5話
パタンと扉が閉められて、医者が出ていく。完治まで腕はあと3週間、足は1か月ぐらいかかるそうだ。医者は50代ぐらいの女性でおっとりと話すため、この屋敷の3人と話す時より緊張しなくて楽だ、もっとも3人にそんなことは言えないが。
俺が助けられてから、2週間が過ぎた。やることがないので、地球から持ってきた本を片っ端から読んでいる。今で全体の半分ぐらい読んだところだろうか。百科事典から、物語系、辞書、異世界サバイバルなんて本もある、元々乱読家なので、気になったタイトルがあるとなんでも読んでしまう性格だ。バックの中には女神の言った通り、金貨5枚も入っていた、内ポケットに縫い付けられていたため、気が付かなかったのだ。おにぎりについては、腐るといけないので、目覚めた日に食べた。水については保存が利くので、未開封のままだ。
ミナお嬢様達は俺を助けた際にこれらの荷物に気が付いたはずだ、気づいたが荷物をそのまま渡したのだろう。つまり、基本的に善人なのだ、そこは信用していい気がした。俺をどう思ってるかは別の話だけど。
この2週間、エレナとかいうメイドの人とも大分打ち解けたような気がする。一応、笑顔で挨拶すればきちんと返してくれる。相変わらず目を合わそうとはしないけど、うん、打ち解けてるよね? 今の俺から見たら彼女は年上なので、呼ぶときはエレナさんと呼ぶようにしている。
俺の世話をしてくれているのは、エレナさんなんだけど、ミナお嬢様とソフィアさんも一日に一回は部屋を訪れる。こちらにもきちんと笑顔で挨拶する。挨拶は返ってくるのだが、やはり、怒っているように見える。まぁ、向こうからしたら厄介者を拾ったとしか思っていないのだろう、怪我が治ったら、すぐにでも叩き出したいから、様子を見に来ているのかもしれない。ソフィアさんには監視されてる気がする、この人、睨め付けるように俺をみるんだよね。
屋敷に鏡があったので、エレナさんに持ってきて貰って、ようやく自分の姿を見ることが出来た。といっても、鉄かなんかの金属を磨いたものではっきりと見ることはできなかった、黒髪黒目で日本人って感じだけは分かった。
変わったところでは、歯磨き粉を作ったぐらいだろうか。この国ではどうも歯磨き粉を使う習慣がないっぽい。食事の後に、草を嚙んで、別の葉で、表面をこする。それがこの国の歯磨きらしい。最初は俺もこの方法で歯を磨いていたのだが、どうも口の中がもっさりして我慢できなかった。なので歯磨き粉を作った。といっても、植物油に灰と歯磨きに使ってた草をすり潰して混ぜたものを乾燥させた簡易的なやつだ、これを麻の布に塗って、歯を磨く、泡立ちも悪いし、地球の歯磨き粉には及ばないが、かなりすっきりする。草にミント系の成分が含まれているからだろう。
俺的にはもう少し、改良したいとは思っている。塩とかシリカを混ぜるのもありだし。天然の界面活性剤と言えば、サポニンが有名だから探すのもいいかもしれない。泡立ちも良くしたい。発泡剤はなんだろう?昔、砂糖とある種の油を混ぜると発泡性のよい界面活性剤が出来ると聞いて、興味をひかれたことがある。試してみるのもいいかもしれない。まぁ、石鹸があればすべて解決するのだが…
ちなみに上の歯磨き粉作りはエレナさんにお願いしてやってもらった。こんな事頼んでもいいのだろうかと思っていたが、文句を言わずにやってくれたので甘えてしまった。本人はあまり気にしてないのかもしれない。
暇なのでいろいろなことを考える。できれば館の住人ともう少し話したいとは思っているのだが、なかなかうまくいかない。上の歯磨き粉作りも、俺自身の都合もあったのだが、何か話の種になればいいかなとも思ったのだ。う~む、思春期の娘を持つ父親みたいだな、俺。
それに2週間ほぼ何もしていない。神経が太ければ、素晴らしきニートライフとか思えるんだが、生憎、そのような性格でもない。というか、館の人達はどう思ってるんだろうか、そればかり気になる。
やはり、一度しっかり話さないといけないと思う。今更と思われるかもしれないが、2週間たって、大分、落ち着いたとも言える。お互いに話すには良い頃合だ、そう思おう。話すのは俺自身の事だろう。といっても異世界から来たなどと言っても信じてもらえないので、外の国から来たというしかないのだが、まぁ、幸いな事に、ミナお嬢様達はヨーロッパ風の顔で、俺は典型的日本人顔だ誤魔化しはきくだろう。言えない所は記憶喪失という事にしよう。だましているようで気が引けるけど仕方ない。
あとはお金の事について話さないといけない。先ほど来た医者にも館からお金が渡されてるはずだ。ここまでお世話になって、お礼もせずに出ていけるほどあつかましくない。
という事で、エレナさんにその事を伝えると、明日の朝に、俺のいる部屋に集まるという話になった。ただし、場所については食堂にしてもらった。2週間で大分、動けるようになったし、込み入った話をするのにベッドの上というのも失礼な気がしたからだ。




