27話
ミナお嬢様が受け取った手紙は、簡易ナプキンの領外への販売を制限し、国外への販売を禁止する命令書だった。この命令書は本家が出したものであり、そこには当然ながら、領主様の意向が反映されているだろう。販売を制限した理由は、乾燥ミズゴケの別の用途のせいだった。ミズゴケは吸水性が良いので、"簡易ナプキン"や"オムツ"以外にも、止血の用途としても使える。要は"ガーゼ"という事だな。俺は、男の子の日からナプキンの用途を思いついたが、ミナお嬢様は怪我をした経験からガーゼとしての用途を思いついたという事なのだろう。
乾燥ミズゴケをガーゼとして使うなら、軍需品となる可能性がある。好き勝手に領外に販売されては困るというわけだ。つまり、ミナお嬢様はわざわざ制限させる為に、領外まで販売を広げようとしていたのだろう。この命令書は間接的に、本家が乾燥ミズゴケの有用性を認めた事と同じ事となる。軍需品となるなら、功績も大きいはずだ。ミナお嬢様はこれで勝ちを確信したらしい。実際 命令書を受け取って3日後、領都に来るようにと指示があった。
という事で、馬車で領都へ向かった。メンバーはいつもの屋敷の5人、新しく雇った人達は屋敷の警備の為にゼウル村に残っている。領都を色々、見て回りたかったのだが、それも許されず、直ぐに領主様と内謁する。場所は、領主様の執務室。居るのは、俺とミナお嬢様、ソフィアさん、領主様にレナスタシア様、それに"賭け"の話の時にいた側近の2人、後は見たことがない人が1人いた、ミナお嬢様に似ているから、この人も姉妹なのだろう。雰囲気だけ見ると、おっとりしたお姉さんみたいな感じだ。年齢は20歳前後。3人並べると"大中小"みたいな感じになりそうだ。
「全く、やりすぎだ馬鹿者。」
挨拶をした後、呟く様に領主様が話し出した。
「正直に言うとだな、"グレンデル"を討伐した時点で、賭けはミナの勝ちとするつもりだった。しかし、何やら面白そうな事を始めた為、黙っておいたのだ。」
領主様がニヤリと笑いながら言った。
え、そうなの?という事は、その後やった事って全部無駄だったのか。
「約束通り、ミナの婚約の件は取り消すとしよう。」
領主様がそう宣言した事で、俺はほっと胸を撫で下ろす。しかし、家と家の取り決めを勝手に破棄して問題ないのだろうか?そう思っていたら領主様が続けた。
「さて、次は褒美の話だな。」
「「褒美?」」
俺とミナお嬢様の声が綺麗に重なる。
「そうだ、配下の者が功績を挙げた場合、上の務めとして、これに褒美を取らす必要がある。当たり前の事であろう。」
つまり、"賭け"の勝ちの報酬と"功績"の報酬は別ということか。俺としてはミナお嬢様の婚約が破棄できただけで満足なのだけど。
「だが、ミナの望みは分かっておる。先に叶えさせてもらった。」
領主様が続ける。
「ユータの市民権の申請は、既に議会に承認された。」
市民権?俺は何も聞いてないんですが…、チラリとミナお嬢様を見ると目があった。平静な顔をしていたが、なんとなく喜んでいる気がする。あって困るものでもないのかな?後で確認しよう。
「これで、ユータは正式に我が国の臣民となる。此度の勝負では、大分 手伝ったとも聞いた、これからもミナを宜しく頼む。」
「はっ、今後も誠心誠意、ミナスタシア様に仕えさせて頂きます。」
取り敢えず、無難に受け答えをした。
「これで、賭けの話は、全て終了じゃな。次にミナの今後について話す。」
ミナお嬢様の今後?
