31話
学院入学から、2カ月が経った。俺は丁度13歳の誕生日を迎えた。こちらの世界に来てから2年半が経過したことになる。
俺とミナお嬢様は揃って高等生として学院に通っている。リリアーナ様も無事卒業試験に受かったので、めでたく高等生だ。もっとも、初等生から高等生に上がる卒業試験で落ちる人はまずいないらしい。
困ったのは俺が首席合格という事で、壇上でスピーチをしなければならなくなってしまった事だ。俺は"外の国から来た人間"で、"平民"で、"男"だ。問題ないのか?と学院に尋ねたら、問題ないとの答えが返ってきた。学院の歴史の中で男が首席になった事は数度ある。平民が首席になった事もあるし、よその国からの亡命貴族が首席になったこともある。全て併わさったのは俺が初めてだが、前例があるから大丈夫だと言われた。そんなものなのだろうか?
スピーチ自体は前世の記憶を元に当たり障りの無い事を話した。時候の挨拶をして、学院にありがとう。皆様にありがとう。一緒にがんばっていきましょう。締め。そんな感じで無難に済ませた。最初こそ目立ってしまったが、その後の学院生活は順調だ。
私生活の方は客分扱いという事もあり、学院にいっている時以外は結構時間が空いている。もちろん勉強や仕事もしているが、それだけで時間を全て使うわけでない。暇なので新しい物を作ろうと考えている。開発しようとしているのは、板金とワイヤーだ。板金もワイヤーも地球ではあらゆる製品を作るために使われてた基礎となる素材だ、作っていて損はないと考えた。
実は板金もワイヤーも既にこの国に存在する。ただ、板金は打ち出しで作り。ワイヤーは削り出しで作る。要は手で一品一品作っているわけだが、俺が考えているのはこれを大量生産できる方式に変える事だ。板金はローラーで、ワイヤーはダイスで作る方式に変える。王都を色々みて回ったが、技術的にも問題なく作れると思う。
実際製作するのは針金細工をしている近所の工房にまかせる。最初は武器工房に話を持って行ったのだが、どこも忙しいのか相手にされなかった。仕方ないので針金細工をしている工房に話を持って行った。こちらは暇だったのか2つ返事で受けてくれた。
俺が関わる所は部品の図面を描くとことチェックするとこだな、図面を書いて工房に渡すと、暫くして部品が出来てくるので確認する。改善が必要そうなら、直してもらう。とりあえず、トライ&エラー方式で進めようと考えている。ある程度目処が立ったら組立工程に移行するつもりだ。
工房との契約は許可を得てミナお嬢様の名前を使わせて貰った。石鹸作りの時とかも思ったがこの国での貴族の力は絶大だ。箝口令、商品の引き渡し契約など、貴族の名前を使うだけで、破ろうと考える人間は皆無になる。封建制の闇を見ている気分だが、契約自体は割のいい条件を提示したので工房の人は喜んでいた。お金自体は俺が出すことになっているが、石鹸とかの考案者としての不労所得が入ってくるので特に問題ない。
「おはよう、ユータ君」
色々考えながら、教室に入り、席に着くとリリアーナ様が声をかけてきた。
「おはようございます。リリアーナ様、皆様」
俺も挨拶を返す。
学院内ではリリアーナ様一派と行動を共にすることが多い。一派というのはリリアーナ様を中心に3人からなるグループで初等生からの仲良し組だ。リリアーナ様は公爵家の四女だそうだ。最初は距離を取ろうとしたのだが、向こうから声をかけてくるので、その内、気にならないようになった。まぁ、リリアーナ様の傍にいると、他の女子も声をかけづらいのか、俺としても気は楽と言うのもある。
実際に入学初日なんかは相当酷かった。初対面なのに食事に誘われたり、セクハラされたり、露骨にいやな顔は出来ないので笑顔で躱すしか方法がないのだが、それも限界がある。平民だから扱いやすいとも思われているのだろう。あるいは、そこら辺の事情もあってリリアーナ様は俺を気にかけてくれているのかもしれない。なんだか利用しているようで申し訳ない気もするが、俺もリリアーナ様の勉強を見ているしお互い様と思う事にしている。
