42話~ミナスタシア視点~
武闘大会1日目の夜、3人の女性が療養所の病室で話をしていた。
「お怪我の方は大丈夫なのですか?」
医者と入れ替わりに部屋に入ってきたエレナが心配そうに尋ねる。
「だ、大丈夫だこのような傷大したことない、大会も問題なく出れるぞ。」
ミナが辛そうに答える。
「医者の話だと、全治1カ月だそうです。完治するまでは動くのも禁止。下手に動けば、臓腑に骨が刺さり取り返しのない事になる可能性も有る。大会などもってのほかだとも言われました。」
後から部屋に入ってきたソフィアが言った。
「「「・・・・・・」」」
「棄権しましょう。」
沈黙の後、ソフィアが付け加えた。
「大会に負けてもユータさんが死ぬわけではないでしょう。しかし、ミナお嬢様が無理をした場合、最悪の事態もあるのですよ。考えるまでもないでしょう。」
「棄権はせんぞ。」
ミナが短く言う。
「ミナお嬢様、聞き分けてください。」
エレナが厳しい口調で返す。
「話を聞け、3回戦からは、星を二つ先に取れば、大将戦は戦わなくても良いルールだ、私も会場に移動するぐらいなら流石に問題はない。」
「私達二人で勝負を決めろと。」
エレナはソフィアと目配せをした後に確認するように応えた。
「そうだ。無理とは言わせん。」
「わかりました。それで行きましょう。但し、大将戦に回った時点で問答無用で棄権します。宜しいですね?」
それ以上の説得は無理と考えたのか、ソフィアが確認するように言った。
「・・・・・・」
ミナは答えない。
「宜しいですね?」
ソフィアが再度、聞く。
「・・・・約束しよう。」
ミナはそれを受けて、答えた。
「約束ですよ。」
"フゥ"とため息とをついた後、ソフィアが言った。
「では、私は寮に残しているワンナが心配ですので、いったん帰ります。エレナさん後は頼みます。」
「いや、二人に話しておくことがある。」
ミナが帰ろうとするソフィアを引き留める。
「お話なら後でお伺いします。今はしっかりと休んでください。」
「話をするくらいなら問題ない。それに明日の大会の為に、聞いておいて欲しいのだ。」
それを聞いてエレナとソフィアが再度 目配せをする。二人で頷き合う。
「分かりました。」
「今回の私の怪我の事、どういう風に見てもワザとだろう。」
それを見て、ミナが話し出した。
「それはどう見てもそうでしょう。」
エレナが答える。
「何故だと思う?」
「何故って、それは自分の応援する派閥に勝たす為でしょう。優勝候補の一角が潰れるのですから、かなり有利になるはずです。」
「そうだな、普通はそう考える。だが、相対した私は別の感情を感じた。」
「別の感情?」
「憎しみだ。」
「憎しみですか?」
「大会前に、学院に噂が流れていた。以前、公爵家に言われたのと同じ内容だ、私がユータを扱き使っている。酷使しているという内容だな。」
ミナが続ける。
「多感な年頃だ、それ以上の事を想像したのかも知れん。」
「強ち嘘でもないですよね。」
「本当に嫌がる事はしておらんだろう。」
「まぁ、そうですが。」
「それにあそこまで露骨にやる必要はない。スリーピースは元々けが人が出やすい形式試合だ、少し剣筋をずらせば防具以外の所にあたる可能性は高い。大きなダメージを与える事は出来んが、派閥内での義理を果たすにはそれで充分だろう。実際、今回の事で、相手の家には母上を通して、厳重に注意してもらった。場合によっては処罰される可能性も有る。問題を起こさない様にしている大会で新しい問題の種を撒いたのだ。」
「それで、憎しみですか。」
「どうにもならぬ思いが、負けの確定したあの場面で爆発したのかも知れん。」
「私も今更ながらにユータを失う怖さを感じている。もし、私が同じ立場なら、全てを投げ打ってでも同じような事をするかも知れん。」
「「・・・・・」」
「冗談だ、それより二人にも気を付けて欲しいのだ、勝てないと分かれば、こちらに怪我をさせようと仕掛けてくる輩がいるかもしれん。」
「しかし、大将はともかく、先鋒と副将については、怪我人が出た場合は代理を出すことが認められています。あまり意味があると思えません。」
「だからだ、感情と言うのは厄介なのだ、"嫌いだから嫌いなのだ"と言われてしまえば、どうしようもない。それに私の配下にはお前ら2人程の手練れは他に居ない。替えが利かんのだ。」
「・・・疑問に思う事があるのですが?」
エレナが首をかしげながら言う。
「なんだ?」
「怪我の事です。この大会でミナお嬢様程ではないにしろ、何人か既に怪我人が出ています。怪我で揉め事になるなら、全身を防具で覆った方がいいと思うのですが?」
「ふむ、中途半端だと言いたいのだろう。ソフィアはどう思う?」
「逆でしょう。」
問われたソフィアが答えた。
「そうだな、私も逆だと思う。」
ミナがそれに合わせるように言った。
「逆? 防具を付けない方がいいという事ですか?」
「そうだ、学園祭での武闘大会という名目で色を薄めているがこれは紛れもなく決闘なのだ。男を巡る決闘なら防具を付ける事は恥そのそのものだろう。」
「なるほど、決闘ですか。」
「決闘なればこそ、結果に正当性がでる。だが、勝ち上がり戦であり、禍根を残さない様にも配慮する必要がある。その結果がスリーピースという中途半端な形式なのであろう。」
ミナが続ける。
