21話
誤字報告ありがとうございます。
領主様が訪れてから2日目の夕方、予定通りにイザベラ様はゼウル村の視察を行っているところだ。ミナお嬢様達は案内役としてついて行っている。屋敷のメンバーで残っているのは俺とワンナだけだ、もっとも領主様の従者でも屋敷に残っている者は結構いるから2人きりというわけではない。まぁ、従者には料理番などもいるし、ぞろぞろと50人以上で視察しても動きずらいだけだろう。
俺は部屋に引き籠って、レナスタシア様の言葉の意味を考えていた。ミナお嬢様と俺との関係でレナスタシア様が謝りたい事とは何なんだろう?あるいはという思いはある。しかし、考えはあまりうまく纏まってくれない。仕方ないので、もう何十回読んだか分からないファンタジー小説を読んでいた。この小説は何も持たない超ネガティブ青年が電子の精霊を拾い、地球とは別の異空間で聖魔杯を巡って、ハッタリと頭脳だけで勝ち進んでいく物語だ。俺のお気に入りの小説でもある。
"ぼーっ"と眺めるように本を読んでいると、廊下で何かがぶつかる音がした。と同時に怒声が聞こえてきた。何事かと思って廊下に出るとワンナともう一人 大女が居た、年齢は40前後だろうか?短い剣のような物を抜いている。ワンナは尻もちをついて青ざめて、その周りには食器と食べ物が散乱していた。食事を運ぼうとして、この女性とぶつかったのだろう。
「…っけやがって、犬っころの分際で、俺にこんな真似しやがって、ぶった斬ってやる!」
大女は剣をチラつかせながら、ワンナに向かって言った。目は血走っている。ぶつかっただけでそこまで怒ることがあるのだろうか?と思ったが、俺は慌てて間に入る。
「失礼しました。この者は私の部下です。何か非礼があったのならばお詫びします。」
「なんだ貴様は・・・、俺はこのガキに話してるんだ!」
大女は一瞬俺を見て目を瞠ったが、そのまま続けて話した。
「部下の過ちは、上司の責任です。至らぬところがあれば謝罪いたしますので、それで怒りを収めてくださいませ。」
声が震えないよう落ち着いて言った。この大女酒を飲んでるな、それもかなりの量だ、それで自制が利かないのか?ぶつかったぐらいで人を斬るとも思えないが、"酔ったいきおいで"という事もある気を付けないと。
「ほう、では代わりに貴様に償ってもらおう。」
"ニヤリ"と下卑た笑いを浮かべて、空いた手で俺の腕を掴んできた。
うん、女性の事をあまりこういう風に思いたくないが、関わりたくないタイプだな。
「お離し下さい。」
そう言って、抵抗しようとするが、大女は凄い力で俺を引っ張ろうとしていく。屋敷には大女の他にも領主様の従者が残っている。かなりの数が此方の様子を伺っているのが分かるが、誰も止めようとはしない。恐らくこの大女はそれなりの身分の人なのだろう。衆目の中なら変な事にはならないと思っていたが考えが甘かったようだ。ワンナはオロオロしながら今にも泣きだしそうだ。
「何をしている!!」
別の方向から声が上がった。そう言えば昨日も似たような事があったな、と思って声のした方向を見ると領主様が居た。ちょうど、視察を終えて帰ってきたのだろう。傍にはミナお嬢様達も居た、全員険しい表情をしていた。一応助かったと見ていいのか?
「あっ、いや、これは・・・」
言葉が纏まらないのか大女は狼狽えている。
「もう一度聞く、"グスタ"貴様は何をしている!!」
この大女"グスタ"というのか?
