元に余裕のある笑みを浮かべ、アインは答えた。
「それと、司祭を名乗る男はともかく、この男はなんなんです」
アハトはアキラに目を向ける。
「この男…というより、そこで寝ている三人組が私を偽の司祭と勘違いしたのです。なので、ちょっと遊んであげようかと」
「へえ…魔族が相手と知っても迷わず戦う。勇敢な者は案外いるのですね」
アハトは目を細める。
「素質はありますよ。いずれ魔王にも手が届くかもしれません」
「なるほど。では、来るべき戦に備えて生かしておきますか。アイン、行くぞ」
そう言い、踵を返す。がアインはアキラに興味津々だ。
「兄さん、この剣士、多分僕たちに気付いてるよ。この時間の中で意識だけはついてこれてる」
アインはアキラを見つめる。鋭い視線だ。
「ほう…止められた時の中で意識があるとは…何者だ?」
「さあ…剣持ってるし、王国の騎士か東国の武士じゃない?」
「東国か。今は七人目に支配されている国だな。となると、こいつは」
「二人とも、そろそろ仕事に移ってください。私はもう猶予がないので」
ゾフィエルが会話を途切れさせる。
アインはまだ興味があるようだが、兄に続いて裏で磔にされている大男の元へ向かう。
アキラは一歩踏み出す。しかし、既に戦う意思はない。
三人を倒したゾフィエルも消え、事情も聞いていた。
「時を止める能力…。そんなことが可能だとは…」
アキラはゾフィエル達の残像を睨んでいた。
 