「ユータ君、ここ分からないんだけど教えてくれない。」
リリアーナ様が数学の教科書を広げながら俺に質問してきた。今日の宿題だ。内容は格子乗法というマス目に斜線を引いて掛け算の答えを出すやり方だ。数学と言うよりは算数なんだけど、これでもこの世界では十分高等なレベルなのだ。この格子乗法は地球でもあったのだが、日本では筆算に取って代わって使われなくなった。マス目を書かないといけないからその分時間がかかるからだろう。計算方法としては分かりやすくて便利なのだけど。
「・・・斜めに足して、後は"L"に数字を並べたら答えが出ます。」
リリアーナ様に解き方を教える。
「なるほど、ユータ君 わかりやすい。」
リリアーナ様が目を"キラキラ”させながら言った。
すごく距離感が近い。今も肩が触れ合いそうな感じだ。別に浮気しているわけではないのだけど、何だかミナお嬢様にすごく悪いことをしているような気分になる。
「あっ、髪に何かついてるよ」
「どこですか?」
「取ってあげるね。」
リリアーナ様の手が俺の髪に触れる。
"プチッ"
「ごめんね、少し髪の毛抜けちゃったみたい。」
「別にいいですよ。痛くなかったですし、それより取れましたか?」
「うん、とれたみたい。」
リリアーナ様が俺の頭を見ながら言う。
「ありがとうございます。」
公爵家の子女にこんな事させていいのだろうかと思うが、リリアーナ様が気にしていないようなので、俺も気にしない様にしている。その後、暫く勉強を見ていると、教室に先生が教室に入ってきていつも通り授業が始まった。
~~~~リリアーナの邸宅~~~~~
「はぁはぁはぁ、ユータ君の髪の毛 尊すぎ。」
リリアーナは自宅のベットに横たわりながらユータの事を考えていた。容姿は他の追随を許さないぐらい美しい。体は全体を見ても整っているが、パーツの一つ一つとっても特別製かと思うぐらいの造形だ。更に性格も頭も良く、礼儀も所作も完璧。それに、常に清潔でいい匂いがする。ユータの匂いをずっと嗅いでいたいと思うぐらいだ。
どうやったら、あんな完璧な人間が出来るのだろう。メイドの話だと元東の国の貴族という話だが、王族だったと言われても納得するだろう。どうにかユータを自分の元に置けないか考えているが、うまい方法が浮かばない。手に入れることが出来て、あの体を抱ければどれほどの征服感と幸福感に包まれるか想像もつかない。自分の手でユータを穢し、屈服させる。考えただけでも自分の中の何かが爆発しそうになる。最近はそんな妄想ばかりしている。
しかし、ミナスタシアとかいう女も意外に隙が無い。というよりびくともしない。騎士科にも知り合いがいるから、嫌がらせをするようにお願いしたのだが、全く堪えていない。寧ろ、騎士科で存在感を増しているように見える。最近王都で話題になっているシャンプーとリンスはあの女が代官をしていたゼウル村から広まった物らしく、それを餌に仲間を増やしているらしい。卑怯な事を考える。嫌がらせでめげるようならそこから切り崩していけると思ったが、そこまで甘くなかったようだ。
あの女の事も色々調べた、入学時の試験を2位で通過、既に上級モンスター討伐で第2勲功を得ているらしい。どうせ部下に任せて自分は後ろで見ていたのでしょうけど。子爵の三女なのに騎士科に通ってるのも変だと思ったら、将来は西国との戦争で得た領地を任される予定だという。コンコード男爵家との婚約破棄の理由は調べたが分からなかった。
トピカ子爵家というのも厄介だ、トピカ家は下位貴族だが代々陛下の信任が厚い家だ、下手に手を出せば私の首が物理的に飛ぶ。要はミナスタシアという女は"名"も"実"も持っているのだ。それにユータまで。私は公爵家といえど四女だ。小さな領地でも与えられる可能性は少ない。恐らく適当な名誉職を与えられて終わりだろう。
やはり、一人では限界がある。味方を集めないといけない。全てを持っている女からせめてユータだけでも奪いたい。本当はユータを一人で独占できれば最高なんだけど今の状態では無理だ。幸いユータを狙っている人間は多い。同志は直ぐに集まるだろう。