「この獣人が、お…私にスープを、か…投げつけて来たので、少し説教をしてただけでさぁ。」
グスタはようやく言葉が出るようになったのかそう言った。見ると確かに赤いズボンの下の方に染みのようなものが出来ていた。
「ワンナ本当か?」
俺はワンナの方を向いてやさしく言った。ワンナは"フルフル"と首を横に振って否定した。まぁ、そうだろう。ワンナは歳の割には大人しめの子だ、意味もなくそんな事をするとは思えない。大方、酔ってフラついたときにワンナにぶつかって、持っていたスープがかかった、そんなところだな。
「貴様、俺が嘘をついていると言うのか!!」
グスタがこちらに向き直りながら大声を出した。
「いい加減にしろグスタ、お前は又 酒を飲んでいるな。禁止していたはずであろう。どこから持ち込んだ!」
「ぐっ・・・、それは・・・」
グスタは領主様の言葉に反論できないでいる。
「もうよい、部屋に戻っていろ、明日の朝まで出る事は許さん、領都に帰ったら相応の罰を与えるからそのつもりでいろ。」
領主様がそう言うと、大女は剣をしまいながら凄い形相で俺らを睨みながら去って言った。
「私の部下が大変失礼致しました。」
グスタの方を向いて、俺は後ろ姿にそう言った。完全に逆恨みだろうけど、こちらに争う意思は無い事は伝えておこうと思った。うまく伝わっているといいのだけども。
「ご領主様にも、大変お見苦しいところをお見せ致しました。」
そういって、頭を下げた。
「よい、気にはしておらん。」
領主様は、俺を一瞥した後、去っていった。
その後、落下物を片付けて、部屋でゆっくりしていたら、呼び出しがあった。場所はミナお嬢様がいつも使用している執務室。部屋には領主様の他に、ミナお嬢様とレナスタシア様、ソフィアさんと、後は入口を固めるように従者の2人が居た。てっきり先程の顛末を聞かれるのかと思ったが、そういう雰囲気ではなさそうだ。ミナお嬢様は心なしか暗い表情をしている。
「来たか。」
挨拶をした後、俺が椅子座ったと同時に、領主様が短く言った。手には開いた扇を持っている。
「本来ならば、一使用人に話すような事では無いのだが、当事者でもあるから話を聞いてもらう。」
領主様が続ける。
「が、その前に、ユータと言ったな。お主の素性について確認したい。東方の国の貴族と聞いたが本当か?」
え、貴族?そんなの名乗った覚えがないのだが、家名があるから誤った報告が行ったのだろうか?
「わかりません。」
俺は短く答えた。
「ふむ、記憶がないとのことだが・・・、家名があるそうだな。"ヤマート"だったか?」
「そうです。」
性格な発音は"ヤマモト"だが、この国では発音しづらいのだろう。
「なるほど、分かった。確認したい事はそれだけだ、では本題に移ろう。ソフィア済まないが説明を頼めるか?」
領主様がソフィアさんの方を向いて言った。
領主様とソフィアさんは知り合いなのか?
「はっ、説明させて頂きます。」
そう言ってソフィアさんは話し出した。
ソフィアさんが話した内容によると、ミナお嬢様に婚約の話が持ち上がっているらしい。相手は付き合いのある男爵家の長男で、元はレナスタシア様の婚約相手だったのだが、レナスタシア様が相手の男の頬を叩いて怪我をさせた為に破談になってしまった。叩いた理由は"家族を馬鹿にされた"からだそうだ。当然、相手方は激怒したのだが、何とか収めて、相手を変えることで家と家の関係を保つことにした。それで白羽の矢がミナお嬢様に立ったとのことだ。
ミナお嬢様結婚するのか、ちょっと、いや、かなりショックだ、この世界は男が貴重とはいえ身分差は大きいのだろう。
「本来ならば、これは家と家の決定であり、個人の意志でどうにかなるような事ではない。だが、ミナがあまりに強硬に反対するのでな、理由を確認するとお主の存在があがってきたわけだ。」
領主様が扇で俺を指しながら続ける。
「結婚してもユータを傍に置けば良いといったのだが、頑として首を縦に振らん。こちらとしても無理をして、レナと同じような事になっては困るというわけだ。」
それで俺が呼ばれたのか、ミナお嬢様を説得しろとでも言われるのだろうか?
「そこでだ・・・」
領主様は若干溜めて、言葉を続けた。
「"賭け"をする事にした。」
「賭け?」
予想外の言葉が出来て来た為、思わず繰り返す。
「そうだ、ミナは8ヶ月後 14歳になる。それまでに、私を納得させるような功績を上げる。これが賭けの内容だ。」
領主様は俺の相槌を気にせずに続けた。
「ミナが賭けに勝てば婚約は取り消す。だが、ミナが負ければ、ユータ、お主を預かる。これが賭けるものの内容だ。」
普通に考えれば、これは勝ち目のないギャンブルではないだろうか?ミナお嬢様はこんな内容を唯々諾々として受けたのだろうか?極端な話、どんな功績をあげても、領主様が納得しないと言えばそれで終わりだ。
「預かると言っても不自由はさせん。ここと同等の生活は保障しよう、どうだ?」
どうだと言われても俺に拒否権などないのだろう。
「一つだけお願いがあります。」
「なんだ、言うてみろ。」
「"賭け"において、ミナお嬢様を助ける事をお許し下さい。」
「なんじゃ、そんな事か、勿論よいぞ、お主以外の他の者の力を借りても良い。但し、あくまでもミナに功績がある事が重要じゃ、そこを努々(ゆめゆめ)忘れるな。」
「分かりました。お受けします。」
「よしっ、決まりだな。見届け人はソフィアとする。」
領主様は"パチン"と扇を閉じながら言った。




