10話
俺が、異世界に来てから3か月が経過した。仕事の方は順調だ、もっとも与えられる仕事は、掃除と皿洗い、洗濯ぐらいだ、洗濯は回数自体が少ない。着物自体の繊維が弱く頻繁に洗濯するとすぐにダメになってしまうからだ。洗剤がないのも影響している、汚れを落とすために石を擦り付けたり、叩きつけたりするから、更に、着物の寿命も短くなる。
後は、洗濯と言えるかは微妙だが、ミナお嬢様とエレナさんが使っている革製の鎧を乾拭きするのも俺の仕事だ、なんでもゴブリン退治に使うらしい。"そんなことしてるの?"って思ったけど、よく考えたら、俺も最初、助けられたっけ。たまに血が付いたのを渡される時があるが、そういう時は少しだけ鬱になる。
ゴブリンは下位の魔物で武器さえあれば、子供でも倒せるらしい。最近は特に念入りにゴブリン退治をしているとのこと。でも、代官で更に、女の子がそんな事やってて問題ないのだろうか?その辺の事をミナお嬢様に聞いたら、"女が魔物退治するのは当たり前であろう"って返ってきた。うん。意味がわからなかったが、聞き返すのは止めておいた。女の方が魔物に強いとかあるのだろうか?
皿洗いは砂で擦る方式がどうしても我慢できずに、歯磨き粉を使う方式に変更した、エレナさんは最初、疑っていたが、今までよりも力を入れずに汚れが綺麗に取れたので、最後は驚いていた。皿を洗うのに歯磨き粉とは変だが仕方ない。皿を洗えるなら、服も洗えると思うのだが、この歯磨き粉、あまり大量に生産できない。品質が安定しないというか、大量に作ろうとするとうまく固まってくれない場合が多い。ただ、少量でやっても固まらない場合もあるから、何が原因か解明中だ。俺としては灰の成分が怪しいと思っている。最初に成功したのは運がよかったのだな。ちなみに歯磨き粉で歯を磨く習慣は、屋敷の3人にも根付いた。自分だけじゃなく周りの人も清潔だと安心するよね。
仕事について、不満はない。古い考えかもしれないが、どんなちいさい仕事でも、きっちりこなせない奴は必ず何処かで躓くからだ、それに今の俺に出来ることは少ない。なので、出来ることをきちんとやりたいと思う。もっとも仕事以外で不満がないわけではない。一つ目は衛生面を改善したいという事。二つ目は、外出許可が出ないことだ。村では商人が来るタイミングで市場が開かれる。エレナさんは、それに合わせて村の中央部に買い物に行っている。俺も、それについていきたいのだが、許可が出ない。
市場に行ければ、石鹸の代わりになるようなものを見つけれるかもしれないと、淡い期待を抱いている。森の中でも見つけられるかもしれないけど、ゴブリンのせいで入りたいと思えない。まぁ、俺の容姿は東洋風で、お嬢様達の容姿は西洋風だ、当然、人が多いところに行けば目立つだろう。その辺を気にしているのは分かる。
ただ、幸いな事に今の俺は10歳で身長も低い、ローブ等を深くかぶって変装すれば、そこまで目立たないのではと考えた。ということで、変装するので、エレナさんと一緒に市場に行きたいと、ミナお嬢様にお願いした。ミナお嬢様は暫く考えていたが、許可を出してくれた。ただ、市場ではエレナさんの傍を離れず、いう事をきちんと聞くことを条件として付けられた。"子供か!"って思ったけど、子供だった。次に市場が開かれるのは3日後だそうだ、変装に使用する衣装はエレナさんが用意してくれるらしいので、俺は何もしなくてもいいらしい。
それから3日間は自分でも心が高鳴っているのが、分かった。特に前日は遠足前の子供かってぐらい、ウキウキしてた。ミナお嬢様とエレナさんが微笑ましそうに俺を見ていたので若干恥ずかしくなった。中身はおっさんなのにと思ったが、この世界に来て俺が知っている場所と言えば、最初に転移した渓谷と屋敷だけだ。それに中世の市場や街並みや活気をリアルで見ることが出来るのだ、興奮するなという方が無理だった。
そんな感じで、若干、寝不足気味で迎えたお出かけの日の朝、俺は屋敷の裏の礼拝堂に設置された鏡を見て二つの意味で驚愕していた。礼拝堂にある鏡というのは普段はその前に木製の扉があって施錠されている為、使う事が出来ない。儀式の時だけ、木製の扉を観音式に開いて使用する。今日は初めて出かけるという事で、身だしなみを整えるため、特別に使用して良い事になっていた。
一つ目の驚愕、目の前の人物が女装している事。うん、これは途中から気が付いてたのだけど、俺は今、エレナさんが子供の頃のメイド服を着て女装している。髪には白色の花の髪飾りをしている。ついでに、エレナさんの髪飾りも白色でお揃いだ。髪は3か月の間切っていなかったので、肩にかかるぐらいの長さで、完全に女にしか見えない。
二つ目の驚愕、目の前の人物が恐ろしいほどのイケメン?イケジョ?である事。以前、見せてもらった鏡ではボヤッとしか輪郭が見えなかったので分からなかったが、この鏡で見るとはっきり分かる。どう見ても記憶にある10歳の頃の自分とは違う気がする。ただ、よく見ると、若干面影がない事もない。
う~む、暫く鏡をまじまじと見ていると、エレナさんが声をかけてきたので我に返った。変に思われたかもしれない。気にはなったが、考えても分からないのでそれ以上考えるのを止めた。多分、あの女神がまた何かやらかしたのだろう。
女装については、自分なりに結論が出た、ミナお嬢様は俺が東洋人顔である事を心配してたのではなく、男である事を心配してたのだ、よくよく考えれば当たり前である。ミナお嬢様は結婚前の令嬢で、館には俺の他には女性3人しかいない。そんなところに子供とはいえ、男が出入りしていれば変な噂が立つのは目に見えてる。そういうことなのだろう。自分の間抜けな思考に嫌気がさしながら、俺は女装を受け入れることにした。
次は、5/8(土)です。




