19話 境目
ルシウスは自分の人生に、というより境遇に対し不満を持っていた。大魔候の配下である父は、魔族でありながら名誉貴族として土地を治めていた。しかし、代々魔族の血は薄れ、ルシウスにはほとんど魔族としての力は継承されていない。
自分がいつかは魔族として土地を継ぐのかー。父は未だ健在だが、ルシウスは既に20歳を目前に控え、近い内に少しずつ貴族としての何たるかを教わっていくことになろう。そして人々から魔族としての扱いを受ける。多少寿命は人間より長い程度だ。
「どうした、ルシウス。最近顔が浮かないな」
ルシウスの父、ニコラスはフォークで肉を刺し、口に運びながら言った。
「大丈夫です、父さん。考え事をしていただけです」
ルシウスは気丈な笑みを浮かべる。
そして、食卓は再び沈黙に包まれる。決して不仲ではないが、人間だった母は、ルシウスが幼い頃に病で亡くなっていた。それ以来、父と子、そして使用人らがこの屋敷で生活をしている。
ルシウスたちの屋敷、もとい領土はウットイムの町から東に半日ほど、馬車を走らせた所にある。決して広大ではないが、彼らの仕える主人は大魔候である。立場は比較的安定している。その中央に屋敷を構えている。
黙々と食事をする中、ルシウスは思い切って父に想いを打ち明けた。
「父さん、実は僕、魔法学校に行きたいんだ」
魔法学校―。その言葉を聞いてニコラスの表情が明らかに曇る。
食事の手を止めて、ニコラスはルシウスを見つめる。
「今、魔法学校と言ったのか。正気か」
ルシウスは固唾を飲む。
魔法学校は、西方世界の北側に位置する。魔力の適性を持った人間が日夜、腕を磨いている。問題は魔法学校成立のきっかけだ。
魔法学校の成立は、歴史的に見ても日が浅い。300年前に魔族が活発に活動していた頃、魔力を使えるというだけで迫害を受ける人々が後を絶たなかった。そんな中、有志が集い、こうした迫害に遭う人々の為に避難場所として設立したことが始まりであった。
「魔族のお前が行くなど前代未聞だ」
ニコラスの言うことは尤もであった。結果的に魔族と断定され、行き場を失った者が集まっている。そんな所に魔族ということが公になっているルシウスが行くなど、通常であればあり得ない。
「でも、僕はほとんど人間なんだ。魔力が使えるだけの人間として生きたい」
机に置いた両手を握り締める。
「それでもお前は魔族だ。どういうつもりか知らんが、認めん」
ニコラスはきっぱり言い放ち、部屋を後にした。
「やっぱりだめか…」
ルシウスは息を吐き、上を見上げる。豪華な燭台が天井から吊られている。今座っている椅子、机、食事。全て大魔候の配下だからだ。
純粋な魔族でもない自分がこんな生活を送っていて良いのか…。
「最近ずっとこんな調子だな…」
ルシウスは俯きがちに立ち上がり、自問自答を繰り返しながら自室に戻っていった。
 




