20話
その日は朝からバタバタしていた。ミナお嬢様の母親が来るという事で、その準備に屋敷の住人総出で取り掛かっていた。ミナお嬢様の母親は正式な名前を"イザベラ・トピカ"という。トピカ領の領主様らしいのだが、普段は長女に領内の政治を任せ王都で評議会の議員をやっている。今回は視察目的でゼウル村に訪れるらしい。従者は50人ぐらいで、ゼウル村に宿泊施設が無いため、これでも数を絞ったとの事。来るのは今日の夕方。トピカ領の領都を朝に出るとそれぐらいに着くのだそうだ。
俺とワンナは急拵えで礼儀の方を叩きこまれた。ミナお嬢様に仕える為の礼儀については、普段から教わってたのだが、領主様を迎える礼儀となるとまた別らしい。といっても最初の出迎と最後の見送り意外は特に関わる事はないそうだ。食事やお茶についても領主様の従者が全てやるとの事。出迎えした後は自室に閉じこもっておいて良いと言われたぐらいだ。まぁ、そんなのものなのだろう。
屋敷には一応、来客が泊まる為の部屋がある。今回は従者も多いという事で屋敷の部屋を全て使う。当然50人も泊まれるスペースは無いので残りは屋敷の周りで野営するらしい。まぁ、領主様が泊まるのだから守備という意味もあるのだろう。そんなわけで、各部屋を念入りに掃除し、寝床を作り、薪や水や食料などを大量に館に運び込む作業をしていく。足りない分は村の住民から買い取る形で掻き集めた。
作業が全部終わったのは夕方前だった。最後にチェックしていると領主様が来たとの知らせが入ったので、屋敷の前で出迎える準備をする。出迎えるメンバーは屋敷で働いているメンバーの他に、領主側に雇われている村の人も居た。要は村の公務員全員で出迎えるみたいな感じなのだろう。人数は全部で15人ぐらい、中には俺を治療してくれた医者も居た。なるほど、小さな村だから医業だけで食べていくには難しいかも知れない。領主側に雇われてこの村に派遣されているという事なのだろう。
馬車がきたとの合図があったのでお辞儀をして待つ。暫くして到着し、馬車から出てきた人物がミナお嬢様に声をかける。
「ミナ、久しぶりね。元気だったかしら?」
「はっ、お気遣いありがとうございます。大過なく過ごしております。」
ミナお嬢様が答える。声が少し緊張しているのが分かる。
その後、二言三言、ミナお嬢様と話した後、領主様が周りに向けて声をかける。
「全員 面を上げなさい。」
その声を受けて、俺は顔を上げる。ようやく領主様を見ることが出来た。ミナお嬢様を大きくした感じでよく似ている。髪の色も瞳の色も同じ金色で、髪は肩ぐらいの長さで揃えて切っていた。領主様の横を見るともう一人、ミナお嬢様に似た人物が居た。確かミナお嬢様は三女と言っていたから姉妹なのだろうか?髪はベリーショートでスポーツ少女と言った感じだ、年齢はエレナさんより少し下だろう。
領主様はぐるりと周りを見ていたが、俺の姿を見つけて目を瞠る。隣の女の子も同じだ、表情は直ぐに戻ったが視線は逸らしてくれない。この人オーラが凄いんだけど、漫画なら"ゴゴゴゴゴ・・"っていう効果音が背景に出るな。日本で新入社員の頃に一度、会社の社長に会った事があるが、あの時でもこれ程のプレッシャーは感じなかった。"早く視線を外してくれないかな"と思っていたら、ようやく視線を外してくれた。その後、領主様は"出迎えご苦労であった"と言って、屋敷に入って行った。何だったんだ?
という事で、時間にしては短かった"出迎え"だったがものすごく疲れた。幸いな事に、領主様が来訪中は部屋に引き籠って良いと言われているので、そうさせてもらおう。滞在日程は明日一日ゼウル村を視察し、夜にミナお嬢様と会食、翌日の朝に帰るらしい。俺の次の出番は"見送り"の時だ、何とも慌ただしい計画だが、忙しい人なのだろう。まぁ、ゼウル村自体は面積は広いが見るところはそこまで多くない。視察は一日どころか半日で済みそうな気さえする。
その後、夕食を食べ部屋でゆっくりしていたら、部屋のドアがノックされた。この時間だとエレナさんかワンナだろうかと思ってドアを開けたら、出迎えの時に、領主様の隣に居たスポーツ少女がいた。
「お、やっぱりこの部屋だったか、こんばんは」
明るく少女が言う。
「・・・ご挨拶申し上げます。お嬢様、何か御用でしょうか?」
唐突だったので、一瞬フリーズしてしまった。この人、お嬢様でいいんだよね?