「3対3のチーム戦なのは"家"の力を介入させろという意味だろう。その他、色々面倒な取り決めが細々とあるぞ、私が言うのもなんだが、貴族共に話し合いをさせるといつもこうだ。さぞかし楽しい会議だっただろうな。」
「わかりました・・・・」
エレナが言いかけた時、ドアがノックされる。
"コンコンコン"
「医者でしょうか?」
エレナが対応しようとドアを開けたら、意外な人物がそこに居た。
~~~~ユータ視点~~~~~
病室にはいつもの3人が居た、会うのは3カ月ぶりぐらいだ、エレナさんとソフィアさんは元気そうだ、ワンナは寮で留守番だろう。ミナお嬢様は部屋着に着替えてる。胸のあたりを布でグルグル撒きにしている。見るからに痛々しい。でも、顔を見る事が出来て少し安心した。部屋には治療に使ったのだろう。薬草の香りが充満していた。
部屋の入口で、護衛と案内係にお礼を言って中に入る。部屋では一人にして欲しいとお願いしている。ミナお嬢様達にもいつも通りの挨拶をする。もちろん、笑顔も忘れない。
「お話の途中でしたでしょうか?」
俺が尋ねる。
「いや、丁度終わったところだ。」
ミナお嬢様が答える。
ミナお嬢様、だいぶ辛そうだ。早めに退散した方が良いかな?無理言ってお見舞いに行けるようにして貰ったが、顔だけでも見れてよかった。そう思っていたら、ミナお嬢様がエレナさんとソフィアさんに席を外す様に言った。
「ユータよ!何しに来た。」
エレナさんとソフィアさんが部屋の外に出るのを見てミナお嬢様が言った。怒っているような感じだが、語気は強くない。
言いたい事は分かる。さんざん好き勝手した結果が今の状態だ。それに、過去はどうあれ、俺は今は国の客分だ、それが一大会参加者の病室を訪れているのだ、外聞は当然良くない。
「武闘大会は王家主催で行われています。国の客分として、怪我人を見舞う事は何ら不思議ではありません。」
俺はあらかじめ考えていた回答をそのまま言った。多分、ミナお嬢様は俺の我儘についてはあまり怒っていないと思う。口には出したことはないが、そこはお互い様という同意がある気がする。
「なるほど、そういう名分を立てて抜け出して来たか、相変わらずそつがないな。私心で見舞いに来たというのなら叱らなければいけない所だった。」
ミナお嬢様は苦笑しながら言った。この答えで正解だったみたいだ。
「「・・・・・」」
「・・・不安なのだ」
妙な沈黙の後、俯いたミナお嬢様が”ポツリ"と漏らした。
「ミナお嬢様?」
「大会で負けてユータを失う事が確定した時、自分がどういう気持ちになるのかと、地獄のような苦しみだろう。それこそ死んだ方がましと思える程にな・・・」
「一生会えなくなるワケではないでしょう。それに交渉次第ではトピカ領の客分に戻る事も可能なのではないですか?」
「無理だろう。ユータを手に入れた貴族が手放すような真似をするとは思えん。」
ミナお嬢様呟くように言ったが、俺にそこまでの価値があるかは疑問な気がする。
「のう、キスをしてくれんか?そうすれば元気が出そうな気がする。」
「国の客分に手を出すのですか?」
「意地悪を言うでない。」
ミナお嬢様は若干スネ気味に言った。可愛すぎる。
「ダメか?」
再度、ミナお嬢様が尋ねる。
気持ちとしては全然問題ない。むしろ、お願いしたいぐらいだ。しかし、俺の場合キスをすると隠蔽が解けてしまう。この状況で、妙な雰囲気になるのもまずいだろう。
「・・・・・」
ミナお嬢様は黙っている。俺が嫌がっていると思っているのだろうか?
覚悟を決める。いつもとは反対に俺が愛を囁き、ミナお嬢様が答える。二人の唇が触れ合う。隠蔽が解けるのが自分でも分かった。
「やはり発情期か」
唇が離れた後、ミナお嬢様が言う。
「気づいていたのですか?」
「なんとなくな、そんな気がしていた。体質なのか?」
「分かりません。」
俺は短く答えた。自分でも分からない、そういう風にしておいた方が良いだろう。異世界からの転移者などと言うわけにもいかない。
「駄目だな、やはり、我慢できそうにない。ユータいいだろう。」
ミナお嬢様が、俺の服を引っ張りながら、胡乱げな瞳で言う。
「ミナお嬢様、お怪我に障ります。」
俺が咎める。どう考えてもまずいだろう。
「ユータが上になれば問題あるまい。」
ミナお嬢様が付け加えるように言う。
「ソフィアとはそういうプレイをしているのだろう?」
女性同士って、そういう情報共有するのだろうか?いや多分この世界が特別なんだろう。しかし、上になるってそれでもまずい気が・・・
「焦らすでない。」
ミナお嬢様が催促する。
「分かりました。でも、危ないと思ったら止めますからね。」
ミナお嬢様が色々な意味で止まらないのは俺が一番よく知っている。大会を棄権してほしいと言ってもいう事を聞いてくれないだろう。それにこの世界には魔力がある。自分勝手な思い込みかも知れないが、行為によって魔力の受け渡しができるなら、少しはミナお嬢様の力になれるかもしれない。こんな事しかできない自分が情けないが・・・
俺は、ゆっくり宝物を扱うようにミナお嬢様に触れ始めた。
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「「・・・・・・・」」
「「・・・・・・・」」
「「・・・・・・・」」
病室の外では、"中に入ろうとするユータの護衛"と"それを阻止しようとするエレナ"との間で静かなるカバディが行われていた。




