嘘に根拠
「そんなの、助ければ良いだけじゃねえ?」
待つ時間なんてないくらい。隣人は一人とは限らない。この世には、視界に収まりきらないほどの人々が生活を営んでいる。
″となり近所″の隣人じゃなくたって良い。その瞬間に、隣にいる人が手を差し伸べれば、心だって繋がる。
真関さんが口笛を吹く。
「さすが間明くん。名前のすべてに日が入っているだけあるね。清々しさすら覚える、その無責任さ! 三周回って、泣けるほど好感が持てるぜ」
「……、ちり紙もサービスしてやろうか?」
「今回は辞退させていただこうかな。はなたれ小僧から受ける施しはないからね」
「こんだけ風当たりが強けりゃ、鼻も垂れるだろ」
目覚めてから今まで、瞬間風速を更新し続けている。訳も分からぬまま、それこそ嵐の日のような、覚束ない足取りでここまで来た。
「それが、誰かにとっての追い風なんだとしたら?」
「記憶を、……自分自身を亡くすことが?」
何を以て、俺が俺でいるのか。
記憶は生への関心だ。喜びも痛みも、蓄積されるからこそ、より高く跳べるようになる。そうだろ?
「君の孤独もまた、君だけのものってこと!」
「……正直、理解しがたい」
「僕が知る限り、君が理解できた試しはひとつもないぜ」
「俺のこと、サンドバッグか何かだと勘違いしてねえ?」
「まさか! 中身が砂とまでは、さすがの僕も思ってないよ。例えるなら、そうだな……起き上がりこぼしとか」
「吊るされてるかどうかの違いか?」
「地に足がついてることは重要でしょ!」
それこそ、今の俺には程遠い例えじゃないか? 世間知らず扱いを散々されてきた。地に足がついているだなんて。
「助ければいいと、簡単に言うけどさ。助けを求める人の全員が、”君”が助けたいと思う姿をしているのかな?」
「どういう……」
「例えば、塩上普哉くんとかね!」
「塩上? 誰のことだ?」
「そう、君は名前も知らないんだ。忘れてるわけじゃないぜ。知ろうとしなかった、見出だせなかった。それだけ」
「真関さんは見つけたんだろ。なら、良いじゃねえか」
一瞬の間の後、真関さんはふっと息を吐いた。
「君、そういうとこあるよね」
呆れた、とでも言いたげな半笑いが鼻につく。そんな態度こそが真関さんだと言えるくらいには、馴染んだやり取り。
真関さんのことは何もわかんないけど、わかる。
「真関さんも、そういうとこあるよな」
今まで俺は、真関さんと本当の意味で混じり合うことはなかったんだろう。それが、俺の孤独。
失うと思うと、全部がかけがえのないもののように感じてくる。結局、どこまでも生きていたいんだ、俺は。
「究極、理解できなくたっていい。存在そのものを亡くさなければ」
真関さんの言葉には、決意表明のような熱が帯びていた。
「また明日って笑いあって別れた次の日、親友の中身が替わってる」
それは、さっきの俺と済が体験したことだ。
今でも信じがたい。が、一旦受け入れると決めた。
その上で、どうしてそんなことになっているのか。世界はずっとそうなのか?
それなら、連続性や自己を保つ意味は?
「おかしいだろ、そんなの」
知りたい。その、歪みを。
「君が育てた疑心。正真正銘、君が勝ち取ったすべて。君の不気味な原動力の正体を、僕に教えてよ」




