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Seeing is beliving.

「つまり、『その明日がつながった先に今日がある』んだ」

 ズルズル。音をたてて、男の喉にシェイクが流し込まれていく。

 じわりと額から汗が流れ落ちたのは、照りつける太陽のせいに違いなかった。

 ハンバーガーショップの店内は、放課後を満喫する学生で賑わっていた。その喧騒が気にならないのは、窓際の席の人気のなさからだろう。皆冷房の効く席を陣取って、思い思い花を咲かせている、……はずだ。

 事実、目の前の男だって太陽光の当たらない、テーブルの右半分に頬を擦り付け涼をとっている。

 だから、決して。男の一言をうまく飲み込めないから、ではないのだ。

 一呼吸置く。

 なるほど、十七の春《昨日》の明日が、二十三の夏《今日》である、そう言いたいと。

 思わず、気の抜けた笑いが漏れた。

「冗談」

 だって、あまりにも馬鹿げている。

「ほら、顔が引きつってるよ」

 指摘され、反射的に左頬に手を宛てる。

 「それ。なによりの証拠だと思わない?」と、男は不敵に笑った。

 額に手を宛てて瞼を閉じる。光が遮断された先で思い浮かんだのは、過去と一致しない《つながらない》電話番号の数々。ディスプレイに表示される、知人である事実だけが保証された人々。もはや暗号に近い存在。

 ふっ、と息を吐いて瞼を開く。

 黒い瞳は、爛々と輝いていた。

「信じているのか? まさか、本気で」

「知ってるでしょ。間明くんなら」

 男は不敵な笑みを崩さない。

「僕が冗談で君を騙すわけがないってことを、さ!」

 その言葉には絶対的な信頼と、埋める術を知らない溝が広がっていた。

 たまらずに目を逸らせば、空気が揺れる。

「……ごめん。今の君に言っても説得力はないね」

 ズス。紙コップが空っぽの音を響かせる。息を飲む気配がしたあと、紙コップは静かにテーブルに戻された。

「君は、六年間の記憶を失っている」

 重く、鈍く、冷たい。まるで鎖のような現実。再認識をするたび、俺に絡み付いて締め付けてくる

 記憶喪失。それだけの問題なら、まだよかった。

真関まさぜき るいだっけ」

「そ。気軽に真関さんって呼んでよ」

 気軽か? 果てしなく他人行儀の間違いでは?

「……真関さんは、いったい何者なんだ?」

「僕はただの、君の友達。そして、僕にとって君は、たった一人の親友だ」

 視線が真っ直ぐに飛び込んでくる。信憑性などまるでない、痛いほどに真摯で誠実な言葉。

 どう反応するのが正解か、考えあぐねている。俺は、俺でありながら俺じゃない。

「聞きたいことは、……そうじゃない」

 胸を占めている憂鬱を吐き出すように言えば、真関さんはイタズラの成功した子供みたいに笑った。

「だろう? 知ってた」

 この人が唯一の手がかりだと思うと、頭が痛くなってくる。

「……おちょくってるのか?」

「まさか! 出血大サービスだよ。僕なりのファンサ!」

 果たしてこの人を信じていいんだろうか。ものすごく、不安になってきた。

「だって、友達だと誰かに言ってもらえることって、人生においての財産だと思わない?」

「それは、まあ」

 言えなくもないかもしれない。

「それで、僕が何者か? だったね」

「ああ」

「僕は、この整合性が欠けた世界に全てを懸ける者、だよ」

 意味深に告げられた言葉と、柔らかな笑み。

 すべてを懸けるって、なんだ? 整合性が欠けた世界はお前にとってなんなの? 

 頭はショート寸前だ。溢れた疑問を口に出そうとして──結局、開閉を繰り返すだけにとどまる。

 親友って? 来るべき明日は、一体どこへ消えた?

 それをどうして、真関さんだけが知っている?

「……答えになってねえよ」

 我ながら、絞りカスみたいな声を出したものだった。

 真関さん渾身の言説は、最後までオカルトたっぷりだ。噛み砕くどころか、咀嚼できない量を流し込まれた。そんな気分。

「こりゃあ、驚いた。間明くんにしては鋭角な突っ込みだね」

 こちらの苦悩などいざ知らず、──いや、知っていたとしても飄々とした態度をとる。

 そういう人だと、この数十分のやりとりで理解した。

「Seeing is beliving.」

 その上、流暢な英語が耳に入り込んでくる。ますます意地が悪い。堪らず顔をしかめる。

「……俺の英語の点数覚えてるか?」

「もちろん。『そうでなきゃ君はここにいない』って意味だよ」

 教わったところで、真意は掴めない。俺が苦手だと知っていながら、英語で返してきた。ならば、もともと教える気がないのだろう。

 たった一人の親友と宣っても、記憶がなければただの他人だ。

 置かれた状況を整理するたび、自分が氷付けにされたような錯覚に陥った。肥大化する被害妄想により、恐怖の輪郭がいっそう濃くなる。

 なぞりかけて、頭を振った。

 溶けたシェイクを流し込む。甘味が喉を刺激して、鼻に抜けた。

 溝ばかりが深まっていく。

──それでも、だからこそ。手放すわけにはいかない。

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