「元々、ミナはトピカ子爵領の官吏として使うつもりであった。その為に、ゼウル村で実務を兼ねて勉強もさせてきた。」
領主様はお茶を一口飲んで、続けた。
「だが、気が変わった。西国との戦の結果、その領地の一部を我が国が切り取った事は知っておるな?」
「存じています。母上も随分 ご活躍したと聞いております。」
ミナお嬢様が答える。
戦争?そんなのしてたのか、全く知らなかった。
「今はまだ、その領内が落ち着かぬゆえ陛下の直轄領となっているが、折を見て、その一部を拝領する事になっておる、併せて叙爵もされる。」
うん、全く意味が分からん。どういう事?
「新しく家を建てる事が許されたという事でしょうか?」
ミナお嬢様が確認するように言った。
ああ、そういう事ね。つまり、分家が本家として独立する事を許されたみたいな感じだな。
「そうだ、そこの領地を将来、トピカ男爵領として、ミナに任せようと考えておる。」
ミナお嬢様が新しい領地の領主になるという事か、大出世だな。領主様は今回の勝負とは関係ないみたいな言い方だったけど、これも褒美の一つなのかもしれない。また、チラリとミナお嬢様をみたら、今度は浮かない顔をしていた。
「母上、私は…」
「ミナ、これは決定です。婚約の時の様に断るという事は許されませんよ。」
ミナお嬢様は、何かを言おうとしたが、領主様はそれに被せる形で話した。言葉自体は静かだった。しかし、有無を言わさぬ迫力があった。やっぱり、この人怖いな。
「この話は、"ドナ"も"レナ"も了承済みです。あなたはただ受ければよいのです。」
レナスタシア様ともう一人似た顔の人が頷いた。"ドナ"と呼ばれていたから多分、"ドナスタシア"が正式な名前だろう。しかし、ミナお嬢様、領主になりたくなさそうだな。普通に考えれば諸手を挙げて喜びそうなものだけど。
「それから、王都の学院に通って、騎士号を取って貰います。領主となるなら、しっかりとした"箔"が必要ですからね。いままでのように好き勝手はできませんよ。」
ミナお嬢様は俯いたままだ。王都で勉強するのが嫌なのだろうか?
「学院には"ユータ"も通ってもらいます。」
俺も?なんで?と思ってたらミナお嬢様が答えた。
「ユータは男です。しかも、平民ですが?」
「貴族が才能ある者を援助して、学院に通わす。珍しい事ではないでしょう。」
領主様がソフィアさんの方を一瞥した。もしかしたら、ソフィアさんも同じ道を通ったのかも知れない。
「いいですね?」
領主様が確認するように言った。
「承知いたしました。」
俺の何をそこまで気に入ってくれたのか分からないが、援助までして、学院に通わせてくれるとの事だ、断る理由はない。ミナお嬢様を見ると、相変わらず、暗い表情をしていた。それを見て領主様が"フウ"とため息をついた。
「ミナ、貴方は本当に私に似ている。意志が強いところも、本心をなかなか言おうとしないところも」
領主様はミナお嬢様を見ながら続ける。
「ユータと一緒になりたいのであろう。領主となるならそれが叶わぬと思っておる。そうじゃな?」
ミナお嬢様、俺と身分差が広がるのを嫌がってたのか…。
ミナお嬢様は顔をあげて言った。
「宜しいのですか?」
ん?何が?
「宜しいも何も無い。このままずっと独身で通すか?領主がそれでは、よほど都合が悪い。」
領主様が続ける。
「それで、やる気を出すなら安いものだ、好きにするが良い。」
あ、うん、何の話をしているか、分かりました。え?いいの?
「御礼申し上げます!」
ミナお嬢様がすごい勢いで頭をさげた。その後、こちらを見た。目が合うと一瞬恥ずかしそうにした。そんなのズルイ。
「ユータも良いな?」
領主様が俺に向けて言った。今日は、こんなのばっかり。
「はっ、謹んでお受けいたします。」
ここで断ったら、100パーセント刺されるな、断る気はないけど。
「決まりだな、だが、男爵家との婚約を取り消す以上、暫くは内々の話とする。学院には3年ぐらい通うことになろう。結婚はその後とする。そのように心得えよ」
領主様が、そういうと、その場に居た全員が一礼した。