「自己紹介がまだだったね。私は"レナスタシア・トピカ"、ミナの一個上のお姉ちゃんね。」
ふむやはり、ミナお嬢様の姉妹だったか。一個上という事は次女という事だな。
「ご丁寧にありがとうございます。この屋敷の使用人のユータと申します。」
この世界は、目下が先に名乗っても、目上が先に名乗っても礼儀としては問題ない。但し、目上の人が先に名乗った場合、目下の者は必ず名乗らなければならない。当たり前だけど。
「うんうん、ユータか」
何が"うんうん"なのか分からない。あと、この人なんで俺の部屋に入ろうとしてくるの?止めてほしいんだけど。
「ちょっと話したい事あるんだけど、中に入れてくれない?」
「お話なら食堂で伺いますが?」
「いやいや、ちょっとプライベートな話だから。」
そんな感じで、部屋に入ろうとするレナスタシア様、それを笑顔でやんわりと阻止する俺という地味な戦いが、屋敷の片隅で繰り広げられていた。
「「・・・・・」」
「「・・・・・」」
「「・・・・・」」
「何をしているのですか?」
いい加減疲れたと思った時、助け船が来た。エレナさんだ。
「あ、"エレナっち"、いや~、話したい事があるんで、部屋に入ろうとしてるんだけど、ユータが中に入れてくれなくて」
エレナっち?
「はぁ、レナお嬢様、貴族と言えども夜に初対面の男性の部屋を訪ねるのはお行儀がいいとは言えませんよ。」
エレナさんが俺の方を向いて頷きながら言った。
「ユータ宜しいですか?」
ああ、部屋に入れろって事ね。ここら辺の呼吸は分かるようになってきた。まぁ、エレナさんが一緒なら大丈夫だろう。
「どうぞ、あまり片付いてはおりませんが、お入りくださいませ。」
俺がそう言うと、レナスタシア様とエレナさんが部屋に入ってきた。
俺の部屋は使用人室にしては結構広い、日本で言うと8畳ぐらいだな。レナスタシア様には俺がいつも使用している木の椅子を奨めた、エレナさんはベッドに腰かけた。俺は座るところがないので、床に直接腰を下ろした。構図だけ見ると、浮気を追及される彼氏だな。
「お話があると伺いましたが?」
お茶は要らないという事なので、俺は早速本題に入る。
「そうそう、聞きたいことが2つあってね。」
レナスタシア様が続ける。
「一つ目は髪の毛の事なんだけど、屋敷の人達の髪凄く綺麗だよね?どうやって手入れしているのか教えて欲しいなと思って」
なるほど、髪の毛の事か、確か屋敷のメンバーが今髪を洗うのに使っているのは、俺が作った特性の石鹸シャンプーだ、常温でやや粘性のある液体になるようになるように調整した物で、灰や油の種類に拘り、はちみつやラベンダーの精油を入れている。リンスはワインビネガーにペパーミントを漬け込んだ濃縮液で、使用する際は水と混ぜて使う。シャンプーと合わせて髪がしっかりとサラ・ツヤになる様にバランス調整した。会心の出来だ。
「それは、石鹸を使用しているからでしょう。お試しになられては如何でしょうか?」
俺は答えた。
「石鹸?試す?いいの?」
「勿論でございます。置いている場所は後でご案内します。使用方法は、おね…エレナに聞いてください。」
シャンプーもリンスも普段は外に設置している水浴び場に置いているが、今は場所を移動している。理由は簡単で大量に使われるのが嫌なのと、誤って飲む人が出るのを防止するためだ。
「なるほど、じゃあ髪の話はそれでいいや。二つ目の質問にいくね。」
レナスタシア様が続ける。
「まぁ、他に聞き方が分からないから単刀直入に聞くんだけど。」
ん?なんだか言いにくそうだな
「なんでございましょう?」
俺は先を促した。
「うん、ミナとユータの事なんだけどね?」
俺とミナお嬢様の事?何だか胸がざわつく。
「ずばり、"女と男の関係なのかな"ってのを確認したくて。」
うん、表情を見られるのが嫌で顔を思わず伏してしまった。不意打ちだったとはいえ自分の未熟さが憎い。というかこの人なんでそんな事聞くの?すごく柔らかい部分だから放っておいて欲しい。
「あ~、なるほど」
俺の態度を見て、レナスタシア様は何かを察したようだ。まぁ、誰が見ても何かあるのは分かるよね。
「聞きたい事はそれだけだから、それと先に謝っておくね。」
その後、二言三言話した後、レナスタシア様とエレナさんは部屋の外に出て行った。




